アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

パヴァーヌ

2013-01-31 22:32:38 | 
『パヴァーヌ』 キース・ロバーツ   ☆☆☆☆

 今回初めて読んだが、もともとサンリオSF文庫で出ていた小説の二度目の復刊らしい。ディックの『高い城の男』みたいないわゆる歴史改変もので、エリザベス女王が暗殺されたことによってカトリック教会の支配がずっと続いている世界、という設定になっている。要するに中世的な宗教世界で、かつ、電気や薬物など科学の利用が厳しく抑制、禁止されている。こういう世界観の中で繰り広げられる一種のファンタジーだ。

 必然的に、サーバーパンク的というよりスチームパンク的、レトロかつノスタルジックな匂いがする中世ヨーロッパ美学の世界ということになる。出てくるのは機関車や信号手、城に住む女領主などで、巻末で訳者と解説者の両方が言及しているように、どこか宮崎駿のアニメを思わせる。訳者はこの物語を「宮崎駿のアニメで見てみたい」と書いているが、確かに似合いそうだ。

 そう思わせるのは単に舞台装置だけではなく、基本はロマンティックな冒険譚である物語の性格にもよるものだと思う。かなり精緻で耽美的ではあるけれども、この小説は基本的には倒錯や退廃、エロティシズム、残酷趣味などとは無縁の、健全でエンタメ的な骨格を持っている。たとえば最後の「第六旋律」では、無法な搾取をする強大なローマ教会に抵抗して立ち上がる女領主エレナーの活躍が描かれるが、勇敢で男まさりなエレナーは宮崎駿的なヒロインと言っていいだろう。

 それから作者はイラストレーターでもあるらしいが、この視覚的耽美主義とでもいいたくなる細密描写が本書のもう一つの特徴である。この作者の筆はストーリーを語るより、一幅の絵を描き出そうとしているかのようだ。骨格はエンタメと書いたが、場面場面の雰囲気はぐっと神秘的、幻想的で、サクサク進むというよりスローペースでじっくり雰囲気を煮詰めていく。静謐でメランコリックな場面が多く、壮麗かつ神話的な光景が読者の目の前に広がる。美しい。そういうところは山尾悠子にも似ている。この耽美的な細密描写は、ジュリアン・グラックをもうちょっと砕いて親しみやすくした感じかも知れない。

 構成は連作短編形式になっていて、「序章」に始まり、「第一旋律」から「第六旋律」まで続き、「終楽章」で終わる。最初の方はそれぞれの「旋律」で異なる主人公が登場し、まったく別の話に思える。たとえば「第一旋律」ではレディ・マーガレットという名の機関車の運転手ジェシーが主人公で、彼はある女性に長年の思いを告白する。また「第二旋律」に登場する少年は幼い頃からの憧れだった信号手になり、ある日別の種族の娘に出会う。けれども後半になるとそれぞれの「旋律」に繋がりが出てきて、この架空世界の歴史を感じさせる流れとなる。

 また「終楽章」では単なるファンタジーにとどまらず、現実世界への批判や、科学というものへの懐疑が提起される。それまで悪とされていたローマ教会の科学弾圧が、実はある目的をもったものだったという真実が明らかになる。なかなか辛辣な終楽章だ。この部分のせいで小説全体にまた新たな意味が付与されるという、多義的で思索的な終わり方をする。

 この形而上学的なトリックによって、軽い混乱とともに一筋縄ではいかない読後感がもたらされるが、全体の印象としてはやはりロマンティシズムと詩情の冒険譚、細密描写と耽美主義、憂愁と静謐の中世的な世界観、というところだ。宮崎駿と山尾悠子の結婚、という趣の小説である。


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