ハナママゴンの雑記帳

ひとり上手で面倒臭がりで出不精だけれど旅行は好きな兼業主婦が、書きたいことを気ままに書かせていただいております。

アウシュヴィッツ ② [訪れる理由]

2013-05-27 20:18:05 | クラクフ (ポーランド)

 

                   “AUSCHWITZ-BIRKENAU  The Place Where You Are Standing・・・”

                         これは、昨年アウシュヴィッツ‐ビルケナウ博物館が出版した写真集のタイトル。

            1944年にナチス親衛隊員によって撮られたビルケナウの写真31枚が、今日の同じ場所の写真と並べて紹介されているそうです。

 

              

                           (写真集を紹介する動画はこちら。値段は39PLN(¥1217)のようです。)

                     《2014年1月28日追記: 動画はなくなり、値段は29PLN(¥920)に下がっているようです。》

 

侵攻してきたナチス・ドイツ軍により、ポーランドの小さな田舎町オシフィエンチムの郊外に造られた強制収容所・絶滅収容所。1945年1月末にソ連軍によって解放されるまで、膨大な数の命が奪われました。

収容所が1947年にソ連からポーランドに返還されると、ポーランド政府はアウシュヴィッツ(アウシュヴィッツⅠ)とビルケナウ(アウシュヴィッツⅡ)を、博物館として保存・公開することを決定。

 

1979年には、ユネスコの『負の世界遺産』に登録されました。

2007年には、ポーランド政府の要請により登録名称が、それまでの『アウシュヴィッツ強制収容所』から『アウシュヴィッツ‐ビルケナウ ドイツ・ナチスの強制・絶滅収容所(1940-1945年)』に変更されました。(「ポーランドにあるからといって、ポーランド人が造ったものではない。誤解を招きたくなかった。」とのこと。わかります。)

 

アウシュヴィッツで命を落とした犠牲者の数には諸説がありますが、現在のところ一般的には110万人から150万人と考えられているようです。

数多く存在したナチス・ドイツの強制・絶滅収容所の中でも最大規模で死者数も最多だったアウシュヴィッツは、ナチスの残忍さやホロコースト(ユダヤ人大虐殺)を象徴する存在になりました。

(ここで忘れてはならないのは、ナチス・ドイツは600万人のユダヤ人のみならず500万人の非ユダヤ人も殺害したということ。非ユダヤ人の中で最も犠牲が大きかったのはポーランド人で、約300万人が命を奪われたと考えられています。)

 

あまりにも悲惨で、あまりにも重い歴史をもつ収容所跡。嬉々として観光に出掛けるような場所では、もちろんありません。

(一生に一度は訪れておくべき場所だろうな・・・)私はずっと、漠然と考えていました。でも積極的に訪問の計画を立てることはありませんでしたし、アウシュヴィッツが正確にはどこにあるかすら知りませんでした。

 

クラクフに行くことになり、アウシュヴィッツが日帰りできる距離にあることがわかって初めて、(これは・・・行かなくちゃ!)という気になったわけです。

でも、なぜそんな風に感じるのでしょう? 特に私なんて、これまで歴史にはほとんど興味を持たずに生きてきたのに。

  

オンライン・旅行ガイド“In Your Pocket”で、そんな私を後押ししてくれる記述を見つけました。以下、抜粋の拙訳です。

「オシフィエンチムは、何世紀にもわたって世界の出来事には関わりなく静かに存在してきた町だった。しかしそれは、第二次大戦中にドイツに占領されアウシュヴィッツと呼ばれるようになったその町が、第三帝国の最大規模の死のキャンプの建設地に選ばれたことで変わった。推定で110万人から150万人が虐殺されたことにより、アウシュヴィッツの名は永遠に歴史に刻まれることになった。

 ポーランドを、とりわけクラクフやカトヴィツェを訪れる人々は、アウシュヴィッツまで脚を延ばすか否かの選択を迫られる。難しい問題だ。アウシュヴィッツを積極的に『訪れたい』と言う人は少ないだろう。アウシュヴィッツを訪れる人々の大半は、それぞれの理由から、『訪れなければならない』という気持ちに突き動かされてそうする。そういう気持ちに突き動かされることのない人々には、訪れない理由を見つけるのは簡単だ: 十分な時間がない。知る必要があること、知りたいと思うことは既に知っている。わざわざ訪れるほどの個人的理由がない。感情を激しく揺さぶられそうなそんな場所を、何百人もの人々と一緒に訪れる気になどなれない。

 アウシュヴィッツを訪れた我々に言えることは、『実際に訪れるまでは、アウシュヴィッツを避ける理由はどれもこれも道理にかなっているように思える。しかし、実際に訪れた人々は、誰もが口を揃えて訪れることを勧める。』ということだ。

 アウシュヴィッツ博物館とツアーは、人類の歴史の最も残虐な行為のうちのひとつを見せつける。アウシュヴィッツは知り尽くしていると思っても、実際に訪問したことにより得られる奥行きは、机上の知識とは比較のしようがないほど深い。行くか行かないかは、貴方次第だ。しかし、ひとつだけ深く心に刻んでおかなければならないことがある。アウシュヴィッツはユダヤ人の問題でも、ポーランド人の問題でも、ドイツ人の問題でも、ジプシーの問題でも、歴史家の問題でもない・・・・・ 人間の問題を象徴する場所である。それ故我々は、誰もがアウシュヴィッツを訪れるべきだと考える。」

 

アウシュヴィッツ‐ビルケナウ博物館のウェブサイトによると、2011年の訪問者数は過去最高の140万5千人を記録したそうです。とくに着目すべきなのは、若者の訪問者数が飛躍的に伸びたこと。訪問者のうち100万人以上が若者(何歳までを若者としているのかは不明)で、前年比で15万人も増えたそうです。

ポーランドの共産主義が崩壊して以来、着実に伸び続ける訪問者数。2008年だけ前年より減ったのは、世界的不況のためだと思われます。

               

国別の訪問者数一覧表。

                        

 

しつこい私は、それぞれの国の2010年の人口から、国民10万人あたりの訪問者数を出してみました。

 

                         2010年人口        2011年アウシュヴィッツ訪問者数        国民10万人あたりの訪問者数

          ポーランド          3810万人              610,500人                     1602.0人

          イスラエル           760万人               62,000人                      815.7人

          ドイツ             8180万人               58,000人                       70.9人

          イギリス           6200万人               82,200人                      132.5人

          アメリカ          3億930万人               51,800人                       16.74人

          韓国             4940万人               43,100人                       87.24人

          日本           1億2780万人              10,700人                        8.37人

 

アウシュヴィッツを抱えるポーランド人の訪問が、やはり最多ですね。イスラエルも、距離にもめげず頑張っています。ちょっと意外なのは、訪問者数が2位のイギリス人。ポーランドと国境を接するドイツ人より多いなんて。クラクフの観光客の1/4がイギリス人とのことだから、クラクフを訪れ、ついでにアウシュヴィッツに脚を延ばすのかもしれません。私みたいに。私はイギリス人じゃないけど。

それから、距離にもめげずに韓国が頑張っています。距離的には日本とそれほど変わらないのに、人口10万人あたりの訪問者数は、日本人の約10倍! 

日本からの訪問者が少ないのは、政府が国民のアウシュヴィッツ訪問に消極的だから。アウシュヴィッツ訪問により日本国民が、日本の戦争犯罪・戦争責任を意識するようになっては困るから。 ・・・こんな疑惑をもつ私は、被害妄想の気があるのかな?

 

博物館のサイトによると、観光シーズン中の大混雑緩和のため、博物館のあるアウシュヴィッツⅠは、4月から10月までの毎日午前10時から午後3時までは、ガイド付きの博物館ツアー客のみしか入場できないそうです。一人だけだけど日本人ガイドさんもおられるようなので、ガイド付ツアーにしようかとも思ったのですが・・・ やはり私は自由が好きなので、今回はツアーでなく個人で、10時から15時までのアウシュヴィッツⅠ入場を避けて訪れようと思います。日本人ガイドさんを予約しておいてその日が土砂降りになったら嫌だし、一人なら、思った場所で思った時間をかけて見てまわれるので。

ちなみに、アウシュヴィッツ博物館唯一の日本人公式ガイドさんは、中谷剛(なかたにたけし)さん。ポーランド旅行をきっかけにポーランド語を猛勉強して、アウシュヴィッツに関しても猛勉強して、オシフィエンチムに移り住んで、博物館の公式ガイド資格を取得されたようですね。頭が下がります。

中谷氏のエッセイ『良心の選択』。考えさせられます。ぜひ読んでみてください。

 

                

 

訪問者に開放されているのは、博物館のあるアウシュヴィッツⅠ(③)とアウシュヴィッツⅡビルケナウ(④)で、ⅠとⅡの間は無料のシャトルバスが定期的に走っているそうです。

来週の今頃はもうクラクフにいるなんて、信じられないなぁ。天気に恵まれますように。

 

≪ おわり ≫

にほんブログ村 海外生活ブログへ にほんブログ村

コメント    この記事についてブログを書く
« 被害者の身元と3女性の勇気 | トップ | クラクフ・ゲットーとシンド... »

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

クラクフ (ポーランド)」カテゴリの最新記事