生かされて

乳癌闘病記、エッセイ、詩、童話、小説を通して生かされている喜びを綴っていきます。 by土筆文香(つくしふみか)

誓うとは?

2018-09-03 16:42:17 | ティーンズ
9月に入った途端涼しくなって、ほっとしています。

男性が結婚の申し込みに相手の家に行くとき、「娘さんを幸せにすると誓います」と言う人が多いと思います。

でも、人が人を幸せにできるでしょうか。もちろん、その言葉は嘘偽りがなく、誠実な気持ちで言うのですが……。

結婚してから思わぬ出来事、たとえばどちらかが病気になる。会社が倒産して収入がなくなる。災害にあって財産、家を失うなど……その人の責任ではありませんが、妻を幸せにするという誓いが果たせないことがあります。

結婚式のとき、キリスト教では司式をされる牧師先生が『……その健やかなるときも、病めるときも、富めるときも、貧しきときも、死が二人を分かつときまで、命の灯の続く限り、あなたの妻(夫)に対して、堅く節操を守ることを約束しますか』
と、夫になる人と妻になる人、それぞれに尋ねます。牧師先生の言葉に続いて『はい。約束します』と答え、誓約が成立します。

ところが教会で結婚式を行う予定のふたりが、結婚カウンセリングを受けたとき、男性の方が「結婚の誓約はできない」と言ったそうです。
牧師先生は頭を抱え、女性は泣き出してしまったそうです。

この話を聞いて、彼がいかに誠実であるかわかりました。男性は、100%確信できないと誓えないと言いました。誓約を単なる儀式として考えるのではなく、神に対しての誓いなので、簡単に誓えないと思ったのでしょう。
誓うということに対して真剣に考えれば考える程、簡単には誓えなくなってしまいます。

先輩に「確かな思いじゃなくても、そう信じる心が大切」と言われたこと。また、彼女は確信できると言っているので、それにかけてみようと思って誓約する気持ちに変えられたそうです。

結婚しても最初は相手のことがよくわかっていません。生まれ育った家庭環境、考え方、感性などことごとく違っています。違って当たり前なのです。
結婚と洗礼は似ています。100%相手のことがわかって結婚するわけではありません。洗礼も神様のこと、聖書のことがよくわかってから受けるのではありません。
その人と共に生きることを決意したとき、結婚します。
神と共に生きる決意をしたとき洗礼を受けます。

TEENS礼拝で結婚についてのメッセージを聞いて考えたことを書きました。



にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へにほんブログ村
↑ここをクリックしてください。そうすると、より多くの方がこのブログを読んでくださるようになります。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。