一歩ずつ

視覚障害者の主婦です。ブログをとおして、皆さんとの出会いを大切に一歩ずつ、絆を深めたいと思っています。

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■毎日新聞の連載 見えない世界とは

2010年03月09日 | 視覚障害者
目の探訪記/4 「三次元の世界」へ 音・におい、ありのまま受け入れ - 毎日jp(毎日新聞)
http://mainichi.jp/universalon/clipping/news/20100309ddm012040095000c.html

合唱の先生からの情報で興味深い記事を見つけました。
上のURLは一番最新の連載記事です。
ページの下にもこれまでのリンクがはられていますが、本文だけを下記に抜粋します。
皆さんもぜひ最後まで連載を、ネットおよび紙面でご覧ください。
私の感想は連載が終わったときにまとめて書きます。

(以下、記事本文のみ抜粋)
ともに歩く:目の探訪記/1(その1) 見えない世界、山頂で「聴望」体験
 空にかざした手のひらに、太陽のぬくもりが降り注ぐ。東京と神奈川の境にある陣馬山(じんばさん)(標高855メートル)の頂には、人のにぎわいが広がっていた。
 アイマスクで目隠し生活を始めて7日目を数える。つづら折りの山道をサポートして一緒に登ってくれた盲人登山の会のメンバーが言った。「眺望じゃなく、耳で味わう聴望(ちょうぼう)ですね」
 音やにおいや手触りで感じる風景や彩りがある。「サクサク」と足元でささやく霜柱。枯れ葉は「カサコソ」と乾いた音色を奏で、谷を渡る風は梅の香りを届けてくれる。
 「目について探訪してみませんか」。「点字毎日」の記者から電話をもらったのは昨年の暮れだ。そして、視覚障害者と彼らの傍らに寄り添う人々を訪ね歩くうちに、「見えない世界をみてみたい」との思いにかられた。
 「目が見える人は五感の情報のうち8割以上を視覚に依存する」と言われる。ならば、視力を失うとはどういうことか? この体験ルポはそんな問い掛けから始まる。「1週間で何が分かるのか」との指摘もあるだろう。しかし、少なくとも「見る」ということを見詰め直す機会になるのではないかと思った。
 登山の1週間前。卓上の時計は午後4時を回っていた。僕はまず、日本盲人会連合から借用した「視覚障害の体験キット」から白内障を疑似体験できるメガネを取り出し、未知の世界に踏み出した。事故防止と途中で投げ出さないように見守る同僚記者の傍らで……。
ともに歩く:目の探訪記/1(その2止) 「白い闇」自暴自棄 子の笑顔に新たな一歩
 ◇31歳で発症いずれ失明、職失い…
 白内障のメガネの向こう側は、冬山で吹雪に視覚を阻まれる「ホワイトアウト」の世界に似ていた。
 メモをとろうとパソコンに向かい、かすかに見える部分に視線を集中させるが、霧の中のようだ。気分転換に一服しようにも、うまくたばこに火が付かない。電話の用を思い出して住所録を探していたら、ペン立てをひっくり返した。
 そういえば、義母が白内障で手術をする。水晶体が白くにごる眼病で、加齢とともに発病が増えて、80歳以上はほぼ全員に症状が出るという。今は簡単な手術で治るというが、放置すれば失明する。
 気を取り直してパソコンに向かう。20分ほど続けると、目に圧迫感を感じた。少し休んで再開したが、肩や首にこわ張りを感じる。それでも続けると、吐き気がしてきた。
 何も見ず、何も考えずじっとしているのが落ち着く。だが、この状態が永遠に続くとしたら、喪失感や恐怖が加わるだろう。事実、「中途失明者の多くがうつ状態を体験する」というデータもある。
 東京都立文京盲学校の保健理療科に通う福島一匡(かずまさ)さん(36)は、幼くして網膜細胞が徐々に死んでいく「網膜色素変性症(色変)」と診断された。
 視力が急激に低下して「白内障」と診断されたのは31歳、長男誕生の翌年だ。「手術で治る」と高をくくっていたら、医者が頭を振りながら「色変が進んで、いずれ失明する」と言う。ほどなく、勤務先の療養型介護施設の上司に「介護士が入所者にけがをさせるわけにいかない」と退職を促された。
 盲学校でマッサージを学び始めたが、点字が覚えられずいらだちが募った。失明への絶望感と、福祉の職場でありながら障害者雇用に理解を示さぬことへの憤りで、自暴自棄に。床でおもちゃを踏んだ時は、「片付けろ!」と幼子に声を荒らげた。
 その夏、盲学校の帰りに自殺を考えた。「電車に飛び込んだら楽になるかな」。ひつぎに入った自分の姿を想像したら、不思議そうな顔をして「どうしてパパは起きないの」と言う子供の顔が浮かんだ。全身に震えが走り、涙がほおを伝った。帰宅してドアを開けたら、「パパおかえり」の声がして、思わずわが子を抱きしめた。
 体験取材初日。僕は白内障を体験しながら、福島さんの言葉を反すうする。「見えることにすがっていた時の方が、葛藤(かっとう)があった。失明の事実をありのままに受け止めて、ようやく一歩を踏み出せたように思う」
 午後9時、白内障のメガネを外して、アイマスクをつけた。白内障の「白い世界」から、失明の「真っ暗な世界」へ。慣れぬ生活に疲れ果てたのか、ベッドに入るとすぐに眠りに落ちていった。
ともに歩く:目の探訪記/2 光なき最初の朝の不安 何するにも手探り
 アイマスク生活2日目、息苦しさに目が覚めた。じっとり寝汗をかいている。寝直そうとするが眠れずにもんもんとしていると、秋田でマッサージの治療院を営む野呂亙(わたる)さん(54)の顔が浮かんだ。
 42歳の朝、起きたら闇の中にいた。電気をつけても真っ暗だ。映画の「トラック野郎」にあこがれて運送会社に就職。結婚して3人の子を授かり、管理職に昇格したばかりだった。「視神経炎」と診断されて入院したが、右の視力がわずかに戻っただけ。2年の休職を経て失業した。
 「それから3年近くはまるで抜け殻のようでした。盲学校でマッサージを学べることを知るまでは、じっと家に引きこもっていました」。今年の正月、治療院で野呂さんは過去を振り返り、こう付け加えた。「最近は、ストレスを抱えたお客さんが多いですね。そんな時は、傾聴することを心がけています。弱っているところって、身内に見せたくないでしょう。自分もそうでしたから」
 午前7時に起床した僕は、朝食の後片付けをした。「体験取材の最中も、普段通りの生活をしたい」と妻には伝えていた。共働きなので家事は慣れている方だ。棚や冷蔵庫の中身は頭に浮かぶ。食器洗いやごみ捨てもなんとかなる。ただし、料理は手元が見えないので、ハムエッグ止まりだ。
 何をするにも手探りになる。テーブルをふいて、手で汚れを確認し、そのまま皿を運ぼうとして、付き添いの点字毎日・野原隆記者に注意された。「必ず手を洗うように。あちこち触った手には雑菌がついています」。直後、床にたばこを落とし、あわてて拾おうとして指をやけどした。気分転換にコーヒーをいれようとしてまた失敗。カップの底を上にしたまま、お湯を注いでしまった。
 お金の見分け方には難儀した。硬貨は大きさや周囲のギザギザの有無で違いが分かるが、識別できるよう紙幣につけているという凹凸は触読(しょくどく)できない。発見もあった。テレビのリモコンを触っていたら5チャンネルの上に小さな突起を見つけた。そこを起点に、見なくても操作できる。携帯電話や固定電話も同様で、電気釜の「炊飯」のボタンにも突起を見つけた。
 見えないことを補おうとして神経を使ったせいか、脳が疲れる。ひと仕事しては、ひと休み。それが限界だ。
 夕方、野原記者と腕を組んでゆっくりと自宅と駅を往復した。かぐわしい香りに立ち止まると、花屋さんだった。いつも通い慣れた道なのに、においなど感じたことがなかった。
 帰路、下校中とおぼしき小学生の一群に追い抜かれた。試しに普通の速度で歩いてもらったら、そのスピード感に腰が引けた。明日から白杖(はくじょう)を使って単独歩行に挑戦するつもりだが、最初の一歩を踏み出す前に僕は不安になった。
ともに歩く:目の探訪記/3 初めての単独歩行 駅ホームたじろぐ
 「ほら、ドーナツ屋の甘いにおいがしませんか。ここで右折します」。福島県立盲学校高等部2年の鎌田あいりさん(17)が、白杖(はくじょう)を手に道案内をしてくれた。昨年11月、目の見える僕とあいりさんが2人で登校した時の思い出だ。
 目を閉じて耳を澄ませば、通勤通学者の足音が川のように流れていた。横断歩道は、車や人の動きを耳で感じとってタイミングを計った。歩道に止めた車に怒った僕に、彼女いわく、「いつも止めてあるからこれは目印になるんですよ」。確かにものは考えようだ。
 あいりさんは脳腫瘍(しゅよう)が原因で1歳で失明、家から徒歩とバスで1時間半の盲学校小学部に入学した。中学部までは母親に車で送り迎えをしてもらい、高等部入学を機に一人で登校を始めた。駅から学校まで15分の道のりが、初めは45分もかかった。自転車や、携帯電話をかけて歩く人に幾度もぶつかったが、世界が一気に広がった。毎朝、声をかけてくれる交通整理のおじさんや、バスで席を譲ってくれたおばさんと知り合いに。バス停でアイスをくれた女子高生とは、一緒にカラオケに行った。
 そして今、僕はアイマスク生活3日目で単独歩行にチャレンジしている。しかし、真っすぐ歩いているつもりでも、左に寄る。駐車場に張ったチェーンを杖(つえ)で感知できずに、路地の入り口と錯覚した。目で見る風景と、白杖で感じる風景は全然違った。
 家から最寄り駅まで約300メートル。介添えの点字毎日・野原隆記者に何度もアドバイスを受け、1時間近くかけて途中にある幹線道路の交差点にたどり着いた。あいりさんをまねて信号を感じ取ろうとするが、一朝一夕にはできず、断念した。
 会社への通勤にも挑戦した。両側の線路に挟まれた駅ホームは、山の稜線(りょうせん)に立っているような気がしてたじろいだ。点字ブロックには、進行方向を示す線状のものと、エレベーターなどの手前に設置されて注意を促す点状のものがあるが、靴や杖で区別するには時間がかかる。「中途失明者には数カ月の歩行訓練が必要」というが、さもありなんだ。会社では、自分の席のある部屋に行こうとして、トイレに迷い込んだ。
 夕刻、疲れ果てて帰宅した。そういえば、あいりさんのお母さんも言っていた。「娘も最初のころは、毎日ぐったりと疲れて帰宅していました」
 そんなあいりさんから新春、朗報が届いた。県の弁論大会で優勝し、今夏の全国大会出場が決まったそうだ。自分の足で一歩を踏み出して出会った人のぬくもりと、支えてくれた母を思って付けた題名は「光を胸に」。<幼いころ、夜中にトイレに起きると「コツコツ」と物音がする。音をたどるとお母さんが夜なべをして、(あいりさんの)文房具に張る点字シールを打っている>。このくだりにはホロリとした。
 僕にも光を感じることはできるのか? 体験取材はまだ半ば、暗中模索の中にある。
ともに歩く:目の探訪記/4 「三次元の世界」へ 音・におい、ありのまま受け入れ
 不思議な感覚に包まれて、突然立ち止まってしまった。アイマスクでの盲人体験取材中の僕は、点字毎日・野原隆記者の腕を借り、JR山手線品川駅のコンコースを歩いていた。
 上下左右前後から、一斉に音が聞こえた。新幹線や私鉄が乗り入れる構内の床一面に、靴音やキャリーバッグのキャスターの音が行き交う。右下に下りていく足音はホームに続く階段だ。「駅中(エキナカ)」と呼ばれる一角の土産物店やコーヒーショップのざわめきは、天井や壁に反射して高さや広さを教えてくれた。
 この感覚には前兆があった。目隠しを始めたばかりのころ、僕は音やにおいや触感を頭の中で逐一映像に置き換えていた。それが、いつの間にか消えた。電車の中で背後に立つ人々の気配を、話し声やヘッドホンから漏れる音で感じ、それをありのままに受け入れ始めた。
 「音が奏でる風景」の存在を、僕に教えてくれたのは、全盲のエッセイストの三宮麻由子さんだ。彼女は、梅雨の街角の風景を著書「そっと耳を澄ませば」にこうつづる。
 <トタン屋根にあたって短い余韻を残す平たい雨、門柱に落ちてカアンと小気味よく散る雨、路肩に転がった空き缶に見事に命中してキーンと歌う雨……。足もとのアスファルトにも一面に雨滴が降り注ぎ、響きのない不思議な広さの音をたてていた。まるで地面が浮き上がっているかのようだ。さまざまな高さのものにあたる雨の音がいくつもの層となって聞こえ、空気の中に満ちている>
 4歳で視力を失った三宮さんが「心の眼(め)」を開けたのは20代後半、長野県の野尻湖畔で迎えた朝だった。闇に差す太陽の光に乗って、鳥たちのさえずりが一斉にわき上がり、みずみずしい山の息吹と、樹木の甘い呼気を胸いっぱいに吸い込んだ。そして、ひんやりとした大気の中に両手を入れたような感触に満たされたそうだ。
 「あの朝、私は平面的な二次元の世界から立体的な三次元の世界へと、飛び立つことができたように思います」。品川駅にたたずみながら、僕は三宮さんの言葉をわが身に重ねていた。
 その夜、なぜかキスをする夢をみた。視覚ではなく、唇の感覚で感じる夢だった。全盲の人に幾度も「どんな夢をみるのですか」と問いかけると、「音やにおいや触覚でみる」という答えが返ってきたが、こういうことなのか。
 「美人やいい男は、どうやって判断しますか」と尋ねた時も「声やにおい」との返事だった。「だから僕らは見間違えるのですね」と言うと、こう切り返された。「聞き間違いもありますよ」。これも納得できる。
 目で感じる世界があるように、音やにおいや触覚で感じる世界が確かにある。だとすれば、二つの世界に違いはあるのか? そもそも「見える」とか「見えない」って何だろう? 僕は考え込んで、眠れなくなってしまった。
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