とっておきの名盤 その155 チョ・ソンジン ~ The 17th Chopin Piano Competition Warsaw 2015



昨年10月の第17回ショパン・コンクール、優勝したチョ・ソンジンが弾くショパンのP協第1番を初めてYouTubeで聴く。
とにかく驚いたのは、聴く人の心の中に訴える彼のピアノの限りなく透明なそして美しい音の流れ!
これまでに名のある演奏家のピアノをいろいろと聴いてはいるが、こんな経験は初めてだった。
これは彼の持つピアノの音色の素晴らしさだけではなく、何よりも作曲家が曲に対して示した音楽構成というものをしっかり把握したうえで、それを聴くものの心にストレートに伝えているからだと思う。
どんな言葉遣いを使っても、その素晴らしさを的確に伝えることは難しいとは思うが。
とにかく1年4ヶ月ぶりに、”とっておきの名盤”に値するCDを取り上げることが出来たことは嬉しいの一言に尽きる。
・チョ・ソンジン<P>「Winner of the 17th international Fryderyk Chopin Piano Competition Warsaw 2015」~ Prelude_OP28、Piano Sonata_No.2 in B flat minor OP35 など <Grammophon>
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この曲この一枚 その35 ヴィルヘルム・ケンプ Beethoven:ピアノ・ソナタ全集(全32曲)

 

 

現代の人々にとって、ケンプ(1895~1991)はだんだんと忘れ去られた存在になってしまった。
今手元にある彼が残してくれたベートーヴェンのピアノソナタ全32曲の全集、どの曲からでもよいのだが、どれか一枚をプレーヤーにかけた瞬間から、とても魅惑的で新鮮ともいえる音楽の泉がこんこんと湧き出てきて、私の周りを温かく包んでくれる。
「音楽ってこんなものだよ!」というような囁きを真摯に与えてくれる演奏、ケンプを忘れてはいけない、あらめてそんな気持ちにさせてくれる演奏だと思う。
「アラウが晩年に残してくれたソナタの数々とともに、この全集も絶対に手元に置いてほしい」、そんな思いをこのブログを見た人に伝えたいと思っている。
ヴィルヘルム・ケンプ<P> Ludwig van Beethoven: Die Klaviersonaten <Grammophon>
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敦賀と奥琵琶湖の歴史を巡る

コース順路:コース満足度★★★★★ 11月10日~11月12日
気比神宮 → 気比の松原 → 西福寺 → 鶏足寺跡 → 石道寺 → 竹生島<宝厳寺、都久夫須麻神社> → 琵琶湖周航の歌資料館 → 白髭神社 → 田中大塚古墳<彦主人王御陵> → 中江藤樹記念館 → 賤ヶ岳古戦場(余呉湖の眺め)→ 雨森芳洲庵 → 向源寺<聖十一面観音像>

何よりも嬉しい事は、兄弟姉妹全員揃っての旅行が無事楽しく出来たことに尽きる。
写真が十分に撮れなかったが、訪れた所を思い出しながらたどっていきたい。
はじめに敦賀市の気比神宮、気比の松原、西福寺を訪れ、その夜は北近江観音路・己高庵で旅の疲れを癒す。
翌日の朝訪れたのは紅葉の名所として知られる鶏足寺跡、ゆるやかな参道の石段、苔むした石垣にもみじの古木が幽玄な情景を醸し出している。
近くの石道寺にも訪れ、趣きのある十一面観音像を拝観する。
己高閣・世代閣には鶏足寺本尊の十一面観音像、他に薬師如来立像、十二神将立像など多くの文化財が保存されている。
フェリーで竹生島へ、琵琶湖周航の歌をしきりと思い出す。
白髭神社は、近江の厳島とも呼ばれる近江最古の神社。
 


第26代継体天皇の父の御陵と伝えられる 田中大塚古墳を訪れる。
「日本書紀」には彦主人王が「近江国高島郡三尾之別業」に住んでいた頃、越前国より美しき振姫を妃に迎え生まれたのが男大迹王(おおどおう)であると記されている。
時代がずっと下った天正11年(1583)に羽柴秀吉と柴田勝家が覇権を争った「賤ヶ岳の戦い」の戦場跡に佇む。
そこから眺める神秘の湖「余呉湖」の眺めが美しい。
  

高月町出身の儒学者・雨森芳洲の生家跡に建てられた雨森芳洲庵を訪れる。
朝鮮通信使での働きや、「誠信の交わり」を説いた彼の人間性の素晴らしさに感心する。
向源寺の聖十一面観音像は、全国に7体ある国宝の十一面観音の中でも特に美しいと評価されている。
  
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八幡平・奥入瀬渓流・白神山地を歩く

コース順路:コース満足度★★★★ 8月17日~8月19日
八幡平ハイキング → 奥入瀬渓流 → 八甲田山ロープウェイ → 白神山地

遅ればせながら、夏の旅行を今頃になって記事にする。
八幡平のハイキングは、あいにくの雨で雄大な山々の景色が見れなかったのが残念だったが、登山道も整備され、ブナの原生林や可憐な高山植物、鳥のさえずりなど、豊かな自然を満喫する。
発荷峠から見下ろす十和田湖の眺めは素晴らしい。
近くで買った黒にんにくの効果が抜群なこと、一粒食べたらすぐに体の疲れが取れ、元気がすっかり回復したのには驚く。
 

次の日には天気も回復、奥入瀬渓流を十和田湖の子ノ口から下流へと2時間ほど歩く。
紅葉の時期が最高らしいが、美しい渓流と周りの自然美を眺めながらの散策は、とても気持ちがよい。
世界遺産になっている白神山地、現地のガイドさんが話す自然なままのブナ林の生体、その詳しい説明が今でも印象に残る。
 
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とっておきの名盤 その154 ヴァレンティーナ・リシッツァ 「ライヴ~ロイヤル・アルバート・ホール」

 

世界中にその存在が知られていなかった異色のピアニスト、ヴァレンティーナ・リシッツァ、YOU TUBEによって、その魅力的な演奏があっという間に世界に広まり、その後、メジャー・レーベルからレコード・レビューを果たしたというから面白い。
早速、主題のCDを注文、一曲目の「ラフマニノフ:前奏曲作品25第5番」を聴く。
その途端から、「何とも言えない不思議な力が私の心を掴んで離さない」と云うべき演奏がレコードの最後まで続いたのには全く驚かされた。
とにかく、このとっておきの名盤はもちろん、これからも彼女の魅力的な演奏をぜひ聴いていきたいと思うこの頃である。
・ヴァレンティーナ・リシッツァ<P>「 Valentina LisitsA LIVE at the ROYAL ALBERT HALL」<DEECA>
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韓国歴史ドラマ、気になる話 その14(追加補足編9)

このシリーズ、少々遊んでいたらいつのまにか追加すべきドラマがたくさんあった。
また楽しみが増えたので、今後の放映のチャンスを期待したい。

104.仁粋大妃 <朝鮮王朝前期> <監督:イ・テゴン> <主要キャスト:チェ・シラ キム・ミスク キム・ヨンホ チョン・ヘビン> 2011~2012年 全60話<私的評価:★★>
このドラマ、まずはチェ・シラの演技力が見もので、 5代王・文宗から10代王・燕山君までの約50年間、女性という身分を越えて王朝を支配したインス大妃を彼女は見事に演じきっている。
その間の歴史的事件だが、癸酉靖難のクーデーター、スヤン大君の王座略奪、毒を賜る廃妃ユン氏、暴君・燕山君の狂乱など血なまぐさいものばかりが続く。
  

105.チャン・オクチョン(張玉貞)<朝鮮王朝中期> <監督:プ・ソンチョル> <主要キャスト:キム・テヒ カン・ミナ ユ・アイン ホン・スヒョン イ・サンヨプ ジェヒ ハン・スンヨン> 2013年 全24話 <私的評価:★★>
張玉貞とは本名で、低い身分の女官から王妃にまで上り詰めた張禧嬪のこと。
19代王・肅宗に寵愛され、仁顯王后を陥れて王妃の座を奪った「悪女」としてよく知られている。
このドラマでは若者向けの恋愛仕掛けが多く、キム・テヒが愛という視点から、悪女とは何かというような事を感じさせてくれる。
  

106.宮廷残酷史 <朝鮮王朝後期> <監督:ノ・ジョンチャン、キム・ジェホン> <主要キャスト:キム・ヒョンジュ イ・ドクファ ソン・ソンミ チョン・ソンウン> 2013年 全50話 <私的評価:未見>
朝鮮王朝16代王・仁祖の側室で、陰謀を巧みに操り昭顕世子を破滅に至らしめる貴人趙氏を主人公にしたドラマ。
キム・ヒョンジュが挑戦最高の悪女・貴人趙氏を妖艶に演じているというから、一度は見なくちゃと思わせる。
 

107.亀巖ホ・ジュン <朝鮮王朝中期> <監督:キム・グンホン> <主要キャスト:キム・ジュヒョク パク・ジニ パク・ウンビン ナムグン・ミン> 2013年 全135話 <私的評価:未見>
イ・ビョンフン監督でヒットした「ホ・ジュン」のリメイク版。
監督は「朱蒙」「階伯」などのキム・グンホン、そして脚本は前作でも担当したチェ・ワンギュという期待のコンビが担当している。
何と言っても、キム・ジュヒョクがホ・ジュンをどんなふうに演じているかが一番気にはなる。
  

108.奇皇后 <高麗王朝後期> <監督:ハンヒ、イ・ソンジュン> <主要キャスト:ハ・ジウォン チ・チャンウク チュ・ジンモ> 2013年 全51話 <私的評価:★★★>
14世紀、元に服属していた高麗に生まれ、元への貢女(コンニョ)という境遇から皇后にまで上り詰めた女性、奇皇后のドラマ。
私としては題材が題材だけに、格調高い内容を期待したのだが、若者向けのフュージョンという感じで、入浴シーンなんかも結構出てくるし、ハ・ジウォンの魅力でドラマをどこまで見続けられるかが問題。
  

109.剣と花 <高句麗王朝後期> <監督:キム・ヨンス> <主要キャスト:オム・テウン キム・オクビン チェ・ミンス オン・ジュワン イ・ジョンシン ノ・ミヌ> 2013年 全20話 <私的評価:未見> 
高句麗の英雄・淵蓋蘇文(ヨン・ゲソムン)の息子ヨン・チュンの悲しい恋を描き、韓国版「ロミオとジュリエット」と評されたドラマだという。
 

110.帝王の娘スベクヒャン(守百香) <百済王朝後期> <監督:イ・サンヨブ> <主要キャスト:チョ・ヒョンジェ チョン・テス ソ・ヒョンジン ソウ> 2013~14年 全108話 <私的評価:未見>
「スベクヒャン」の意味が分からなかったが、調べてみると「守百香=百済を守る花・百済の香り」ということらしい。
主人公スベクヒャンは第25代・武寧王の隠し子だが、祖国をこよなく愛し、百済を勝利に導く活躍をして波乱の生涯を終える。
そんなことで、彼女は「百済の香り」として永遠の命を得ることになったという。

 

111.鄭道伝(チョン・ドジョン) <朝鮮王朝初期> <監督:カン・ビョンテク、イ・ジェフン> <主要キャスト:チョ・ジェヒョン ユ・ドングン アン・ジェモ イ・イルファ イム・ホ> 2014年 全50話 <私的評価:未見>
高麗から朝鮮に移る激動の時期、鄭道伝を中心に朝鮮を建国しようとする人々、そして高麗を守ろうとする人々の物語を描いた正統派の歴史ドラマ。
男ばかりが出てくるドラマだが、本格的な歴史ドラマを見たい人にはうってつけの作品と言える。
   

韓国歴史ドラマ、気になる話 その13(追加補足編8)
韓国歴史ドラマ、気になる話 その12(追加補足編7) 
韓国歴史ドラマ、気になる話 その11(追加補足編6)
韓国歴史ドラマ、気になる話 その10(追加補足編5)
韓国歴史ドラマ、気になる話 その9(追加補足編4)
韓国歴史ドラマ、気になる話 その8(追加補足編3)
韓国歴史ドラマ、気になる話 その7(追加補足編2)
韓国歴史ドラマ、気になる話 その6(追加補足編1)
韓国歴史ドラマ、気になる話 その5
韓国歴史ドラマ、気になる話 その4
韓国歴史ドラマ、気になる話 その3
韓国歴史ドラマ、気になる話 その2
韓国歴史ドラマ、気になる話 その1
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河村尚子 ピアノ・リサイタル



6月28日(土)楽しみにしていた河村尚子ピアノ・リサイタルに出かける。
曲目は、ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第9番で始まり、シューベルト、ショパンのリスト編曲によるもの、ショパン:バラード第1番、そして最後は、ムソルグスキーの組曲「展覧会の絵」という多彩なプログラム。
演奏は、期待を裏切らない素晴らしいものだった。
彼女は、音の響きの美しさを大切にしていて、ショパンなどは、その繊細な音の流れに聴き入るばかり。
「展覧会の絵」は、プロムナードの足取りからして胸の高まりを感じさせる。
彼女は身重のようだったが、ファンとしてこれからもずっと今のような活躍を続けて欲しいと願うばかり。
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尾瀬の水芭蕉を巡る

コース順路:コース満足度★★★★★ 6月6日~6月7日
鳩待峠 → 山ノ鼻 → 牛首分岐 → 竜宮十字路 → 原の小屋 → ヨッピ吊り橋 → 牛首分岐 → 山ノ鼻 → 鳩待峠
6月初旬になると無性に水芭蕉が見たくなる、それも尾瀬の水芭蕉を!
そんなことを言いながら、尾瀬を訪れたのがなんと7年ぶりというから、自分のいい加減さにはあきれてしまう。


鳩待峠から山ノ鼻を目指して木道を下っていくと、すぐ左手に美しい雪景色の至仏山が見えてくる。
ビジネスセンターで係員の人から、研究見本園の水芭蕉は良いよとの話を聞き、30分ぐらいで半周できるのでそちらへ向かう。
話に違わず、水芭蕉の群生が素晴らしい眺めを見せている。


しばし水芭蕉の群生と、小ぶりのみずみずしい色の水芭蕉に見とれる。


水芭蕉は水辺に咲く花で、少しでも水のあるところには先を争うように咲いているが、リュウキンカも同じで水芭蕉のあるところには寄り添うように咲いている。


東電小屋を過ぎて、ヨッピ吊り橋へ向かうところからの至仏山の眺めが素晴らしい。
竜宮と見晴らしの間にある”下の大堀川”、その地点から見た至仏山を背景に美しく咲き誇る水芭蕉の眺めは、尾瀬を代表とする景色として最も有名なところ、それを目に焼き付けてから鳩待峠の帰路へと向かう。
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さきたま古墳・下野国史跡と世界遺産日光への旅

コース順路:コース満足度★★★★★ 4月15日~4月16日
さきたま古墳群 → 中禅寺 → 二荒山中宮詞 → 日光東照宮 → 二荒山神社<下野国一宮> → 輪王寺・大猷院霊廟 → 大神神社<下野国総社> → 下野国・国庁跡 → 下野国・国分寺跡 → 下野国・国分尼寺跡 → 下野国・薬師寺跡

今回訪れた旅先の史跡、神社・寺院などを教科書的に述べてみると、以下のようになる。
◆さきたま古墳群
○「稲荷山古墳」は5世紀後半に造られた前方後円墳で、長さ120m、高さ約12m、金錯銘鉄剣(国宝)を出土したことで有名だ。
昭和43年(1968)に発掘調査が行われ、出土品の鉄剣、帯金具、勾玉、鏡などはすべてが国宝とされている。
墳頂には、粘土と河原石で作られた2基の埋葬施設が復元されている。
稲荷山鉄剣が持つ、古代史上の重要な意義を調べてみる。
①鉄剣の銘文が日本古代史の確実な基準点となり、その他の歴史事実の実年代を定める上で大きく役立つことになった。
②銘文の辛亥年を471年説とすると、ヲワケが仕えた獲加多支鹵(ワカタケル)大王は、日本書紀の大泊瀬幼武(オオハツセワカタケル)天皇、すなわち21代雄略天皇となる。
③遅くとも5世紀後半には、雄略天皇統治による大和の権力が九州から北関東まで及んでいたことになる。
 

〇「将軍塚古墳」は6世紀後半に造られた前方後円墳で、長さ90m、高さ約9.5m、横穴式石室から馬冑、旗差し金具、環頭太刀、馬具など多くの副葬品が出土している。
墳丘には復元した埴輪を立て、古墳内部は実際の横穴式石室と遺物の出土状況が見学できるように展示されている。
 

◆中禅寺湖の畔にある中禅寺は、784年に勝道上人により創建されたと云われ、東照宮すぐそばの日光山輪王寺の別院にあたる。
本尊は千手観音で、湖上にその姿を見た勝道上人が桂の立木を手彫りしたと伝わることから、「立木観音」とも呼ばれている。
本堂の上から眺める男体山が美しい。
◆二荒山中宮詞は中禅寺湖の北岸、男体山山麓の地に鎮座している。
男体山の山頂にある二荒山神社奥宮と、日光山にある二荒山神社本宮の中間にあたるので、中宮祠と呼ばれている。
天応2年(782)に勝道上人が山頂を極めた後、延暦3年(784)にこの地に二荒権現を祀る社殿を建てたのが始まりとされ
ている。
  

◆日光東照宮
日光東照宮は徳川家康を祀る廟として、元和3年(1617年)に創建されている。
徳川家康は1616年4月に駿府城で75歳の生涯を終えた後、久能山に埋葬されたが、遺言により一年後の1617年4月に久能山より日光の地に移された。
「権現造」の建築様式、彫刻や彩色などの建築装飾は当時の最高水準の技術が用いられ、本殿・石の間・拝殿、陽明門など8棟が国宝に指定されている。
「見ざる・言わざる・聞かざる」の三猿の彫刻、左甚五郎作の「眠り猫」、狩野探幽が想像で描いた像の彫刻は、東照宮の三彫刻として名高い。
家光の時の大造営の総工費は、金56万8000両、銀100貫匁、米1000石(今の400億円に相当)、使った材木が14万本、工期は1年5ヶ月、延ベ454万人が携わったという。
◆輪王寺・大猷院(たいゆういん)霊廟
「大猷院」は徳川3代将軍家光の死後に後光明天皇から賜った法号、「廟」は祖先の霊を祀ったお堂で、徳川家光の墓所である。
4代将軍家綱は酒井忠勝に命じて、家光の死の翌年にあたる承応元年(1652)から造営を始め、1年2ヶ月後の承応2年(1652)年に家光廟大猷院を完成させた。
建物は本殿、相の間、拝殿が国宝となっているほか、唐門、夜叉門などが重要文化財になっている。
大猷院の建物が東照宮に向かって建っているのは、家康に対する家光の強い思慕の念を示している。 
 

◆二荒山神社<下野国一宮>
二荒山神社は、古くより二荒山(男体山)を御神体と仰ぐ神社として発展し、下野国一宮として敬われ、鎌倉時代以後は、関東の守り神として幕府、豪族の信仰を集めたという。                     
二荒山の「ふたら」は補陀洛(ふだらく)からきたもので、観音の浄土の地という意味で命名されたという。
祭神は大己貴命(おおなむちのみこと)、田心姫命(たごりひめのみこと)、味耜高彦根命(あじすきたかひこねのみこと)が祀られている。
◆下野国・国庁跡
国府の中心部となる国庁は、大宝元年(701)に確立した律令国家体制の地方行政庁のことで、主な役目として税の徴収、戸籍の作成、国内の巡視、裁判などを司った。
下野国庁は、東西・南北が約95mで周囲は板塀がめぐり、南には南門、中央には前殿(見事な朱色で復元)、左右には脇殿という細長い建物が置かれていた。
しかし、重要な建物・正殿は前殿の後ろ側にあるはずだが、現在神社が建っているため、残念ながらまだ発掘調査は行われていない。
下野国司だった歴史上の人物を調べてみると、以下のような有名人がいる。               
伴 善男(とものよしお)・・守849任命、応天門の変で有名、役職と兼務だったため、実際に下野国に来た可能性は少ない。
菅原道真・・権の少掾867任命、「学問の神様」、右大臣にまで出世するが、晩年大宰府に左遷される。
藤原秀郷・・守940任命、平将門の乱を平定した功績で下野の地方豪族から下野守に出世する。別名が俵藤太。
  
 
◆大神神社<下野国総社>
第十代崇神天皇の長子・豊城入彦命が下野国を治めた時、父が崇拝していた三輪山の三輪大神を分祀し、そののち景行天皇の御代に下野惣社(惣社明神)になったとされている。
祭神は倭大物主櫛瓺玉命(やまとおおものぬしくしみかたまのみこと)で、奈良・大神神社の大物主命の分霊としている。
古代の国司はその国の全ての神社を一宮から順に巡拝していたが、これを効率化するため、その国の国府近くに国内の神を合祀した惣社を設け、まとめて祭祀を行うようになった。
そのため当神社は下野国の惣社にあたるとされている。
歌枕として『万葉集』や『古今和歌集』などに登場する「室の八嶋」は、境内の池の島がその跡と伝えられている。
当地を訪れた松尾芭蕉と曽良は、『奥の細道』に室の八嶋の由緒などを述べていて、境内には「 糸遊(いとゆう)に 結びつきたる 煙哉」という句碑が建てられている。
◆下野国国分寺跡
下野国分寺跡は、塔跡・講堂・金堂・鐘楼・回廊等の遺構表示が明確にされていて、海老名にある相模国分寺跡の将来的な整備方法にも参考になることが多い。
伽藍配置は東大寺式で、南北に南大門、中門、金堂、講堂が並び、中門から廻る回廊は金堂に取りついている。
基壇の規模から壮大な造りと想像される七重塔は東側に、また東西には鐘楼、経蔵が置かれている。
  

◆下野国・国分尼寺跡
昭和39年(1964)、下野国分寺跡から東に600m離れた地点に下野国分尼寺跡が発見され、日本で初めての国分尼寺跡の発掘調査がなされたという。
下野国分尼寺の敷地は東西145m、南北270mで、伽藍配置は国分寺と同じだが、尼寺の方には七重塔はない。
◆下野国・薬師寺跡
下野薬師寺は、7世紀末にこの地方を治めていた豪族、下毛野(しもつけの)朝臣古麻呂の中央政府への発願によって創建されたとされる。
彼は天武天皇・持統天皇に仕え、藤原不比等からの信任も厚く、大宝律令制定の重要なメンバーであったという。
下野薬師寺は、東海道の足柄峠、東山道の碓氷峠より東の僧に正式に僧尼を認める戒壇が設けられた寺で、東国仏教文化の中心地となり、東大寺、筑紫観世音寺とともに三戒壇の一つに数えられている。
下野薬師寺の伽藍配置は、中門と金堂を回廊で結び、その中に戒壇堂があり、回廊の外、東に塔が、また、金堂の北に講堂が配置されていた。   
宝亀元年(770)、権力をふるった道鏡は、宇佐八幡宮神託事件がもとで称徳天皇の死後、下野薬師寺別当職として左遷され、その2年後にこの地で亡くなっている。
また、日光開山で有名な勝道上人は、28歳のときに下野薬師寺で試験を受けて、僧侶となっている。
 
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常陸史跡巡り

コース順路:コース満足度★★★ 3月28日~3月29日
常陸国分寺跡 → 常陸国分尼寺跡 → 弘道館 → 水戸城跡 → 水戸東照宮 → 偕楽園 → 徳川博物館 ~ 県立歴史館


常陸国分寺は寺料が稲束6万束で全国の最高位、定住僧30名、寺域60町歩という規模だったが、現在は礎石を残すのみ。
伽藍配置は東大寺式で、一直線上に南大門、中門、金堂、講堂が並ぶ。
常陸国分尼寺には、10人の尼僧が在籍し、寺の運営は10町の水田によって賄なわれていたというが、現在は往時を偲ぶ礎石が散在しているのみ。

 
弘道館は水戸藩の藩校として、第9代藩主・徳川斉昭により天保12年(1841)に創設された。
武芸一般はもとより、医学・天文学・蘭学など、幅広い学問をとり入れた、当時の藩校としては国内最大規模のものだったという。
第15代将軍となった徳川慶喜も、5歳の時から弘道館において英才教育を受けている。
水戸城の歴史をたどると、鎌倉時代に馬場氏により建てられた館が最初で、それが江戸氏・佐竹氏と渡り、慶長14年(1609)には徳川家康の11男・徳川頼房が水戸徳川家の城主となっている。

 
徳川光圀の生誕地に立つ神社を訪れる。
光圀は寛永5年(1628)、水戸藩初代藩主頼房の三男として、家臣三木家の屋敷で生まれている。
身分を隠し、4歳までここで育ったという。
偕楽園は金沢の兼六園、岡山の後楽園とならぶ「日本三大公園」のひとつだが、天保13年(1842)に第九代藩主徳川斉昭によって造られたもの。
見事な梅の花を見ようと、多くの人々が絶え間なく訪れている。
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