ぽつお番長の映画日記

映画ライター中村千晶(ぽつお)のショートコラム

ロイヤル・コンセルトヘボウ オーケストラがやって来る

2016-01-28 23:32:15 | ら行

こういうドキュメンタリーが
見たかったんだよ~!(歓喜)


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「ロイヤル・コンセルトヘボウ オーケストラがやって来る」83点★★★★


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この映画、一般に
「オーケストラのドキュメンタリー」と言われて想像するものとは
大きく異なると思います。

そこがまあ
実に良く出来ていて、おもしろい!

監督はエディ・ホニグマン女史。
山形国際ドキュメンタリー映画祭の常連だそうで
さすが!と思いました。


コンセルトヘボウとは
オランダ語で「コンサートホール」の意味。

ウィーン・フィル、ベルリン・フィルと並ぶ
世界三大オーケストラといわれるこの管弦楽団に
カメラが向けられていくのですが

まず冒頭、打楽器奏者の話から引き込まれます。
ブルックナーの「交響曲第7番」(聴けば「ああ!」とわかる曲だと思います)では
90分間の演奏のうち、シンバルの出番は1回だけ。
いったいその間、彼は何をしているのか――?

ね、知りたくありませんか?(笑)

こんなふうに
いままで、なんとなく聞きにくかった……というようなことに
ユーモア交えてサラッ斬り込んでくれるところが
たまらない。


さらに旅するオーケストラの様子がすごいんです。
オーケストラって100人からなる大所帯なんですね。
空港でのチケット配分も、ホテルでのチェックインも
「団体さんいらっしゃい!」な大騒動で、おもしろい。

そして映画は
オケのメンバー数人をクローズアップしていくのですが
それだけでなく、
各国各地で彼らのコンサート聴きに来た側の
取材もしているんです。

例えばブエノスアイレスでは
「仲間にはクラシック好きを隠してる(浮いちゃうから)」なんて話す
タクシー運転手が登場したり

南アフリカでは
白昼誘拐なんてザラというぶっそうな地域に暮らしながら
ドラムに生きがいを見出している少女の
弾けるような輝きに目を奪われる。

その人の人生から
各国の歴史や状況も浮かばせる見事さ。

いったい、どうやって彼らを見つけてきたんだろう?と
思ってしまいます。


監督は実に優れたチョイス力を持つ、
優秀な聞き手であり、ドキュメンタリストなんですねえ。

おそらくオケのメンバー全員に
取材をしてるんじゃないかなと思うんですが
そのなかから数人を選ぶ選択眼もすごいし、

声高に己を主張をするのではなく、
ただ静かに対象に向き合いながら、
しかし1から、4も5ものうま味を引き出す
語りの力、構成力も図抜けている。


1951年生まれだそうですが
時折、入るインタビューの声から
20代後半くらいの女性をイメージしてしまった。
すごく親しみがあって、かわいらしい声なんだもん(笑)

もちろん、世界一流のオケの演奏も楽しめますから
ぜひ、お試しあれ!


★1/30(土)から渋谷ユーロスペースほか全国順次公開。


「ロイヤル・コンセルトヘボウ オーケストラがやって来る」公式サイト
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ドリーム・ホーム 99%を操る男たち

2016-01-27 23:58:39 | た行

サブプライム問題を
ここまでガチで
フィクションで見たのは初めてかも。


「ドリーム・ホーム 99%を操る男たち」71点★★★★


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フロリダ州に暮らす
若きシングルファーザーのデニス(アンドリュー・ガーフィールド)は
仕事を失い住宅ローンの返済を滞らせてしまう。

裁判所は容赦なく、デニスに家の明け渡しを命じる。

そして明け渡し期限の日。

デニスたちの家に
不動産ブローカーのカーバー(マイケル・シャノン)がやってくる。
カーバーはデニスのような人々から家を没収し、それをまた売る仕事で
富を獲得した人間だった。

わずかな貴重品をまとめ
文字通り“路上に放り出された”デニスたちだったが――?!


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低所得者に「家が買えますよ」と
ほとんどノー審査でローンを組ませて(あり得ねえ!笑)
返済できなくなったら、家を没収して損失を免れるという
銀行が仕組んだサブプライム・ローン。

リーマン・ショックの引き金になったとも言われる
この極悪ローンを

ドキュメンタリーではなく
サスペンスエンターテイメントとして扱った興味深い作品です。


ローン返済に行き詰まって
家を追い出される人々と、
さらに追い出す側の立場をも
リアルに描き出しているのもおもしろい。

リーマンショック後の市井の人々のリアルな状況を
フィクションで見たのは
「カンパニー・メン」(2011年)くらいかもしれません。

主人公はアンドリュー・ガーフィールド演じる
シングルファザーのデニス。

息子と自分の母親を守るために
せっせと働いているのに
リーマンショックで仕事を失い
住宅ローンを滞納してしまう。

彼が家を追い出される様子は
胸が苦しくなるほどですが
監督はその状況をしっかり取材し、
登場する人々も一般人を起用しているそう。

これが、またリアルなんですね。

そんなデニスを追い出すのは
不動産ブローカーのカーバー。

この憎まれ役を
マイケル・シャノンが演じているんですが
この人がやると、やっぱりフツーじゃない(笑)

この世界で“勝ち組”を
必死に勝ち取ろうとしているカーバーを
どうしても悪者とは思えないのだ。


「この国は、勝者が築いた国なんだ」
「ノアの方舟に乗れるのは100人に1人なんだ!}」と
言い切るカーバーは
そのまんまアメリカの病理を表しているわけで。

なぜこの国は「ゼロか、億か」みたく、こう極端なのか?
見ながら思わずにはいられません。

でも、この話、本当に他人事じゃない。

カーバーが
家を追い出されるデニスに言うんです。
「真面目に働いてきて、どうなった?報われなかっただろう?」
――うう・・・・・・
このセリフ、いまの日本を生きる我々に
そのまま重くのしかかりませんか。

ただね、
暮らしのために
憎むべき相手であるカーバーに雇われたデニスが
“中途半端な正義感”に揺れるあたりが、
なんとはなしにスッキリしないのが惜しいんですけど。

でも、明日は我が身。
勉強になっておもしろい映画でしたよ。

ちなみに
サブプライムの極悪さと
リーマンショックとの関係を詳細に描くのが
これから公開の「マネー・ショート」(3/4公開)です。
いろいろ勉強になりますわー。


★1/30(土)からヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテほか全国順次公開。

「ドリーム・ホーム 99%を操る男たち」公式サイト
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ニューヨーク眺めのいい部屋売ります

2016-01-25 23:39:45 | な行

(1)気分が楽しくなる
(2)落ち着いてて、センス良さそうな映画が見たい
そういう思いを、ほぼ叶えてくれる逸品。


「ニューヨーク眺めのいい部屋売ります」80点★★★★


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ブルックリンの景色を一望できる
アパートメントの最上階に暮らす
夫アレックス(モーガン・フリーマン)と
妻ルース(ダイアン・キートン)。

二人にとってここは、理想的な家だったが
古い物件なためエレベーターがなく
夫と愛犬ドロシーも最近はヘトヘトだ。

夫を心配したルースは
エレベーター付きの物件に引っ越すことを決めるのだが――?!


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階段が辛くなった子ナシの初老夫婦。
さらに愛犬の病気や、家を売ることにまつわる騒動うんぬん……と
起こる出来事は決して明るくない。

でもこういう問題は、どこでも誰にでも起こること。
それをこんなにも軽やかに描いてくれるなんて
嬉しいじゃありませんか。

単純に
物件拝見ムービーとしても楽しいしね。


それにこの映画、
夫婦ドラマとしてかなりイイ。

モーガン・フリーマン演じる夫は
ちょっとネガティブで
「先のことを考え、最低を想定し、最善を尽くす」現実的タイプ。

ダイアン・キートン演じる妻は
楽観的でもっとエモーショナル。

二人の性格の違いは
例えば愛犬の治療についてのスタンスなどにも現れて、
すごくリアルだった。

でも意見の違いからケンカになっても
お互い、収まりどころを知っている感があって
そこが
長年の連れ合いの機微、という感じで美しい。


さらに
二人は真にまっとうな人間なんだけど
あらゆる意味で異端児でもあるんですねえ。

1970年代に黒人と白人のカップルだったということを筆頭に
妻は教職につきながら
子どもに恵まれなかったりもしている。

そうした二人の40年の歩みを伝える
回想シーンも効果的に挟まっている。

それに姪っ子役の
「セックス・アンド・ザ・シティ」のシンシア・ニクソンをはじめ、
物件を見に来る人のなかの
「悪い人じゃないんだけど、ちょっとイヤ」な人の描写も
的確すぎて笑っちゃうんです。

そのなかで
夫婦のアパートを「私たちに売って!」とお願いする
レズビアンカップルの手紙に
ホロリとくるのも無理はないわな(笑)
しかし、これも戦術かもしれないんだけどね。

とまあ、すごくいい映画なんですが
個人的に、この映画にハマった理由は
「いまこの歳で観た」ということが大きいのかもしれない。

歳を取ると
例えば駅の人混みのなかで
すれ違う一人一人の行動や、本当に些細なことが
ストップモーションのように
見渡せるようになってくるんですよ。
若いころには、そんなことなかったんだけど。

この映画には、まさにそんな
大勢の人の行動が、見えすぎてしまうような感じがあって
共感できる映画だったんですねえ。

さらに
驚くことに、この二人にはモデルとなった夫妻がいるそうですよ。

いいですねえ。
おすすめです。


★1/30(土)からシネスイッチ銀座、シネマカリテほか全国で公開。

「ニューヨーク眺めのいい部屋売ります」公式サイト
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愛しき人生のつくりかた

2016-01-21 23:29:04 | あ行

なんだろう、いいんですよこの映画。


「愛しき人生のつくりかた」73点★★★★


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ある秋の日のパリ。
大学生の青年が、墓地を目指して走っている。

彼の名はロマン(マチュー・スピノジ)。
祖父が亡くなったため、その葬儀に駆けつけたのだ。

伴侶を失ったマドレーヌおばあちゃん(アニー・コルディ)は
やはり寂しそうだ。

おばあちゃんの長男で、ロマンの父であるミシェル(ミシェル・ブラン)は
先日、定年を迎えたばかり。
最近、母とギクシャクしているらしい。

そんな3世代それぞれに、ちょっとした事件が起こり――?


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格別、大事件は起きない。
でも優しくて、サクサクとテンポよく、やわらかく、
笑いはピシッと効いている。

フランスの“よき庶民”の暮らしを
そっとのぞいたような
楽しさがありました。

ここには難民問題もテロも出てこない。
それは大事だし、確かに“いま”なんだけど
でもそればっかりでも、映画も人生も灰色になってしまう。

ときにはこういう
笑えて、ホクッとする映画が見たいものなんです。


そしてこの映画、
やっぱりかなりうまく出来ているんですね。

三世代の物語を同時進行させていく
さばき方もうまいし、
笑いのセンスがいい。

マドレーヌおばあちゃんがミシェルら3人の息子たちに
85歳のお祝いにレストランに連れていってもらうくだりで
息子たちが盛り上がってるのに
おばあちゃんは「ああ、また〇〇の店ね」とか
さらーりと落胆する。

あ、もしかして
ファミレスレベルのところなのか?とか思ってしまう(笑)


監督は俳優でもあるジャン=ポール・ルーヴ。
ロマン青年がバイトするホテルの主人役も演じていいて、
この人がまた、いいキャラなんです。

勤務中のロマン青年に
「そんなに気張らなくていいから、飲もうよ」みたいにして
やたらとボジョレーだのムルソーだの、
ロゼはどうだのと勧めてくる。

本当はさ、自分の息子と飲みたいんだねきっと。とか。

余白のところに
そんな「フフフ」を感じさせるのがいい。

それにですね
おばあちゃんに優しくしてくれる孫って
子ナシの身には、若い恋人よりあり得ない究極の理想なんですよ(笑)

ロマン役のマチュー・スピノジ君も
ちょっとぼさっとしててカワイイんだよね。

ほくっ、としたいときに
おすすめな映画です。


★1/23(土)からBunkamura ル・シネマほか全国順次公開。

「愛しき人生のつくりかた」公式サイト
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サウルの息子

2016-01-18 23:58:43 | さ行

これは、確かに強烈だ。


映画「サウルの息子」73点★★★★


*****************************

1944年10月。
アウシュビッツ収容所。

ハンガリー系ユダヤ人のサウル(ルーリグ・ゲーザ)は
同胞のユダヤ人をガス室に送り込む
“ゾンダーコマンド”として働かされている。

つかの間の余命と引き替えに
黙々と作業をするサウルだったが

ある日、彼はガス室で
自分の息子の遺体を見つけてしまい――?!

*****************************


タル・ベーラ監督の助監督をしていた
ハンガリー出身、38歳のネメシュ・ラースロー監督の
長編デビュー作。

第68回カンヌ国際映画祭グランプリを受賞した話題作です。


ナチス収容所の暗部を
若い感性で新しく、ある意味残酷な感覚で描いていて
これは、確かに強烈です。


けど若い感性といえども
監督自身がハンガリー系ユダヤ人で
祖父をホロコーストで失っている。

なるほど、単なる実験や野心ではなく
その必然が映画の血肉となっているんだなあと感じました。


監督はおそらく
「語り尽くされた感あるホロコーストをどう表現するか?」を
極限まで突き詰めたんだと思うのです。

だから映画的な手法が、まずおもしろい。


冒頭から
ピントが合わせてあるのは、主人公サウルのみ。
観客はサウルの視点で、彼の背後からついていく感じなので
周囲が微妙にぼやけていたりして、臨場感ありあり。

その視点はまさに
彼が置かれた状況の“狂気”を表す手段となっているんですね。


で、あるときサウルは
ガス室で、自分の息子を見つけてしまう。
そこからその視点は
彼自身の“狂気”を表現する手段となっていく。


サウルは息子の死そのものよりも
死体をユダヤ教の教義に乗っとって埋葬することに
異常なまでに執着するんです。

で、観客はサウルと一緒になって
周囲で銃撃が起こっても、死屍累々の状況のなかでも
息子の埋葬のために奔走することになる。

その狂信的な盲目さにあ然としつつも
やはり、ハッと思わずにはいられない。

え?何が狂気なのか?
周りの世界こそ狂っているのではないか?と。

しかも最後に明かされる真実とは――?!があるので
うまく作ってあるなあと思いました。

まだまだ、語るべき物語はある、と
この映画は教えているのだと思います。


★1/23(土)から新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国で公開。

「サウルの息子」公式サイト
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