『Peter Gabriel III』 Peter Gabriel ☆☆☆☆☆
ピーター・ガブリエルのソロ3作目。一般に「Melt」の通称で呼ばれているディスクである。ちなみにガブリエルのソロ1作目から4作目までは全部タイトルが『Peter Gabriel』で、区別ができない。そこでファンの間では便宜上、ジャケット写真にもとづき「Car」「Scratch」「Melt」「Security」と呼ばれている。これは「アルバムを雑誌みたいなものにしたい」というガブリエルの考えによるものだったらしいが、妙なことを考える人だ。
さて、「Melt」である。ガブリエルのソロはどれも高い音楽性と実験性が融合した聴きごたえのある作品ばかりで、駄作というものはない。が、中でもこの「Melt」、つまり3枚目の『Peter Gabriel』は圧倒的なクオリティを備えた、驚くべき傑作と言わなければならない。1作目、2作目もそれぞれ素晴らしいアルバムだったが、ジェネシスっぽい曲があったりポップな曲があったり、バラエティ豊かではあるのだが試行錯誤している感じもあった。それがこの3枚目でついに大バケし、誰にも真似のできない唯一無二の音楽として爆発的に開花したのである。ワールド・ミュージック的な要素と前衛ロック的なノイズ、電子音楽とアコースティックが独特のやり方で融合し、多彩なメロディがほとばしり、圧倒的な世界観がすべてを塗りつぶす。アルバム全体にすさまじい確信がみなぎり、鳴っている音のすべてがガブリエルの感性から直接生まれ出てきたかの如くである。
明らかな特徴は、強迫的なリズムと殺伐としたノイズ、そして殺気のようなテンションの高さだ。一曲目の「Intruder」は重たく催眠的なドラムの音で幕を開け、エレピやノイズ、ガブリエルの地底から響いてくるようなヴォーカルが入り乱れる。「No Self Control」はマリンバの音とノイジーなブラスの音が印象的で、やはり骨太でプリミティヴなドラムの音が劇的な効果をあげている。そして短い抒情的なサックス曲「Start」をへて、キー曲である「I Don't Remember」へ。これは「Intruder」「No Self Control」の不穏な感性を引継ぎつつもさらに強靭かつ強迫的なナンバーだが、ここで異様な存在感を放っているのはなんといってもトニー・レヴィンのスティックである。重量感があり、それでいて軟体動物のようなうねりを持った独特のスティックの音が、この曲のボトムを支えている。
これらの曲を聴いていると私たちは見慣れた世界が不安と、野蛮と、畏れに満ちたジャングルのような空間に変わっていくのを感じる。世界はもはや私たちが安住していた予定調和の上に成り立つものではなく、得体の知れない不気味な場所となる。異教的、呪術的な空気が立ち込める。サウンド的にはまったく異質だが、私はどこかマイルスの『ビッチズ・ブリュー』に通じる精神を感じる。この1~4の流れはまったく圧倒的というしかなく、本作のハイライトであることは間違いない。
続く「Family Snapshot」は静かな曲で、ここで一旦クールダウンする。しかしこれもまた名曲で、ガブリエルが書いた中でも有数の美メロである。その後キャッチーかつ端正な「Games Without Frontiers」、再び強烈なパーカッションとノイジーなアレンジが炸裂する「Not One Of Us」などを経て、名曲「Biko」で締めくくられる。「Biko」は南アフリカの黒人運動家で、当局の拷問によって殺されたスティーヴン・ビコに捧げられた曲で、いわゆるメッセージ・ソングということになるだろう。しかしリズムとコード進行は極限まで単純化され、非常にスピリチュアルなものを感じさせる。「Intruder」や「I Don't Remember」のような殺伐とした感覚は後退し、かわりに宇宙的な一体感、調和の感覚がある。後の「In Your Eyes」などに通じる曲だ。
このアルバムを制作するにあたり、ガブリエルとプロデューサーのスティーヴ・リリホワイトは様々な試みをしている。打楽器として金物、つまりシンバルやハイハットを一切使わないというガブリエルのアイデアは、ドラマーとして参加したフィル・コリンズを相当当惑させたようだ。またリズム・トラックから作曲するようになったのもこの頃で、ガブリエルはそのせいで曲の構造がかなり変わった、とコメントしている。しかし本作におけるサウンド処理でもっとも有名なのはゲート・リバーブ(またはゲートエコー)だろう。アルバム冒頭最初に聞こえてくるドラムの音がそれで、リバーブの音を処理することで独特の効果を上げている。このゲート・リバーブはフィル・コリンズが自身のソロ「In The Air Tonight」でも使っているし、その後多くのアーティストに影響を与えた。
彼の伝記本『ピーター・ガブリエル』(いわゆる正伝)によれば、レコード会社幹部はこのアルバムを聴いて侵入者、記憶喪失、あるいは暗殺者などを扱った不気味な歌詞と殺伐としたサウンドに驚き、これを「商売上の自殺行為」と決め付けたそうだ。ところが実際に発売してみると2ndと3rdを上回るヒット作となった。要するに、レコード会社の幹部なんかよりも一般のレスナーの方が見る目があるということだ。
その他評論家たちの評価にも毀誉褒貶あったようだが、手放しの絶賛も珍しくなかった。たとえばある評論家はこう書いた。「どの小節をも光らせているこの思いつき、観察力、表現力のすさまじさはあまりにも如実で、あまりにも大胆不敵で、筆者は今のところこの偉業にひれ伏してしまっている」まったく同感だ。本作はロック・ミュージックにおける最良の成果の一つである。
ピーター・ガブリエルのソロ3作目。一般に「Melt」の通称で呼ばれているディスクである。ちなみにガブリエルのソロ1作目から4作目までは全部タイトルが『Peter Gabriel』で、区別ができない。そこでファンの間では便宜上、ジャケット写真にもとづき「Car」「Scratch」「Melt」「Security」と呼ばれている。これは「アルバムを雑誌みたいなものにしたい」というガブリエルの考えによるものだったらしいが、妙なことを考える人だ。
さて、「Melt」である。ガブリエルのソロはどれも高い音楽性と実験性が融合した聴きごたえのある作品ばかりで、駄作というものはない。が、中でもこの「Melt」、つまり3枚目の『Peter Gabriel』は圧倒的なクオリティを備えた、驚くべき傑作と言わなければならない。1作目、2作目もそれぞれ素晴らしいアルバムだったが、ジェネシスっぽい曲があったりポップな曲があったり、バラエティ豊かではあるのだが試行錯誤している感じもあった。それがこの3枚目でついに大バケし、誰にも真似のできない唯一無二の音楽として爆発的に開花したのである。ワールド・ミュージック的な要素と前衛ロック的なノイズ、電子音楽とアコースティックが独特のやり方で融合し、多彩なメロディがほとばしり、圧倒的な世界観がすべてを塗りつぶす。アルバム全体にすさまじい確信がみなぎり、鳴っている音のすべてがガブリエルの感性から直接生まれ出てきたかの如くである。
明らかな特徴は、強迫的なリズムと殺伐としたノイズ、そして殺気のようなテンションの高さだ。一曲目の「Intruder」は重たく催眠的なドラムの音で幕を開け、エレピやノイズ、ガブリエルの地底から響いてくるようなヴォーカルが入り乱れる。「No Self Control」はマリンバの音とノイジーなブラスの音が印象的で、やはり骨太でプリミティヴなドラムの音が劇的な効果をあげている。そして短い抒情的なサックス曲「Start」をへて、キー曲である「I Don't Remember」へ。これは「Intruder」「No Self Control」の不穏な感性を引継ぎつつもさらに強靭かつ強迫的なナンバーだが、ここで異様な存在感を放っているのはなんといってもトニー・レヴィンのスティックである。重量感があり、それでいて軟体動物のようなうねりを持った独特のスティックの音が、この曲のボトムを支えている。
これらの曲を聴いていると私たちは見慣れた世界が不安と、野蛮と、畏れに満ちたジャングルのような空間に変わっていくのを感じる。世界はもはや私たちが安住していた予定調和の上に成り立つものではなく、得体の知れない不気味な場所となる。異教的、呪術的な空気が立ち込める。サウンド的にはまったく異質だが、私はどこかマイルスの『ビッチズ・ブリュー』に通じる精神を感じる。この1~4の流れはまったく圧倒的というしかなく、本作のハイライトであることは間違いない。
続く「Family Snapshot」は静かな曲で、ここで一旦クールダウンする。しかしこれもまた名曲で、ガブリエルが書いた中でも有数の美メロである。その後キャッチーかつ端正な「Games Without Frontiers」、再び強烈なパーカッションとノイジーなアレンジが炸裂する「Not One Of Us」などを経て、名曲「Biko」で締めくくられる。「Biko」は南アフリカの黒人運動家で、当局の拷問によって殺されたスティーヴン・ビコに捧げられた曲で、いわゆるメッセージ・ソングということになるだろう。しかしリズムとコード進行は極限まで単純化され、非常にスピリチュアルなものを感じさせる。「Intruder」や「I Don't Remember」のような殺伐とした感覚は後退し、かわりに宇宙的な一体感、調和の感覚がある。後の「In Your Eyes」などに通じる曲だ。
このアルバムを制作するにあたり、ガブリエルとプロデューサーのスティーヴ・リリホワイトは様々な試みをしている。打楽器として金物、つまりシンバルやハイハットを一切使わないというガブリエルのアイデアは、ドラマーとして参加したフィル・コリンズを相当当惑させたようだ。またリズム・トラックから作曲するようになったのもこの頃で、ガブリエルはそのせいで曲の構造がかなり変わった、とコメントしている。しかし本作におけるサウンド処理でもっとも有名なのはゲート・リバーブ(またはゲートエコー)だろう。アルバム冒頭最初に聞こえてくるドラムの音がそれで、リバーブの音を処理することで独特の効果を上げている。このゲート・リバーブはフィル・コリンズが自身のソロ「In The Air Tonight」でも使っているし、その後多くのアーティストに影響を与えた。
彼の伝記本『ピーター・ガブリエル』(いわゆる正伝)によれば、レコード会社幹部はこのアルバムを聴いて侵入者、記憶喪失、あるいは暗殺者などを扱った不気味な歌詞と殺伐としたサウンドに驚き、これを「商売上の自殺行為」と決め付けたそうだ。ところが実際に発売してみると2ndと3rdを上回るヒット作となった。要するに、レコード会社の幹部なんかよりも一般のレスナーの方が見る目があるということだ。
その他評論家たちの評価にも毀誉褒貶あったようだが、手放しの絶賛も珍しくなかった。たとえばある評論家はこう書いた。「どの小節をも光らせているこの思いつき、観察力、表現力のすさまじさはあまりにも如実で、あまりにも大胆不敵で、筆者は今のところこの偉業にひれ伏してしまっている」まったく同感だ。本作はロック・ミュージックにおける最良の成果の一つである。
itunesで流してたFamily Snapshotがなぜか今日心に沁みたのでめぐりめぐってたどり着きました。
ブログとても勉強になりました!
Peter Gabrielのアルバムは理屈抜きですばらしいいので、私は人に説明できずに歯がゆい思いをしているます。
他の人にも見てもらいたいな。
また遊びにきますね
ガブリエルは大好きです。Family Snapshotいいですね。
好き勝手なことを書いているブログですが、お暇な時にまた遊びに来ていただけると嬉しいです。