アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

エンロン 内部告発者(その1)

2017-05-08 21:55:03 | 
『エンロン 内部告発者』 ミミ・シュワルツ、 シェロン・ワトキンス   ☆☆☆

 私は昔からなぜかエンロン事件に強い興味を抱いていて、エンロンに関するものはDVDの『Enron: The Smartest Guys in the Room』と本二冊を持っている。本はこれと『青い蜃気楼―小説エンロン』で、『青い蜃気楼』が小説仕立てになっているのに対し、本書は当時のエンロン社員にして内部告発者であるシェロン・ワトキンスも共著者に名を連ねる、完全なノンフィクションである。

 DVDも本もそれぞれに特色があるが、本書の特徴はやはり実際にエンロンで働いていた人が書いたということで、事件前後の、エンロン内部の雰囲気が良く分かるということだと思う。特に事件が起きる前、つまりエンロンが米国内で最高にクールな会社としてどんどん株価を上げていた頃の社内の様子がよく分かる。当然のことながら、シャロン・ワトキンスは私たち外部の人間のようにただエンロンを極悪な事件を起こした犯罪企業として見るのではなく、かつて同僚や上司たちと頑張って仕事をし、いい時間も過ごした「自分の会社」として見ているので、全般に書き方が非常にニュートラルだ。特に事件と関係のない社内のパーティーや催し物を描いた部分は、普通の会社なんだな、という感じが強くする。後に逮捕されるジェフ・スキリングやアンドリュー・ファストウも、会社の中にいる「普通の人」の顔もちゃんと持っていたことが分かる。

 そんなわけで、DVDや『青い蜃気楼』がエンロンという会社のスキャンダラスな側面を強調する描き方をしているのに比べ、この『内部告発者』はとても淡々と進んでいく。よく言えば公平中立、悪く言えばメリハリがない。たとえばDVDでも『青い蜃気楼』でも、その後のスキャンダルの予兆のように(またはCEOケネス・レイの拝金主義の象徴のように)取り上げられる、横領未遂事件を起こしたエンロン・オイルの幹部二人に「今後も会社に利益をもたらして欲しい」とレターを出した件も、本書では、理由は分からないが、ケネスの寛大さのあらわれかも知れない、という風に書かれている。

 しかしまあ、本書を読んで一番びっくりするのは、会社が上り調子の時の異常なまでに高額な給料、ボーナス、そして出張時のホテルや食堂や社員設備をはじめとするもろもろの、信じられないほどの贅沢さである。新入社員がトレーダーになってしばらくするとポルシェが買えたというからすごい。ボーナスは当然の如く百万ドル単位で、会社のSPE(特別目的事業体)に投資した若い社員が、その配当でいきなり数百万ドル手にしたというエピソードも紹介されている。日本円で数億円だ。茫然とする社員に、上司が「若くしてこんなに金持ちになれるとは思ってなかっただろ?」と笑いかけたという。いやー、すごい。そんな会社にいたらまず金銭感覚がマヒし、やがて善悪の規準もマヒしてくるのが分かる気がする。

 が、それほどまでにイケイケだったエンロンもやがて絶頂期を過ぎ、その上空に徐々に暗雲が立ち込めてくるわけだが、例によってあまりに淡々と書かれているために、この本ではどうやって会社が道を踏み外していったかが分かりづらい。つまり、またSPEを作って資産をそっちに移した、みたいに平坦に書かれているので、それが合法なのか犯罪なのか、私みたいな会計オンチにはよく分からないという欠点がある。

 また、エンロン事件でもっとも衝撃的だったことのひとつとして名門監査事務所アーサー・アンダーセンの消滅があり、調査が始まった時にアーサー・アンダーセン内で証拠隠滅の指示が出ていたこともDVDや『青い蜃気楼』では重要な事実として扱われているが、本書にはそのことが出て来ない。会計事務所がなくなった事実が、やはり淡々と書かれているだけだ。

 ただ、実際社内にいた社員には会社が何をどう粉飾していたかなんて分からなかったわけで、そういう意味でも内部視点を貫いていると言えるかも知れない。従って、エンロンがどこをどう踏み外していったかをちゃんと解説して欲しい向きは、やはり『青い蜃気楼』やDVDの方をおススメする。重要なエピソードは強調され、ひどいことをやった時はひどいと書かれ、どうひどいのかその意味も解説される。反面、話を面白くするために多少なりともスキャンダラスな側面が強調されているであろうことも、お断りしておく。

 ちなみに、DVDを見ると非常にショッキングなのが、エンロンのトレーダーたちがカリフォルニアの山火事の映像を面白がって「燃えろ燃えろ」と囃し立てたり、電気の値段を吊り上げるために悪質な手段で電力危機を悪化させたりしている会話の録音テープだ。そのクズっぷりは吐き気を催すほどで、人間ってここまで他人の不幸を楽しむことができるのかと暗澹たる思いにかられる。DVDではこの心理をアイヒマン実験を引き合いに出して説明している。権威者に命じられると人間は相当に残酷なことでもやってしまうという、あれだ。

 しかし、アイヒマン実験の場合はまだ自分で躊躇があって、権威者が命令することでその躊躇が取り払われてしまうようなところもあるが、エンロンのトレーダーの場合は権威者に言われずとも、自ら他人の不幸を楽しんでいる。それは金儲けという拝金主義的動機以上に、自分たちは金を儲けられるスマートな人間だがこいつら(カリフォルニア州の人々)はバカだ、という優越感が大きな原因になっているように思う。他人を見下す優越感こそが麻薬であり、この麻薬に脳が痺れた人間はどんな残酷なことでもできるようになる。

 更に、エンロン社内のトレーダーたちがこんな会話をゲラゲラ笑いながらしていた一方で、ジェフ・スキリングはカリフォルニアの人々に向かって「世間で言われていることはまったく嘘で、エンロンはカリフォルニアを救うために全力で努力している」などとしかつめらしく言っていたのだ。呆れてものも言えない。アメリカの国民が、もう大企業のCEOが言うことなどまったく信じられないと思うのも無理はない。

(次回へ続く)



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