5年前に読んだこの本は忘れがたい。読書日記から転載しておきたい。
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■2004/05/19 (水) シンガポール
「思い出の昭南博物館」:E・J・H・コーナー、中公新書
昭和17年2月、日本軍は英国の植民地シンガポールを攻略し、英国軍は降伏した。
山下将軍がパーシバル将軍に無条件降伏をイエスかノーかで迫ったのは有名な話。
日本軍がシンガポールを日本名で昭南島と変えたので、ラッフルズ博物館も昭南博物館と呼ばれた。
コーナー氏は、戦前から英国の植物学者としてシンガポールの博物館や植物園に関係して仕事をしていた。日本軍の占領で、それまで蓄積してきた文化財の破壊を危惧していた。
そういう状態の時、日本から地質学者の田中館教授がやってきて、文化財の保護に積極的な行動をする。英国の学者もコーナー氏を含めて協力して占領時代に文化財を守ったのである。この著作はそのような話のドキュメントである。
読み進めていくと時系列的に書かれていなくて、しばしば前後するので、時間の長さが掴めないところがある。でも、占領当時の記録としてとても興味深い。彼らの働きがなければ文化財は略奪されたり、破壊されたであろう。
田中館教授は経歴詐称していたり、はったりを効かしたりする憎めないユニークな人物。荒俣宏の「奇っ怪な人物」のなかでも紹介されている。インドネシアからオランダ人を駆逐するためにブラジルの日本人移民と入れ替えるというアイデアを考えた人。
田中館教授も役目を果たし、彼のあとは、徳川義親侯爵に引き継がれたのであるが。
コーナー氏はずっと親日的であり、昭和41年に来日し、当時の関係者と旧交を温めている。
この著作に触発されて戸川幸夫が「昭南島物語」という小説を書いている。ぜひ、読んでみたいと思っている。
小生、20年前にシンガポールに行ったことがある。博物館にも植物園にも訪れた。でも、ほとんど忘却してしまった。
この「思い出の昭南博物館」は昭和57年に発行され、絶版になり、なかなか手に入りにくい。
小生は、今年2月、那覇の古書店で偶然出会った。ずっと探していた本だった。
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一昨日の図書館本
○「薩摩藩士朝鮮漂流日記」(池内敏、講談社選書メチエ、2009年)
離島(沖永良部島)勤務から本国への帰途、薩摩藩士安田義方ら一行は遭難し、朝鮮に漂着する。安田は、朝鮮王朝の地方官僚らと漢文の筆談によって、現地での待遇と送還について折衝しながら、一方で、酒を酌み交わし、詩文を贈りあい、交流を深めていく。安田が遺した詳細な記録と巧みな挿図から、朝鮮通信使の儀礼的な通交とはまったく違った近世日朝交流のすがたが見えてくる。
小生、漂流関連本をコレクションしているが、これもぜひ、そのひとつにしたい。
○「海岸線の歴史」(松本健一、ミシマ社、2009年)
日本のアイデンティティは、「海岸線」にあり。「海やまのあひだ」はどのような変化をしてきたのか?「日本人の生きるかたち」を根底から問い直す。
海岸線は歴史とともに変わってきた。著者はいいところに目をつけた。
○「沖縄 琉球王国ぶらぶらぁ散歩」(おおきゆうこう・田名真之、新潮社、2009年)
珊瑚礁の海辺を舞台に語り継がれた不思議な伝説、世界遺産の壮大な遺跡、祈りの文化が今も宿る風景―史実と神話が織り交ざる島の歴史の跡を訪ねる旅へ。創世神話から琉球王朝の崩壊まで知られざる歴史の跡を写真で辿る。
おおきゆうこう氏の名所旧跡写真がすばらしい。こんな写真を撮ってみたい。
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■2004/05/19 (水) シンガポール
「思い出の昭南博物館」:E・J・H・コーナー、中公新書
昭和17年2月、日本軍は英国の植民地シンガポールを攻略し、英国軍は降伏した。
山下将軍がパーシバル将軍に無条件降伏をイエスかノーかで迫ったのは有名な話。
日本軍がシンガポールを日本名で昭南島と変えたので、ラッフルズ博物館も昭南博物館と呼ばれた。
コーナー氏は、戦前から英国の植物学者としてシンガポールの博物館や植物園に関係して仕事をしていた。日本軍の占領で、それまで蓄積してきた文化財の破壊を危惧していた。
そういう状態の時、日本から地質学者の田中館教授がやってきて、文化財の保護に積極的な行動をする。英国の学者もコーナー氏を含めて協力して占領時代に文化財を守ったのである。この著作はそのような話のドキュメントである。
読み進めていくと時系列的に書かれていなくて、しばしば前後するので、時間の長さが掴めないところがある。でも、占領当時の記録としてとても興味深い。彼らの働きがなければ文化財は略奪されたり、破壊されたであろう。
田中館教授は経歴詐称していたり、はったりを効かしたりする憎めないユニークな人物。荒俣宏の「奇っ怪な人物」のなかでも紹介されている。インドネシアからオランダ人を駆逐するためにブラジルの日本人移民と入れ替えるというアイデアを考えた人。
田中館教授も役目を果たし、彼のあとは、徳川義親侯爵に引き継がれたのであるが。
コーナー氏はずっと親日的であり、昭和41年に来日し、当時の関係者と旧交を温めている。
この著作に触発されて戸川幸夫が「昭南島物語」という小説を書いている。ぜひ、読んでみたいと思っている。
小生、20年前にシンガポールに行ったことがある。博物館にも植物園にも訪れた。でも、ほとんど忘却してしまった。
この「思い出の昭南博物館」は昭和57年に発行され、絶版になり、なかなか手に入りにくい。
小生は、今年2月、那覇の古書店で偶然出会った。ずっと探していた本だった。
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一昨日の図書館本
○「薩摩藩士朝鮮漂流日記」(池内敏、講談社選書メチエ、2009年)
離島(沖永良部島)勤務から本国への帰途、薩摩藩士安田義方ら一行は遭難し、朝鮮に漂着する。安田は、朝鮮王朝の地方官僚らと漢文の筆談によって、現地での待遇と送還について折衝しながら、一方で、酒を酌み交わし、詩文を贈りあい、交流を深めていく。安田が遺した詳細な記録と巧みな挿図から、朝鮮通信使の儀礼的な通交とはまったく違った近世日朝交流のすがたが見えてくる。
小生、漂流関連本をコレクションしているが、これもぜひ、そのひとつにしたい。
○「海岸線の歴史」(松本健一、ミシマ社、2009年)
日本のアイデンティティは、「海岸線」にあり。「海やまのあひだ」はどのような変化をしてきたのか?「日本人の生きるかたち」を根底から問い直す。
海岸線は歴史とともに変わってきた。著者はいいところに目をつけた。
○「沖縄 琉球王国ぶらぶらぁ散歩」(おおきゆうこう・田名真之、新潮社、2009年)
珊瑚礁の海辺を舞台に語り継がれた不思議な伝説、世界遺産の壮大な遺跡、祈りの文化が今も宿る風景―史実と神話が織り交ざる島の歴史の跡を訪ねる旅へ。創世神話から琉球王朝の崩壊まで知られざる歴史の跡を写真で辿る。
おおきゆうこう氏の名所旧跡写真がすばらしい。こんな写真を撮ってみたい。