たまたま見かけた、自分の人生に直接的には全然関わりのない他人の行動でも、何故か忘れられないことがいくつかあります。忘れられないのは、そこに何かしらの衝撃を受けたからだと思います。しかし、直接的には関わりのない事なので「なぜ衝撃的なのか」ということを、あまり深く追求しません。せっかくなので、今日はちょっと、そのうちのいくつかについて、振り返ってみましょう。沢山ありますが「こんな子供を見た」ということで、今回は限定させてもらいます。
第1話: 傘と兄弟
雨が強い日でした。降り注ぐ雨が地面に跳ね返り、傘をさして歩いていても、足元からズボンをどんどん濡らしていくほどの豪雨でした。駅から職場へ向かう私の前を、2人の子供が1つの傘を共有しながら歩いていました。すれ違いざまに、その子供たちに目をやると、どうやら2人は兄弟のようでした。弟と思われる男の子は、だいたい幼稚園の年少くらいの年頃で、傘をささず、背中に背負ったリュックサックの肩ひもを両手で握り、水たまりを力いっぱい踏みつけながら、本当に楽しそうに歩いていました。反対に、傘を持っている方の男の子は、酷く歩きずらそうに、精一杯腰を屈めつつ歩いていました。どうやらこの兄貴は、自分よりもずっと背の低い弟が、傘の隙間から降り込んでくる雨で濡れないようにしていたのです。それにしても、なんと自由な弟なんでしょう。全身を縮こまらせながら、必死で自分を豪雨から守っている兄など意に介さず、水たまりに足を叩きつける楽しみに興じながら歩くこの弟。それはまさに、無数に飛び交う矢の中を平然と突き進む戦場の英雄そのものでした。・・・兄のほうですか?兄は、そうですね。「変な歩き方だな」って思ったくらいですかね。
第2話: 女の子の発想
ある日、私は32階建てのタワー型高層マンションの1階で、エレベーターが来るのを待っていました。そのマンションにはエレベーターが4台設置されているので、それほど待つこともなく、ボタンを押せばすぐにエレベーターがやってきます。それでも、かなりの世帯が住んでいるため、エレベーターを待つ数秒の間に、私の他に小学校3年生くらいの女の子が2人と30代後半と思しき女性が私の横に並びました。女の子たちはケタケタと笑いながら会話をしていましたが、そのうちのひとりが突然、推定30代後半の女性に向かって言い放ちました。「すいません。次にエレベーターが来たら、私たち2人で乗らせてください」女性は、一瞬考えた後で、なんとも納得がいかないといった表情を浮かべながら、無言で頷きました。あの表情から察するに、あのとき女性はこう思ったはずです。「何言ってんの、こいつ。何であんたたちのために、自分が次のエレベーターが来るまで待たされるわけ?でも、別に急いでいるわけでもないし、ダメと言うのも大人げないのかも」結局は、女性が頷いたのとほぼ同時にエレベーターが2台降ってきたので、女性も私もそれ以上長く待つことはなく乗れました。もしもあの時、自分があの女性の立場だったら、どう言っていただろうかと考えてみました。やはり、あの女性が考えたであろうと思われる思考を辿り、似たような返答をしていたでしょう。では「どうしただろうか」ではなく「どうするべきなのか」というふうに考えてみると、全然違う行動になると思います。あそこはやはり「2人で乗りたいなら、他の人に待ってもらうのではなくて、自分たちが待ちなさい」と教えてやるべきだったのではないでしょうか。もしかすると、あの時の女性もそんな風に思ったのかも知れません。だとすると、あの女性は「本来なら教えてやるべきだけど、見ず知らずの子供のためにそんなことをするのは面倒だな。それなら、次のエレベーターを待った方がいいかな」といったような計算をしたと想像できます。こういうことって、けっこう日常に溢れている気がします。つまり「本来はこうするべきだけど、何もしなければ遣り過ごせる」って状況です。何か都会で生活する現代人にとって教訓めいたものが見えてきそうな出来事ですが、そんなことよりもまずは、あの女の子が「女の人に聞いてもダメって言われるかも知れないけど、男だったら自分の言うことを聞くだろうな」という計算をしなかった事を喜びましょう。
第3話: 漢の教え
私が子供の頃「俺たちひょうきん族」(以下「ひょうきん族」)という番組がありました。私が幼稚園に通っていた頃、夜は8時に寝なければならなかったのですが、その番組が放送されていた土曜日に限っては、9時の放送終了まで起きていることを許されていました。私は本当にその番組が好きで、毎週欠かさず見て、週末明けには友達と番組内容について話したりしていました。そして、当時「ひょうきん族」の裏で放送されていた「カトちゃんケンちゃん ごきげんテレビ」(以下「カトケン」)という番組も、子供たちの間では大人気でした。しかし、私はどうも「カトケン」が好きにはなれませんでした。「カトケン」は、約1時間の放送時間の中で、加藤茶と志村けん、そしてゲスト出演者によるコントの時間と、番組視聴者から送られてきた面白ビデオを紹介する時間が、だいたい半々の割合だったと記憶しています。子供の私にとって「視聴者のビデオ」で紹介される「知らない家庭の知らない子供の行動」の何が面白いのか、全く理解できませんでした。以来、私は「視聴者のビデオ紹介」の類は、全く興味のないまま成長し今日に至ります。しかし、何年か前に偶然見た、その手の番組で紹介された、あるひとつの作品が私の脳裏に焼き付いて消えません。そのビデオの内容を説明しましょう。仲良くオレンジジュースを飲んでいる兄弟がいました。暫くすると、兄貴は、飲みかけのジュースを残して、部屋を出て行きました。兄貴がいない間に自分のジュースを飲み終わった弟は、あろうことか、兄貴が後で飲むために残していったのであろうジュースを、ヘラヘラ笑いながら飲み始めました。兄貴が残していったジュースの約半分を弟が飲んだ頃、兄貴が部屋に戻ってきました。弟は、コップをテーブルに置いて誤魔化そうとしましたが、兄貴は自分のジュースがかすめ盗られた事に気付きました。すると兄貴は突然、相変わらずヘラヘラ笑っている弟の頭を殴りつけました。ガツン!ガツン!と、2回ほど。ヘラヘラ笑っていた弟の顔がみるみる変化して、泣き顔に変わり、ついには激しく泣き出しました。しかし、兄貴は怒りの表情を崩しません。そして、兄貴は、その表情のまま自分のコップを乱暴に掴むと、それを飲み干すのかと思いきや、なんと残ったジュースの内の半分を弟のコップに注ぎ、またもや乱暴に弟の前に叩きつけました。号泣していた弟は、泣く勢いを弱め、スンスンと鼻を鳴らしながら、正面を向いてジュースを飲みはじめました。兄貴は兄貴で、弟を気遣う様子もなく、やはり正面を向いてジュースを飲んでいました。私はこの映像を見て、不覚にも、ちょっと泣きました。そして、自分はこんな北斗の長兄みたいな漢ではないけれど、いつか息子ができたら、こんな漢になってほしいと思いました。しかし、結局私は男児には恵まれなかったので、一子相伝の暗殺拳を後世に伝えるためには、男児を養子にしなければならなくなりました。私の構想としては、
才能がありそうな男児を4人ほど集めて切磋琢磨させようと思っております。(
彼を含めると5人ですが)