わくわく CINEMA PARADISE 映画評論家・高澤瑛一のシネマ・エッセイ

半世紀余りの映画体験をふまえて、映画の新作や名作について硬派のエッセイをお届けいたします。

ふたりの天才建築家の相克「ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ」

2017-10-08 14:18:18 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

 近代建築の巨匠といわれるル・コルビュジエ(1887~1965)。上野の国立西洋美術館が世界文化遺産登録されたことも記憶に新しい。彼には、生涯で唯一、その才能を羨んだという女性がいた。彼女の名はアイリーン・グレイ(1878~1976)。アイルランド出身のデザイナー、建築家だ。南仏の海辺に建つ彼女の別荘<E.1027>は、モダニズム建築史上に残る傑作とされる。だが、そこは長らくル・コルビュジエの作とされ、アイリーンの存在は歴史の陰に覆い隠されてきたという。このふたりの確執を主題にしたのが、北アイルランド出身の女性監督メアリー・マクガキアンが手がけた「ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ」(10月14日公開)です。アイリーンの才能に対するル・コルビュジエのひそやかな嫉妬と欲望。その愛憎が、実際の建築や家具などを用いながら、美しい映像でつづられていく。
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 モダニズムが華やかに花開いた1920年代。のちの近代建築の巨匠ル・コルビュジエ(ヴァンサン・ペレーズ)は、気鋭の家具デザイナーとして活躍していたアイリーン・グレイ(オーラ・ブラディ)と出会う。彼女は、恋人である建築家・評論家のジャン・バドヴィッチ(フランチェスコ・シャンナ)とコンビを組み、建築デビュー作である海辺のヴィラ<E.1027>を手がけていた。陽光きらめく南フランスのカップ・マルタンに完成したその家は、ル・コルビュジエが提唱してきた“近代建築の5原則”を具現化し、モダニズムの記念碑ともいえる完成度の高い傑作として生み出された。当初は、アイリーンに惹かれて絶賛していたル・コルビュジエだが、称賛の思いは次第に嫉妬へと変化していく。そして1938年、ル・コルビュジエは、アイリーンに断りなく邸内に卑猥なフレスコ画を描いてしまう。これを知ったアイリーンは「野蛮な行為」として彼を糾弾、彼らの亀裂は決定的なものとなる…。
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 映画は、第2次世界大戦後、打ち捨てられた<E.1027>や、アイリーンがデザインしたモダンな家具の競売シーンから始まる。その際、海運王オナシスも参加。この物件を買い戻すため奔走したのは、ル・コルビュジエだったという。本作の主役は、ル・コルビュジエよりもむしろアイリーン・グレイのほうです。家具やインテリア・デザイン、建築と、多彩な才能を持つ人。また、恋人のバドヴィッチはもとより、フランスのシャンソン歌手で女優のダミア(アラニス・モリセット)も恋人のひとりだったという自由人的な側面も持つ。だが、1950年ごろから視力の悪化が加速し、事実上の引退に追い込まれるくだりが哀しみをさそう。これに対して、ル・コルビュジエはアイリーンに嫉妬する嫌味な男との印象が強い。<E.1027>に滞在して無断で壁画を描いたり、傍らに休暇小屋<キャバノン>を建設したり。あげくの果てに、1965年、カップ・マルタンで海水浴の最中に心臓発作で死去するのだ。
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 ル・コルビュジエの言―「住宅とは、住むための機械である」。いっぽう、アイリーン・グレイは言う―「物の価値は、創造に込められた愛の深さで決まる」。創作に対する彼らの物差しの違いがわかる。ル・コルビュジエのカップ・マルタンや<E.1027>に対する執着を見ると、まるでアイリーンに嫉妬するというより、彼女の胎内に潜りこもうとする男を見ているようだ。アイリーンが、パートナーと過ごすため隅々にまで気を配り、すべての家具を作った<E.1027>。ル・コルビュジエは、ここに壁画を残すことで、この家を自分の作品にしたかったということなのか。これに対して、アイリーンは作品をじっくり作ることにこだわり、表舞台に立つことに執着がなかったという。マクガキアン監督は、あくまでもル・コルビュジエを嫌味な男としてとらえる。ちなみに、映画の原題は「欲望の値段」という。
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 しかし、本作は美しい映像でふたりの関係をつづるが、スタイルにのみこだわり、セリフ中心の人間性に欠けた作品になっている。つまり、人間関係がクール過ぎて、共感を抱けないのです。具体的には、出演者が魅力に欠けることも一因だ。アイリーンを演じるオーラ・ブラディはアイルランド出身、フランスで舞台女優としてスタートし、アイルランドとイギリス中心にステージに立つそうですが、どうにもクール過ぎる。また、情熱的なはずのヴァンサン・ペレーズも、無表情で物足りない。撮影にあたっては、ロケ地として実際に<E.1027>が使用され、内部を修繕し、いくつかの家具が復元されたという。だが、それらのモダニズム作品のどこがいいのか、具体的なイメージがわかない。加えて、登場人物に血が通っていないように思われます。それも、モダニズムの特徴なのでしょうか?(★★★+★半分)


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