観・環・感

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諏訪大社

2012年09月15日 | 旅・風景・グルメ
7月に長野に行ったときの写真の整理がようやくできた。


諏訪大社上社本宮 (諏訪大社に本殿といわれる建物はない)

ところで、諏訪大社(すわたいしゃ)は、長野県の諏訪湖の周辺に4箇所の境内地をもつ神社で、各地にある諏訪神社の総本社。
国内にある最も古い神社の一つとされている。そして、起源として古事記の中では出雲国譲りに反対して諏訪まで来て
そこに国を築いたとある。
しかし、諏訪大社を調べていると、なんと徳島にゆかりがあるという記事を見つけた。
“諏訪大社は光仁帝の宝亀10年(779年)に阿波の多祁御奈刀弥神社(たけみなとじんじゃ)から移遷された、
と社伝にあるそうだ。その頃、現在の長野県にある諏訪大社は「南方刀美(みなとみ)神社」と言われており、阿波から
ご祭神が移されてきたことが伝えられている。つまり大国主命の息子神である建御名方神は、徳島県名西郡石井町諏訪に
祀られ、ここから各地に広がっていった、ということである。”
国学者の第一人者である本居宣長も古事記伝の中に、建御名方命は、阿波の名方郡に由来すると記している。名方郡は、
古代の阿波国(現 徳島県)にあった郡。 郡域は、現在の徳島市の大部分(勝占町・多家良町・丈六町を除く)、
名東郡佐那河内村、名西郡石井町、神山町、板野郡上板町瀬部などの地域一帯に比定されている。
この多祁御奈刀弥神社は、また、「歴代藩主蜂須賀候の尊崇極めて篤く、毎年当社の御例祭には参拝又は代参せられし趣にて、
殊に寛永年中第四世蜂須賀光隆君疱瘡にかかられし際当社に御祈願あり奇瑞著し。又参拝道中鮎喰川の出水に遮られる事の
あるため、佐古町諏訪神社に分霊せしものと伝えられる。」とある。つまり殿様の参拝道中にある鮎喰川の氾濫がたびたび
あるので、享保五年(1720年)に徳島の中心部の佐古に分祀したとの社伝があるのだ。田舎の小さな神社を26万石の
大名が大切にするのは訳がありそうだ。
また、この神社は、阿府志(江戸時代編纂の徳島県誌)に「高志国造の阿閇氏が、この附近に住み、この地に産まれた建御名方命
を祀ったもの」という記述があるらしい。祭神は、建御名方命と・八坂刀売で諏訪大社と同様。
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