エピローグ

終楽日に向かう日々を、新鮮な感動と限りない憧憬をもって綴る
四季それぞれの徒然の記。

沈黙

2017年01月30日 | ポエム
映画「沈黙」を鑑賞した。
遠藤周作の小説の映画化、である。
ハリウッド映画としてはリメイク版だ。

とても感動した。
ぼくは、クリスチャンでがないけれどアガペーについて或いは塩の道について考えさせられた。
そして、沈黙の重さについて考えさせられたのであった。

俳優陣は、パードレ役以外は日本の俳優である。
とりわけ優れて見せたのは「イッセー尾形」。

映画が終って、観客は殆ど席を立たなかった。
エンドロールの最後まで、座席に背を凭せたままだったのである。
かくいうぼくも、その一人であった。

この映画、何故日本人の監督が撮らないのだろうか・・・。
不思議でならない。
優れて、日本の封建社会・鎖国政策の真っ只中の出来事であるというのにだ。







「沈黙といふアガペーや冬の虫」







この映画、素晴らしい出来上がりである。
あるけれど、一つだけいかにもハリウッド映画らしいシーンがあった。
それだけが、残念であった。
何人かの信仰深い信者が、踏み絵を踏まなかった。
その中の、一人だけがその場に残された。
他の信者は、牢獄へと追い立てられたのであった。

直後、白襷の侍が現れる。
白刃一閃、残された一人の首が転がる。
その頭部を追う、キャメラ。
頭部の無い身体を引きずるシーン。

思わず、ぼくは目を逸らした(本当は直視しなければならないのだろうけれど)。
このシーン、日本人の監督ならきっと違うキャメラ・ワークを求めるだろうと思う。
白刃一閃だけで、以後の場面を想像させるのだと思う。
けれど、映画としての瑕疵にはなっていない。



Bach: Erbarme dich, mein Gott (Matthäuspassion) - Galou (Roth)






エンドロールも見事である。
漆黒の闇がスクリーンに映し出される。

すだく虫の音が聞こえる。
虫の声が止むと、驟雨が来る。
驟雨とともに、雷が轟く。
雨水が、丘から流れ落ちる。
漆黒の闇なのだけれど、ゲッセマネの園からシーンがゴルゴタの丘へとシーンが移ったと想像させる。
キリストの磔刑と復活。

ゲッセマネの園は、ユダの裏切りと最後の晩餐の場所である。
ゴルゴタの丘は、新約聖書においてイエス・キリストが十字架に磔にされた場所とされる。
新約聖書には、ここで弟子のイスカリオテのユダの裏切りを受けたイエス・キリストが十字架に磔にされたと書かれているのである。

それらを闇が伝える。
沈黙のアガペーである。

もう一度観たい映画、である。
今度は「深い河」の映画化を望みたい。

テーゼとは何か。
教義とは何か。
沈黙とは何か。
アガペーとは何か。



あらゆる、何かを問いかけてくる映画である。



     荒 野人
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