ハナママゴンの雑記帳

ひとり上手で面倒臭がりで出不精だけれど旅行は好きな兼業主婦が、書きたいことを気ままに書かせていただいております。

“Bitter Blood” ④

2012-04-28 18:49:08 | 事件

台湾から戻ったスージーは、息子たちと3人で暮らしたかったが経済的に余裕がなく、実家に居候するしかなかった。自立のため大学で学び始めたが、家事は全て母親のフローレンス任せ。何も手伝わず、息子たちにも食卓の後片付けさえさせない。父親のロブはスージーたちと暮らせることになったのを喜んだが、フローレンスとスージーは折にふれて言い争うようになった。
1980年9月、トムとスージーの離婚が申請される。トムはスージーが出て行って間もなく歯科診療所のアシスタントのキャシーと同棲を始めていたが、それを知ったスージーは、息子たちをアルバカーキーには二度と行かせないと心に誓う。

離婚の調停の主な争点は、息子たちの親権と財産分与だった。トムもスージーもそれぞれ弁護士を雇い調停に臨んだ。トムは親権はスージーが持つことに異論はなかったが、学校の長期休暇の間はできるだけ長く息子たちとアルバカーキーで過ごすことを望んだ。一方スージーは、息子たちのトムの家での滞在は短期間で十分と主張。息子たちはまだ6歳と4歳と幼なかったため、直行便でない場合は中継地での乗り換え便への搭乗まで親の付き添いが必要だった。スージーたちの住むグリーンズボロからトムの住むアルバカーキーまで直行便はなく、アトランタで乗り換えしなければならない。息子たちがアルバカーキーに行く時はスージーがアトランタまでついて行くが、そのためのスージーのグリーンズボロからアトランタへの往復便の費用はトムがもつべき、とスージーは主張。議論は行ったり来たりし、双方に大いなるストレスを与えた。

1981年夏、スージーと息子たちはスージーの父方の従兄弟デイヴィッドとその家族と過ごしていた。トムに似たジョンはスポーツ好きで負けず嫌い。面立ちがスージーに似たジムは穏やかで想像力が豊かだった。ジョンとジムはデイヴィッドの子供たちとボール遊びを始め、間もなくちょっとしたいさかいが起こる。大人が介入するまでもない子供同士の他愛ないケンカと誰もが思ったが、スージーだけは血相を変え、ジョンを追い回して頭を叩いた。その場にいた大人たちは、ジョンに対するスージーの扱いが違うと以前から感じてはいたが、ここまでひどいとは思っていなかったのでショックを受けた。思い余ったデイヴィッドは「トムに電話する」と家族に告げるが、姉のナンシーに止められ思い留まる。のちに誰もが、その時電話しなかったことを後悔することになる。

その年のクリスマスに、トムはスージーとの別居後初めて、2年5ヶ月ぶりに息子たちに会うことができた。ジョンもジムもキャシーによくなつき、4人は貴重な一週間を共に過ごすことができた。1982年の夏も、トムは息子たちと3週間を過ごした。が、それに腹を立てたスージーは、その後デロレスが電話しても息子たちに取り次がなくなる。電話をかけてきたのがデロレスとわかると、「いいこと、聞いてちょうだい。息子たちの感情を乱すのはもうやめて。2人はここでの生活に落ち着いたの。だからもう振り回さないで。さよなら!」 ガチャン。
やがてスージーは、トムが電話しても狂ったように叫ぶばかりでまともに話にならず、トムは弁護士経由でしかスージーに連絡できなくなる。

1982年10月に、トムが今後息子たちと過ごす期間の決定がなされた。83年夏より毎年の7月、隔年のクリスマスに一週間。83年の春休みに一週間、以降は遇数年の春休みに一週間。加えて2週間以上前までに連絡しておけば、トムはいつでもグリーンズボロに飛んで子供たちに会える、というものだった。行きはアトランタまで子供たちを送り、帰りはアトランタで彼等を出迎えるスージーの分も含め、アルバカーキーに子供たちが行くための飛行機の手配と費用はトムの責任ということになった。
トムは息子たちと過ごせる時間が少なすぎ、また費用の負担が自分に大きすぎることに不満だった。スージーはスージーで、息子たちを定期的にトムに会わせなければならなくなったため憤懣でいっぱいになった。
その頃からスージーは息子たちに対して過保護になり、スクールバスの送迎の際には最初から最後まで息子たちに張り付き、子供たちが遊ぶ間も監視するようになった。


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もともと孤独を好んだクレナー医師は、自分が『招かれざる婿』だったこともあり、シャープ家の集まりには妻だけを送り、シャープ家との交流はなかった。そのためフリッツも、シャープ家の親類とはほとんど会うことなく成長した。クレナー医師に多発性硬化症と診断されたスージーは定期的に彼のクリニックを訪れるようになり、6歳近く年下のフリッツと徐々に親しくなっていく。スージーとフリッツの交流は、最初はスージーの息子たちが中心だった。男親の存在を渇望していたジョンとジムはフリッツになつき、スージーは周囲に、フリッツは自分達を心配してくれ、自分達もフリッツがいると安心できると話した。

フリッツは、銃の売買を通じて親しくなった銃砲店の店主ジョン・フォレストに、次第に打ち明け話をするようになる。父親と自分は世界の滅亡が近づいていることを知っているので、食料・医薬品・武器を大量にストックして備えてある。自分は実はCIAのため働いていて、人を殺したこともある。最近父が暗殺されそうになったが、自分が危うい所で助けた。 ・・・・・
自称医学生のフリッツは常に大量のビタミン剤と薬を持ち歩いていたが、劇薬のシアン化物を使ってカプセルを作っていると知り、フォレストは妙に思った。フリッツは父親のクリニックから持ち出した大量の薬やビタミン剤を、勝手に処方して周囲の人間にばら撒いている。飼犬に寄生虫がついたとき、「新しい治療法がある」とフリッツが言うので任せたところ、犬は死んでしまった。ある時その場に居合わせた男性が心臓発作を起こしたが、医学生であるはずのフリッツは近所の歯医者に駆け込み、歯医者が心肺蘇生を施した。 ・・・・・

                          フリッツ・クレナー

不安を覚えたフォレストは、フリッツが通っているはずの医科大学でたまたま妻が働いているので、彼女にフリッツのことを聞きまわらせた。が、フリッツのことを知る者は誰もいなかった。大学に問い合わせたところ、その大学に在籍したクレナーは、1936年卒業のフレデリック・クレナー、フリッツの父親のみだった。
「あいつは医者じゃない」 
フリッツの行動を懸念したフォレストは、SBI(State Bureau of Investigation, 州捜査局)にフリッツを通報する。フリッツは大量の武器を収集している危険人物だ、妄想癖がある、無資格なのに薬を処方し患者を治療している。一応調査が行われたが、何事も起こらなかった。のちにこれは、フリッツの伯母が権威あるシャープ判事だったためSBIが配慮したからではないか、との疑惑が持たれた。
クレナー医師は1980年夏には72歳になっており、自説を信じてビタミン剤を毎日65錠飲んでいた。それでも寄る年波には勝てず、ビルの2階にあるクリニックへの階段を上るのが、徐々に難しくなっていた。フリッツが医学生ではないことを知った別の人物がクレナー医師にも電話で伝えたが、医師は信じず「貴方には関係のないこと」と取り合わなかった。通話の途中でフリッツが父親から受話器を取り上げようとし、「頭をぶっ飛ばすぞ!」と父親を脅すのが聞こえた。
シャープ家の親類すら詳しくは知らなかったが、フリッツは父親の電話に割り込む前に、母親のアニー・ヒルのことも階段から突き落としたらしかった。しかし秘密主義のクレナー家からはそれ以上は伝わらなかった。
その騒ぎの後も白衣を着て首には聴診器を引っ掛け、フリッツは医学生として患者を治療し続け、患者たちはフリッツを将来の跡継ぎと信じて疑わなかった。
長いことフリッツを跡取りの医者の卵と信じていた父親も母親もフリッツ自身も、それが全て幻だったという現実には直面できなかったのだ。


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スージーの母親フローレンスは、スージーがトムへの憎しみの虜になっていること、子供たちを過保護にし過ぎていること、毎晩遅くまで勉強していることを心配していた。
とりわけフローレンスは、シャープ家の間では『変わり者』と考えられていたフリッツとスージーが親しくなったことを懸念していた。遅くまで勉強しているスージーを、フリッツは午前2時3時といった常識外れの時間に訪ねてくる。朝起きたらフリッツが居間のソファーで寝ていたこともあった。考えることすら恐ろしかったが、フローレンスは2人がただの親しい親類以上の関係にあると疑うようになる。
その頃からスージーは、自分の弁護士も含む周囲に「トムは麻薬とギャンブルに溺れ、地下組織とも関係している」などと触れ回るようになった。情報源を問われると、「家族の友人がFBIで働いている」とだけ答えた。

1983年1月。週末留守にしていたボブとフローレンスが自宅に戻ると、隣人から「フリッツがずっと泊まっていた」と聞かされた。堪忍袋の緒が切れたフローレンスがスージーと対決する機会を伺っていたある土曜日。突然フリッツがやって来て、朝食の席に加わった。その席でスージーが「ワシントンの従兄弟がチャウチャウ犬を買ったそうよ」と言い、ボブが何気なく「チャウチャウを飼うなんて、気が知れないな」と返した。スージーは突然怒り出し、「こんな馬鹿げた会話、してられないわ!」と叫んでフリッツと子供たちを伴い出て行った。翌日の夜になって戻ったスージーに、前日のことに加えてフリッツとの関係についても、フローレンスが問い質した。激しい言い争いになり、この時スージーは母親を殴ったと考えられている。スージーは荷物をまとめ、息子たちを連れてふたたび出て行った。
それまでは経済的に自立できなかったスージーだったが、実は前年のクリスマス前に離婚が成立し、分割した財産に相当するまとまったお金がトムから入り、既にアパートメントを見つけて手付金を払ってあったのだ。スージーは弟のロブに電話し、住所は教えず連絡のための電話番号だけ告げた。

ロブはロブで、その頃窮状にあった。アルコール依存症にかかり、テキサス州で務めていた精油会社をクビになったところだった。スージーが実家を出たため、両親の勧めでロブと妻と3人の子供は、ボブとフローレンスの家の居候となる。60歳を超え隠居後の計画を楽しむべき時に、子供のことで心労が絶えないボブとフローレンスだった。特に「親として失敗した」と嘆くフローレンスからは朗らかさと笑みが消え、髪はまたたく間に白くなり、体重も減った。
実家を出て以来スージーは、あれほど敬愛していたシャープ判事も含め、シャープ家の親類との交流を絶った。代わりに彼女は、クレナー家に頻繁に出入りするようになる。両親にあてつけるかのように、黒い大きなチャウチャウ犬を飼い始めた。チャウチャウはその後2頭に増えた。

その年の6月、トムは3年以上前から同棲していたキャシーと再婚する。トムの父親チャックは入院中で、結婚式に出席できなかった。夏にトムは、キャシーと息子たちを連れて両親を訪ねた。息子たちはビタミン剤や薬を大量に持参した。「飲まないとママに怒られる」という2人を「言わなきゃわかりっこないよ」と言いくるめ、トムは薬を全部捨てた。トム似のジョンはスポーツ好きでクラスで一番足が速いが、スージーに体育の時間以外でのスポーツは禁止されていた。その夏キャシーは、ジョンとジムがトム、デロレス、チャック、ジェイニー、ボブ、フローレンスのひどい悪口を吹き込まれているのを知り驚く。また2人は彼女に、フリッツがしょっちゅう出入りし、時には泊まっていくこともあると言った。
トムの父チャックは心臓疾患で11月に死亡した。

                  
                   デロレス、ジョンとジム                       トム、キャシー、ジョンとジム

                   
                                    デロレス、ジョン、ジム、キャシー

1984年春の息子たちのアルバカーキー訪問は、スージー側の降雪のためキャンセルされた。弱っていたクレナー医師が、5月に心臓障害で死亡する。父親の葬式でフリッツは、まるで父親が乗り移ったかのように振舞った。フリッツはクリニックを再開し、選んだ患者のみ診察を始める。判事を引退していたスージー・シャープはフリッツのことを大学に問い合わせ、フリッツが大学に在籍していなかったことを確認するとフリッツの母親である妹のアニー・ヒルに電話で警告した。クリニックは間もなく、患者に何の説明もないまま突然閉院した。

その夏にトムの所に来たジョンとジムは、以前と同様色白で目が落ち窪んでいたが、それに加えて顔にいくつか傷ができていた。2人は、フリッツがホクロを切除したのだと言う。
医学を志したこともあるトムは、ホクロは成長期には手をつけない方がいいと知っていた。トムもフリッツに疑惑を抱き始める。

                     

ジョンとジムは、例年通り乗馬や遊園地、コロラド州への週末のキャンプなどを楽しんだ。キャンプから戻った7月22日、大雨のため帰宅は真夜中を過ぎていた。週に2、3回電話をかけてくるデロレスは、この日トムたちがキャンプから戻ることを知っていたので、トムはすぐにも電話が鳴るものと思っていた。が、電話は鳴らず、トムは待ちくたびれたデロレスが寝てしまったのだろうと思った。
月曜日にもデロレスからの電話はなく、トムはキャシーに「明日も電話がなかったら、夜こっちからかけてみよう」と話す。
火曜日。トムは仕事のあと、キャシーと息子たちと映画『キング・オブ・デストロイヤー』を見ることになっていた。午後5時ちょっと前、待ち合わせ場所に向かってオフィスを出ようとしていたところに警察の使いの牧師が来た。

「お気の毒ですが、悪い知らせです。 ・・・お母さんとお姉さんが、殺害されました・・・」

 

《 につづく 》

 

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