現代の虚無僧一路の日記

現代の世を虚無僧で生きる一路の日記。歴史、社会、時事問題を考える

昔は虚無僧がよく来た

2016-01-08 05:46:37 | 虚無僧日記

「虚無僧」で検索して見つけました「村井慎一」さんのブログから

要約

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昭和30年頃、わが家に虚無僧がよく来た。お爺さんの趣味が尺八

だったので、虚無僧が来ると必ず話しかけ、尺八にあれこれ注文を

つけたりして、100円札を渡していた。それで、毎週のように

入れ替わり立ち代り虚無僧が来る。 当時は月収が1万円ほど。

虚無僧に毎週 100円は 痛い出費。婆さんは不平不満。

虚無僧という商売は ちゃんとした お坊様ではない場合が多く 

きちんと念仏すら唱えられない人も 大勢いました。

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☆ はい、虚無僧は念仏は唱えません。ただ尺八を吹くのみ。

しいて言えば、「明頭来明頭打、暗頭来暗頭打」という普化禅師の

偈(げ)を唱えればよしです。つづけます。

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家の前に立って 勝手に尺八を吹き出して お金を貰うまで吹き続ける

のですから ちょっとした恐喝みたいなものです。 虚無僧の狙いは、

「こんだけ一所懸命吹いているのに この家は一銭も出さないぞ!

ケチな家だ!」といっているみたいなもので ゆすりたかりみたいなものです。

それなのに うちの爺さんは 虚無僧が来るのを心待ちにしているようなもので

うちの近所は 虚無僧のルートになってしまうのです。 

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☆そうでしょう。どうも「門付け(かどづけ)」は ねだりがましいので

私は やめました。「小銭やるから、早くあっちへ行ってくれ」と 出される

方もいます。さて、その村井さんも「60歳を過ぎて、祖父の心に」と。

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本来の虚無僧の心になれば、鎌倉時代の禅僧が 修行の一環として 

諸行無常を知り、ひたすら心を虚しくして 尺八を 吹き続けるのですから 

現代の欲に まみれた生き方を 見直すきっかけになるかもしれません。

 

昔の隠密剣士というTV番組では “志を 持って旅する姿は 必ず

虚無僧姿だった” 事も 思い出します。 大きな志を持ちながら 

自らの欲には 虚心坦懐であるという生き方は 現代にも必要な生き方ですね!

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☆そうか、大きな志、私にもあります。虚無僧の文化をもっと現代に甦らせたい

という志。そのために、己の欲は虚しくしてます。

 



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