『世界幻想文学大全 怪奇小説精華』 東雅夫・編 ☆☆☆★
東雅夫編集のアンソロジー『怪奇小説精華』と『幻想小説真髄』を入手、まずは『怪奇小説精華』を読了した。
全体にクラシック、ベーシックな怪談のコレクションという印象である。怪談の原型みたいな話も多く、たとえば「幽霊屋敷」や「背の高い女」などがそうで、新鮮味という意味ではちょっと物足りないけれども、どれも一味プラスアルファがあって決してつまらなくはない。やっぱりそこがクラシックたる由縁だろう。ただし、それほど怖くもない。とりあえず収録作品は以下の通り。
嘘好き、または懐疑者(ルーキアーノス)高津春繁訳
石清虚/龍肉/小猟犬――『聊斎志異』より(蒲松齢)柴田天馬訳
ヴィール夫人の亡霊(デフォー)岡本綺堂訳
ロカルノの女乞食(クライスト)種村季弘訳
スペードの女王(プーシキン)神西清訳
イールのヴィーナス(メリメ)杉捷夫訳
幽霊屋敷(リットン)平井呈一訳
アッシャア家の崩没(ポオ)龍膽寺旻訳
ヴィイ(ゴーゴリ)小平武訳
クラリモンド(ゴーチエ)芥川龍之介訳
背の高い女(アラルコン)堀内研二訳
オルラ(モーパッサン)青柳瑞穂訳
猿の手(ジェイコブズ)倉阪鬼一郎訳
獣の印(キプリング)橋本槇矩訳
蜘蛛(エーヴェルス)前川道介訳
羽根まくら(キローガ)甕由己夫訳
闇の路地(ジャン・レイ)森茂太郎訳
占拠された屋敷(コルタサル)木村榮一訳
本書の特色は訳者がそれぞれ違うことで、一つ一ついわば歴史的価値を持つ決定版を採用してある。短篇ごとに違うトーンになっているのが面白く、特にこういう怪談の古めかしい訳はアクが強くて味わいがある。特にポーなんて「アッシャア家の崩没」というタイトルもすごいが、中身はもう知らない熟語の連発である。日本語の奥の深さがよく分かった。それからゴーチエの「クラリモンド」は芥川龍之介の訳で、さすがに流暢で実に美しい。
既読だった短篇も多かったが、私のフェイバリットは「ロカルノの女乞食」「イールのヴィーナス」「アッシャア家の崩没」「クラリモンド」「猿の手」「羽根まくら」「占拠された屋敷」あたりである。「イールのヴィーナス」は初読だったが、これは良い。純然たる怪談というより神話が怪談に変化した感じだ。銅像が動き出す話だけれども、肝心のところを仄めかしにとどめてあるのがうまい。歩く銅像をあからさまに出してしまってはもう怖くなくなってしまう。
後半は「オルラ」を境に現代的になり、ぐっと怖くなる。「オルラ」は有名なモーパッサンの作品だが、狂気の兆候があちこちに見える異様な短篇だ。「猿の手」は既読だったが、やっぱりインパクトがある。これは怖い。それから「蜘蛛」はあとがきにもある通り江戸川乱歩の「目羅博士」の原型で、そっくりだ。最後ひねってある乱歩に比べ、こっちはより怪談らしい終わり方をする。キローガの「羽根まくら」はシンプルな短篇だが結構グロテスクで、私はこれを読むといつもぞっとする。
それにしてもこうやって怪談のアンソロジーを読むと、楳図かずおって偉大だなあと思うのは私だけだろうか。楳図かずおの短編集、たとえば「恐怖」あたりを読むと、怪談の大体のパターンは網羅されているのが分かる。蜘蛛や蛇のような動物系から、動く絵や彫像、人間心理の怖さ、狂気など非常に幅広く、このアンソロジーに収録されている作品のパターンもおおむねカバーされている。しかも、それは単に先行作品を焼き直したというのではなく、ちゃんと咀嚼し、エッセンスを活かした形で応用されている。大体、あの絵の怖さはフツーじゃない。
余談だが、私は絵や彫刻が動くというパターンがなぜか非常に怖く、そういう意味でメチャメチャ怖かったのが楳図かずおの「こわい絵」という短篇マンガである。ちょっとあらすじをご紹介すると、ある男の美しい妻が不治の病にかかり、死ぬ前に自画像を描く。自画像はウェディングドレスを着ていて、なぜか片手に剣を持っている。妻は、私の死後決して他の女とは結婚しないで、と言い残して死ぬ。男はしばらく悲しみにくれるが、彼に愛情を注ぐ女性のおかげで立ち直り、やがてその女性と再婚する。二人の家には死んだ前妻の肖像画が飾られている。ところが再婚後、絵がしだいに変化し始める。美しさと優しさを湛えていた肖像画の表情が、だんだん険しくなってくるように見える。後妻は怯えるが、男は古びてそう見えるだけだと言う。やがて肖像画はどんどん凄まじい形相に変わっていき、とても正視できないほどになる。後妻の恐怖は尋常ではない。ある日男は用事で外泊する。その夜、後妻が一人で家にいると、誰かが廊下を歩く足音が聞こえて来る…。
あらすじを書いているだけでもう怖い。
東雅夫編集のアンソロジー『怪奇小説精華』と『幻想小説真髄』を入手、まずは『怪奇小説精華』を読了した。
全体にクラシック、ベーシックな怪談のコレクションという印象である。怪談の原型みたいな話も多く、たとえば「幽霊屋敷」や「背の高い女」などがそうで、新鮮味という意味ではちょっと物足りないけれども、どれも一味プラスアルファがあって決してつまらなくはない。やっぱりそこがクラシックたる由縁だろう。ただし、それほど怖くもない。とりあえず収録作品は以下の通り。
嘘好き、または懐疑者(ルーキアーノス)高津春繁訳
石清虚/龍肉/小猟犬――『聊斎志異』より(蒲松齢)柴田天馬訳
ヴィール夫人の亡霊(デフォー)岡本綺堂訳
ロカルノの女乞食(クライスト)種村季弘訳
スペードの女王(プーシキン)神西清訳
イールのヴィーナス(メリメ)杉捷夫訳
幽霊屋敷(リットン)平井呈一訳
アッシャア家の崩没(ポオ)龍膽寺旻訳
ヴィイ(ゴーゴリ)小平武訳
クラリモンド(ゴーチエ)芥川龍之介訳
背の高い女(アラルコン)堀内研二訳
オルラ(モーパッサン)青柳瑞穂訳
猿の手(ジェイコブズ)倉阪鬼一郎訳
獣の印(キプリング)橋本槇矩訳
蜘蛛(エーヴェルス)前川道介訳
羽根まくら(キローガ)甕由己夫訳
闇の路地(ジャン・レイ)森茂太郎訳
占拠された屋敷(コルタサル)木村榮一訳
本書の特色は訳者がそれぞれ違うことで、一つ一ついわば歴史的価値を持つ決定版を採用してある。短篇ごとに違うトーンになっているのが面白く、特にこういう怪談の古めかしい訳はアクが強くて味わいがある。特にポーなんて「アッシャア家の崩没」というタイトルもすごいが、中身はもう知らない熟語の連発である。日本語の奥の深さがよく分かった。それからゴーチエの「クラリモンド」は芥川龍之介の訳で、さすがに流暢で実に美しい。
既読だった短篇も多かったが、私のフェイバリットは「ロカルノの女乞食」「イールのヴィーナス」「アッシャア家の崩没」「クラリモンド」「猿の手」「羽根まくら」「占拠された屋敷」あたりである。「イールのヴィーナス」は初読だったが、これは良い。純然たる怪談というより神話が怪談に変化した感じだ。銅像が動き出す話だけれども、肝心のところを仄めかしにとどめてあるのがうまい。歩く銅像をあからさまに出してしまってはもう怖くなくなってしまう。
後半は「オルラ」を境に現代的になり、ぐっと怖くなる。「オルラ」は有名なモーパッサンの作品だが、狂気の兆候があちこちに見える異様な短篇だ。「猿の手」は既読だったが、やっぱりインパクトがある。これは怖い。それから「蜘蛛」はあとがきにもある通り江戸川乱歩の「目羅博士」の原型で、そっくりだ。最後ひねってある乱歩に比べ、こっちはより怪談らしい終わり方をする。キローガの「羽根まくら」はシンプルな短篇だが結構グロテスクで、私はこれを読むといつもぞっとする。
それにしてもこうやって怪談のアンソロジーを読むと、楳図かずおって偉大だなあと思うのは私だけだろうか。楳図かずおの短編集、たとえば「恐怖」あたりを読むと、怪談の大体のパターンは網羅されているのが分かる。蜘蛛や蛇のような動物系から、動く絵や彫像、人間心理の怖さ、狂気など非常に幅広く、このアンソロジーに収録されている作品のパターンもおおむねカバーされている。しかも、それは単に先行作品を焼き直したというのではなく、ちゃんと咀嚼し、エッセンスを活かした形で応用されている。大体、あの絵の怖さはフツーじゃない。
余談だが、私は絵や彫刻が動くというパターンがなぜか非常に怖く、そういう意味でメチャメチャ怖かったのが楳図かずおの「こわい絵」という短篇マンガである。ちょっとあらすじをご紹介すると、ある男の美しい妻が不治の病にかかり、死ぬ前に自画像を描く。自画像はウェディングドレスを着ていて、なぜか片手に剣を持っている。妻は、私の死後決して他の女とは結婚しないで、と言い残して死ぬ。男はしばらく悲しみにくれるが、彼に愛情を注ぐ女性のおかげで立ち直り、やがてその女性と再婚する。二人の家には死んだ前妻の肖像画が飾られている。ところが再婚後、絵がしだいに変化し始める。美しさと優しさを湛えていた肖像画の表情が、だんだん険しくなってくるように見える。後妻は怯えるが、男は古びてそう見えるだけだと言う。やがて肖像画はどんどん凄まじい形相に変わっていき、とても正視できないほどになる。後妻の恐怖は尋常ではない。ある日男は用事で外泊する。その夜、後妻が一人で家にいると、誰かが廊下を歩く足音が聞こえて来る…。
あらすじを書いているだけでもう怖い。
因果応報のよくある話であるにもかかわらず、また少年少女向けの翻訳であるにもかかわらず、女乞食の描写がリアルで、怖かったことをよく覚えています。
40年くらい前の話ですが・・・・・