二上山雄岳に登り、大津皇子墓を見てきました。
大津皇子墓は、奈良県葛城市と大阪府太子町との境を隔てる二上山の山頂付近で、わずかに葛城市側にあります。
その日は、ふもとにある「當麻の家」という道の駅に自動車を駐めて出発です。登山口近くには倭文神社があります。
ここの倭文神社は、全国に存在する倭文神社の大本らしいです。正確には葛木倭文座天羽雷命神社(かつらぎしとりにいますあめのはいかづちのみことじんじゃ)という大変長い名前の神社です。織物を持ち込んだ渡来人である倭文氏の祖神だそうです(ネット情報)。
そこから、雄岳の頂上を目指して登るのですが、日頃の運動不足を省みず、大股で登って行ったものだから、後で凄くばてました。
そうこうしているうちに大津皇子墓到着。
例によって宮内庁の時代がかった定書もあります。
ぐるっと一回り。
多分円墳なんでしょう。
それから、特に興味はないけれど山頂に行って見ると、神社が・・・
これは二上神社というらしいです。
そういえば、二上山といばサヌカイトですよね。ということで、どこで採掘されるかも知らず、下山中はとりあえず下を見ながら歩いていました。
石を見つけて、叩いたらなんとなく石器みたいになりました^_^
写真で見たサヌカイトとは違っているかも・・・・
夕焼けの二上山。綺麗でした。
次回は、真の大津の皇子墓ともいわれる鳥谷口古墳をご紹介します。
大津皇子墓は、奈良県葛城市と大阪府太子町との境を隔てる二上山の山頂付近で、わずかに葛城市側にあります。
その日は、ふもとにある「當麻の家」という道の駅に自動車を駐めて出発です。登山口近くには倭文神社があります。
ここの倭文神社は、全国に存在する倭文神社の大本らしいです。正確には葛木倭文座天羽雷命神社(かつらぎしとりにいますあめのはいかづちのみことじんじゃ)という大変長い名前の神社です。織物を持ち込んだ渡来人である倭文氏の祖神だそうです(ネット情報)。
そこから、雄岳の頂上を目指して登るのですが、日頃の運動不足を省みず、大股で登って行ったものだから、後で凄くばてました。
そうこうしているうちに大津皇子墓到着。
例によって宮内庁の時代がかった定書もあります。
ぐるっと一回り。
多分円墳なんでしょう。
それから、特に興味はないけれど山頂に行って見ると、神社が・・・
これは二上神社というらしいです。
そういえば、二上山といばサヌカイトですよね。ということで、どこで採掘されるかも知らず、下山中はとりあえず下を見ながら歩いていました。
石を見つけて、叩いたらなんとなく石器みたいになりました^_^
写真で見たサヌカイトとは違っているかも・・・・
夕焼けの二上山。綺麗でした。
次回は、真の大津の皇子墓ともいわれる鳥谷口古墳をご紹介します。