現代の虚無僧一路の日記

現代の世を虚無僧で生きる一路の日記。歴史、社会、時事問題を考える

虚無僧2日目

2017-01-02 21:58:12 | 虚無僧日記

正月2日。今日も熱田神宮へ。

名古屋駅の名鉄ホームで電車を待っていると、若いステキな女性が

私を見て、ほほ笑みながら 軽く会釈された。天蓋の中からでも

よく見える。

「はて、どこの どなた様だっけ?」と思いながら、天蓋を上げて

「あ、どうも」と挨拶。すぐに電車が入ってきて、空席はあったが、

彼女は座らず 私の横に立って「今日はどちらへ?」と。そして

虚無僧のことなど いろいろ聞かれた。どうやら初めて会う方のようだ。

神宮前駅に着くまで 10分ほどだが、こんな若いステキな方と

会話ができて 私はドギマギ。

ルンルン気分で熱田神宮前のホコテン(歩行者天国)に立つ。

毎回そうだが、初めの一時間は修行。全く反応が無く、「今日はダメか」と

くさったり、あきらめの心になる。それを乗り越えると、運が向いてくる。

場所も大事。駅前のホコテンは道が広すぎて、人の流れが遠く、そして速い。

場所を移動。屋台が立ち並び、歩道や中央分離帯の葺石に腰を下ろして

飲み食いしている人たちがいる前で尺八を吹く。すると子供たちが寄って来る。

若い夫婦が子供に小銭を渡して、偈箱にいれてくるよう指示しているのだ。

まだまだ名古屋は、信仰心が篤い。

すると若いカップルが、「私たち(虚無僧)ファンです」と。なんと 見せて

くれた スマホのケースの図柄が「虚無僧」。

自動代替テキストはありません。

 

いろいろ楽しい出会いがあって、また移動。(ずっと立っていると足が硬直するので)

熱田神宮の隣りの禅宗の寺の前で尺八を吹く。神宮より寺の門前の方が

虚無僧にはふさわしい。ここでも次々に布施いただいた。

もう帰ろうかと思いながらも しばらく踏ん張っていると、知人の娘さんが

「あれ、先生!」と駆け寄ってきてくれ、千円札を入れてくれた。

ここで、この時間に 知人に会うということは 奇跡に近い。

運を引き寄せるのも、努力次第。

 


元旦 熱田神宮前で虚無僧

2017-01-02 20:50:46 | 虚無僧日記

正月元旦 熱田神宮へ。熱田神宮には 正月三が日で 260万人が

訪れるという。これは名古屋市の全人口に匹敵する。名古屋市と

近郊の人は 必ず熱田さんに初詣に出かけるということになる。

ところが、毎年のことだが、神宮前で キリスト教の団体が

プラカードを数箇所にかかげ、「悔い改めなければ地獄に落ちる」と

スピーカーで教宣をやっている。なにも正月、神社に詣でる

善男善女に向けて、冷水を差すようなことをしなくともと思う。

かえってキリスト教に嫌悪感を抱かせ、マイナスイメージだ。

神宮入口の横では、托鉢僧がチリンチリンと。これもイメージ悪い。

物乞いにしか見えない。

ひるがえって虚無僧の私も、一般の人から見れば 同類か。

そこで、私の場合は、一人でも多くの人に 虚無僧を見て

知ってもらいたいとの 宣伝が目的と心を切り替える。

そして「今年1年、皆さまにとって良い年でありますよ うに」

との思いを込めて、尺八を吹く。通行の妨げにならない場所で、

うるさく迷惑にならぬように。

すると、0.1%、つまり 1,000人に一人の人が 布施してくださった。

それだけでも有り難さが身に沁みる。

その中に、一人の年配の男性。私の前を行ったり来たり、時に

立ち止まってキョロキョロ。「徘徊か? 帰り道が判らないのか?」と

疑ったら、「おやじが 尺八を作っていたよ」と話しかけてきた。

こうして尺八に 縁のある方も1万人に一人は、まだいるのだ !

 

 

 


二ューヨーク図書館秘蔵写真から伊勢神宮

2017-01-02 09:53:36 | 虚無僧日記

ニューヨーク公共図書館に秘蔵されていた300枚の写真から、明治初期の頃の

「伊勢神宮」(内宮)ですが、今と違うような? 式年遷宮で 2000年変わらぬと思ってましたが。

調べてわかりました。

明治期の式年遷宮までは伊勢神宮の正殿は3つの正殿が一体化して斜めに並ぶ

オリオンの3つ星を模した正殿形式だった。それが、国家神道の徹底からか、

唯一神明造りの1つの正殿タイプとして建て直された。

それ以前は、天孫系・天神系・地祇系のそれぞれの祖を祀る三つの正殿があったのが、

今は、唯一「天照大神」のみを祭る社のみとなった。

という記事を見つけました。

伊勢神宮については、もっと調べてみる必要がありそうです。