英語脳をつくる!~日本人はいかに効率良く英語を学べるか~

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英語学習法(106)

2005年11月16日 | 比較
EG105の続きです。比較の構文‘as ~ as ・・・’です。以下、見ましょう。

(1)John is careful. (ジョンは注意深い)
(2)John is as careful as Tom. (ジョンはトムと同じくらい注意深い。)

(1)をもとにして、(2)のように、‘as Tom’「トムと同じくらい」を、後半に付け足した文をつくります。すると、(2)では、‘careful’の前に、もう1つの‘as’を付け足すことになります。ですので、「・・・ と同じくらい ~ だ」という意味をもった文をつくろうとすると、結果的には、‘as ~ as ・・・’というカタチになります。

(3)John is not as careful as Tom. 
(4) a. ジョンは、トムと同じくらいの注意深さではない。 (×)
   b. ジョンは、トムほどには注意深くない。 (〇)

今度は、(2)に‘not’を加えて、(3)のような否定文にしてみました。そこで、(3)の解釈として、(4a)と(4b)のような日本語訳が候補となりますが、何と、(4a)はアウトで、一方、(4b)がOKである、ということなんです。そこで、(4a)では、ジョンとトムは、同じ程度に注意深い、ということではない、と表現しているわけですね。しかし、一方、(4b)では、注意深さという点では、ジョンはトムには及ばない、と表現しているわけです。

これは、比較の構文‘as ~ as ・・・’における、ちょっとした盲点と言えそうです。そもそも、単純に考えるならば、「同等 (=)」の否定は、ただ単に、「同等ではない (≠)」ということですから、(4a)のような解釈は、しごく真っ当なもので、真面目に考えれば、(4a)がアウトになるはずはない、と考えたくなります。

つまり、(4a)が表す意味は、ジョンとトム、それぞれの注意深さは同等ではないと言っているだけで、要は、ジョンの方がトムより注意深い (‘John’>‘Tom’) かも知れないし、または、その逆で、トムの方がジョンより注意深い (‘John’<‘Tom’) かも知れない、ということになり、結局、単純に、「同等ではない (≠)」と述べるのみにとどまる解釈です。

その一方で、(4b)がOKになっていますが、こちらの解釈は、明らかに、トムの方がジョンよりも注意深い (‘John’<‘Tom’)、という、お互いの優劣がハッキリする解釈になっています。この(3)において、(4a)がアウトになり、(4b)がOKになる解釈の妥当性は、通常の否定文の解釈という観点からは、明らかに、「言い過ぎ」となるものです。と言いますのも、‘not’が独自にもっている否定の役割は、まさに、文そのものを否定するだけ、というものだからです。 (‘not’の基本的な役割については、EG32、EG36、参照)

ですので、ここは、どうやら発想そのものの転換が必要になりそうです。つまり、比較の構文‘as ~ as ・・・’は、実は、一般的に教わるような、「同等 (=)」解釈のみが許されるわけではない、という考え方です。では、以下を見ましょう。

(5)John is as careful as any boy.
(6) a. ジョンは、いかなる男の子とも同じくらい注意深い。 (×)
   b. ジョンは、いかなる男の子よりも注意深い。 (〇)

(5)に対する解釈としては、(6a)がアウトで、(6b)がOKとなります。そこで、(5)は、常識的に考えれば、可能な解釈が、多少わかりやすいと思います。つまり、(6a)のように、ジョンは誰と比べても同じ程度に注意深い、と考える場合、すなわち、ジョン以外の男の子が、全て同等の注意深さをもっているという、常識的にあり得ない状況を想定しなければ、(6a)の解釈など成立するはずがありません。しかし、普通、ヒトの注意深さなど、千差万別で、差があるのが当たり前ですから、(6a)の解釈は常識的にあり得ません。

しかし、それにもかかわらず、英語として、(5)はOKの文なんです。これは、もちろん、可能な解釈として、(6b)がOKだからで、つまり、お互いの優劣がハッキリする解釈です。ここで、もし、比較の構文‘as ~ as ・・・’が、「・・・ と同じくらい ~」の解釈しか許さないとガッチリ決められている構文ならば、(6b)の解釈もアウトになるハズなので、そもそも、(5)のような英語そのものが、意味不明でアウトでなければなりません。

ですので、ここで結論として言えることは、比較の構文‘as ~ as ・・・’は、「・・・ と同じくらい ~」の解釈に加えて、実は、「・・・ よりも ~」の解釈もある、ということなんです。つまり、(5)の場合、常識から考えて、必然的に、(6a)の可能性は消えてしまいますので、その時点で、(6b)の解釈が浮上してきたもの、と考えられるわけですね。

そこで、この観点から、もう一度、(3)を考えると、実は、‘not’は、「・・・ と同じくらい ~ (‘John’=‘Tom’)」の解釈に加えて、「・・・ よりも ~ (‘John’>‘Tom’)」の解釈をも、同時に否定しているということになります。つまり、(4a)の解釈では、「・・・ と同じくらい ~ (‘John’=‘Tom’)」の解釈が消えただけなので、それだけでは、「言い足りない」、ということになってしまいます。

ですので、そこから、さらに、「・・・ よりも ~ (‘John’>‘Tom’)」の解釈をも消さなければなりません。すると、結果的に、‘John’<‘Tom’となる解釈しか残されていませんので、結局は、(4b)の解釈が、正しい (より正確な) 表現ということになります。つまり、(3)に対して、(4b)の解釈が正しくなる原因は、もともと、否定語‘not’の問題ではなく、比較の構文‘as ~ as ・・・’固有の問題だったわけですね。

今回のポイントは、比較の構文‘as ~ as ・・・’がもっている固有の意味は、実は、一般的な認識とズレがあるということです。‘as ~ as ・・・’を、「・・・ と同じくらい ~ 」である、とガッチリと固めて暗記してしまうことは、本来の‘as ~ as ・・・’の概念からすると、派生的な構文の解釈に関して、矛盾を引き起こしてしまう場合があるため、危険ですらあります。

しかし、ここで、また新たな1つの疑問が生じます。比較の構文‘as ~ as ・・・’を使った(2)の文は、なぜ、「・・・ と同じくらい ~ 」、という日本語訳のままでOKなのか、ということです。今回のお話からすると、(2)の日本語訳は、「ジョンはトムと同等、あるいは、トムよりも注意深い」、となってもよいハズなのに、(2)のような日本語訳は、むしろ定番となっているではないか、という疑問が残るわけですが、この問題は別の機会に扱いたいと思います。

■注 :(3)において、(4a)の解釈が、OKになる場合があります。ただし、この場合、文の「真・偽」を問題にしているのではなく、「ジョンは、トムと同じくらいか、あるいは、それ以上の注意深さだ、という言い方程度では不適切だ。」、というような、「適・不適」を問題にする意味になる場合で、特徴としては、前の方の‘as’にストレスを置いて、強く発音します。ですので、この解釈に限り、(3)のあとに、‘He is much more careful than Tom.’「彼は、トムより、はるかに注意深い (というのが適切だ)。」、というような表現を続けても、矛盾していることにはなりません。

●関連: EG32EG36EG105

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