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大震災半年:高齢者の家族も疲弊 被災心労で症状悪化!

2011-09-09 12:01:35 | 東日本大震災の情報
菊池(西)4勝、中村(西)38号、能見(神)8勝、村中(ヤ)4勝なでしこジャパン1北朝鮮1

大震災半年:高齢者の家族も疲弊 被災心労で症状悪化 
 東日本大震災から半年を迎える被災地で、新たに要介護認定を申請する高齢者が急増している実態が浮かんだ。津波で自宅を奪われたり、避難生活を強いられたりするなどの環境変化は、高齢者の体をむしばむ。一方、介護の担い手だった家族や受け皿の施設も被災で疲弊し、介護事情悪化に拍車をかけている。

 「津波が来っと!」。8月19日、震度5弱の余震におびえた宮城県石巻市渡波(わたのは)の阿部良策さん(71)は、寝ていたベッド脇のふすまを不自由な足でけり破った。妻のマサコさん(65)は「津波で生死の境をさまよったので、黒い波が目に浮かぶのだと思う」と話す。

 良策さんは震災時、自宅の屋根の雨どいにすがって何とか津波を耐えしのいだ。直後は水も口にできず、眠れない日が続いた。3月末には強度の貧血で入院した。

 11年前、小脳梗塞(こうそく)で体のバランス感覚を失い、足元がふらつくようになっていた。それでも家庭菜園で草むしりをすることもできたが、震災で体調が悪化し、ほぼ歩けなくなった。

 「この状態なら死んだ方がましだ」と口にするなど、精神的な落ち込みも激しい。メンタルクリニックでは、津波のショックが原因と診断された。マサコさんは勤めをやめ、介護に専念した。ただ、自らも高血圧で通院し、震災と介助のストレスに悩まされている。

 全国の看護師が被災地での活動拠点とする「全国訪問ボランティアナースの会・キャンナス」の勧めで、マサコさんは8月中旬、良策さんの要介護認定を初めて申請した。認定されれば、介護保険を利用し歩行訓練もできる。マサコさんは「自分にも持病があり、夫を病院に連れていけなくなっては困る。申請しておけば少しは安心できる」と話す。

 震災後の症状悪化は、既に介護認定を受けていた人たちでも目立つ。

 石巻市元倉の介護施設「めだかグループ」は8月26日、事業再開を祝う盆踊り大会を開いた。通所、宿泊、訪問を組み合わせてサービスを提供する施設で、管理者の井上利枝さん(67)がボランティアで障害者らに自宅を開放したのが出発点。30年近く高齢者を支えてきたが、海岸から200メートルしかない同市南浜町にあった建物は津波にのまれ、別の場所に移転して再開にこぎつけた。

 津波で1人暮らしの自宅を流された宍戸はなへさん(96)も再開を喜んだ一人だ。「おうちは流され、何にもねえ。めだかが助けてくれた。ここさ来たから、えがった」。宍戸さんは井上さんに向かい、「ありがとう」と両手を合わせる。

 3月11日。宍戸さんは大腿(だいたい)骨骨折で市内の総合病院に入院中だった。歩けるまで回復していたが、県内陸部にある大崎市の病院に搬送された後に症状が悪化。寝たきりとなり、食事や排せつも介助が必要になった。津波で自宅を失い、身寄りもない宍戸さんを迎え入れたのが、めだかだった。

 宍戸さんは改善しつつある。だが、井上さんは「症状悪化は宍戸さんだけではない。認知症が進んだ人が目立つ」と話す。

 保健師でもある杏林大の大木幸子教授(地域看護学)は「家族関係が変化し、地域のつながりが薄れれば、認知症は進みがちになる。周囲の人が高齢者に声を掛けることが大事だ」と指摘する。

 ◇介護施設、再建困難 「訪問」は利用激減
 国は震災直後、被災した施設の定員減少分をカバーするため、無事だった施設に定員超過を認める方針を打ち出した。「当面」の措置だが、半年近くたった今も定員超過が続く施設が少なくない。

 震災前は定員通りの18人が暮らしていた宮城県岩沼市の「グループホーム朝日」は震災後、津波被害に遭った同じグループの特別養護老人ホームにいた入居者を受け入れた。現在も定員のほぼ倍の33人が暮らす。

 同ホームは「被害に遭った施設を何とか再建してほしいが、この状況ではやむを得ない」と、1人部屋にベッドを二つ置いて対応している。長引く定員超過は事業者の負担が増すほか、入居者にとってもサービス低下を招く懸念がある。

 国は被災した施設の復旧費用について、国や県の補助率を6分の5に引き上げた。

 だが、朝日のグループ法人は「自己負担が6分の1でも、施設を再建するには億単位の資金が必要。とても負担できない」と説明する。

 施設側で定員超過が続く一方、訪問介護などの在宅サービスを提供する事業者側では、利用者が減少して経営が悪化する例も起きている。在宅で介護可能だった高齢者が家を流されて居場所を失い、特養などに入居した例も少なくないからだ。

 津波で被害を受けた石巻市の「めだかグループ」が別の場所で事業を再開したのは、住民が地域に戻る日に備え、市から「将来的には絶対に必要になる」と事業所存続を依頼されたからでもある。

 ところが再開後、利用者は3分の1に減った。スタッフを解雇しないことを条件に補助金を受けているが、運営の維持に十分な額ではない。周囲の事業者の中には、経営悪化でスタッフを解雇したところもあるという。管理者の井上さんは「5年後どうなっているかと思うと不安で仕方ない。行政の経済的支えがないと事業者はもたない」と訴える。
(毎日新聞 2011年9月7日 東京朝刊)

釜石市の大震災による被害の状況、高齢者施設の実情を聞く機会に恵まれた。
小規模な民間事業所が深刻な被害を受けいる事実がわかってきた。
私のような個人事務所で活動していると欲しい情報は入ってこない。仲間を通じて聞き取るしかないのだ。それもお互いに話せるような環境になり、6か月を経過してからのことだ。情けなくなってしまう。そして、無力感が押し寄せてくる。
宮古市の状況は把握していても、隣町とか、釜石市までは把握しきれないのが現状だ。
大槌町、山田町の現状は、被害状況をみてもわかる。しかし、個々の事案や高齢者の方々がどんな状況にあるのか?以前あった事業所はどうしているのか?把握するすべもない。
もはや、個人の力量ではどうしようもないのだ。
結局、自分なりに今できることを、できる限りやっていくことしかない。

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