わくわく CINEMA PARADISE 映画評論家・高澤瑛一のシネマ・エッセイ

半世紀余りの映画体験をふまえて、映画の新作や名作について硬派のエッセイをお届けいたします。

キャスリン・ビグロー、5年ぶりの問題作「デトロイト」

2018-02-01 14:56:27 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

 イラク戦争を背景に、米軍爆発物処理班の兵士たちの姿を追った「ハート・ロッカー」(2008年)で、女性として初の米アカデミー監督賞を受賞したキャスリン・ビグロー監督。続く「ゼロ・ダーク・サーティ」(2012年)では、オサマ・ビンラディンの捜索に執念を燃やすCIA女性分析官の軌跡を映画化した。そして今回は、アメリカ現代史の暗黒面に斬り込んだ「デトロイト」(1月26日公開)を発表。1967年の夏、権力や社会に対する黒人たちの不満が爆発したデトロイト暴動は、アメリカ史上でも稀に見る事件であり、43人の命が失われ、負傷者1100人以上を数える大惨事になった。映画は、その間の“戦慄の一夜”に焦点を当てる。いわばビグローが、世界から一転して国内に目を向けた問題作である。
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 1967年7月23日深夜、デトロイト市警が低所得者居住区にある無許可営業の酒場に強引な手入れを行った。地元の黒人たちがこの不当な捜査に反対したことをきっかけに、大規模な略奪、放火、銃撃が各地で勃発。警察だけでは対処できない非常事態に、ミシガン州は州警察と軍隊を投入、デトロイトの市街は戦場と化す。そして暴動発生から3日目の夜、若い黒人客で賑わうアルジェ・モーテルに、銃声を聞いたとの通報を受けた警官と州兵が殺到。それは、宿泊客のひとりがオモチャの銃を鳴らした悪戯だった。だが、モーテル内に突入した白人警官クラウス(ウィル・ポールター)によって黒人青年が射殺される。しかし、それは悪夢の序章に過ぎなかった。実際には存在しない“狙撃犯”を割り出そうとするクラウスとふたりの同僚警官は、偶然モーテルに居合わせた若い男女8人への暴力的な尋問を開始。やがてそれは、殺人をほのめかす異常な“死のゲーム”に発展、新たな惨劇を招き寄せる。
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 本作の製作者は、事件の被害者となった3人の証人を見つけ出し、アドバイザーの役割を果たしてもらった。そのひとりが食料雑貨店の黒人警備員で、アルジェ・モーテルに急行して事件に巻き込まれたメルヴィン・ディスミュークス(ジョン・ボイエガ)。警官たちと被害者の橋渡し的な存在となった彼は、双方から敵視され精神的な痛手をこうむったという。演じるボイエガがシドニー・ポワチエに似ているなと思ったら、オーディションの際にビグローからポワチエ主演「夜の大捜査線」(1967)の脚本を渡され、その1シーンを演じたそうだ。また、地元出身の黒人R&Bボーカル・グループ“ザ・ドラマティックス”のリード・シンガー、ラリー・リード(アルジー・スミス)も、フォックス劇場でのコンサートが中止されたためアルジェ・モーテルにチェックインしたところ被害に遭った。彼は命からがらモーテルから脱け出し、哀れに思った警官が病院に連れて行ってくれたが、友人は殺されてしまった。終幕、ザ・ドラマティックスのコンサートがフォックス劇場で行われる。だが、ラリーは心の傷が癒えないまま、聖歌隊指揮者として以後の半世紀を過ごしたという。
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 ビグローの演出は手堅い。序盤は、街での黒人による暴動をドキュメント映像を交えてリアルに再現。メインのモーテルでの事件に至ると、サスペンス・ドラマのタッチになる。クラウス以下、警官たちの凄まじい暴力。これには州兵も呆れて、途中で引き上げてしまう。また裁判になっても、陪審員も判事も警官たちに無罪判決を下す。いわば、司法ぐるみの差別と隠蔽である。映画は、ヒューマニズムを謳うというより、司法の独断を冷厳な事実として突きつける。これは、デトロイトという街の暗部というよりも、アメリカ社会全体の問題である。警官が罪のない黒人を射殺するという事件は、今日に至るまで続いている。1970年代、仕事でロサンゼルスに出掛けた際、ホテルのティールームで朝食をとった時、黒人母子と、こちらの注文よりも、白人の客を優先されたという経験がある。こんな些細な日常的なことから始まって、アメリカには人種差別が深く根付いているんだな、と感じたものだ。
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 1960年代アメリカは、こうした人種差別や暴動から始まり、混迷の度合いを深めていった。1968年には、キング牧師、次いでリベラル派の星だったロバート・ケネディ上院議員が暗殺された。更にベトナム戦争が泥沼化すると、反戦運動のうねりが強まる。映画界でも、「俺たちに明日はない」(1967)を皮切りに、若い世代の反乱を主題にしたアメリカン・ニューシネマが誕生。ビグロー監督は言う―「芸術の目的が変化を求めて闘うことなら、そして人々がこの国の人種問題に声を上げる用意があるなら、私たちは映画を作る者として喜んでそれに応えていきます」。ただし本作では、警官・被害者ともにキャラが交錯して判然としない部分もある。また、ビグローの「ハート・ロッカー」のように、見ていてヒリヒリするような映像の臨場感は少ない。期待が大きすぎたせいだろうか。ともあれ、この作品が人種差別主義者ドナルド・トランプのような存在を意識しているのは確実です。(★★★★)


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