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被災地へ医療スタッフとして行ってきました。

短い間でしたが貴重な体験となりました。

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4、小児と高齢者

2011-03-23 16:51:01 | 皆様へ

17日


避難所の一部を救護所兼病院として救急車を受け入れているところへヘルプに入る



救護所のベッドはすでに満床で
待合室には数えきれない受診希望の患者数
全然足りない薬品と医療品



トリアージにまわると
小児の間で39℃代の熱発による受診希望が多い





うー、嫌な予感




そして嫌な予感的中、
インフルエンザ




リレンザもタミフルも持ってきていたけど備蓄が足りない

症状軽めの患者にはカロナールでなんとか解熱を期待する

抵抗力の弱い小児や高齢者、
しかも今の状況だと全ての人が抵抗力が弱っているから感染してしまう可能性が高い


救護所の中もインフルエンザの患者とその他の症状の患者を分けて対応することに


これ以上拡大しないようにと気持ちが焦っていました



先輩の管轄の避難所から救急要請が入る



下痢で脱水気味の高齢者数人搬送したいと


物資が届かずなんと生米を食べていたらしく胃腸炎を起こしているとのこと




ラジオからは物資は続々届いているけど
小さな避難所には行き届いていないことやガソリン不足による物流が困難というニュースが流れていた




自分も雪解け水を飲んでしまいお腹の調子がいまいち




でも弱音は吐かないで笑顔!笑顔!
みんなの前では元気!元気!




今日は休憩は2時間半で朝までぶっ通し


みんなはもっともっとつらくて大変なんだから
これくらいのことは頑張らないと



搬送されてきた高齢者は
みんな脱水症状と低体温



点滴のストックがもうすぐ底をつく


点滴の針もあと数箱




避難所生活のストレスで胃潰瘍からの出血なのか吐血で血圧低下のショック状態の患者さんも搬送されてきた


すぐに内視鏡と輸血!
ドクターが叫んで自分で「あぁ、ここには何もないんだ」我に返っていた

緊急処置で点滴確保してどんどん補液しながら血圧を保たせながらヘリで内視鏡や処置が出来る盛岡市内へ搬送となる

最善の治療が出来なくて申し訳ない気持ちで見送る医療チーム




明日石巻に医療機器不足の連絡がとれるといいけど向こうも同じような状況なのかも



いまだに家族と連絡がとれない被災者は増える一方




あの日から奥さんを探すおじいさん
なんとか休んで欲しい




想像以上の状況と過酷さに挫けそうになるけど、
少しずつ高速バスが再開したり途中まででも新幹線が再開するニュースも聞こえてきた


昨日よりは絶対前に進んでいる!!

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18 コメント

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本当の被災地のこと (さとみ)
2011-03-28 02:58:41
 糸井重里さんのツイッターからきました。
震災の報道を見るたびに胸が締め付けられる思いでいます。
私は要請があれば被災地入りする待機状態の者です。
ニュースでは伝わらない被災地の現状を伝えてくれてありがとうございます。
この記録を読みながら涙を抑えることができませんでした。
 いち早く被災地に入り、第一線での看護活動
お疲れ様でした。

災害派遣・復興支援は長期化とともに記憶が薄れてしまいそうで・・・
多くの方にこの貴重なレポートを知って貰いたいと思いました。

とても読みやすい文章で、優しい素敵なナースのあなたの存在を知ることが出来て
嬉しかったです。

ブログに記録して下さりありがとうございます。

お疲れ様でした。 (うぶすぶ)
2011-03-28 11:37:37
自分もこっそり行って手伝おうかと
思ったこともありましたが、
人よりも
もの が 準備できなくて。。。

テレビでのくだらないリポーターより
質感のある本当の話 

なにか、手伝えることがあれば
邪魔にならないように 
していこうと思います。
4) Children and the elderly (anonymous translator (English))
2011-03-28 13:27:40
DISCLAIMER FROM THE TRANSLATOR: While I do speak English, I know nothing about medicine. These are rough translations made through tears. Please take all medical details with a grain of salt. This translation has not been proofread and may be revised on a later date.

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March 17


I joined a medical team that is operating a first-aid station and hospital in one of the evacuation sites, where ambulances were coming in.

Their beds were already full, and the waiting room was crowded by countless patients requesting to be seen. Medicine and medical supplies were desperately short.

I went around to do triage and found that there were many children with temperatures up to 39°C.

Uhh, I don't have a good feeling about this.

My hunch was right: influenza.


We brought both Relenza and Tamiflu, but we don't have enough in stock. We gave Calonal to patients with lighter symptoms and hoped that their temperatures will go down. There are many small children and elderly people with lower resistance, and in the present situation, everyone has lowered resistance so there is a strong likelihood that this will be contagious.

We decided to separate influenza patients and patients with other symptoms inside the first-aid station, as well.

I felt frantic with the wish that the illness won't spread any more than it already has.


An emergency request from one of the emergency sites that one of my colleagues has been sent to.

They want to send us several elderly patients who have diarrhea and are becoming dehydrated. Supplies were not reaching their area, and they had actually resorted to eating uncooked rice, causing gastroenteritis.

I had heard on the radio that supplies were coming in steadily, but they had yet to reach smaller evacuation sites and the fuel shortage was making circulation difficult.

I'd drunk water from melted snow myself and my stomach didn't feel very good.

But no whining! Smile! Smile! You're feeling great in front of everyone! Just great!


Two and a half hours of rest today, and working straight into the morning. Everyone here is having a much, much harder time, so I have to deal with this.

The elderly who are brought in all have symptoms of dehydration and low body temperatures.

Our stock of intravenous drips is almost out. Only a few boxes of intravenous needles left, too.


Another patient who was brought in was in shock with low blood pressure after hematemesis, possibly from a stomach ulcer hemorrhage from the stress of living in an evacuation site. The doctor yelled for an endoscope and a blood transfusion before coming to his senses and remembering that we have nothing here.

As an emergency treatment, we secured some intravenous drips and kept the blood pressure steady through fluid replacement as the patient was transported on a helicopter to Morioka, where endoscopes and proper treatment are available.

The medical team looks on with sorrow for being unable to give the patient the treatment that is needed.


It would be great if we can get in touch with Ishinomaki tomorrow and let them know that we are lacking medical equipment, but maybe it's the same for them, too.

More and more disaster victims who still can't get in touch with their families.


An old man who keeps searching for his wife since that day. I wish he could get some rest, somehow.


The situation really is beyond imagination and sometimes I almost can't bear the severity any more, but there's also news about some expressway buses running again, and the bullet train is also back, partway.

Things are definitely getting better than they were yesterday!!
Unknown (清恵)
2011-03-29 06:04:59
ミクシィからきました。拝見してると涙が出てきました。私にはあなたが頑張っておられるような事はできませんが、できる事を継続してやって行こうと思いました。有難うございます。
Unknown (さちこ)
2011-03-29 11:00:50
はじめまして。
『ほぼにち』で紹介されていてこちらを知りました。

日本のマスコミが全く伝えない実情を教えてくださって
本当にありがとうございます。

今は、何の資格も経験も、覚悟もない人が現地に行っても、
足手まといになるだけですね。

現地には行けないけれど、ここでもできる事は何なのか
改めて考えてみます。

本当に、ありがとうございました。
お疲れ様でした (ゆき)
2011-03-29 21:35:49
初めまして、福岡で看護師をしている者です!とても心にストレートに来るblogでした。私の病院でも被災地へ行っている仲間がいます私も署名をしていつでも行ける旨を病院に提出しています。たくさんの職員も署名していますが、なかなか次に行く予定が立っていない状況です。たくさん職員を連れて、物資も積んで行けるものだと思っていましたが現地に着いてからの移動燃料、食料など様々な問題があると言われました。もどかしい思いでいっぱいです。blogを読ませていただいてますますです。行くときには被災者の方たちに少しでも元気と笑顔を与えられるように、今は私に出来ることを精一杯やろうと思います。長くなりまして、申し訳ありませんでした。
お疲れ様でした (めぐみぃ)
2011-03-30 21:16:17
じっくり読みました。そして考えました。
ブログを書いてくださってありがとうございます。
私も、何が出来るか、少しずつやってみます。

リンクさせていただくことをお許しください。
Unknown (Unknown)
2011-03-30 22:34:03
被災地での看護活動お疲れ様でした。

もしこれで少しでも同情や怖いもの見たさで来る人が減ればとおもいました。

以下コメントに不都合あるようであれば即刻消してください。(ブログ主さんとの趣旨と異なるようであればですが・・・)

当方宮城県内の山側に住む人間ですが内陸部でもそれなりに被災しております。(沿岸部にくらべれば小さなものですが・・・)

他県でも同様な被災者のかたがいるとは思うのですがまだましだから沿岸部にいって少しでも役に立ちたいというのはやめたほうがいいです。(生半可な気持ちでは絶対に迷惑になります。立派だとは思いますが以下に理由記載します。)

おそらく今後もしばらく被災者の悲痛が痛感できる話が掲載されるとは思いますがそのたびに精神的なダメージを受けることと思います。
それ乗り越えれる人のみ個人の責任で来れる方であれば問題ないと思いますがそれ以外のかたはやめたほうがよいと思います。

本当に現地に必要とされている医療関係や自衛隊、消防署の方に来ていただくほうがよいと思います。
(医療関係者でも自衛隊でもないですががれき等の撤去作業に遭遇するのは自明でいまからでもおそらく亡くなられた方がみつかると思いますので、それに耐えられる方でなくてはならないと思います。)

自分も行こうかどうか悩みましたが実際にいった先でたまたま撤去作業等で亡くなられた方をみたときに悲痛な話をされた場合、平然としていられるか不安だったため自粛しております。
(本当はいって何かしたいって思いますがかえって迷惑をかけてしまうことがわかるため)

・・・

とはいえ無理強いするようですが医療関係者の方や自衛隊の方は現地で必要とされているのは確かです。まだしばらくしばらく必要とされた際には申し訳ありませんができるだけ参加していただけるようにお願いいたします。


ありがとうございます (ちはや)
2011-03-31 02:01:50
偶然、ツイッターで辿り着きました。
私の友人数人も自衛官や看護師として被災地に入っています。自衛官の友人はまだ20代後半、看護師の友人は若く見えても、経験談を聞くと阪神淡路の地震の時にチーフみたいだったので50代頭かと思います。彼女は、貴女が涙を流した時、耳をひっぱり叱ったような立場ではないかと推測しています。
でも叱りながらも、先輩方も心では涙を流していたのだと思います。私の友人も現場では、絶対に人前では泣けないし、泣くと仕事をする為の必要な労力が削られると言っていました。
友人は余りの悲壮さ、悲惨な現状は話してくれませんでしたが…。友人は一度、先日、深夜帰宅後、翌々日には被災地の別地区へ飛びました。たまに一般物資の不足を連絡してくれます。医療物資と一緒に持ち込めない物を。


私には特殊技能はありませんが、自分に出来る事をしていきたいと思います。東北のおじいちゃんやおばあちゃん世代が戦後の日本を復興してくれ、今の先進国と言われる生活があるのだから、次は現役である世代が頑張るべきでしょう。早く日向ぼっこしながら、お茶でも飲んで貰えるように…。

現状を教えていただき、本当ありがとうございます。
大丈夫ですか。 (美佑)
2011-04-01 23:15:42
大丈夫ですか。
体に、きおつけてくださいね。
ご連絡頂けませんか?? (奥山美奈と申します)
2011-04-04 22:25:10
お友達に紹介されてブログを拝見しました。

感銘を受けました。

私は医療界で講演や研修や執筆活動をしている者です。

ぜひ、いろんなことをインタビューさせて頂きたいと思いメール致しました。

東京都に住んでおります。

怪しい者ではありません。HPをご覧下さいますでしょうか。雑誌か著書などで私のことをご存じだといいのですが・・・・

info@tn-succ.biz

どうぞよろしくお願い致します。

TNサクセスコーチング 代表 奥山美奈
失礼します。 (やす)
2011-04-05 00:33:07
知り合いの情報から入りました。
何回読み直しても涙が出ました。

私は児童福祉施設で長年働いていました。
孤児になった子どもも沢山出てくるかと思います。
本当に心が痛みます。

失った物は想像を越えているかと思います。

でも必ず困難の中には幸せになれる種があると信じ、私なりに日々考えて生きていきたいと思います。

本当にご苦労様でした。そしてありがとうございました。

知る機会をありがとうございました。 (いづみ)
2011-04-11 21:09:16
TwitterでRTされていたところからお邪魔しました。
お疲れ様でした。
私は直接人を助けることができる仕事に就いていないため、こうして体感した気持ちを教えていただき、本当にありがたいと思っています。
テレビで見るだけでも衝撃でしたが、実際目の当たりにし、360度の被災地の光景、有り得ない地平線を見ると気の持ちようは確実に変わると思います。
その端だけでも経験させていただくことができ、自身の身の振り方含め、考えなければいけないと思いました。
本当に、本当にありがとうございます。
改めて、自身の日記でもリンクを貼らせていただきます。
ありがとうございました。
Unknown (ももはな)
2011-04-12 15:50:33
先日、私の住む南フランスでも、被災地に向けたチャリティを行い、多くのフランス人が集り、募金をしてくださいました。
ブログを読ませていただいて、実際、被災地がどのような状況なのか、すごく気になっていました。本当に、お疲れ様です。
私は、現在、妊娠5ヶ月。妊婦や新生児の事が、気になります。尊い命が失われる中、新たな生命を守る人々に、感謝します。
Unknown (かおり)
2011-04-20 16:11:56
本当にお疲れ様でした。
私は九州ですが体を壊すまでは介護士だったので、被災地の病院や老人ホームなどが映るたびに現場のスタッフに同調してしまい、辛かったです。痛すぎて泣けなかった。
『いまそこに行けなくてごめんなさい』
『お薬もおふとんもソフト食材もいっぱい送ってあげたいのに、お金だけでごめんなさい』
そんな感じで…
このブログを読みながら、初めて泣きました。

忘れないこと。想像し続けること。小さくとも実行すること。

そんなささやかな誓いが集まって、復興エンジンの一部になれますように
お疲れ様です (るんるん)
2011-05-16 23:23:46
お友達のブログに紹介されていて
こちらのブログを知りました

実際の現地の様子と言うものは
テレビから流れてくる事だけでは
わからないものだと思います
それをわかっていても現地へ行かれた方の
レポートを読ませていただくと
本当に大変なことなのだと少しだけですが知る事が出来ました

今、自分が出来る事は人として精一杯生きる事
自分の身近な人を大切に思うこと
命を無駄にしない事だと思います

何でも、簡単に欲しいものが手に入る世の中になりましたが
命を全うする事は簡単なことではありませんね

地球と言う星に住んでいる地球人が一つとなって
この素敵な星の未来を考えて行かれたらと思います

被災された方々が少しでも心休まる時間が出来ますようにお祈りします

どうか、これからもお仕事頑張って下さい

どんな仕事も、先ずは人との繋がりから始まり、心と心が通い合う所から始まりますね

私も、現地の様子をお友達に紹介させていただく事を許してください
ドイツ語圏より (Unknown)
2011-05-23 08:00:37
4. Kleine Kinder und alte Menschen

17. März
Ich besuchte als Helferin eine Rettungsstelle in einem Notlager, die zugleich ein provisorisches Spital war und Patienten aufnahm, die mit dem Rettungswagen eingeliefert wurden.

Die Betten in der Rettungsstelle waren bereits voll,
und unzählige Patienten warteten im Warteraum.
Arzneimittel und Medikamente reichten bei weitem nicht aus.

In der Abteilung für jene Patienten, wo wir mit einer Triage konfrontiert waren, waren viele Kinder mit über 39 Grad Fieber.

Ich hatte ein banges Gefühl.

Wie befürchtet, hatten sie Grippe.

Wir hatten zwar sowohl Relenza (Zanamivir) als auch Tamiflu mit, hatten aber nicht genügend Reserven.

Den Patienten, die nicht so starke Symptome hatten, wurde Caronal (Acetaminophen) verordnet. Wir hofften, das Fieber dadurch senken zu können.

Die Ansteckungsgefahr war nicht nur bei Kindern und älteren Personen mit wenig Abwehrkräften, sondern bei allen Menschen hoch, weil in so einer Situation das Immunsystem allgemein geschwächt ist.

Daher beschloss man, auch innerhalb der Rettungsstelle Grippe-Patienten getrennt von anderen Patienten zu behandeln.

Ich war sehr besorgt: Die Grippe durfte auf keinen Fall weiter um sich greifen.

Von einem Notlager, in dem meine Vorgesetzten stationiert waren, wurde ein dringendes Ersuchen an uns gerichtet.

Wir wurden gebeten, einige ältere Patienten, die Durchfall hatten und unter leichter Dehydration litten, aufzunehmen.

Da die Hilfsgüter nicht rechtzeitig geliefert worden waren, hätten sie offenbar rohen Reis gegessen und davon eine Magen-Darm-Grippe bekommen.

Im Radio wurde berichtet, dass die Hilfsgüter zwar langsam eintrafen, aber nicht an kleinere Notlager geliefert wurden, und dass es aufgrund des Mangels an Benzin schwierig war, Güter zu transportieren.

Ich selbst hatte auch ein wenig Bauchweh, weil ich Tauwasser getrunken hatte.

Doch ich wollte nicht jammern, sondern einfach nur lächeln.
Vor meinen Patienten tat ich, als wäre ich gesund und munter.

Gestern arbeitete ich mit insgesamt zweieinhalb Stunden Pause bis heute Früh durch.

Ich musste mich zusammenreißen, weil die Katastrophenopfer viel mehr litten als ich.

Die älteren Personen, die in unsere Rettungsstelle eingeliefert wurden, waren alle dehydriert und unterkühlt.

Bald werden wir keine Infusionen mehr haben.
Und Infusionsnadeln haben wir auch nur mehr ein paar Schachteln voll.

Es wurde ein Patient eingeliefert, der unter Schock stand. Möglicherweise hatte er eine Blutung aufgrund eines Magengeschwürs, das durch den Stress des Lagerlebens hervorgerufen worden war, oder die Ursache des Schocks war ein zu niedriger Blutdruck durch das Erbrechen von Blut.

Ein Arzt rief: „Endoskopie und Bluttransfusion!“
Dann besann er sich und sagte: „Ach ja, hier gibt’s ja nichts...“

Der Patient wurde mit einem Hubschrauber in ein Spital transportiert, in dem man Endoskopien durchführen konnte. Während des Fluges musste der Patient ständig Infusionen bekommen, damit der Blutdruck nicht abfallen konnte.

Wir verabschiedeten uns von dem Patienten, indem es uns allen leid tat, dass wir ihn nicht ausreichend behandeln konnten.

Ich hoffe, dass wir morgen endlich Kontakt mit einem Spital in der Stadt Ishinomaki aufnehmen und von unserem Arzneimittelmangel berichten können. Aber vielleicht hat man auch dort die gleichen Probleme wie wir...

Die Anzahl jener Personen, die keinen Kontakt zu ihren Familien aufnehmen können, steigt weiter.

Ich hoffe, dass sich jener alte Mann, der seit dem Tag der Katastrophe seine Frau sucht, einmal ausruht.

Da die Lage extremer und schwieriger war als ich mir vorgestellt hatte, verlor ich oft fast den Mut. Aber man hörte auch einige gute Nachrichten: Die Überlandbusse fahren wieder und die Hälfte der Shinkansen-Strecken sollen auch bald wieder in Betrieb genommen werden können.

Die Lage ist immerhin besser als gestern.
UGG (UGG )
2011-08-16 23:50:02
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