アブソリュート・エゴ・レビュー

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フランス短篇傑作選

2008-08-10 19:15:02 | 
『フランス短篇傑作選』 山田稔編訳   ☆☆☆☆☆

 再読。随分昔に買った岩波文庫本だが、とてもいい短篇集なので時々引っ張り出しては読んでいる。収録されている作家はリラダン、シュオッブ、プルースト、デュラス、シュペルヴィエルなどめまいがするほどの超豪華メンバー。収録作品は以下の通り。

「ヴェラ」ヴィリエ・ド・リラダン
「幼年時代―『わが友の書より』」アナトール・フランス
「親切な恋人」アルフォンス・アレー
「ある歯科医の話」マルセル・シュオッブ
「ある少女の告白」マルセル・プルースト
「アリス」シャルル=ルイ・フィリップ
「オノレ・シュブラックの失踪」ギョーム・アポリネール
「ローズ・ルルダン」ヴァレリー・ラルボー
「バイオリンの声をした娘」ジュール・シュペルヴィエル
「タナトス・パレス・ホテル」アンドレ・モーロワ
「クリスチーヌ」ジュリヤン・グリーン
「結婚相談所」エルヴェ・バザン
「大佐の写真」ウージェーヌ・イヨネスコ
「ペルーの鳥」ロマン・ギャリー
「大蛇(ボア)」マルグリット・デュラス
「ジャスミンの香り」ミッシェル・デオン
「さまざまな生業(抄)」トニー・デュヴェール
「フラゴナールの婚約者」ロジェ・グルニエ

 あとがきで編者の山田稔氏が書いている。「……ここにフランスの短篇の特色のひとつがあるといえるだろう。短篇小説は散文よりもむしろ詩の領域に属しているのである」フランスの文学状況は知らないが、少なくともこの短編集の性格は見事に言い表している。本書収録作はいずれも「詩の領域に属している」作品ばかりだ。

 絢爛たるリラダンの幻想譚に幕を開け、アレーやシュオッブなど幻想文学系の作品が並んでいる一方で、アナトール・フランスやプルースト、ラルボー、デュラスなどの、いずれも回想記の体裁を持った抒情的な散文が配置されている。虚構性の強い幻想作品と繊細でリリカルな回想記、このふたつの系統がバランス良くミックスされているのが本書の特色と言っていいと思う。

 私は本書でシュペルヴィエルを知ったが、『バイオリンの声をした娘』は確かにフランスならではの、透明なイメージを美しい散文の中に封じ込めた詩的な短篇で、最初に読んだ時とても印象に残ったのを覚えている。フィリップの『アリス』も同系統の短篇だ。『ある歯科医の話』はシュオッブにしては珍しいナンセンス風味のファルスだが、キビキビした文体が効果を上げている。こういうシュオッブもいい。

 回想記系の短篇はどれも匂い立つようなリリシズムを堪能できる秀作ばかりだが、私が特に好きなのはラルボーの『ローズ・ルルダン』。これは寄宿学校の少女が年上の少女へ憧れる話で、淡々と語られるエピソードのあと、終わりの一節、「これでおしまい。でも、かんじんなことは何もお話ししていません。ああ、幼いころの、とくに何ごともなく過ぎていった毎日、あの遠い日々の色やひびきや形……」から始まるパラグラフの美しさには、何度読んでも胸をしめつけられる。
 『クリスチーヌ』はどことなく不気味な少年期の回想だが、美しい少女への思慕、少女が閉じこもっている部屋、暗い廊下、おとなたちの謎めいた言動、とやはり呪縛力のあるイメージが散りばめられている。暗い抒情を漂わせた佳作だ。一方『ジャスミンの香り』は海辺で仕事をする作家と、若い母子の邂逅を描くロマンティックな作品。なんてことない話だが、やはり抒情的な文章の喚起力で印象に残る。

 最初読んだ時に強烈だったのがデュラスの『大蛇(ボア)』。これも回想記だが特にストーリーはなく、週に一度動物園に行ってボアが若鶏を丸呑みにする光景を見、その後老婦人が自分の下着姿を彼女に見せる、という異様な習慣について語った破格の短篇。この二つの光景が少女に与える異様なヴィジョン、一方は生命に満ちた残酷な世界、一方は死臭のする冷たい世界、という黙示録的な対比への発展がすごい。まさに散文詩だ。私はこれに衝撃を受けてデュラスを読むようになった。
 『フラナゴールの婚約者』も暗い抒情を漂わせた異様な短篇で、何と言っても馬に乗った女の解剖標本のイメージがあまりにも強烈。最後、馬のギャロップの音が聞こえてくるラストは戦慄的だ。
 
 かと思えば『結婚相談所』のようにしみじみした、哀しくも微笑ましい短篇もある。『大佐の写真』のようにわけわからない短篇もある。とにかく贅沢なアンソロジーだ。


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