エピローグ

終楽日に向かう日々を、新鮮な感動と限りない憧憬をもって綴る
四季それぞれの徒然の記。

被災地で桜が咲いた・・・悲しみを吸い取ってくれますか?

2011年04月28日 | 
不祝儀があって、ここ数日留守にしていたのである。
昨夜遅く帰宅し、いまPCに向かったところである。
従って、ブログも更新する余裕が無く放置していたと言う訳である。

さて・・・。
被災地では人の悲しみとは無縁であるかのように、桜花が咲いている。
とりわけ「三春町」では日本三大桜の「三春滝桜」が咲き誇っている。



花が滝のように枝垂れるのである。
因みに三大桜とは「根尾谷淡墨桜」国指定天然記念物・所在地 : 岐阜県本巣郡根尾村
「山高神代サクラ」国指定天然記念物・所在地 : 山梨県北杜市武川町山高2763
そして「三春滝桜」国指定天然記念物・所在地 : 福島県田村郡三春町大字滝桜久
である。



これは、根尾谷淡墨桜である。



これは、山高神代サクラである。

いずれも枝垂れ桜であって、見事な枝ぶりなのである。
桜もそうだけれど、花は季節を忘れない。

自然の摂理のままに咲き競うのである。

人間がその自然の摂理を無視し続けてきた。
否、むしろその摂理を乗り越えられると錯覚し続けてきたのではなかったのか。

ノアの箱舟は、するどくその傲慢を警告し続けていたと言うのにだ。



先週の不祝儀の前、ぼくはこの神代桜を見に出かけたのであった。
先週の神代桜である。

この神代桜のそばに、やはり一本桜で「神田の大糸桜」がある。



木がかなり弱っていて、風避けネットが張られていた。
しかし、満開に近く素敵に咲いているのであった。

丁度八ヶ岳の麓は桜の季節であった。



神代桜の傍にある、桜並木である。



今を盛りと咲き誇っているのである。
東京の桜花は、葉桜へと移行する時期であるけれど、この八ヶ岳の麓はまだまだ桜花吹雪も無く、静謐な咲き方であった。



二年前はチューリップ畑であったけれど、今は水仙畑になっている。
チューリップ畑のままで楽しみたかった!と地元の農家の方が言っているのだけれど・・・。

実は鹿が球根を食べてしまうのだそうである。
やむを得ず、水仙に切り替えたと残念そうであった。



しかし、枝垂れ桜の下で咲く水仙は見事である。



ここは一ノ宮の桃畑である。

季節は新緑の色彩から、徐々に万緑へと移ろうのである。
季節を忘れない自然の在り方に、今ぼくたちは何を学びとらなければいけないのか!

傲慢な死生観を抱え続けてはいけないのだ・・・と。
人の死生を前にして、そうした事を考えさせられた不祝儀の数日間であった。






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雨の一日・・・ブルーベリーの花とワサビの花

2011年04月23日 | ポエム
今日の雨は被災地にとっては厳しい雨であろうと気鬱になっている。
霧雨が煙るように降ったり、音を立ててどしゃぶりになったりしている。
加えて、風も強いのである。

間隙を縫ってブルーベリーの花を見に玄関を出たのである。



いま正に雨滴を落とそうとする花である。
額の部分の緑のグラデーションが綺麗である。






        ブルーベリー



      その可憐な花が
      やがてブルーな実に変身するなど
      誰が予想しようか
      提灯をぶら下げて
      その甘味の秘密を
      誰が摘むと言うのか

      願わくば
      形の良い
      可愛い唇に挟まれ
      白い汚れなき犬歯で二つに切られ
      臼歯で
      噛み砕かれたい

      その願望は
      ぼくの願望でもあるというのに

      よそよそしく
      だがしかし
      花は黙っている






この実は、孫が美味しくいただくのである。
とても甘く、色鮮やかに実ってくれる。

さてもう一つ・・・。



ワサビの花である。
この花は、信州のワサビの花である。

信州のワサビ田といえば「安曇野」が有名だけれど、この花がもしぞうだったら嬉しい。

この花も茎も、醤油漬けにしてその辛さを楽しむのである。
そのために我が家に来たのだ。

そっと切り、優しく漬けてあげたい。
ワサビをする時には「この!この!」と言いつつ下ろすと辛さが増すというが、そんな風に言われるのは辛いと思う。



ぼくは優しくすりおろしてあげたいと考えるのである。






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深い緑が増えてきた

2011年04月22日 | 
前に赤いトキワマンサクの花を紹介したけれどご記憶であろうか。
今日はシロバナトキワマンサクを引き合わせましょうか・・・。



これがトキワマンサクの赤花。



この白がシラハナトキワマンサクである。
形状は全く同じである。

花弁は、子供が工作で色紙を切り刻んだようであって可愛らしい。

同じ花であるけれど、白いほうだけ「シロハナ・・・」と冠が着くのである。
マンサクの木自体はそれほど高くならない。

従って、街路樹に最適な「ハナミズキ」の間々に植栽されている。



ピンクのハナミズキである。



白いハナミズキである。
ハナミズキは北米原産である。

例えばLA郊外のフリーウェイを走っていると、そこらじゅうにハナミズキが見られる。
自生している・・・といった風情である。



今日はこの桜が満開であった。
ソメイヨシノが作られた桜だとすれば、これはおそらく原種に近いであろう。

サトザクラ「駿河台匂(するがだいにおい)」というのである。
楚々と咲いている。



これは鉄線である。
植え込みの陰にこっそりと咲いていた。



いわゆるクレマチスである。
最近はこうした原種に近いクレマチスが街中を彩るようになってきている。

自然のままに・・・。
耳に心地よく響く言葉である。





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山の空気は澄んで新緑を際立たせた

2011年04月21日 | 日記
我が家から見上げた空も綺麗である。



この日、ぼくは山に向かった。
新緑の生臭さもそうだけれど、今だけ自然が人間臭くなるのである。



気持ちの良さは、そこらへんに理由があるように思うのである。
従って、おかしな人間も増えてくると言った按配なのだ。



山は・・・そこかしこに淡い色彩が掃かれている。
山桜の白さも際立っている。

あたかも白くたなびいているかのようだ。



山の空は、東京よりももっと鮮やかである。
ぼくは旨い空気を堪能して家に戻ったのである。

すると・・・。



東京のドウダンツツジの花が白く咲いているではないか。
嬉しい白である。
そして鮮明な白である。

提灯のような花弁である。

そろそろ山でも咲き始めるのだろうか。
待ち遠しい山の春である。






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花梨のピンクの花

2011年04月20日 | ポエム
花梨・・・カリンの花がいま咲き誇っている。
ピンクの可愛らしい花である。



ピンクと言うより「桃色」と言いたいのである。
姿は楚としており、かつ野に在りつつも貴なる気配を漂わせている。






        花梨


      花梨が咲く里に身体温める春が来た
      水が揺らぎ
      大気が膨らむ
      誰もが
      視線を花弁の可愛らしさに注ぐ

      花梨が実る頃
      ぼくは
      うきうきとして
      その実を車の中に隠すように置くのだ
      馥郁として何処からともなく香ってくる
      芳香にうっとりする幸せな時間
      あなたの
      香しく立ち上がる甘い芳香となって車を満たすのだ

      花梨はヴィーナスの化身であるのか
      実はしっとりと汗を滲ませている
      汗は香りの蜜となって
      きみと等身である
      ぼくはその蜜を余さず
      食べつくす
      花梨のエキスはぼくを幸せにする
      魔法なのだ
      その色は桃色の吐息となって
      誰もが捉われる
      魔法なのだ






花梨の花言葉は、いじらしいのである。
「唯一の戀」「努力」
である。



花梨は青空に良く似合うのである。





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