アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

空飛ぶタイヤ

2012-05-29 23:09:51 | 
『空飛ぶタイヤ(上・下)』 池井戸潤   ☆☆☆☆☆

 『下町ロケット』が大変面白かった池井戸潤の『空飛ぶタイヤ』を週末の読書用に購入、上下巻合わせて1日半で一気読み読了した。いやー、むっちゃおもろい。王道のエンタメであり、掛け値なしの徹夜本であり、圧倒的リーダビリティである。文字通りページを繰る手が止まらなくなる。

 中小企業の経営者が絶体絶命の難題に立ち向かう、戦う相手は傲慢な大企業、というパターンは『下町ロケット』と同じである。ただし『下町ロケット』では前半が大企業との特許をめぐる戦い、後半は部品納入を賭けたチャレンジと話が変化したの対し、こちらは濡れ衣に苦しみながら大企業の隠蔽工作を暴くというプロットで一貫しており、クライマックスでのカタルシスはこっちの方が上かも知れない。

 物語は三菱自動車のリコール隠し事件をベースにしていて、ストーリーは純然たるフィクションであるものの、重工、商事、というグループ企業名やスリー・オーバルというトレードマーク、そして何より官僚より官僚的と言われる体質やエリート意識など、三菱グループを意識して書かれていることは間違いない。走行中のトラックのタイヤが外れ、子供と一緒に散歩中だった若い母親が死ぬという悲劇から物語は始まる。事故原因を調査した自動車メーカーの調査結果は「整備不良」。このトラックの所有者である運送会社の社長、赤松が本作の主人公である。遺族に謝罪に行けば罵倒され、取引先からは契約をキャンセルされ、銀行からは融資を断られ、子供は学校で「お前の父ちゃん人殺し」といじめられる。しまいには子供の学校のPTAでも突き上げをくらってしまう。八方塞がりである。会社はもはや風前の灯火だ。整備はちゃんとしていたんだ、と主張しても誰も聞いてくれない。そんな矢先、彼は週刊誌の記者からある話を耳にする。ホープ自動車のトラックは、似たような事故を他にも起こしているんですよ。これがもし、ホープ自動車が言うような整備不良が原因ではなかったとしたら?

 いやもう、ホープ自動車の社員たちの憎たらしさったらない。あとがきで大沢在昌が指摘しているように、この憎たらしさの自然さリアルさが本書の成功要因の一つであることは間違いない。「こんの野郎、絶対このままじゃ済まさんからな!」という熱い怒りを読者の胸中に掻き立ててやまないのである。最初は、赤松社長がいくら連絡しても無視、または居留守。次に多少まずくなってくると、銀行に手を回して潰しにかかる。赤松運輸のメインバンクはホープ銀行なのだけれども、融資の拒絶は当然、しかもこれまでの融資を全額返済しろと迫ってくる。いわゆる、貸しはがしである。そんな金あるわけない。絶対絶命である。次の給料日までに金策できなければもう倒産、家族・社員含め全員路頭に迷う、というところまで赤松社長は追い詰められる。

 この追い詰められ方のハンパなさも本書を盛り上げる要因の一つで、赤松社長は直情型の陽性の人物だが、その彼が自殺を考えるまで追い詰められる。ちなみに赤松社長は「いかにもオヤジ」なルックスと小説では描写されているが、テレビドラマ版では仲間トオルが演じてイケメンと化しているらしい。

 登場人物の配置もうまく、赤松社長を始めホープ自動車の沢田、銀行の井崎、妻を失った被害者の柚木、週刊誌記者の榎本、そして刑事たちと、多彩なキャラクターたちが動き回って飽きさせない。そしてそれぞれの登場人物たちの思いが収斂していくクライマックスの盛り上がりは、まさに強力無比だ。

 ちなみに私は、地味な脇役ながら、赤松社長をサポートし続けるはるな銀行の進藤課長にしびれた。常に冷静で控えめな彼が、赤松運輸を潰そうとするホープ銀行の田坂支店長に返す言葉は痛烈である。「私にはあなたの気持ちは分かりません。ただひとつ分かっているのは、あなたのような銀行員になってはいけないということです。あなたのような銀行員がいるから、銀行が誤解されるんだ」

 ウェルメイドなエンタメ小説としては最高峰だろう。こういう娯楽作品を予定調和とバカにするのは偏狭というものだ。とにかく読んでごらんなさい。


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