東日本大震災支援 地域の教育力を発揮するプロジェクト。

長野県泰阜村に拠点を置くNPOグリーンウッド自然体験教育センターの災害支援情報です。 

【はじめに】

NPOグリーンウッドは震災支援プロジェクトを立ち上げました。阪神大震災、中越地震などでの支援活動の経験を活かし、泰阜村の教育力を土台にして、特に被災したこどもの支援を行います。


約50名の福島のこどもを山賊キャンプへ招待します。
今回、募集している支援金はその参加費用に充てられます。

● 2012年度夏キャンプ 目標支援額
 ¥3,000,000 → 現在の支援額 \1,084,642(5/1現在)


●支援受付はこちら

NPOグリーンウッドの支援活動方針についてはこちら(pdf)

支援活動の報告を以下のブログで行います。ぜひご覧ください。


NPO法人グリーンウッド自然体験教育センター
【問合せ先】:info@greenwood.or.jp

今こそ外遊び

2012年05月25日 22時48分34秒 | 雑感・想い
信州のど真ん中。

ワインのふるさと塩尻市で、10月に白馬で開催する「信州発アウトドア&ネイチャーフェスタ」の実行委員会がありました。

アウトドア、自然体験のメッカである信州長野県。

その面積の広さから、全県に及ぶアウトドアのネットワークを創るのがなかなか困難でした。

しかしこの10月に開催されるフェスタを機に、全県のネットワーク構築が進んでいます。

私も不肖ながら、この実行委員会の特別アドバイザーとして関わっています。

まあ、用務員のようなものですが(笑)


昨年10月から重ねてきた実行委員会。

皆、手弁当で集まっています。

ようやく、基本プログラムも固まり、広報に入れそうです。

それに伴い、実務的な課題が次々とあらわれるのですが(苦笑)。

その混沌さを、全県から集まる皆さんと楽しく乗り越えていこうと思います。


このフェスタのテーマは「今こそ外遊び」。

震災、そして原発事故で、思い切り外遊びをできなくなってしまった福島のこどもたちに、信州のアウトドアや自然体験に関わる人びとが何ができるのかを問う意味もあります。

もちろん、日本全国の人びとも。


私は、実行委員でありながら、分科会を受け持つことになりました。

福島県鮫川村を拠点に活動する「NPO法人あぶくまエヌエスネット」の進士さんと共に。

テーマは「被災児童×自然体験教育(仮)」。

内容、進め方はまだ未定ですが、私のこの1年半の動きをふりかえり、渾身の想いで伝えたいと思います。

10月、ぜひ信州白馬村に足をお運びください。


代表 辻だいち

福島行脚その2

2012年05月24日 23時50分38秒 | 信州こども山賊キャンプ招待
福島行脚の続きです。
昼に、田村市の高速のICを降りてすぐのコンビニの駐車場。

信州こども山賊キャンプに招待するこどものお母さんたちと、初めて顔を合せました。


その後、鮫川村役場に向かい、あぶくま高原のたおやかな山々を見つめながら、車を走らせました。



鮫川村役場で、南信州泰阜村からはるばる駆けつけてくれた泰阜村の横前副村長と合流。


鮫川村副村長、総務課長、教育長と、今後の泰阜村と鮫川村の交流の可能性について会談でした。

昨年以来、丁寧にやりとりを重ねてきた教育委員会の北条課長や矢吹さんの信頼が土台にあり、会談は終始和やかに進みました。
鮫川村のこどもたちを信州こども山賊キャンプに今年も招待すること。

全国6か所のこども交流活動について鮫川村のこどもたちも参加すること。

泰阜村と鮫川村の少年野球の交流をすること。


ただのNPOだけではなかなか進まないことを、泰阜村の副村長が来てくれて進むこともあります。

そしてそれを受け入れてくれた鮫川村の皆様にも感謝。

その後、鮫川中学校を訪問し、校長・教頭と三井物産の6か所こども交流の件について、説明と協力のお願いでした。

校長も教頭も、はじめは険しい顔をしていましたが、一生懸命に話をするうちに、なんとか協力の言葉をいただくことができました。

一安心です。


鮫川村の一連の動きを水面下で支えていただいたのは、NPOあぶくまエヌエスネットの進士さんと三瓶さん。

お二人との10数年にわたる関係が、今回のこの場を実現させました。



ひとつひとつ丁寧に、顔をつきあわせて、心を込めて言葉を発する。

それをおろそかにせず誠心誠意向き合うと、やっと理解が深まり、ようやく信頼をいただけるようにもなってきていることを感じます。

きっと、ここからが支援なのでしょうね。

「長期的」「息の長い」「身の丈にあった」

これらの言葉が、試されます。


しかし、福島行脚のすべてを1日でやり遂げ、南信州まで帰るのは、なかなか疲れました。

身体が資本ですね。


代表 辻だいち

福島行脚その1

2012年05月23日 21時18分01秒 | 信州こども山賊キャンプ招待
今日はまさに福島行脚。

まずは、昨日一献傾けた飯舘村避難宿舎を再訪。

管理人の方と情報交換をしていると、会長さんが「な〜んだ、来てたのか。来ねえな〜と思ってたのよ」と笑顔で部屋に入ってきました。

あらら、昨夜は「明日は俺はいねえ」って言ってたのにな〜(笑)。

やっぱりお酒を飲んでいろいろと想いを話せたのがよかったのか、今日も飯舘村の人びとが直面する課題について訥々と語ってくれました。

そして、再来週、この宿舎で開催するキャンプ説明会での再会を約束して、宿舎を後にしました。



東北道、磐越道を走り、田村市に移動です。

田村市では、信州こども山賊キャンプに招待するこどものお母さんたちが、待っていてくれました。

急遽お会いすることになったため、時間が十分にとれず、高速のICを降りてすぐのコンビニの駐車場で、パンフレット片手に待っていただいたお二人と顔を合せました。

お二人とも今日、急遽お休みをとって駆けつけていただいたとのこと。

これまで電話だけだったお二人と、顔を会わせることができ、改めて想いをしっかりと伝えることができました。

お二人も、私と顔を会わせることで、ちょっぴり不安が取り除けたものと想います。

私も、お二人の顔を見て、安心しました。


その後、鮫川村役場に向かい、あぶくま高原のたおやかな山々を見つめながら、車を走らせました。



メールや電話などがどれだけ発達しても、やっぱり顔を合わせて、目を見て、声を聞いて、雰囲気を感じて、直接話すことには替えられません。

手間暇かけて東北の人びとに接する姿勢、大切にしたいと想います。

それが、豊かな縁を紡いでいくには、必要な姿勢だと信じて。


鮫川村役場に向かった後のことは、次回に。


代表 辻だいち

今度は泊まってけ

2012年05月22日 23時46分54秒 | 信州こども山賊キャンプ招待
今日、福島市にある飯舘村の避難宿舎を訪れました。

原発事故の影響で、全村避難を余儀なくされた飯舘村。

その飯舘村のこどもたちを、信州こども山賊キャンプに招待する。

このために、この2か月間、何度も足を運んできました。


3月に初めてこの宿舎を訪れた時、自治会長さんは辛口でした。

それでも「おい、これであきらめちゃいげねど。俺に言われたくらいで来なくなるならそれまで。困難なことに立ちむかうことが大事。また来いや」と帰り際に笑顔で言ってくれたことを思い出します。

2か月間、足を運んだり、電話をしたり、メールをしたり。

宿舎の管理人の方々と、丁寧に丁寧にやりとりを続けてきました。


そして今日、再度打ち合わせをする予定でした。

会長さんが奥の部屋に待っていて「飲むか」と一言。

急いで管理人さんとの打ち合わせを終えて、本当にようやく、ようやく酒を酌み交わすことができました。

この1年で起こった事象に対して、飯舘村の自治会長さんが想うことあれこれを訥々と。

私は聴くしかできません。

でも、ようやく想いを私にぶつけてくれるようになりました。

何度も何度も足を運んで、本当にようやくです。

途中から宿舎の方々数人も加わり、私が信州から持参した日本酒と、宿舎で用意した日本酒を飲み尽くしました。


▼へべれけになるまで飲んだ





「おい、今度は泊まってけ」と赤い顔で会長さんは言ってくれました。

帰り際、自治会蝶さんの肩をもみました。

その肩は、1年間、緊張感のなかで闘い続けてきた肩でした。

こんなことしかできません。

私の亡き親父にもむように、もみ続けました。


私たちは、飯舘村からもこどもを数人、キャンプに招待します。

教育キャンプを通して生まれた南信州泰阜村と福島飯舘村の縁。

村を捨てる教育から村を捨てない教育への転換を模索する泰阜村が、村を捨てざるを得ない状況に直面する飯舘村の人びとに、教育を通して支援します。

「支援」という「縁」が紡がれ始めます。


再来週、この宿舎でキャンプ説明会を開催します。


代表 辻だいち

あれから1年

2012年05月19日 23時02分39秒 | 暮らしの学校だいだらぼっち長期受け入れ
今日は早朝から田植えです。

1年間の山村留学:暮らしの学校「だいだらぼっち」のこどもたちと共に、まさに一家総出の大仕事。

こどもたちが責任を持つ一反歩(10a)の棚田は、すべて手植えにチャレンジ。

こどもたちの段取りと元気がよかったのでしょうか、それとも全国から駆けつけた保護者の皆さんやスタッフのサポートがよかったのでしょうか、午前中ですべて終わらせることができました。


▼一家総出の大仕事




私は、こどもたちにレクチャーをした後、作業を抜け出して、スタッフが責任を持つ一反歩(10a)の田んぼを、隣のおじいま(おじい様の意味)から借りた小さな田植え機で植えました。

見てるよりやるのは難しい。

後半に応援に来てくれたこどもや保護者やスタッフに田植え機をやってもらうと「難しい〜」と皆言っていました。


▼やってみると案外難しい田植え機



スタッフ田んぼも午前中にすべて植え切り、そばを流れる清流のほとりでみんなでお弁当を食べる時間は至福の時間でした。


▼働いた後の昼食はことのほかおいしい




暮らしの学校「だいだらぼっち」には、福島からの被災児童が参加しています。

今年2年目の彼女は、今日も元気に田植えをしました。

苗を植えながら彼女に声をかけました。

「去年の田植えのこと、覚えてるか?」

「うん」


昨年の田植えの時。

彼女は泰阜村にやってきました。

暮らしの学校「だいだらぼっち」の見学です。

お母さんに連れられた彼女は、青白い顔をして緊張していました。

1日一緒に田植えをして、彼女は「楽しい」と言った。

そして1か月後、彼女は本当に泰阜村にやってきました。


共に暮らす仲間に支えられた1年。

泰阜村の風土と人々に支えられた1年。

彼女は知らないであろう見えない全国の人びとに支えられた1年。

その1年を土台にして、今日、彼女は、今年から参加した仲間に、田植えのことを教えます。

彼女が仲間を支えます。

とても素敵な1日でした。



▼こどもたちがいろいろな役割を果たす。まさに支え合いの田植えです



田植え機との格闘で、身体中が痛いのですが(笑)、心地よい疲労感に包まれています。


代表 辻だいち

白球を追う

2012年05月13日 23時22分57秒 | 雑感・想い
この土日、泰阜村の少年野球の合宿でした。


▼こどもたちが白球を追う




昨日あった公式戦は、自滅パターンで大崩壊の1回戦負け。

さっさと村に戻って、夕方までハードな練習に明け暮れました。

くたくたになっても夜は勉強会。

女の子がたくさん入ったチームには、まずはルールの勉強が急務です。

大人たちも一緒に泊まってもちろん飲んで野球談議を夜更けまでした。


▼監督さんから教えを受ける




今日も快晴。

昨日太ももをつって悲鳴をあげた長男も、朝からすこぶる元気です。

基礎練習をみっちりとして、夕方にはやりきった爽快な顔となりました。

私も重い身体をぼちぼちあたためながら、こどもたちの野球のサポートに、グラウンドを駆け巡りました。


福島に足を運ぶと野球をやめていく少年たちが多いという話を聞きました。

土とまみれることがあたりまえの野球。

放射線を心配してやめさせる親が多いということです。

それは、放射線の線量が高い地域はもちろんのこと、さほど高くない地域でも。


思う存分、白球を追う。

それができなくなったこどもたちが福島にいます。

足がつるまで、思う存分白球を追うことができる泰阜村の少年野球のこどもたち。

16名のうち女子が5名で、9名揃えて試合に出るのもままならない弱小チームです。

そんな泰阜村のこどもたちは、何ができるのでしょうか。

福島の少年野球チームと泰阜の少年野球チームが、野球を通して交流できないか、検討中です。


▼女子も試合に出る





泰阜村は難しいことはあれこれできません。

ただただ野球をやることが、福島のこどもの支援になる。

その支援から生まれる縁を丁寧に紡ぎ、「支縁」になっていく。

この考え、泰阜村の人びとが皆、賛同してくれています。


▼野球を通して東北と豊かな縁を





私は、今年度、泰阜村少年野球チームの保護者会長。

実現できるでしょうか。

あきらめません。

やることいろいろあるぞ〜

代表 辻だいち

福島のこどもがまた来ます

2012年05月11日 23時24分04秒 | 信州こども山賊キャンプ招待
今日、泰阜村教育長と打ち合わせをしました。

被災地からこどもたちを招待する件などです。

今日までに、夏の信州こども山賊キャンプに招待する福島のこどもが、39名確定しました。

浜通りのいわき市、中通りの福島市、田村市、そして飯舘村のこどもたち。

あと10名くらいは増えそうです。

昨年は、全国のあちこちで東北のこどもたちの招待キャンプが開催されました。

今年はどうなのでしょうか。

日々薄れゆく被災地への関心。

でも、福島のこどもたちを取り巻く環境は、日に日にきびしくなるばかりです。


泰阜村では今年も、引き続き福島のこどもをキャンプに招待します。

3月、4月、私は幾度となく福島に足を運びました。

私たちの想いを理解してもらうため。

私たちを信頼してもらうため。

この想いを、泰阜村行政も、支援してくれます。

近いうちに、教育長を連れて、福島に行くことになりそうです。

この夏も、キャンプを通した被災児童の支援、がんばりますよ〜

招待する費用について、また皆さんにご支援をお願いすることになります。

支援は長期だから支援です。

よろしくお願いします。


代表 辻だいち

自然と人間の共生

2012年05月08日 20時55分15秒 | 支えあいの指導者育成
5月8日。

私にとって特別な日です。

今年度、私は昨年度に引き続き、立教大学新座キャンパスで「自然と人間の共生」という授業を非常勤で受け持っています。

泰阜村のようなへき地山村に住む人々が営む、自然と共存する暮らし。

その暮らしに潜む教育力を学び、今求められる自然と人間の関係性を考える。

そんな授業です。

拙著「奇跡のむらの物語 〜1000人の子どもが限界集落を救う!〜」がテキスト。

今回は「お互い様は身体で学ぶ」というお話。

NPOグリーンウッドが主催する1年間の山村留学:暮らしの学校「だいだらぼっち」のこどもたちが「飼ってるニワトリを絞めるか絞めないか」「米作りに農薬を使うか使わないか」について真剣に話をしているビデオ(テレビ取材)を見せました。

学生さんは、一様に驚きの声をあげていました。

そしてその学びを支える泰阜村の「お互い様の文化」にも。

「サンマよりヨンマ」(拙著を読んでいただいた人にはわかる)の話も学生さんには響いていましたよ。

そんな学生さんが、震災支援の話にも目を輝かせ、耳を立てて聞き入っていました。

津波や原発事故で、自然と向き合う暮らしが失われました。

自然は恵みをもたらす対象から、危険をもたらす対象へと変質してしまいました。

「放射能に比べれば農薬なんて」とつぶやく福島の人びとに、私たちはなんと答えればいいのでしょうか。


私たちNPOグリーンウッドができる身の丈の支援は、教育活動です。

自然の猛威におびえきったこどもたちに、もう一度自然の素晴らしさを伝えたい。

無残にも奪われた集落の底力を、もう一度こどもにたちに伝えたい。

そんな私の想いも、きっと学生さんに伝わったことでしょう。

今年も福島から、こどもたちを信州こども山賊キャンプに招待します。

現在、福島県内のあちこちと、水面下で折衝中です。

学生さんに、福島のこどもたちが参加するキャンプのボランティアをしてほしい。

そんな想いを込めて、授業を行いました。


でも、一番反応があったのは「今日は俺の誕生日だ〜」と言った瞬間でした(笑)。

250人を超える学生さんから一斉に拍手をもらい、授業後に全員が各書くコメントペーパーにも「先生おめでとう!」の言葉が躍りました。

いくつになっても、祝福されるのはいいことですね。

学生さんに「ありがとう」と返しました。

私を丈夫に産んでくれた母親に感謝を込めて。


代表 辻だいち

南三陸から(その2)

2012年05月02日 23時45分18秒 | 支えあいの指導者育成
先日、宮城県南三陸町に行ってきました。

沖縄国頭村、福井若狭地区、長野泰阜村、福島鮫川村、宮城南三陸町、北海道浜中町の6地域のこどもたちの交流活動の打ち合わせのためです。


南三陸町の歌津地。

壊滅的な被害を受けました。

高台にある伊里前小学校にも、腰まで津波が押し寄せたそうです。

小学校の校庭に立つと、目の前の集落がすべて失われています。

1年たった今でも、目を疑う光景です。

この小学校のこどもと、全国のこどもたちを交流させたい。

そんな打ち合わせを、校長先生としました。

打ち合わせには、くりこま高原自然学校の佐々木さんと、RQ市民災害救援センター歌津ブランチが発展して発足した天狗のヤマ自然学校の蜘滝さんが同席してくれました。


打ち合わせを終えると、玄関には写生をしているこどもたち。

「1年たって、やっと落ち着いてきました」と校長先生は言います。

「桜の花を描いている」と屈託なく笑うこどもたち。

その小さな胸にいきなり刻まれた深い傷はいかほどだったのか。

校庭には、仮設住宅が立ち並び、狭くなったその校庭で体育の授業が行われていました。


▼写生に没頭するこどもたち




▼校庭で体育を受けるこどもたち





津波がすべてをさらった街に降り立ち、伊里前川を眺めると、ザワと呼ばれる仕掛けがありました。

海からあがってくるシロウオを獲る仕掛けだそうです。

1年たって、魚があがってくるようになった。

それをこの地区のこどもたちが学習題材とし、それを秋にここ歌津で開催される6か所のこども交流活動フォーラムで発表しようと。

この川で、こどもを遊ばせるためには、川底のガラスを拾わなくてはならないそうです。それでもこどもたちはたくましく生きている。


▼これは地元の人びとがしかけた「ザワ」




▼これは、こどもたちがしかけた「ザワ」。ほほえましい





何もなくなった街に、魚があがってきた。

何もなくなった街で、こどもたちも大人も前向きに生きようとしている。

秋にここ南三陸町歌津地区で、こども交流活動のフォーラムの開催が決定しました!

事務局を、信州の山村で活動する私たちNPOグリーンウッドが担います。

震災支援はいろんな形があっていい。

よい交流活動になりそうです〜


▼全世界のみなさんへ




代表 辻だいち

2012年04月30日 23時15分19秒 | 雑感・想い
日曜日は、なぜか走るのが大好きな(笑)長野県民が楽しみにしている「長野県市町村対抗駅伝大会」でした。

中学生以上の一般男女が、おらが村の名誉をかけて襷をつなぎます。

さすがに私は村代表には選ばれませんでしたが。

一般男女が走っている最中に、小学生の部の大会があり、わが泰阜村チームも出走。

私の次男と長女もメンバーに入れてもらって、その応援に行ってきました。

泰阜村の人びとの声援を受けて、小さな襷をつなごうと必死のこどもたち。

その一所懸命な姿に、とても勇気づけられました。


東日本大震災の影に隠れていますが、翌日3月12日朝に発生した長野県北部地震の震源地である栄村も、駅伝大会に出場していました。

こどもも大人も、被災地もそうでない地も、襷を懸命につなぐ。

想いをつなぐ。

この懸命な姿に、応援をためらう人はいないでしょう。

人びとは、ダイナミックなことを応援するのではなく、地道な暮らしを応援するものです。

小さな力を寄せ集め、立ち上がる想いをつなぎ、支える想いを紡ぎ、暮らしは動いていく。

どんなに苦しいことがあっても、どんなに打ちのめされても、あきらめずにコツコツと走り続けるその軌跡、暮らしの1日1日を積み重ねていくその軌跡が、小さな奇跡を起こす源となります。

走ることが好きな県民性、悪くないな〜と想いました。

みなさん、一緒にコツコツ走っていきましょう。

自分のペースで。


代表 辻だいち