アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

波の塔

2013-12-27 20:58:43 | 
『波の塔(上・下)』 松本清張   ☆☆☆☆

 また松本清張を読みたくなって、未読の文庫本を買ってきた。これを選んだのはあとがきに「凄みのある傑作」と書かれていたからだ。

 ある金持ちの令嬢がひとり旅をする場面から、この物語は始まる。気ままなひとり旅の自由を満喫したかったのに親父が行く先々に手を回していて、部下や取引先の男どもがかしこまって待ち構えており、つきっきりで送り迎えをするというがっかりな展開になる。そんな中で令嬢はある青年と出会い、ドラマが転がり始める。もちろん彼女はこの青年に恋をしてしまうのだが、正直、この小説は清張にしてはスロースタートで、他の傑作群のようにいきなりぐいぐい惹きつけられることはない。純然たるミステリではなく恋愛ものだからかも知れない。しかし恋愛ものにしても、前半はぬるい昼メロみたいで、こりゃ失敗したかなと思ったほどである。

 令嬢が出会った青年が主人公だけれども、ヒロインは実はこの若い令嬢ではなく、もっと年上の美貌の人妻である。その人妻と青年が不倫をしているのである。令嬢はサブキャラで、青年に思いを寄せる役回りだ。不倫相手の人妻は「あんな清純なお嬢さんを相手にすればいいのに」と青年に言ったりする。いわば、主人公の不倫カップルと対比される清純なキャラクターだ。

 青年は実は若き検事であることが分かり、事件が起きてミステリっぽくなるかと思ったら、なかなかそうならない。青年と人妻はしのび逢いを続け、人妻の夫はなんだか怪しげな政治ゴロみたいな男で、清純なお嬢さんは青年検事に遠慮がちに思いを寄せる、という構図で、やっぱり昼メロである。ただし、松本清張独特の心理描写は冴えている。的確で緻密だ。派手なエンタメではなくスピーディーでもないが、渋い職人芸の趣きはある。

 微妙な感じで読み進めると、下巻に入ってようやく話が盛り上がり始める。青年検事が担当する汚職事件に人妻の怪しげな夫が絡んでいることが分かり、事件はさらに清純お嬢さんの父親まで巻き込んで広がっていきそうになる。おお、何だか話が面白くなってきたぞ。これまでぬるい昼メロ的だった人々の関係が一気に緊迫してくる。そして、青年検事が不倫相手の夫の正体を知らない、という設定が、思わぬ大きな陥穽となってヒーローとヒロイン二人を待ち構えているのだった。ここからは松本清張の名人芸、哀しくも甘美な崩壊劇へとなだれ込んでいく。

 そんなわけで、前半は微妙だったが結果的にはなかなか面白かった。哀しい話である。やっぱり結末も昼メロ的といえばいえないこともないし、あらすじだけ説明すれば必ず「それ昼メロだろ?」といわれそうだが、こんな話を松本清張の筆致で読めるというのがミソだ。派手ではないが、手堅い佳作といっていいと思う。

 しかし、検事ってのは不倫なんてしてると実際にあんなことになってしまうのだろうか。大変な職業だなあ。



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