現代の虚無僧一路の日記

現代の世を虚無僧で生きる一路の日記。歴史、社会、時事問題を考える

「一休と森女」の謎 解明

2022-12-06 19:01:28 | 一休と虚無僧

 一休の父は北朝の「後小松天皇」だが、母は、南朝の忠臣

「楠木正成」の血筋。「楠木正行」の弟「正儀(まさのり)」の

孫娘。であるから、一休は南朝方からも担ぎだされる立場にあった。

その仲介をしたのが「森女」。「森女」とは「住吉の森の女」。

住吉神宮の神官「津守氏」の一族で、「王孫」とか「上郎」と

書かれているので「後村上天皇」の孫娘と思われる。

その住吉神宮は大徳寺と深い関係にあった。津守氏の一族の

者が大徳寺の住持になっており、また大徳寺の窓口として

明との交易で多くの収入を得ていた。

であるから、応仁の乱で焼かれた大徳寺を再建することは

住吉神宮の願いでもあった。

そこで「森女」が、薪村の一休を訪ねる。盲目の女性が

一人で薪村まで旅することなどできるわけがない。

「森女」は、住吉神宮の神官に付き添われて、一休を訪ねた。

輿の乗ってやってきたのだ。その時交わした“旧約”を一休は

無視する。その約束とは、一休が大徳寺の住持となって、

大徳寺を再建することだった。しかし、一休はそんな依頼を

無視する。

しかし、その後、応仁の乱の戦火は薪村まで及ぶようになり、

一休は堺の「住吉神宮」に身を寄せる。そこで「森女」に再会し、

「旧約」を新たにする。

一介の托鉢僧で生涯を終えようとしていた一休が81歳にもなって

「大徳寺の81世 住持」になったのは、住吉神宮の後押しが

あったからなのだ。


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