観・感・癇

野鳥観察や旅行、映画などの趣味と日常生活や世の中の状況について、
感じる事を書いています。

ツクシガモ その3

2017年03月21日 | 野鳥

13羽のツクシガモがいた。


茶色いタスキが太くて色の濃いのが雄
ツクシガモの体長は、56cm~65cmと書かれているが、雄と雌の大きさの違いだけでなく、同性同士の個体差も大きいようだ。


飛んでいる3羽は、ユリカモメ。


雄雌の2ペアー?

今ではツクシガモは見られなくなった。今年も嘴の根元の瘤がはっきりしている雄の個体は、見ることが出来なかった。







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アトリ

2017年03月20日 | 野鳥

アトリ雄


アトリ雌
最近、ここでは以前ほど野鳥が見られなくなったせいか、同好の士ともほとんど合わなくなった。木の手入れのしすぎのせいだろうか。
野鳥の避難場所となる藪状になっている箇所も少しはあったほうが良いのではないだろうか。
しかし、近年猿がよく出没するようになったこともあり、できるだけ茂みがないほうが安全かもと考えると……………難しい問題だ。
もう40年近く野鳥を観察しているが、猪、鹿、狐、猿は確実に多く見かけるようになった。(私はほとんど人里で探鳥している。)




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春の庭 その1

2017年03月19日 | 日記

3月1日の赤い木瓜


3月19日の赤い木瓜


3月1日の白い木瓜


3月19日の…………
いつの間にかピンクの木瓜になっている。去年までは白い花だったのに。
そういえば、ハナミズキもピンクと白の花の木が1本ずつあったのだが、いつの間にか両方ともピンクの花が咲いている。









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メジロ

2017年03月18日 | 野鳥
メジロを目的に写真を撮りに行くことはない。
撮影地の山で6回連続でお目当ての野鳥は見られなかった。私が行くときに限って見られない。こんなことは
初めてだ。仕方がないので、目の前にやって来るメジロでも撮影。





お天気が良いと、見えなくても気分は結構良いし、コンビニで買ったパンでもおにぎりでも美味い。








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日高市古川町 その2

2017年03月17日 | 旅・グルメ
実際に日高市古川町に行ってからすでに25日が経過している。今では雪も消えているだろうか。


写真右が円光寺、左が渡辺酒造店

「日高市古川町その1」の記事にも書いたがここの町の情報を全く持ち合わせずに出掛けてたのだが、この場所が一番
絵になる所だと思った。家に帰っていろいろ検索すると、案の定、この場所の写真はよく出てくる。


右が蒲酒造場


この中に天下の奇祭と名を馳せる「古川祭」の「御神輿行列」に登場する屋台の一つである鳳凰台が収納されている。


こちらも風情ある町並み
しかし、電柱や電線が鬱陶しい。


全国で10軒ほどある和ろうそく店の中でもすべて手作りなのは、ここだけと言われている三嶋和ろうそく店















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このカモの正体は?

2017年03月16日 | 野鳥

上の2羽は、オカシガモの雄だが、下のカモはどこか違う。


上記写真の上の右側の個体の写真


下の方のカモは、頭の部分を除くと模様が異なる。オカヨシガモの特徴である翼鏡の白い部分がはっきり見えない。
オカヨシガモ雄の幼鳥?、オカヨシガモ雌の雄化個体?


上のハシビロガモ雌と下のオカヨシガモ雄が交雑したような模様だ、
正解はオカヨシガモ雄の幼鳥のようだ


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覆面バード

2017年03月15日 | 野鳥

覆面バード? いいえ、ズグロカモメ(頭黒鴎)夏羽。




日本には冬鳥として飛来するが、数は少ない。



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「写楽忌」記念歴史文学散歩 その3

2017年03月14日 | 写楽の会

東洲斎写楽の浮世絵「大童山土俵入り」に描かれている阿波藩お抱えの力士・勢見山のお墓


横面には勢見山というしこ名と本名が書かれている。


事務局長の桑井さんがシキビの用意をしているところ。このあと参加者一人一人がお参りした。


どういうわけかNHKの取材陣が途中ではぐれ、参加者の大半が帰った後に墓地にやって来た。残った参加者で絵になるようにもう一度
お参りをした。(この場面も含め記念歴散歩の模様は、当日のニュースでちゃんと流れた。)








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「写楽忌」記念歴史文学散歩 その2

2017年03月13日 | 写楽の会

眉山に連なる勢見山の東麓にある金刀比羅神社は、かって、藍などの海上輸送の守り神として商人の信仰を集め、今でも「勢見のこんぴらさん」
と呼ばれ親しまれている。この長い急峻な石段を上がると本殿と、その奥に相撲の土俵がある。
徳島藩主蜂須賀公が花相撲を開催し、西日本では大盛況だったが、昭和30年にその幕を閉じている。その後、地元の二軒屋商工振興会が
子供たちの強く逞しい成長を祈願して、ちびっ子相撲大会として復活させている。


大鳥居の脇に建つ大きな石灯籠は、高さ10.24mで日本最大とされている。かつて、その明かりが海からも見え、津田港に入港する船の
目印となっていたそうだ。


灯籠の説明書き


オッパショ石
徳島藩お抱えの力士、勢見山の眠る墓地の近くにある。


この石の由来







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「写楽忌」記念歴文学散歩 その1

2017年03月08日 | 写楽の会

昨日3月7日は、浮世絵師・写楽の正体とされる阿波藩お抱え能役者、斎藤十郎兵衛の命日であった。このため、この日を「写楽忌」と
して広く知ってもらうため、写楽忌記念歴史文学散歩を実施した。
最初に、斎藤十郎兵衛が能役者だったことから、観世流シテ方能楽師の高橋京子氏に「徳島と能楽」について話していただいた。
この場所は、阿波藩の能舞台があった場所。


講師が「高砂」を皆さんにも唄ってもらうということで、慌ててて写楽の会事務局長さんが読本配布の用意をしているところ。


「高砂」を唄っているところ。「写楽忌」周知に向けての幸先のいいスタートとなった。
(東京オリンピックの年、2020年は、斎藤十郎兵衛の没後200年。)



この歌碑は、赤い靴、七つの子、シャボン玉など有名な詩人の野口雨情が最後に来県してから80年を記念して昨年建てられたもの。
以下、徳島新聞の「鳴潮」から
雨情は、北原白秋や西条八十(やそ)とともに童謡界の三大詩人と呼ばれた。日本全国を旅して、小唄なども各地で多く残している。
徳島には3度来て、当時の11市町村で122節の唄を詠んだ。<むかし忍んで徳島城の 松に松風絶へやせぬ>


写楽忌翌日の徳島新聞記事





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