アブソリュート・エゴ・レビュー

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私が殺した少女

2014-08-13 22:11:13 | 
『私が殺した少女』 原寮   ☆☆☆☆

 日本のハードボイルド・ミステリ。ネットのどこかで見かけた日本の名作ミステリ・ランキングにランクインしていたので読んでみた。作者はもともとジャズ・ピアニストらしい。レイモンド・チャンドラー風の、正統派ハードボイルドである。はっきりいって渋い。主人公は沢崎という中年の探偵で、物語は「私」という沢崎の一人称で記述される。警察には目の仇にされているが、同時に捜査能力に一目置かれている風でもある。ハードボイルドの王道で、彼が折々に吐く洒落たセリフや、皮肉っぽい描写、内的独白が本書の大きな魅力になっている。

 沢崎が依頼の電話で呼び出されてある家に赴くと、いつの間にか誘拐犯人の使者ということにされている。警察に調べられ、一応嫌疑は晴れるが、次に身代金の運搬人にさせられる。誘拐犯からの電話に引きずり回され、そのあげくにチンピラ数人に絡まれて殴り倒される。気絶しているうちに身代金が消える。これは犯人の筋書きか、あるいはアクシデントか。やがて人質だった少女の遺体が発見される。沢崎は自問する、これは自分が招いた事態なのだろうか。警察には目の仇にされ、自責の念からベロンベロンに酔っ払ったりしながらも、沢崎は一人コツコツと犯人を追うのだった…。

 日本のハードボイルドにも色々あるが、『新宿鮫』みたいに派手な設定ではない。沢崎は取り立ててどうということのない、みすぼらしい事務所の中年の探偵だし、きれいなガールフレンドもいる様子はないし、個性的で頼りになる仲間たちみたいなのもいない。孤独である。が、実は結構優秀で、たった一人ながら警察に先んじて真相に迫っていく。

 地位も権力もないが、警察から脅されてもヤクザから脅されても筋を曲げず、自分の態度を貫く硬骨漢というのはフィリップ・マーロウと同じである。要はこうしたキャラクターとそれっぽい洒落たセリフをどれぐらいリアリティをもって成立させられるかだと思うが、その意味では本書はなかなかいい線いってると思う。さすが名作と呼ばれるだけのことはある。特に、沢崎が大勢に刑事たちに囲まれ、すごまれたり脅されたりした時に平然と切り返すセリフが最高である。男ってこういうのに憧れるんだよなあ。

 話はなかなか手がかりがなく、真犯人への突破口を見出せないまま終盤に至るが、最後の最後で大ドンデン返しとなる。だんだん真相に肉薄するのではなく、五里霧中だったのがいきなり犯人指摘、謎解きとなる。最後だけ本格ミステリみたいだ。沢崎は一体いつこの真相に気づいたのだろう。それに、この手の小説にしては真相がいやにトリッキーである。トリッキー過ぎてリアリティに欠ける。犯人の行動が、いくらなんでもこんなことはしないだろう、というか、メンタル的に無理だろうという類のものだ。意外な真相を演出したのだろうが、この渋いハードボイルド小説にはちょっとふさわしくなかったんじゃないか。この小説は、意外性よりリアリティとリリシズムだろう。
 
 そういうわけで、ストーリーや設定はどちらかというと地味目だが手堅く渋い、おとなのハードボイルド小説である。ところで時々登場するヤクザと渡辺という昔の知り合いは本筋に全然関係なかった。シリーズ・キャラクターなのだろうか。とりあえず、シリーズ第一作の『そして夜は甦る』も読んでみようかと思う。
 


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