アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

フエンテス短篇集 アウラ・純な魂

2009-07-25 14:09:00 | 
『フエンテス短篇集 アウラ・純な魂』 カルロス・フエンテス   ☆☆☆☆☆

 再読。フエンテスは大好きな作家で、この人に対する私の印象は流麗な文体、豊富な語彙、デリケートな翳りを帯びた幻想性、というところだ。メキシコの作家である。私は昔『遠い家族』の冒頭を立ち読みしてその文章の見事さに感嘆し、ただちにレジに直行したという経験がある。それがフエンテスとの出会いだったと思う。

 『遠い家族』もそうだが、フエンテスの小説には古めかしいゴシック譚のムードがあり、それが他の熱帯的なラテンアメリカの幻想作家とちょっと違う。ひんやりした、幽玄な味わいがある。本書収録の『アウラ』なんてまさに古典的なゴシック物語の道具立てを持っている。それから『チャック・モール』『女王人形』『純な魂』『アウラ』などみんなそうだが、ラストに一種のどんでん返しがある。プロット上の驚きが用意されている。散文詩的な華麗な文体を駆使しつつも、意外とプロット重視というのもフエンテスの特徴じゃないだろうか。

 さて、本書には『チャック・モール』『生命線』『最後の恋』『女王人形』『純な魂』『アウラ』の六篇が収録されている。『チャック・モール』『女王人形』『アウラ』のような幻想譚もあれば、ルルフォの小説みたいな『生命線』、ヘミングウェイっぽい『最後の恋』もあり、なかなかバラエティに富んだ作品集になっていると思う。ちなみに訳者の解説を読むと『生命線』『最後の恋』は「もともと長編の一部」と書かれているが、これは抜粋という意味だろうか? それとももともと長編の一部だったが後に短篇として発表された、という意味だろうか? よく分からない。

 また解説で『チャック・モール』『女王人形』がメキシコの神話、宗教と密接な関係があり、宗教的アイコンが重要なモチーフとして使われているとの詳細な説明がある。確かに作品の背景はよく理解できて奥行きが増すし、特に『チャック・モール』についてはちょっとしたSFみたいな(ある意味他愛のない)ストーリーがより面白くなる気はしたが、『女王人形』は今ひとつピンと来なかった。アミラミアが冥界の女神たるコアトリクエだというのだが、この小説の中でアミラミアは車椅子に乗り、「また鞭をくらいたいのか」などと言われて虐待されている風である。個人的にはコアトリクエなど持ち出さない方が、この短篇の不気味な、謎めいた魅力を損なわずにすむのではないだろうか。

 本書中私のフェイバリットは『女王人形』『純な魂』『アウラ』だが、目玉作品である『アウラ』は幽玄美満点の傑作である。解説によればフエンテスは溝口の映画『雨月物語』、さらに上田秋成の原作を読んで感銘を受け、そのムードを濃厚に取り込んだらしい。確かに溝口版『雨月物語』で男が美しい姫の屋敷に連れ込まれるあたりと、コンスエロ夫人とアウラの住む屋敷の雰囲気はとてもよく似ている。『雨月物語』が好きな人はぜひ読んでみて欲しい。

 それから単に幽玄、怪奇な雰囲気だけでなく、この小説では分身が重要なテーマになっていて、その幾何学的幻想美も大きな魅力になっている。コンスエロ夫人とアウラ、主人公である「きみ」とフェリーペはそれぞれ鏡像の関係にある。「きみ」がコンスエロ夫人の屋敷に向かう時、二つの番地が重複して表記されている、なんてところがすでに分身テーマを予告している。そして物語が進むにつれ、誰が誰なのかが曖昧になっていく。境界線が揺らぐ。

 ちなみにこの小説は「きみ」という二人称で書かれていて、文体もかなり凝っている。『雨月物語』に影響を受けただけあって日本の怪談みたいなはかなげなムードがあり、それとラテンアメリカ的なものが溶け合って独特の世界を作り出していると思う。


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2 コメント

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読んでみました (ともエ)
2009-11-05 23:13:44
相当さかのぼってのコメント失礼します。
このブログを見て、読んでみました。

どれも良い!
特に純な魂は、書簡体でモノローグで越境文学で、うーん大学のころを思い出す!
生命線のクールドライ、アウラの湿度、
メキシコの暑苦しさとヨーロッパのまぜこぜ、大学のころはこんなんばっか読んでたなあ…
というわけで、ありがとうございました!
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フエンテス (ego_dance)
2009-11-07 14:55:36
気に入っていただけて私も嬉しいです。この短編集はいいですよね。どれも傑作なんだけど、それぞれ感じが違っていて。
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