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アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

ゴジラ

2006-02-16 20:08:22 | 映画
『ゴジラ』 本多猪四郎監督   ☆☆☆☆★

 オリジナルの1954年版ゴジラである。昔買ったDVDを再見。やはり傑作だ。その後のゴジラ映画とは一味も二味も違う。

 この映画の中のゴジラはただのでかくて凶暴な動物ではない。もう火を見るより明らかに、戦争、そして水爆のメタファーなのだ。水爆が不条理にも生命体となって日本に上陸し、すべてを破壊して回るという悪夢、それを私達はこの映画の中に観るのである。水爆でも死なないゴジラはまさに不条理と悪夢が形となった異形の存在であり、破壊と殺戮の神である。

 そのことは主要なキャラクターである緒方も映画の中ではっきりと言っている。「ゴジラはまさに、いまだに日本を暗い影で覆っている水爆の恐怖そのものではありませんか」

 だからゴジラが引き起こす災厄は戦争のそれとまったく同じである。炎上する東京、放射能汚染、疎開、子供達を抱いて「もうすぐお父さんのところに行くからね」と言う母親、病院に溢れる負傷者達。その後のゴジラ映画では、ゴジラがもたらす悲惨をここまで克明に描いたものはない。そしてその悲惨の描写は、戦後間もない日本という当時の時代背景もあって非常にリアルである。「広島の原爆からようやく命拾いしたと思ったら、今度はゴジラだ」というような登場人物のセリフもある。

 夜の海から現れ、地響きを立てながらゆっくりと歩き回り、すべてを火の海に沈めてしまうゴジラの迫力、怖さはすべてのゴジラ映画の中でダントツである。造形もこのオリジナル版は独特で、口の中にびっしり生えた牙と小さくて不気味な目が特徴的だ。前半、足音だけ聞こえてなかなか姿を現さないのも恐い。重々しい音楽もあってホラー映画的な演出がなされている。この映画には、後年の怪獣プロレスの面影はまったくない。

 それからまた、この映画は芹沢博士とオキシジェンデストロイヤーの物語でもある。というか物語の真の主役はどう考えても芹沢博士である。彼は片目に眼帯をかけ、一人閉じこもって秘密の研究に没頭するマッド・サイエンティスト的雰囲気を持ったキャラクターである。彼はひそかにオキシジェンデストロイヤーという恐るべき物質を開発するが、兵器として利用されるのを嫌って公表しようとしない。
 ゴジラを倒すために一度だけ使わせてくれという緒方に、芹沢はこう反論する。一旦その存在が知られれば、いずれ兵器として利用されることは目に見えている。私が拒めば良いというが、人間は弱いものだ。どのような状況でまた使用を強制されるか分かったものではない。原爆、水爆、その上にオキシジェンデストロイヤーという恐ろしい兵器を加えることは、科学者として、一個の人間としてできない。

 これが、この映画が私達に突きつける深刻なジレンマである。水爆がゴジラを生んだ。ゴジラから人々を救えるのはオキシジェンデストロイヤーしかない。しかしそれを使ってゴジラ=水爆を倒せば、今度はオキシジェンデストロイヤーが人類への脅威となる。

 これは映画の中だけの問題じゃなくて、まさに現実世界で人類が直面している軍拡競争、兵器開発競争のジレンマであり、同時に「防御」のための兵器は必ず殺戮兵器になるというペシミスティックな認識である。防御だけに使えばいいじゃないかという緒方の言葉を芹沢は歯牙にもかけない。芹沢にとって、兵器は必ずいつか人類が人類に向けるものであって、これは動かしがたい既定の事実なのである。映画制作者たちの、なんという毅然たるメッセージ。

 このジレンマを解決する方法は一つしかない。芹沢は最後のオキシジェンデストロイヤーを使ってゴジラを倒し、同時に自分の命を絶つ。もちろんゴジラが町を破壊してもそれは芹沢の責任ではないのだが、彼をそこまで追い詰めるのは緒方の婚約者である恵美子の存在である。戦争がなければ芹沢は恵美子と結婚していた、というようなセリフがあるが、芹沢はまだ恵美子に想いを寄せている。恵美子の方はまったくそういう感情はない。芹沢が恵美子だけにオキシジェンデストロイヤーの存在を打ち明けるのも、そしてその使用を決意するのも、惨状を見ていられないからという大義の後ろに、恵美子に対する屈折した想いがある。そして彼は「二人で幸せになってくれ」と言い残し、ゴジラと心中する道を選ぶ。そういう意味でこの映画は、かなり哀切な悲恋物語でもあるのだった。

 それにしても、この俳優陣の豪華なこと。まるで黒澤映画である。若い俳優には演技の不自然さを感じる部分もあるが、志村喬の存在感が映画全体の重しとなっている。
 特撮はある程度時代を感じるが、夜が主要な舞台で画面が暗いこともあり、今観てもゴジラの不気味さ、恐怖感は素晴らしい。なんといっても物語性とそこにこめられたメッセージの真摯さが胸を打つ。

 これから観ようという人に一つ注意。最近のゴジラ映画を見慣れた人が初めてこれを観ると、特撮の古さに「なんかショボいな」となってしまうはずだ。傑作だ傑作だと言われている映画なので余計そう感じる。私もそうだった。そういう場合は時間を置いてもう一度観て欲しい。二度目にはきっとこの映画の真価が見えてくる。
 


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