アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

秋刀魚の味

2009-07-06 22:16:55 | 映画
『秋刀魚の味』 小津安二郎監督   ☆☆☆☆

 英語版DVDで鑑賞。Criterion Collectionである。ちなみに英語タイトルは『An Autumn Afternoon』。さすがに『秋刀魚の味』じゃ分かりにくいということだろうか。

 小津映画で私が初めて観るカラー作品だ。冒頭、いきなり色鮮やかな工場の煙突から煙がモクモク出ている。まるでピンクフロイドのジャケット写真みたいだ。これまで観たモノクロの小津作品とちょっと違う雰囲気のオープニングだが、笠智衆が出てくるとやっぱりいつもの小津スタイル。それにしても小津のカラー作品というのはすごく色鮮やかなんだなあ。ちょっとびっくりした。

 話は『晩春』と同じように娘の嫁入りに気をもむ父親、というのがメインだが、それ以外にも同窓会、落ちぶれた恩師、若い嫁をもらった悪友、長男夫婦の家庭に立つ小さなさざ波、死んだ嫁さんに似た感じのバーのママ、とサブプロット満載である。だから『晩春』ほど娘の嫁入りにフォーカスした話ではなく、コミカルだったり苦かったりするホームドラマ的エピソードを寄せ集めた作品と言えるんじゃないか。

 中でも特に印象的なのは東野英治郎のひょうたん先生である。会社の役員をやっている笠智衆や中村伸郎の恩師でありながら、今はラーメン屋で生計を立て、かつての教え子たちにぺこぺこと卑屈に振舞う。教え子たちからもあからさまに蔑視される。このひょうたん先生には非常に身につまされる。彼はまた一人娘を嫁にやりそびれ、独り身のまま中年になってしまった娘(杉村春子)と二人暮しをしている。その哀れさを見て笠智衆は娘の縁談を真剣に考え始める。

 特にコミカルかつ残酷なシーンは、笠智衆がひょうたん先生に教え子代表として寸志を届けに行く場面だ。ひょうたん先生はラーメン屋の厨房に立っている。笠智衆を見るとぺこぺこしながら出てくる。そこへ近所の男(加東大介)がやってきてラーメンを頼み、笠智衆を見て「艦長じゃありませんか」と挨拶をする。軍隊時代の笠智衆の部下なのである。この男は笠智衆に敬語で喋り、ひょうたん先生には「おいおやじ、この人はな…」とおやじ呼ばわり。しまいには「ここのラーメンはまずいから、他行きましょう」なんて平気で言う。しかしひょうたん先生は愛想笑いをしながらぺこぺこする。かつては笠智衆を教えていた教師でありながら。

 実に残酷だ。この映画はコミカルな部分もありながら、こういう苦さを多く持っている。これがほろ苦い「秋刀魚の味」だろうか。

 後半、笠智衆の娘の路子(岩下志麻)が嫁に行く場面は『晩春』そっくりだ。花嫁衣裳を着た路子が笠智衆にお礼を言うシーンや、「娘はつまらん」という笠智衆のセリフ、そして最後に家でひとり涙ぐむ笠智衆、と重なる部分が多い。ほとんどバリエーションといってもいいぐらいだ。ただし本作の場合嫁にやっても寂しく、嫁にやらなかったらそれも辛い(ひょうたん先生の家庭がその実例)という、どっちに転んでも痛々しい老境のわびしさが強く印象づけられる。こういうところもやはり残酷なホームドラマの特色が出ていると思う。

 この頃の岩下志麻はとても美人だ。原節子と違ってクールな雰囲気。笠智衆が「死んだ母さんにちょっと似てるんだ」というバーのマダムは岸田今日子。これも存在感があっていい。口が大きくてそれほど美人じゃないが、妙に色っぽい。

 しかしやっぱり本作の殊勲選手はひょうたん先生の東野英治郎だろう。飄々とした好々爺でありながら、卑屈で、なんとも痛々しい風情を漂わせる。ラーメン屋で「じいさん」呼ばわりされるシーンは見ていて辛い。後半の展開が『晩春』にそっくりなので点が辛くなってしまったが、このほろ苦さになんともいえない味わいがある。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿