橋本治とナンシー関のいない世界で

「上野駅から夜汽車に乗って」改題
とうとう橋本治までなくなってしまった。
平成終わりの年にさらに改題してリスタート。

薬味の運命

2010-08-31 21:01:34 | 日々のつぶやき
民主党代表選、小沢一郎出馬!楽しみである。
明日の午前中、菅直人、小沢一郎共同会見が行われ、そこで政策については語ると言ってたので、代表選についてはまた明日書くことにしようと思う。
それに、今日は、ツイッターで小沢一郎会見の実況をやり、さらに代表選への意見をつぶやいた。この後、ツイッターの一日のまとめがこのブログ上にアップされると思うので、代表選については、そちらを見てください。私の、現在の代表選への思いがつぶやかれております。

というわけで、ここでは、ふと思ったどーでもいいことを書きます。
まず、この写真を見てください。


うどん食べた後のつゆが残った丼です。
別に何の変哲も無い丼なんですけど、ネギが残ってますよねえ。
これ、皆さんはどうしてますか?

薬味って、麺に絡んできた分だけしか胃袋に治まりませんよね。
こうして残される事が自明のごとくに、ネギは刻まれ、ショウガはすられる。
他の野菜は、全部食べなさいってお母さんに注意されるのに、薬味を全部食べろとは誰も言わない。
そんなこといったら、つゆだって同じなんですが、例えばラーメンスープや麺つゆは、塩分が多いから全部飲むと身体に悪いよといういい訳も成り立ちます。でも、薬味は概して身体にいいものが多いから、全部食べた方がいいんです。なのに、こうして必ず残ってしまう。
そりゃあもちろん、小さく刻むから、麺に絡まない分も出てきます。お箸で一つずつつまむというのも野暮。
でも、いつも気になるんですよねえ。
食べ終わりに近づいて麺が少なくなってきたら、なるべく薬味が麺の上に乗っかるように、麺を引っ掛けたお箸をつゆの中くぐらせてネギを必死で乗っけたり、周りの人に、そういう事やってるのがバレないように、箸を動かしてます。まあ、別にばれてもいいんですけどね。
でも、やっぱりそれで全部は掬えない。いや、もう「救えない」という気持ちが入ってます。

で、普通は適当なところでやめてしまうのですが、今日はなぜか全部救いたくなってしまいました。
こんな暑くて皆死にそうなのに、薬味まで死なすのは忍びない・・・。

当然、麺の上に乗せる技だけでは無理で、上の写真のように麺が無くなってからも、お箸の先に引っ掛けました。
まるで、投げ輪です。引っ掛けるだけならいいんだけど、口に持ってく時が恥ずかしい。
1個、2個ならいいんです。でも、3個目、4個目となると、あの人箸舐めて、何やってんだろうと周囲の人にいぶかられるのではないだろうかと気がきではありません。でも、残りが3つ4つになると、もう、ネギの一粒がネギ男やネギ子に見えてきて、彼らが流しに流されるところを想像するといても立ってもいられなく、救出作業を続けてしまうのです。

これが、かけうどんならあったかいつゆを飲み干す手もあるのですが、残念ながら、これは冷やしのぶっかけで、冷たいつゆを飲み干すのは辛い。そんなわけで、箸で一つ一つ救出した次第。

そして、こちら。


ネギ男とネギ子は無事救出されました。
私の体内で栄養分になってくれたことと思います。

これと同様に、そうめんのときつゆの中に沈んだおろし生姜を、最後についつい箸先で救ってしまうのはやはりお行儀が悪いんでしょうか。それともいさぎが悪いのか。
天つゆに入れた大根おろしも、どうしても流す分が出てきてしまいますが、これって解決法はないんですかね。

世の中には解決法がないものもあるのかなあと思わせられる卑近な一例でありました。

あ、そういえば、つゆの中に七味が残ってた、彼らは救出しなくて・・・。
もういいか・・・。
あまりに暑くて、脳が弱ってきましたので、この辺で。

今日は野菜(831)の日。念願、茄子と茗荷のみそ汁を作る。家飯カテゴリーを作りました

2010-08-31 16:58:30 | 一人暮らしの家飯
昨日、「家飯のすすめ」という記事をアップしたのもあり、今日から「一人暮らしの家飯」というカテゴリーを作りました。一人分でも経済的で、美味しそうな家飯を紹介、っつうか、自分が作ったヤツで美味しそうなのができたらアップしようかなと。
今、貧乏だし、おのずと経済的にならざるを得ないですしね。これまで買いためた食器を駆使して(ってこれも経済価格ですが)なるべく美味しく見せたいと思います。

というわけで、早速ですが、今日8月31日は野菜の日らしいです。
そして、今日も当然のごとくに暑い!
こんなに暑いと、食欲もなくなるもんですが、私が、こんな暑い中でも食べたい!と思えるのがこれです。

「塩むすび&茄子と茗荷のみそ汁」


このまえから、ツイッターで、暑い夏には「塩むすび&茄子と茗荷のみそ汁」だにー!と再三つぶやいておりましたが、今日、やっと作りました!

暑い時は、具無しのおにぎりが断然美味しい。それに梅干し。
梅干しは暑い時の塩分補給にもなって、熱中症対策の友でもあります。
みそ汁も何でもいい訳ではない。この暑気払いには、やはり茄子と茗荷!
あれば、シシトウを入れても涼しげですね。
そして、私は油揚げを入れます。
なるべく薄くて中身が詰まってないヤツが美味しいです。
油と大豆のタンパク質が入るんで、ちょっとコクがでます。

私は、この油揚げは近所の豆腐屋さんで買うと決めています。
そこのは、まさに薄い中身があまり詰まってない油揚なんです。
香ばしくて、ちょっと、甘い感じがします。

夏らしい、夏にも食欲をそそる食べ物の条件は、香ばしい事、ピリッと香味が聞いていること、さらに味が複雑でないこと、野菜が多い事、などが挙げられる気がします。
なんだか、江戸っ子的な食べ物っていうんでしょうか。
さくっと食べられて、ピリッと香味が効いている。
ピリッじゃないけど、ちょっぴり苦いゴーヤのみそ汁なんかもいいかもしれません。

今日の昼は、せっかく野菜の日なので、塩むすびと茄子茗荷のみそ汁以外に、きゅうりと茗荷の塩揉みを作りました。

冷や奴は、みそ汁に入れる油揚と一緒に木綿豆腐を買ってきたので、少し切りました。
豆腐屋さんでお水に浸かってるヤツなので、新鮮で旨い。
塩揉みの横の揚げ物は、スーパーで買ってきた、鳥の立田揚げと鳥のごぼう揚げです。
オーブントースターでちょっこし焙りました。
スーパーのお惣菜も、こうしてちょっとだけ利用するのは便利ですよね。

買ってそのまんま食べるんじゃなく、こうしてあっため直して、ちゃんと食器に盛るっていうのが、一人暮らしの私からすると、大人な感じで、まるでちゃんとした人になった気がします。

でも、ちゃんとしたご飯に見える割には、ガスの火を使ってるのってみそ汁だけなんですよね。時間もかからない。
塩むすびは、広げて塩振った海苔の上に、レンジであっため直した冷凍ご飯を乗せてくるんだだけですから。だいたいいつも3合ご飯炊いて、残りは小分けして冷凍します。
みそ汁は、ご飯解凍あたためしてる間にちょうど完成するくらいです。出汁は顆粒のやつだし、小さい小鍋に一人分しか作らないので、すぐできます。
塩揉みもきゅうりの薄切りの時間入れても5分あれば出来ます。ちなみにこれはきゅうり1本の7分目。残りは台所でそのまま齧って食べました。

材料費は200~300円以下だと思うんですけど、食べ物の見た目も、食器次第でぜんっぜんイケますよね。

味も結構美味しいと思うんですけど、自分的には。
というのも、近所の商店街で買い物をしていると、次第に、何はどこがおいしいと分かってきます。
お肉はどこ、卵はどこ、野菜は、豆腐は、油揚はと、それぞれで自分にとって一番のお店が決まってきます。
今、ちょっと貧乏なので、美味しい魚屋さんには行けないのですが、またお金が入るようになったら、行こうと思います。お刺身は断然、魚屋のが旨い。
というわけで、今日はグラム100円の豚切り落としを300g買ってきました。
ソース焼きそばかお好み焼きかって感じですかね。
そしたらビールですね、やはり!

というわけで、この暑い中、食欲の出る食べ物を求めて、
家飯修行は続きます。

おっと、17時半から小沢一郎が記者会見だって。見なきゃ。




家飯のすすめ 今日はちょっと箸休め

2010-08-30 23:05:56 | 一人暮らしの家飯
このところ、代表選の話ばかりだったので、今日は息抜きで、家ご飯のすすめです。
3月で会社に通う生活が終わり、基本的に家にいます。
食事も、3月まではもっぱら職場で出るお弁当や外食だったのですが、
4月以降は、節約もあるし、基本家飯。

でも、家飯をやってると、人件費って大きいんだなあとつくづく感じます。
お金かけなくても、ちょっと冷蔵庫の中にある野菜を使って、本当に結構なモノができるんですよね。

ちなみに、今日の昼は、野菜天と冷や麦でした。

家族がいる方は当たり前なんでしょうけど、一人暮らしだと揚げ物ってあんまりやらない。なんだか大人になった気分ですよ。大人飯っていうのかなあ。
でも、天ぷら粉使って、油も少量で、後始末も簡単でした。

ところで、家飯をやっていてのもう一つの発見は、肉や魚などのタンパク質メニューが無くても、十分満足するってことです。この野菜天&冷や麦も、炭水化物&野菜のみ。

メインは肉か魚という刷り込みがありますが、あれは育ち盛り食べ盛りのいる家庭の話のような気がしますね。

というわけで、今日は、仕事辞めてこれまでにたまたま写真を撮っていた家飯を、脈絡無く並べてみたいと思います。暇にまかせてジャムとか干物とか作ってますが、どれも簡易な方法で作ってるので、平日働いてても休日にできるなってレベルです。

まず、これ。椎茸の干したのを小さく切ってチップスにし、それをアボカドの梅肉わさびで和えたものです。

能登の宿で食べて、その旨さに感激。自分でも真似てしいたけチップス作ってみました。
お宿では贅沢に「かに足」も乗っかっていたのですが、家飯は質素が肝要。withoutかにです。

これが、チップス制作過程。こーんなお天気のいい日に天日干し。でも湿度が高いとダメです。


特売の生椎茸を買ってきて作ります。

水分が抜けたら、醤油につけて、オーブントースターで軽くあぶり、刻みます。水分があるなと思ったらちょっとフライパンで煎ってもいいかも。チップスは冷凍保存できるので大量に作っとくと便利。
一日家にいるからこそできる技です。夜露に当るとダメになります。


お次はジャムです。これはブルーベリージャム&フレンチトースト。


ジャム作りというと休日に大量に作って、瓶詰めして保存というイメージがありますが、瓶を煮沸消毒したり面倒です。それに、一人暮らしだと、毎日は食べないから余ってしまって、冷蔵庫の肥やし→ゴミになっちゃったりして、かつて一度ジャム作りをして以来、2度目の意欲がわきませんでしたが、ある時、はたと気づきました。
一回分ずつ作ればいいじゃん。
そうなんです、ジャムってコトコト長い事煮るイメージがありますが、この写真のジャムは5分くらいしか煮てません。果物の形が残ったプレザーブスタイルっていうんですか、あれならパン焼きながら、ちょっこし煮ただけで大丈夫なんです。あくまで自己流ですけど。
一回分と思われる果物、ブルーベリーなら20~30粒くらい、冷凍のやつでいいです。イチゴなら5粒くらいかな。ホーローのミルクパンに入れて、砂糖ティースプーン2杯くらい入れて、その上からレモン汁絞って、火にかけとろ火で煮ます。焦げ付かないように混ぜながら。5分くらいだから、鍋についてても大した時間じゃないですよ。
こちらはいちごジャムです。一回に作るのはこの位の量。
あまったら、ラップかけて翌日使います。


ジャムときたら、仕事辞めてから初めて作ったのが、パンケーキ。

ホットケーキは結構作ってたんですけど、ホットケーキはある意味お菓子だから、なんかイベント性があるんですよね。パンケーキの方が日常の食事感がある。毎日仕事に出ていて、料理がある意味イベントでもあった以前の私には、なんとなーく作る機会がなかった感じですね。

そうそう、そういえば、この写真に写っているソーセージは「祝島」の氏本農園で作ってるヤツです。
これがパッケージ。祝島のタコも写ってます。「祝島へ行った その7」参照

これはちょっと贅沢で、4本で1000円。そのかわり保存料はなし。放し飼いの豚ちゃんで作られてます。こんなのをお店で食べたら大変な値段ですよ。
家飯だから、ソーセージ2本が500円でも、パンケーキとサラダ&ジュースで材料費は700円くらいじゃないかと思います。外食したと思えば安いです。

安いと言えば、デザートでしょうか。この暑さの中、家デザートはサイコーです!

左側はペリカンマンゴーにブルーベリーにバニラアイス。マンゴーは特売で一個77円、ブルーベリーも一パック200円くらいの時にまとめ買いして冷凍してあるヤツ。バニラアイスは1年前のですが、アイスって賞味期限無いって聞いてるので大丈夫ですよね!
右側は、ガリガリ君スペシャル!箱入りの小ちゃいガリガリ君を刺してみました。バニラアイスはロッテの「爽」を半分使いました。果物はパイナップルですが、大きいの一玉300円の時に買いました。
旨かったですよー!ガリガリ君付きなんて、子どもはパラダイスですよねえ。
私が喫茶店やったら、このガリガリデザートめにゅーに入れるな。

最後は、このところ、冷や麦とならぶ夏の昼ご飯としてマイブームになってる塩むすびです。

夏は、具無しがさっぱりしていいんですよね。いい米、いい海苔は必須かも。
おいしいお米だと、塩だけで十分美味しい。
写真ではキャベツやきゅうりの浅漬けを作ってますが、これも安くて便利。お店だとちょっこししかついてないけど、自分だと山のように作って大量に食べられます。この写真の倍くらいは一度に食べますね。その倍つくって、翌日の朝も大丈夫。
あと、ちょっと写真はとってないんですが、夏の暑い日、塩結びに合うのが、茄子とミョウガのみそ汁だと思うんですよ。あれば、シシトウと薄めの油揚を少し入れてもいい。
そんで食後にカルピスですよ。もう、く~って感じでしょ。

ちなみに、このおにぎりのお米はこれ。

毎週日曜、近所に行商に来るばあちゃんから買いましたが、3kg1260円だったと思います。米屋で買う普通米くらいの値段ですかね。でも、このお米おいしくて、2kg1200円くらいのコシヒカリに匹敵する気がします。農家直販、精米したてで新鮮というのもあるんでしょうね。

こうして、ここ数ヶ月、家飯をやってきて、家飯をあらために見直しました。
料理の腕なんてあんまり関係ない、簡単なメニューで、こんなに美味い。
やはり、その時食べたいものを。
ジャムとか、デパ地下で1瓶1000円以上のを買うのがアホらしくなってきました。
まあ、そういうのはイベントですよね。

そんであらためて思ったのは、流通経費と人件費って大きいなあということです。
それで経済規模はでかくなるけど、個人商店は疲弊する。
なら、流通経費の少ない、近所の個人商店で買った材料で、自分で作れば、その分のお金はこっちに流れる。さらに、上記のばあちゃんのお米のように、安くて新鮮でおいしいというメリットもあります。
野菜も最近は、近くの商店街の八百屋で買ってマス。一山でいくらなので、安くても以前は腐らせたり罪な事をしてましたが、今はだいたい使い切れます。だから安い安い。
書くと長くなるけれど、お肉も個人商店の切り立てのほうが絶対美味いよ。
会社勤めの方は、休日に買って、残ったら冷凍すればいいんですよ。
やっぱ、地元商店街でお買い物して自炊ですな。

グルメをブランドで買うんじゃなくて、自分の舌で決める。
まあ、自己判断なので、他の人に食べさせたら「ん??」てこともあるんでしょうけど、家飯だからいいんじゃないでしょうかね。自己満足で。

あと、家飯することで、外食のコストパフォーマンスにも厳しくなった気がします。
高いなら高いなりの正当な味とセンスを要求したくなるというか。
そういう意味で、最初に写真「しいたけチップのせアボカド」を出してくれた能登の宿の料理は賞賛に値します(ちょっと田中康夫みたいな言い方だな)。それに、ここの宿は、1泊2食つきで16000円と決して高くないのです。

いずれお金が入ってきたら(そうならないと困るけど)、素晴らしい料理人の凄い腕も堪能してみたいけれど、今の私にとっての外食は、コミュニケーションですね。友人とわいわいおしゃべりしながらご飯する場。アメ横の大統領とかお気に入りです。

そういう意味で、以下の写真にある、ベトナムの屋台は、外食と家飯のよさを兼ねるとっても楽しい食事の場でした。3年前の写真です。
この3年でどう変わっているかはわかりませんが、ベトナムでは、町中も町中繁華街の歩道上で、こんな感じの、食べ物の屋台をやっている人がいっぱいいました。小さい炭火を持ってきて、この鉄板の下に置いてあるんですねたしか。にしても、ここホーチミンの目抜き通りのビルの下なんですよ。


米粉でつくったスティック餅みたいなヤツを鉄板でジュウジュウ。卵を一個割り入れます。
そこに、こうした野菜の薬味いっぱいの甘酢をかけて食べるのですが、これがめちゃ美味かった。ベトナムで食べたものの中でも、3本の指に入りますね。雰囲気もあるのかもしれないけど。


日本だとこうした屋台は、お祭りのイベント的なところがありますが、ベトナムでは家族の夕食もこうした屋台で住ます事が日常のようで、こうして子どもとお母さんが一緒に食べにきております。


外食っていっても、まだまだ日本のような外食産業ではなくて、ご覧の通りに個人の超々零細営業。
家飯と外食のイベント性がいっしょに楽しめる感じです。
ほんとにみんな楽しそうに食事をしていて、私も交じって一緒に食べさせてもらいました。
カメラを向けたら、こんないい顔をしてくれた男の子。今どうしてるかなあ。



またベトナム行きたいっす!
家飯からベトナム飯に飛んじゃった。
でもね、ご飯は質素が基本だとつくづく感じているここ数ヶ月です。

ライブドアブログ奨学金応募しました

2010-08-30 04:42:39 | ツイッターで仕事辞めました~その後
プロフィールのところに書いていますが、取材資金のために、というか今となっては書く事で生きて行くための資金と言ったほうがいいですが、先日ライブドアブログ奨学金に応募しました。
26日が締め切りでした。現在結果待ちです。
主催者側も応募のあった各ブログを読んでる頃でしょうから、今日はブログ奨学金の応募をテーマにしてみました。

特待生になれば、1年間に300万円と技術サポートが得られるということですが、一体どのくらいの応募があったんでしょう。「書く人になれ」という募集のキャッチがついていますが、実際のところ、今の日本で、人気ブログの著者というのは、他に専門職を持つ人がほとんどで、職業作家やライターという人の人気ブログをあまり知りません。
ましてや、本職がブロガーなんて人は、日本ではまだいないんではないでしょうか。あ、きっこがいるか。でも、きっこも情報源はほかにあるって言われてますしね。

で、専門職も無い、活字の仕事もこれまでやった事が無い私が(テレビのナレーションは書いてましたけどね)、募集フォームの「奨学金をもらったら何がやりたいか」の欄に何を書いたか。

ずうずうしくも、大橋歩さんが作ってた「アルネ」のような、自分の興味で作る雑誌の電子版みたいなブログを作りたいって書いちゃいました(汗)。

もちろん、私は、連日政治ネタをつぶやいてるようなヤツだし、大橋さんほどのセンスもおしゃれ人脈もない。でも、洋服好きだし、手仕事のよさも伝えたい。日本の住環境も良くしたい。知識無い分は取材でカバー。センス無い分はへんてこりんな切り口で補う。総理大臣のファッションから政策を考える!硬いとか柔らかいとかネタに区別は無い!ってなんだかラップみたくなっちゃいましたが、とにかく、本当は繋がっているはずの「暮らしの中の美しさや幸せ」と「政治や社会問題」がいっしょごっちゃに載ってるサイトを作りたいと訴えたのでした。
全てのテーマは自分というものの中で無意識に繋がってるし、多分、それは私以外の人の中でも同じだと思うのです。

ファッションショーを見ていて、人間の生き方や、政治の哲学に思いを馳せる事もあれば、おにぎりの具に、独立自尊を見たり、挙党一致を考えさせられることもあります(多分)。どんな人にも衣食住はあり、遊もあり、そんな私たちはみんな社会に生きていて、政治の恩恵にあずかっている。被害にもあってますけどね。

異なる様々な経験から無意識に受け取った印象が、その人の価値観を形成して行きます。

このブログのタイトル「What is value?価値って・・」は、モノの価値とは何だろうという他に、今、私がもっている価値観はこれまでどういったものを見聞きし体験してきたことで形成されたのだろうという思いからつけています。

現在アラフォーの私。分かりやすいところでは、YMO、橋本治、ナンシー関の影響を受け、大学時代はバブル期でしたが、ボーイッシュなルックスのため、ワンレンボディコンなどは遠い世界でした、などなど、読んだり見たりしたものから、自分を取り囲む時代的要素や経済的環境など様々な要素が自分の価値観を形作っています。

じゃあ逆に、そうして作られた私の価値観で、今の世の中に溢れる様々な森羅万象を斬ったらどうなるか。
新しく作るブログは、言ってみれば、私という人間の体験を通して「価値とは何か」を考える一人メディアです。
心地よい住とは何か?着心地とは何か?美しいとは何か?美味しいとは何か?
将来、ブログタイトルはリニューアルするかもしれませんが、「What is value?価値って?」という現在のタイトルは、ブログの通奏低音として流れる思想として引き継ぐつもりです。

そうして考える中から、また別の新しい価値観が見えてくるといいなあなんて思います。

思いますっていっても、まだ奨学金もらってライブドアブログに移れるかどうかなどわかりません。半月後には、落選して、今年は年が越せないと焦ってるかもしれません。
でも、奨学金をもらえようがもらえまいが、やりたい事が変わる訳でもない。
もちろん、経済的な事情やいろんなタイミングやなんやかやで、1年後の私がどんなことをやっているかはわかりませんが、テレビの仕事を20年やってきて、それしかやった事の無い私にできる事と言ったら「見聞きして」「伝える」ことだけです。
だから是非とも特待生になって「技術サポート」も欲しいんですけどね。自分だけじゃ、サイト構築は無理だー。

なんか、夜中に文章を書くと、ついついキレイゴトになってしまいます。
それに「一人メディア」なんて、よっぽどその一人の個性が際立ってないとできないことだと、書いた後になって気付いちゃってます。お恥ずかしい限りです。
でも、私一人が食ってくだけなら、お客さんもマスメディアほど沢山集めなくてもいいんじゃないかなどと甘い事も考えています。やっぱ、甘いな・・・。今日も、週刊モーニングの本谷有希子氏のコラムを読みながら、これがプロだよねえと感心しておりました。「慎吾ちゃんの闇」は私も気になっていたんです、是非とも的確な言葉で表現してください。

話が逸れました。
夜中はついキレイゴトになると書きました。
私の場合、「価値とは何か?」とか言ってるけど、単に自分の趣味や喜怒哀楽を垂れ流すだけだったりします。垂れ流すだけでは芸が無いので、なんとか面白がっていただけるように、足掻いてみたいと思います。

深夜は夢見がちなので、多分この文章も朝まで寝かせて読み返してからアップした方がいいのだけれど、今日はあえてこのままアップしてみます。やばい、寝ねむねむです。

今後とも当ブログ、何卒よろしくお願いいたします。
こっそり投稿しよ・・。




「というわけで、代表選やめました」っていうのがいいんじゃない??

2010-08-29 19:56:53 | 国内情勢
前回、代表選は政局報道でなく政策を語れと書いたけど、これじゃあ、代表選を勧めているように見えてしまうなあと思い、ちょっとお断りをすることにした。先日、ツイッターでもこうつぶやいている。

これは、ニュースの真相で原口総務相が、決裂を懸念してたのを聞いてつぶやいたものだ。
(8月28日14:22)
@kharaguchi ニュースの真相再放送今頃見てます。菅さんと小沢さん手をつなげ!大賛成。決裂して何のいいことがあるのでしょうか?政界再編によって生まれる政権はなんだかそんなにいいもののように思えない。その先のことを考えているのか疑問です。
(ツイッターここまで)

このまま、菅さんが脱小沢を掲げたまま対決姿勢で代表選を迎えたら、民主党が分裂の危機にひんするのは目に見えている。
昨日の新聞には、小沢さんが代表選で勝った場合、自分は総理にならないで、野党から総理を出すという餌で連立するかも、なんて話もまことしやかに書かれていた。野党では、「小沢勝利で政界再編か大連立だ、与党復帰も遠くはない」なんて声ももれてるらしい。なんだよそれ。
あんまりにも国民をバカにしてませんこと?

小沢さんが本当にそう考えているとしたらげんなりなんだが、新聞記事からは、いかにも、新進党時代の(分裂の)ことをダブらせようとする意図が感じられるので、とりあえず、今は話半分に聞いておいた方がいいと思う。
それにしても、マスメディアって、そんなに政界再編して欲しいのだろうか??なんでそんなに政界再編して欲しいのか(して欲しいと思ってるかはわからないけど、そう見えるんだもんな・・)。

そんなに政界再編して欲しいんだったら、例えば、政界再編したらどういう政権が生まれる可能性があるのかとか、分析してニュースでやって欲しいよ。
かたや、集団的自衛権の行使や核武装まで実現だとか言い兼ねない人たちの集団ができちゃったり、この格差の広がった時代に、小泉流市場原理主義を唱える人たちが再度集結してきて大きな勢力になっちゃったりしないのかね????
党の中で意見がバラバラでダメだとかいうけど、バラバラにしといた方がいいこともあるのではないかという気がするのだが・・。

一方、当事者である民主党の中もよくわからない。
小沢さんが幹事長になると、菅さんや仙石さんは、そんなにやろうとしていることが出来なくなってしまうのだろうか?
今だって、官僚に押されて、やろうとしていることどんどん出来なくなってるというのに。それだったら、まだ小沢さんと手を組んで、政治主導を目指した方がいいと思うのだが、どうなんだろう・・・・。
以前、仙石さんは小沢さんから完全に干された事があるから、今回もそれを懸念しているとか書いてるところもあるけれど、今もそうなの?私は現場を取材した事がないから想像でしかものが言えない。記者の人たち、今はどうなんですか??今を教えてくださいよーと思うのだが、メディアに載る記事は、「かつてこんなことがあったから、今回もこうなんじゃないの」ばかりだ。

一般的には、「政治と金」問題での小沢さんへの世論の風当たりは、私が考えているより大きいのだろうし、小沢さんと手を組む事への菅さんの懸念も分からなくはない。とはいえ、このまま対決して分裂するのもどうかと思う。

小沢さんも、口べただとか言ってないで、説明が必要だ。
しかしジレンマもある。

小沢さんを擁護する人たちは、幹事長時代の党の幹事長会見では、小沢さんはきちんと説明していたと主張する。私も政治資金規正法では起訴できないということはわかった。しかし世の中は、ぶっちゃけ、政治資金規正法とかどうでもいいと思ってるみたいに見える。「そのさらに向こうに収賄めいたものがあるんでしょ」って思って、そっちの説明を求めているような気がするのだ。実際そっちは今現在問題になってるわけじゃないし、法治国家としてそれはおかしいと思うんだけど、メディアの報道も、おのずと、そうした世の中の思いを代弁するような論調となっていない?
結局、小沢さんが会見開いても、記者たちは、自分たちの書いた青図に沿った答えじゃないと納得してくれないのではないかと思わせるような論調だ。
検察が証拠を上げられないのならば、メディアが独自取材して証拠を上げればいいのにねえ。

私自身、小沢さんがどれほどお金に汚いのか、それとも実はそうじゃないのかは分からない。だから、政治と金に関しては、ほかに怪しいと言われる人もいっぱいいる中で、確実な証拠もないのに、小沢一郎のそればかりが騒がれて政治が膠着してしまうのもどうかと思う。
小沢さんが(も参加してかな)政権交代という大仕事をやってる間に、検察はふんどし占め直して証拠探しするっていうのではいけないの?
そんで、誰が見ても確実な証拠が取れたら、捕まえりゃいいじゃん。取れなかったらそれはそれ。だめなの、それじゃあ?

というわけで、小沢さんも、代表選に出るというのなら、今日の東京新聞で山口二郎北大教授も言ってるように、「なぜ自分が立たねばならないのか、権力を取った暁には何をやりたいのか」をはっきり国民に訴えるべきだ。つまり、自分のやりたいことが、今の日本のピンチをどう救うのかということだ。短期的なことでなくてもよい、長期的な希望を示すだけでも空気は変わると思う。
もう口べたとか言ってる場合じゃない。
わかりやすい言葉で、池上さんとかブレーンにつけてもいいからさw、全身全霊混めて国民に政策と、その意味を語ってくださいよ。

そして、それは菅さんも同じ事だ。これだけ国民の不信が高まり、菅さんってそんな人だったの?という落胆が日本中を覆っている。でも、まだ判断するには早すぎる。菅さんが本当にそんな人だったのか、実は今、ちょっと弱気になってるだけなのか、ちゃんとここらで見せてくださいよ。

今回の大騒ぎが意味を持つとしたらそれしか無い。
小沢、菅、両者が、本音で国民に訴えることだ。

そんで、私が希望するのは、二人が語り尽くしたところで、国民も納得したところで、

「というわけで、やっぱり代表選やるのやめました。仲良く挙党一致です。」と国民に宣言する事だ。

ただ、これは普通にやったら反発を食らうこと必至。
あくまでも、2人が国民に向かって捨て身で、自分たちが本気で信じる政策に理解を求め、献身的に語りかけた場合にのみ有効なんじゃないかなあ。
変な世論調査とかに気を取られちゃうと失敗する方法だ。

だから、この際メディアも注目してるから、それを逆利用して、これまでの混乱の弁明でも何でもいいからして、その後悔の中から生まれた、日本を再建する決意をマスメディアを通して、バンバン語って欲しいです。
政局的な記者の質問なんて無視して、政策論ばかり独り言みたいにしゃべり続けたらどうでしょう。質問と答えが全然違うとか返ってかっこ良くないか。
まあ、メディアは頭おかしいとか言うんだろうけど、頭がおかしいくらいじゃないと、今の日本の難局は乗り越えられないんじゃないかとも思いますから。
ピース!!

小沢一郎立候補らしい!「民主党代表選を政局で語るな!」に追記 「ぶら下がり」について

2010-08-26 08:30:47 | 国内情勢
民主党代表選。今、小沢さんが立候補する意志を鳩山さんに伝えたとNHKが速報を打ちました。さあ、はじまるぞって感じですね。

というわけで、前回書いた代表選についての文章にちょっと補足をさせてください。
「民主党代表選を政局で語るな!政策論に注目~ビデオニュース・マル激に鳩山前首相登場!必見」
に、鳩山さんが記者会見開くと言ったときのことを鳩山さんの言葉の引用で紹介しました。
 鳩山「私どもがホントは記者会見を開きますよってやりたいんだけれども、
    記者会見を開く開かないか、場所を決めるのも、ましてや人間を決めるのも、
    自分たち記者クラブの権利なんですよって、いうふうに彼らは思ってた訳ですよね。」

ちょっと説明が不十分かと思ったので追記します。

このあとの文章で、私は、「あくまでも鳩山さんの言だが、これって、総理が会見開きたいので集まって欲しいと言ったけどダメだったっていう意味なのだろうか???」と書いていますが、やはりそれは現実的に考えてもないですよね。

これは、鳩山さんがいわゆる「ぶら下がり」取材を止めて、時々「記者会見」を開きたいと言ったために、クラブ側は「ぶら下がりを止める」の方に反発したということですね。ぶら下がりも記者会見も両方やるならどっちも出るんでしょう。
朝夕の「ぶら下がり」というのは、昼ニュースと夜ニュースで使えますし、毎日やりますから、メディアに取っては毎日首相のコメントがとれる便利なものなんですね。
でも、ぶら下がられる側からしたら、バラバラ質問投げかけられるだけで、落ち着いて説明したい事もできないから、止めたいと言う気持ちも分かります。
あれって、考えてみたら、小泉さんが始めたもので、その前の首相はやってなかったんですよね。小泉さんみたいなワンフレーズポリティックスの得意な人には便利な仕組みだったんだと思います。

総理にこうして話を聞ける場が多いのは、私も悪いとは思わないのですが、最近のように、言葉の端々を切り取って断片的に報じると、かえって普天間問題のように、物事を混乱させる原因を作っているようにも見え、またあの形態も、煽られるみたいで落ち着いて話せないような環境だし、私も「ぶら下がり」というものには疑問です。

週一か週二くらいで、記者クラブ主催で総理会見を開くという訳にはいかないんですかね。官房長官は毎日会見するんだから。

昨今のメディアの報道は、何にでも、考える前にすぐに反応する、パブロフの犬みたいです。
総理の会見も一週間の事柄を週末にまとめて聞くくらいでいいのじゃないでしょうか。その方がメディアの方も条件反射みたいな質問にならず、問題の本質を一度じっくり考えて、いい質問ができるんじゃないかと思います。

中には、こうした頻繁なメディアへの露出を利用する政治家もいるし、今主流となっている、取材対象者の言葉を一言切り取って使うスタイル(「音」を使うと言いますが)も、もう少し引いた目線で見た方がいいかなと思います。

これから過熱すると思われる代表選についての報道。見る側も一歩引いた目線で見たいものです。

民主党代表選を政局で語るな!政策論に注目~ビデオニュース・マル激に鳩山前首相登場!必見~

2010-08-24 13:24:57 | 国内情勢
もう、政治の話ばかりしたくないんだけど、今日も政治の話だ。
だってさ、日経平均一時9000円割れ、円高も続く。どーすんだろ。
で、民主党の代表選まであと3週間ほどなんだが、なんかテレビ見ても票読みみたいな報道しかしてなくて、脱力。

「代表選」って、いまだ野党の党首選ぶ選挙だと錯覚して無い?
50年以上、総裁=総理だったからなあ・・。なかなか世の中の先入観を変えるのも難しい訳だ。
でも当然のごとく実質次の総理を選ぶ選挙。つまり日本を託す人を選ぶ選挙。

ボロボロの経済ばかりじゃない、100歳以上の高齢者は行方不明で、子どもも虐待死している日本は社会もボロボロ。
バブルの「♪想い出ボロボロ~こぼれるから~、寝返り~うって夢ん中~♪」だ。
なのに、菅さんは、どんどん政権交代時のマニフェストを後退させてるように見えるし、他に政治主導を強く押し進めてくれそうな人材も見当たらないし、自民党と連立なんて論外で、ちょい悪政党(みんなの党のことです)もいや。日本一体どうすんのよ!!!と、今後の収入の見込みさえついていない自分のこと以上に、国のことが心配になる(あ、言い過ぎ。やはり自分のことのほうが心配)。

そんな中、先週末の神保哲生氏のビデオニュースに鳩山前首相が登場した。
テーマは、代表選ではなくて、「私のやろうとしたことは間違っていなかった」。
自分がやろうとした事とは何か、そしてそれを「阻んだもの」について、1時間15分に渡って語った。実は、この鳩山さんが総理として「やろうとしたこと」そして「それを阻んだもの」こそ、代表選を前に、今最も知るべき事ではないかと思う。
この「やろうとしたこと」は政権交代時には、鳩山さんだけでなく、民主党の政権公約であったのだ。

次の代表選は、この「やりたかったことを阻んだもの」と再び対峙し「やりたかった事をやり通せる」代表を選ぶことが求められる重要な政治の岐路だと思う。

私はそもそも鳩山政権時代の小鳩体制に反対ではない。むしろ応援していた。
09年のマニフェスト、政策集には期待するものもあった。
つまり、上記の「やろうとしたこと」を支持していた。
普天間問題の右往左往も、メディアのつまらない先回り報道が、不必要に状況をかき回したと思っている。メディア&官僚の勝利というんですかね。
お前は沖縄県民とアメリカ、どっちの味方やねん!
まあ、そういうと、敵味方の問題ではない。日本全体の国益と安全保障を考えると・・とか言われちゃうんだろうけどね。

そもそも、私がテレビのニュース番組のディレクターを辞めたのは、日々のこうした報道がおかしいと思っていて、そこに加担するのが嫌になったというのが大きな理由の一つでもある。マニフェストに期待して、その新しい時代に向けた政策を、視聴者に伝え浸透させることで、民主党の尻を叩きたかったのに・・。

極端な事言えば、鳩山さんがもうちょっと官僚に抵抗してくれていれば、私もこんな無謀な形で仕事を辞めなかったかもしれない(笑)。いや、やっぱり辞めていたような気はするけど、それでも、鳩山さんが「やろうと思ってやれなかった」原因を作った戦犯は、ある意味、私が仕事やめるきっかけを作った戦犯でもあるわけで、もうこれは、ブログでも書かなきゃ!と思って、メモをとりながら見てしまったワケだ。

今回、ビデオニュースで鳩山、神保、宮台3氏によって語られた内容は、来る民主党の代表選だけでなく、その後の日本のあり方を考える上でも、かなり重要なポイントを語っていたと思う。
ただ、このビデオニュースは有料なので、是非とも会員登録されて有料配信で全編ご確認ください。月500円で毎週配信ですから。

というわけで、ビデオニュースの感想だが、
やはり、鳩山さん、かなりマスメディアと官僚、特にマスメディアに対しては、マジ怒ってた。はっきり言って、鳩山さんが「やろうとしたことを阻んだのは」官僚とマスメディアだ。もちろん、それを乗り越える事のできなかった「自らのパワーのなさ」も原因のひとつだと、鳩山さん自身も語っている。

神保さんは政権交代直前、民主党マニフェストの本を出し、宮台さんも民主党のブレーンをやっていることもあって、鳩山政権発足時に掲げたマニフェストに関しては、利害というか、志は結構近いところにある。
記者会見の解放(記者クラブ問題)にしても、友愛にもとづく地域の再生にしても。なので、話はおのずと、変化を妨げようとする官僚や、政策やマニフェストを正しく伝えないマスコミの批判になった。

普天間問題で沖縄に行きたいのに行かせてくれないとか、
ちょっと空き時間が出来たと思ったら、秘書官が入れ替わり立ち替わりご説明にきて、自分の頭の中の考えを変えさせようとして一日が終わるとか。
また、与党としての経験不足が言われたけれど、逆に経験ができると、行政と仲良くなって取り込まれる可能性があるとか。
これって岡田さんや北澤さん、さらには菅さんを多分牽制してんだろうなあ。
官邸に大臣席つくって各省庁から囲い込めばよかったとも言っていた。

記者クラブ問題は、さらにヒートアップ。
なんか、語気が違うんだよな。官邸の会見解放については、官僚も協力してくれたと官僚をちょっと擁護する一方で、あくまで記者クラブが最後までごねた事を批難してた(その後、3月には結局解放)。

記者会見については、いわゆる午前と夕方の「ぶら下がり」をやめて、時間をとって記者会見を開きたいと主張したが・・・

鳩山「記者クラブと官僚の抵抗がものすごかった。
   官僚は開こうと努力してくれたが、あまり記者クラブの人を怒らせると、
   それが結果として鳩山に響くだろうと、
   メディアを敵に回してヒドくなるだろうと言う配慮が官僚の中にはあった。
   最後松野さんたちが努力してやってくれたが。メディアの抵抗はきびしかった。
   既得権を持ってるメディアは、記者会見を開くのも俺たちの権利だって話でしょ。
   私どもがホントは記者会見を開きますよってやりたいんだけれども、
   記者会見を開く開かないか、場所を決めるのも、ましてや人間を決めるのも、
   自分たち記者クラブの権利なんですよって、いうふうに彼らは思ってた訳ですよね。
   今でも思ってんでしょ。だから中々開かれなかった。
   その発想自体がおかしいと思うんですよね。記者会見やるのは我々の側ですからね。」

あくまでも鳩山さんの言だが、これって、総理が会見開きたいので集まって欲しいと言ったけどダメだったっていう意味なのだろうか???

記者クラブって、確かに、権力が説明責任を逃れようとする時、みんなでタッグを組んで、説明しろ、会見を開けと詰め寄るための組織だったりするのだけど、総理が国民に説明したいって時まで、それを拒むのだろうか。
権力者のプロパガンダに協力することはないって姿勢なのか???
確かにヒトラーみたいな独裁者が戦意高揚のため国民に呼びかけるというなら拒めば良いけど。
それは時と場合じゃないのだろうか。今みたいに、新しい政府の方針、それもこれまでとはガラリと変わる政府の方針を国民に理解してもらうために説明したいというのだから、それはメディアも政府に協力すべきではないのか。そして、おかしなところがあれば、それは批判すれば良い。
もし、記者クラブが記者会見を開く権利があると言うなら、権力者に説明を求める基準とは何かが重要になってくる。記者クラブが聞きたくない事は聞かないし、聞きたい事は聞くってことになってしまう恐れだって無くはない。

別に総理が会見を開きたいならば勝手にいくらでも開ける。しかし、それを広く国民に伝えるのはマスメディアだ。マスメディアが黙殺すれば、会見は行われなかったに等しい。もちろんネットもあるがその影響力はいまだ雲泥のさがあるのは事実。
それこそ、マスメディアの方が目に見えない権力を持っているということだ。
今や、第4の権力が、実はもっとも絶大な力を持っているともいえる。

そして、そんなマスメディアの報道で問題なのは(これは番組でも指摘されていたが)、政局報道ばかりで、ちっとも政策について報じないことだ。今回の代表選だって票読みばかりしている。
記者会見での大手メディアの質問も、政局がらみがほとんどだ。

子ども手当や消費税など、一見政策について質問しているようにも見えるが、それは、「ばらまきだ!」とか「財源はどうする」など最初から批判するためだけの質問で、それらの政策がそもそもどういった内容で、どのような形で世の中に資するのか、もしくはそうではないのかということについて政府に説明を求め、自らの媒体で解説しようとするメディアは数少ない。

解説するにしてもーーこれは宮台氏が指摘していた事で、実はこれがもっとも重要なポイントだと思うのだがーー全て「再配分(ばらまき)vs市場原理(もしくは自助努力)」の二項対立を基準に判断し、別のオプションに思いを馳せない。
すでにこんな単純な基準で政策を論じる先進国など無いのに、日本のマスコミはいつもこの基準でのみ政策をぶった斬る思考停止状態。勉強不足!と番組でも一刀両断していた。

先進国では、もはや市場原理と再分配の考えだけでは、国家の危機は乗り越えられないことは自明で、特にヨーロッパでは、20年以上前から、「地域やコミュニティの相互扶助」など、「財政」による問題解決(平たく言えばお金で問題解決する事)という発想とは別の方策が模索されているという。

そういう意味で、民主党がマニフェストで掲げた「新しい公共」や「地域主権・地方の再生」は、今後の日本のあり方として取るべき方向だと思う。しかし、マスメディアはちっとも伝えようとしない。
これについては鳩山さんも怒っていたが、私も共感する。

去年の夏、政権交代前夜。私の職場のデスクの上にあった民主党マニフェストと政策集の束。そこには、「コンクリートから人へ」の「人へ」の部分である具体的政策、例えばNPOなどの民間を活用した地域再生、学校の空き教室を利用した保育所増設なども書かれていた。
そういうマニフェストに私はほのかな期待を抱いていた。しかし、『子ども手当の財源は?』「ばらまきじゃないか?」という事ばかりが報じられ、ほとんどそうした具体策は国民に伝わらなかったと思う。
政権交代してからも、「財源は?」という突っ込みばかり。

そうした中で、高齢者行方不明事件や、幼児虐待など、日本の社会のほころびがあらわになる事件が次々に発覚する。
日本社会はもはや「財政」とか「市場原理」など、お金だけでは解決できない問題が山積しているのだ。

今の民主党を見ていると、応援するのも萎えるのだが、この2009年のマニフェストと政策集は再度一読する価値はあると思う。
より抽象的なマニフェストよりも、ところどころに具体策が盛り込まれた政策集の方がいいかもしれない。
これが少しずつでも実現して行くなら、日本は再生できると思わせてくれる。

なぜ、民主党の政策はこの政策集からだんだんに遠ざかり始めているのか。
そこを考えてみるべきだ。
どんな圧力が政府にかかり、かつてのマニフェストの実現を阻んでいるのか?

今回指摘された官僚やマスメディアだけではないだろう。
政権交代後、新政府が行おうとする変化を拒んでいるのは、これまで様々な利権に浴してきた既得権を持つものではないだろうか。

そして、今世の中で問題にされる様々な「格差」の縮小は、世代間にしても正規と非正規にしても、この既得権を広く解放できるかどうかにかかっているともいえる。
いわゆる規制緩和だ。限られたパイをより多くの人で奪い合うような、例えばタクシー運転手を増やすような類いの規制緩和ではない。
電力の自由化とか、これまで一握りの人が握ってきた法外に大きな利益を、より多くの人で分け合えるようにしようという規制緩和だ。
電力の自由化は、今喫緊の課題である、代替エネルギーへの転換も促す絶対的に必要な施策のはずだ。

日本はピンチを迎えている。
そんな中で、次の総理を選ぶ民主党代表選の重要さは、政権交代にも匹敵するかもしれない。

もちろん、菅さん続投でもいいわけだが、もはや問題は、誰が総理になればいいという話を超えている。
菅さんでも、小沢さんでも、他の誰であっても、政権交代によって自分たちが何を目指していたのかをいま一度思い出し、目先の批判や、よく考えずにマスメディアに煽られて批判する人には、腰を据えて説得を行い、今の日本に本当に必要な政策を推し進めてほしい。

このビデオニュースの中では、民主党結党時の基本理念がフリップで示された。
基本理念は以下の通りだ。

1) 透明・公平・公正なルールにもとづく社会をめざします。

2) 経済社会においては市場原理を徹底する一方で、
  あらゆる人々に安心・安全を保障し、
  公平な機会の均等を保障する、共生社会の実現をめざしま

3) 中央集権的な政府を「市民へ・市場へ・地方へ」との視点で
  分権社会へ再構築し、共同参画社会をめざします。

4) 「国民主権・基本的人権の尊重・平和主義」という
  憲法の基本精神をさらに具現化します。

5) 地球社会の一員として、自立と共生の友愛精神に基づいた
  国際関係を確立し、信頼される国をめざします。

 (私たちの基本理念~自由で安心な社会の実現をめざして~
  1998年4月27日民主党統一第一回大会決定より)

今日本が直面している問題の本質も見ずに、ただ上面でワイワイ騒いでいるだけのマスコミやそれに引きずられる世論、そして政治家自身。

今回の代表選をただの政局にしてはいけない。この機会に、あらためて政策議論を活発に行い、民主党自身が、自らの足下を考え直す契機にしてほしい。

なんとなく、私が鳩山さんを応援してるように見えるかもしれません。
基本的には応援してるんですけど、彼も推進の姿勢を見せている原発推進策だけは納得行きません。友愛と言うならば、それにふさわしいグリーンエネルギーの推進を掲げるべきです。そういう意味では、民主、国民、社民の連立って私的にはいいと思ってたんだけどなあ・・・。

というわけで、その辺の具体的政策については、次回書きますが、
民主党の2009マニフェスト&政策集および2010年のマニフェストを見てみてください。
「民主党マニフェスト2010」
「民主党マニフェスト2009」
「民主党政策集INDEX2009」

あと、ビデオニュースも登録して、番組見てみてください。
「ビデオニュース・ドットコム」のサイト

あと、8月26日にこの記事の追記があるのでご確認いただけるとありがたいです。

民主党が約束する99の政策で日本はどう変わるか?
神保 哲生
ダイヤモンド社

このアイテムの詳細を見る

民主主義が一度もなかった国・日本 (幻冬舎新書)
宮台 真司,福山 哲郎
幻冬舎

このアイテムの詳細を見る

謎。英語公用語化した楽天の社内はどうなってんの?

2010-08-22 20:16:13 | 国内情勢
鳩山前総理がゲストというので、神保哲生さんとこのビデオニュースマル激トークオンデマンドを見ていたら、そのニュースコメントの余談として、こんな話をしていた。鳩山さんの話は別で書くとして、この話もメモっときたい。

楽天の英語公用語化のこぼれ話だ。

先日行われた第2四半期の決算発表の会場での事。
取材記者が、エレベーターで会場に案内してもらっていた時、案内してくれた楽天社員に、記者が日本語で話しかけたところ、「・・・・・」返事が返ってこない。変に思って、「もしかして英語しか話してはだめなんですか」と聞くと「YES」と返ってきたという。

私はツイッター上ですぐさま、この話について「これホント?」とつぶやいたところ、「本当らしいです」とのリプライが。
そこで、その情報源を問うたところ、以下のリンクを教えてくれた。
日刊ゲンダイに掲載された記事がネタ元のようだ。

楽天 英語決算発表の大笑い ゲンダイネット

記事によれば、正確には、「『YES』と言った」、ではなく、「頭を大きく上下に降りうなずいた」なのだが、どちらにしても英語以外はだめで、なんと、外から来たお客さんに対しても英語以外でしゃべっちゃいけないようなのだ。
英語しゃべれないもんは来るなってことかと思ってしまうよねこれじゃあ。

ところで、三木谷社長は「英語だけの強制的な環境を作っています。1年から1年半で、全員が流暢(りゅうちょう)な英語を話せるようになりますよ。私は楽観的に考えてます」(もちろん英語)と満足げな顔を見せていたらしいが、これじゃあ、タモリ、たけし、さんまのお笑いビッグ3の英語禁止ゴルフの逆版だ。ビッグ3ゴルフは、英語のゴルフ用語を使って突っ込まれれば突っ込まれるほど、番組は面白くなるが、楽天では、その度に査定でも下がるのだろうか。
2年後英語のできない執行役員はクビっていうんだもんな。

にしても、さっきのエレベーター内にいた別の社員は「こちらからは何も申し上げられないことになっているんです……」とボソボソと返すばかりだっていうし、社内の英語の出来ない社員同士のコミュニケーションはどうやってんだろう?
筆談?筆談も英語のみ?謎は深まるばかりだ。

現在、楽天には、「英語は話せないが優秀な社員」というのはいないのだろうか?
そうした日本語オンリーの優秀な社員は、業務に役に立つ彼らの知識やスキルをどのように発揮しているのだろうか?

New Boss「Ms.Yuri,What do you think about this issue?」
ゆり「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
  (その企画ヤバいす、なんどもクライアントからダメだし食らってんのに、
   ○○さんがそれ隠して、つらだけ直して再提出してるだけっす、
   ってどう言うの???)

ねえ、どう伝えてんだろう?
それに、英語習得に時間をとられた結果、本来の業務が疎かになってしまうということはないの?

楽天社員の方で、このブログを読んでいる方がいたら、ぜひコメント欄ででもいいので教えて欲しい。もしくはプロフィール欄にある私のメルアドにメールいただいても良いです。よろしくお願いします。

この楽天のエピソードを知った当のビデオニュースでは、神保、宮台両氏が、3年で全社員英語がしゃべれるようになるなんてありえないでしょ、と言った上で、英語公用語化というのはコストがかかりすぎると批判していた。少数精鋭で海外部門とかにしぼってやったほうがいいんではないということ。これからITの時代だから全員にプログラミング教えるコストを払うかということを引き合いに出していた。

私もそう思います。

英語の能力が高くても、必ずしも楽天の本来業務の能力が高いかどうかはまた別の話だ。
歌の上手な人が走るのも速いかというと、そこに関連性はないのと同じ。
せっかく、楽天の(日本語で行う)仕事に生き甲斐を感じ、成績もあげていたのに、英語の習熟が遅いために評価が下がり、会社に居づらくなったり、仕事が嫌になってしまっては本末転倒だ。
このエレベーターの中でのエピソードのようなことが起こっているとしたら、そんなことも起こりそうである。

100歩ゆずって、三木谷氏が言うように、1年半後にみんな英語ができるようになったとしても、そこでは語学に対する歪んだ感情を育んでしまいそうでもある。正しい日本語も満足にできないのに英語できるからとエリート意識を持ったり、逆に仕事の能力あるのに英語の習熟が遅いだけでコンプレックス持つとかね。

英語の得意な人は海外部門に、日本語の営業トークが上手い人は国内営業部門ではだめなのかなあ。

最近つくづく思うが、人には得手不得手がある。物事の上達は努力の量とは比例しない。
語学の上達が早い人もあれば、人の顔と名前はすぐに全部憶えてしまう人もいる。
ほかに得意なものがあるのに、たまたま英語が不得意で大嫌いな人は楽天にはいらないということなのだろうか。
「いらないということではない、努力しろということだ」と三木谷氏は言うだろうか。でも、その努力によるストレスというか、精神的な疲労のことも考えたら、それは膨大なコストであると思う。

それに、英語の義務化で、英語が出来る事が必要以上に評価されるようになった結果(英語が出来ないと評価の対象にもならなくなった結果)、社員たちに「自分はなぜ楽天に入社したのか」「楽天のどんな仕事が好きなのか」ということを忘れさせてしまう危険性はないだろうかとも危惧する。
自分たちは何をするためにこの会社を始めたのかというコーポレートアイデンティティがいつのまにか分からなくなってしまわなければいいけど。
もちろん、今後英語圏だけを相手に商売するというなら別ですけどね。

それにしても、英語しか使えないグローバル企業って、どんなんだろう。
スタバのコーヒー片手に「How is today」といってすれ違い、私がここに書けないような難しい英語を駆使して、スカイプを使いながら国際会議して、いつしか朝の挨拶代わりに「I had a dream in English last night」とかため息まじりに言うようになればいいのかな。もうコーラもコークだし、「暑いからクーラー温度下げて』って言ったら「What?」と言われるし、嫌だー。(クーラーは和製英語。エアーコンディショナーですな)
青いシャツのボタン3つあけた、外資系の自信満々なエリートとか苦手なんだよな私。なんか大味な気がして。
社食のEgg and Mentaiko Bukkake Udonもまずそうだしな。

なんか、国際ジャーナリスト落合信彦!ってCM思い出した。

全て私の勝手な偏見でしたね。三木谷さんすいません。
三木谷さんみたいな興銀出身、ハーバードMBAもっちょるエリートの頭の中まで分かりませんわ。

偉そうなこと、自分の道さえもしっかり確立できていない今の私に言われたくないですね(笑)。
でも、神保さんもちょっと疑ってたみたいに、実は「話題作り」半分だったりしてね。

最後にもう一言。
世界に日本を売りたいならば、日本語の響きが分かっていないと、世界に誇れる日本のイメージは作れないと思う。
言葉はすべての自然や文化や歴史を包含すると思うからだ。言葉の理解は世界(日本語の場合は日本という世界)の理解につながる。

楽天は多分アメリカの企業、もしくは無国籍企業になりたいんだろうな。

その英語、ネイティブはカチンときます (青春新書INTELLIGENCE)
デイビッド・セイン,岡 悦子
青春出版社

このアイテムの詳細を見る

mini版ネイティブスピーカーにグッと近づく英語 (アスコムmini bookシリーズ)
デイビッド・セイン
アスコム

このアイテムの詳細を見る





リーダーとファッション その2~こんどは鳩山さんが白ずくめin軽井沢研修会with小沢一郎

2010-08-21 11:03:31 | 国内情勢

もう、おとといの話になってしまいましたが、19日軽井沢で鳩山さんの研修会が開かれました。(これは20日の東京新聞)

先日、菅さんの白々ルックを批判したと思ったら、今度はこの方が白々ルック。

(写真詳細はこのリンク記事でご確認ください)
軽井沢での鳩山研修会 鳩山由紀夫&小沢一郎
(リンクの写真では今ひとつよくわからない部分もあります。ニュース映像ならよくわかります。各局のサイトでご確認を。テレビのニュース映像は1週間で削除されるのでリンクはりません)

いつもの事ながら、誰の趣味か分からない派手なシャツ。
よく見ると前身ごろに金の刺繍みたいな模様が・・・。
お金持ちなのになぜこうなるの・・・(汗)。
でも、その金の刺繍に、品が良いとか悪いとかそんなところに頓着しない鳩山さんの凄さを感じたりもします。
ホント真っ白って難しいです。

一方の小沢さんは、政治家ルック。
この鳩山さんの強烈な白ずくめの前にあっては、この装束がかえって涼しげに見えます。
みんなが、避暑地向けにと、ノーネクタイでボタンを開けてたり、綿や麻の白いジャケットでやってくる中、いつもの格好を貫くのは、別にファッションに興味が無いからでしょう。
でも、集まってきた人の中で一番涼しげに見えたのは、なぜかこの小沢さんでした。
他人の事なんかどこ吹く風で我が道を行ってるからかなあ。
きちんとボタン止めてるほうが涼しげに見える。でも、これで冷房ガンガンにするんだったら意味無しですけどね。

再び鳩山さんのファッション。
同じ白々、センスいまいちでも、変に周囲を気にする色気が見え隠れする菅さんよりは、この鳩山さんの頓着のなさの方がやや好感がもてる感じがします。

頓着のない鳩山さん、ファッションに興味無しでわが道を行く小沢さん。
今みたいな混迷する時代には、周囲の声に惑わされないこんな2人、いいコンビじゃないかと思います。

しかし、この2人のわが道を行く頓着の無いスタイルだけでは、庶民の感情おいてきぼりな感も否めません。やっぱり誰しもいやらしい欲も色気もありますから。そこで、やはり、庶民オヤジがちょっと色気出しました的ファッションの菅さんも仲間に入れて、それでやっとバランスが取れるんじゃないでしょうかね。
菅vs小沢対決だの、政界再編だの、喧嘩を煽る声ばかりが聞こえてきますが、彼らのファッション見ていると、3人仲良くしなよって感じですわ。

でも、3人でバランスは取れるとはいえ、レベル低すぎなので、願わくは、本気でセンスのいいブレーンを囲い込む事をおすすめします。古くさいセンスで政策を語る人間の話にばかり耳を傾けていては、この危機は乗り切れませぬぞ。
かといって、チョイ悪センスの人たち(このチョイ悪については、リーダーとファッション その1を参照)が新しいとも思いませんので、仲良くする相手については十分熟慮くださいまし。

「若者不幸社会」自虐はデフォルト?~「ダメ人間漂流記」を読む その2

2010-08-18 13:52:50 | 国内情勢
「若者不幸社会」自虐はデフォルト?~「ダメ人間漂流記」を読む「その1」からの続きです。

こうして「ダメ人間漂流記」というブログを紹介したのだが、私にはどうしても腑に落ちないことがあった。
それは、このブログのタイトルが「ダメ人間漂流記」である通り、著者は自らの事をダメ人間だと主張していることだった

偏差値の低い高校を出て、SEかプログラマーになりたくて情報処理の専門学校に行ったものの、自分は頭が悪く、勉強しても国家試験には受からず、そうした職種への就職も叶わない。バイトの面接さえ失敗続き。誰も自分を雇ってくれず、結局働けるのは請け負い会社経由の製造業。もはやそういう仕事しか雇ってもらえなくなってしまっているという。

それで、彼は自分のことをことあるごとにダメ人間だと言う。
地元の田舎町は保守的で、請負で働いてるなんて言ったら、親戚にもバカにされ、友人もいなくなり、結婚式にも呼ばれないとも語る。

でも、自分のことをそれほどダメだと語る彼は、工場での労働の傍ら、これだけ大量の文章を生み出しているのだ。
これだけ文章が書けるのに、なんで自分をバカだと思うのだろうか。そして、そんな彼を周囲の人間はなぜバカにするのか?

テレビの仕事をやっているとき、ディレクターでも、全然文章書けない後輩がいた。彼はそれにくらべたら、全然自分の思ってる事を伝えられてると思う。
これだけ大量に書けるのは、ある意味才能だと思うのだが、彼は書く事を仕事にしようとは思わないのだろうか?

ふと、最近のアフィリエイト狙いのブログの乱立のことが頭に浮かぶ。
ブログの広告でアフィリエイト収入を得るためのテクニカルな方法をレクチャーするとされる情報商材を紹介するブログがある。そして、そうした儲かる方法を実践しているとするブログがある。
世の中に何も訴えたい事など無いのに、ただ金儲けのためだけに、内容を無視した広告を貼付けるためだけのブログを山のように作る人がいる。
そういうものを見ていると、彼が自分のブログにかけている労力と熱意がなぜ換金されないのだろうと思えてくる。

もちろん、私が今こうして書いている文章も、全然お金にはなっていない。だから、彼の文章がなぜ換金対象にならないのかなどと思うのかもしれない。

『自分がそれまで生きていた場所では、自分の主張に耳を傾けてもらえない』そう思って、ネットにその場所を求めた点では彼も私も同じだ。
私もこの自分のブログで、自らの立場の弱さを吠えていた。アラフォー独身、保証無し、仕事辞めた、をネタにしようと思っていた(いる、かな?)。
しかし、彼と違うのは、ずうずうしくもブログのプロフィールに、書く事を仕事にしたいと書いている事だ。
彼は、そんな野心はほとんど見せない。

私から見れば、自分より10歳以上も下の人が、これだけいろんなことを書いているのは、同い年の頃の自分とくらべたら尊敬に値するのだが、彼にとっては、違うのだろう。彼と私と、現在の客観的状況はあんまり変わらないように思う。仕事してるだけ彼のほうが偉いくらいだ。
しかし、彼は言うかもしれない。
今の状況や実力がどうであろうと、一旦請負の穴に滑り落ちると上がって来れないんですよと。

そんな彼と私に違いがあるとすれば、学歴だ。
たまたま大学生時代がバブル景気にあたったため、田舎のビンボー人の私も、某有名私大に入れた。

たしかに世間体はいい。しかし、いいのは世間体だけだ。

世間体・・・。

もしかしたらが世間体がいいことで、私は無駄な悩みから解放されていたのだろうか。嫌な話だ。でもそうかもしれない。

この『世間体』ということが、ものすごく大きいのだという事をあらためて感じさせられてどんよりする。
「世間体」が彼が持てるはずだった「自信」をスポイルしてしまっている。世間体は、人の才能も自信も奪ってしまうほど幅を利かせている。そうして人の行動を制約してしまっている。

「学歴」か「職業」、「容姿」、「金」これが表の世間体、表の人間の判断基準だとしたら。裏の判断基準は「オモロい」かな。最近「人脈」ってのも流行ってるけど。

秋葉原事件の加藤被告は、前者4つを持ち合わせず、世間体(特に学歴)を重んじた(裁判からはそう見える)母親から無言の圧力を感じる。一方、ネット上では、自虐ネタで「オモロい」ことを言う奴と認識され始めた。しかし、それさえも「なりすまし」によって奪われる。


ところで、2009年10月31日の彼のブログに「仮想世界」と題したこんな記事があった。

<引用>
『所詮ネットなんてもんは、今も昔も便所の落書きで、肥溜め以下の価値もない。こんなところに期待してもなにも解決しないし、なにも変わらない。どんなに派遣だ請負だと言ったって、何百回も加藤が彼女がいなくてさみしいだと書き込んだって、何も変わらなかったものが、たった1回だけ秋葉原で大量殺人を犯すだけで世の中の仕組みが簡単に変わる。そんなもの。
 0と1の2進数で作られる虚構の世界。ネットはリアルになりえないし、ネットはリアルの代替には絶対なりえない。それはゲームにも言える。こんなものに肩肘張ってはりついても意味は無い。書きたいことがあれば、ただ書きなぐればいい。むしろそれがネットの正しい使い方だ。』
<引用ここまで>

ネット上に書く事に、意味を見いだしていない投げやりな感じ。
NHKの「フリーター漂流」を見て、自分なりの回想録をブログに書こうと決意した時の彼も、既に上記のように思っていたのだろうか。書いたものを本にしようとはこれっぽっちも思わなかったのだろうか?

彼は、なぜ日本では労働者のデモが起こらないかを綴った文章の中で、こんなことも書いている。

<引用>
『この国の中にいる、いわゆる『負け組み』の連中の願いは、なにも豪邸に住みたいだとか、大量の美男美女に囲まれて豪遊したいだとか、そういうことじゃない。ただ、かつて『普通』と呼ばれた、マジメに働いていれば家庭を築けるくらいの給料をもらえて、ささやかな幸せが手に入るくらいの『中流』の生活が欲しいだけだ。(中略)こんな時代、職を求める奴らなんかいくらでもいる。底辺を生きる者が『普通』になりたいとデモなどで声を上げると、『普通』の人間とはみなされなくなり、『普通』の生活が遠のいてしまうという、悪循環。希望もなくジリ貧のまま底辺を続けているが、声を上げられない。実際、僕が「暴動おこそうぜ」と呼びかけたところで、誰からもなんの反応すらもらえないだろう。現に今までなんの反応も無かった。底辺のままでは希望が無い。それは分かっているがデモすら起こせない。そのやりきれなさ。それがこの国をおおっている閉塞感の正体なのかもしれない。』
<引用ここまで>

『普通』の『中流』生活が欲しいだけ。
よく聞く言葉だ。しかし、ちょっと引っかかる。
なぜ、普通しか中流しか求めないのだろう。いつから求めなくなったのだろう。

今現在、『普通』の生活が手に入っていて、それを守るためにいろんなことをガマンするというのならまだ分かる。しかし、まだ手に入っていない、手に入るかも分からない『普通』の生活の『可能性』を無くすのが怖くて、必死でやり切れなさに耐え、声を上げる事をガマンしている。
そして、結果、雇用する側の都合のいいように使われてしまう。
どこまでお人好しなんだ。

それって「欲しがりません勝つまでは」みたいじゃないかー。

「自虐」ということがネタを超えて、一部の若者のデフォルトになっているのか・・・。

こうした発想は、現在の雇い雇われるという関係の外に出るという発想が無いからではないだろうか。彼らは多分、自らが起業するとか自営をやることは考えていない。多分、できるわけがないと思っている。
私の親の世代は、まだまだ個人商店も多く、学校の連絡簿には職業の欄に自営の文字が多かった。
学歴も無い、資格も持たない人々が、一国一城の主としてなんとかかんとか生計を立てていた。それがここ30年でずいぶん状況が変わった。みなが大企業の傘下でおとなしく働く、それも『普通』しか求めず。

世の中には若者に対する自己責任論もはびこるが、高度成長期以降、日本をこうした自虐的で画一的な働き方生き方しかできない社会にした、指導者層の責任というのもあると思う。

日本の繁栄を支えてきたと自負されている爺様、おじ様方は、そういう意味で、謙虚に若者の話に耳を貸すべきだ。若者もちゃんと主張するべきだ。
とかく団塊の世代の方の多くは、話を聞くぞと太っ腹な振りをしつつ、実は自分に都合のいい話にしか耳を貸さない方がいらっしゃる。
私もそれでげんなりした体験がある。

池上さんもベストセラー「伝える力」で言っている。
『謙虚にならなければ、物事の本質は見えない』

よろしくおねがいします!!

最後にちょっと付け足すと、ブログの彼も書いてるが、今の若者の側に生きるモチベーションが低い人、理想だけ高い人が多いというのも、間違いではないんだろう。若者ももっと元気出せよ。
若者も、「卑屈」じゃなくて「謙虚」になれよ!!

まあ、あんまり人のこと言えないんだけどね。

今回ここに書いたのは、ダメ人間漂流記に書かれたほんの一部から考えた事だ。一面的にしか問題を取りあげられていない。ブログには、彼がダメ人間という人々のもっといろんな側面が描かれている。お時間のある方は読んでみて「若者不幸社会」について考えてみてください。続・ダメ人間漂流記

うげー、ちょっとのつもりがこんなに長くなっちゃったよ。反省。まとまりのつかない内容で失礼いたしました。ここまで読んでいただきありがとうございました。
伝える力 (PHPビジネス新書)
池上 彰
PHP研究所

このアイテムの詳細を見る


「若者不幸社会」自虐はデフォルト?~「ダメ人間漂流記」を読む~ 「その1」

2010-08-18 13:40:22 | 国内情勢
15日、テレビ東京で放送した「池上彰の戦争を考える3時間SP」を見た。
放送後、番組への感想が結構アップされてるんじゃないかと思って、ググってみたところ、すでにいくつも記事がアップされていた。
そして適当に、その中のひとつのブログを訪問したのだが、その池上さん番組の感想どころか、一日そのブログのほかの記事を読みふけることになってしまった。

そのブログのタイトルは、「続・ダメ人間漂流記」という。

そのブログが、なぜこの暑い中、私の貴重な一日を奪う事になったのか・・・。

実はこのブログ、彼が2001年に情報処理の専門学校を卒業して以来、製造業請負の現場で働いてきた数年間の詳細な記録なのだ。
その文章量たるや凄まじく、一つのカテゴリーで70数回連載されたものもあった。ちょっと、そのブログのカテゴリーを紹介しよう。

○ダメ人間回想録・第1部・底辺フリーターの世界
○ダメ人間回想録・第2部・漂流者たちの携帯工場
○ダメ人間回想録・第3部・ニートな日々(某カレー工場の話)
○ダメ人間回想録・第4部・液晶工場は黄昏て・・・
○ダメ人間回想録・第5部・DVDラインの哀歌を口ずさみながら
○テレビ番組
○ニュース
○日記・エッセイ・コラム
○映画
○本と雑誌
○競馬
○雑学

4年前、このブログは上記カテゴリーの第1部から始まった。それが専門卒後の彼の日々だ。その後、ブログは第5部までつづく。
彼は、2005年にNHKで放送され製造業請負の問題を浮き彫りにした「フリーター漂流」という番組を見て、そこで紹介された工場がかつて自分のいた工場だと気付く。そして、番組で紹介されていたことは、ほんの一部であり、請け負い労働者のすべてを伝えていないと感じ、この回想録を書く事を決意した。

この回想録は、去年の7月に完結し、現在では、私が最初に読んだ、池上さんの番組への感想のような、さまざまな雑記が掲載されている。
しかし、その記事の根底にはずっと、請負や派遣を放置する社会への批判が横たわっている。

これだけ大量に書かれた派遣(正確には請負)日記には初めて出会った。
携帯工場のカテゴリーだけでも75回+追記がある。
私はこのブログに昨日たまたま出会ったが、これは派遣や請負の実態を知ろうとする人の間では結構有名なブログなんだろうか?

最初の頃は伏せ字が入ってた企業名も、途中からは伏せ字が無くなっている。
そこには日本の名だたる企業、知る人ぞ知る企業の名が並ぶ。自分の目で確かめた訳ではないので、これが事実かどうかの判断は保留にせざるを得ないが、一読の価値はあると思う。
もしこれをすべてでっち上げで書いているとしたら、それはそれで驚くべき才能と言えるような、詳細なレポートなのだ。
そして、そこに書かれている各工場の実態よりも、記事に書かれた、彼自身の心情や、彼によって描写される様々な上司や同僚の言動にこそ、今の日本の実情が映し出されているのだ(事の真偽は読んでみて考えてください。決して、そこに書かれている固有名詞だけ煽らないように)。

とはいえ、労働自体も過酷である。
私は携帯電話の組み立て工場のカテゴリーを30数回分と、その他ランダムにページを開いて読んでみたが、携帯工場の非正規職員の労働は想像以上だった。

日勤と夜勤に分かれ、日勤は朝8時半から夜の12時まで、途中休憩は挟むものの、ずっと一種類の単調な部品組み立て作業をやり続けるらしい。夜勤は、日勤以外の時間の全てだ。つまり、工場は24時間稼働するのだ。

請負会社の担当者に「もう身体がもたないのでこんな仕事は辞めたい」といえば「君が辞めたせいで、生産台数が達成できなかったらどうするんだ」と、自分より生産台数達成の方が大事だと言われ、さらに「すぐやめるようなスタッフを派遣した派遣会社が悪いって、派遣先企業から訴えられたことがあるんだよ」と辞めないように担当者は迫ってくる。しかしそうした引き止めも、仕事の速い人間に対してだけで、仕事が遅く、ラインに組み立て部品が溜まってしまうようなスタッフはすぐに首を切られるのだ。

<ブログから引用>
『もはや僕は決められた作業を決められた時間で行うマシンになっていた。
 つまり人材。僕は人間という材料になっていた・・・。
 いや、僕だけではなくこのラインに居た人全員が組み立てだけを行うマシン 
 になっていたのかも知れない・・・。』<引用ここまで>


さらに、正社員と非正規の間の差別だけでなく、製造工程の種類によって、見下したり見下されたりがあることなども、生々しく書かれている。

私のブログでは、例の朝まで生テレビ「若者不幸社会」について書いた回が、いまだにアクセス数がどの記事よりも多い。ブログ解析の検索ワードも、このところずっと、「朝生、東浩紀」か「若者不幸社会」で、ネット上でのこのテーマへの関心の高さが分かる。

しかし、あの朝まで生テレビに出演して発言していた人や、番組を見ていた人の中で、こうした職場の実態を生々しく知る人がどれだけいるだろうか。
田原総一朗氏は知っているのだろうか。

番組の感想の記事では、若者不幸社会の分析ばかりではなく、その先へ進もうというようなことを中心に書いたが、それを行う上で、若者の現状を置き去りにする事もできない。
そう思って、今日、このブログについてとり上げてみた。
詳しい内容は、実際にこのブログを読んでみて下さい。
続・ダメ人間漂流記

ただ、こうしてこのブログを紹介したのだが、私にはどうしても腑に落ちないことがあった。
それは、このブログのタイトルが「ダメ人間漂流記」である通り、著者は自らの事をダメ人間だと主張していることだった・・。 (長くなったのでここで分割して、「その2」に続けます)

「若者不幸社会」自虐はデフォルト?~「ダメ人間漂流記」を読む~「その2」に続く

リーダーとファッション~衝撃の菅首相夏休みファッション

2010-08-17 16:39:04 | 国内情勢
夕べの事、ふと、駅売りの日刊ゲンダイに目をやって驚いた。
菅さん夫妻が軽井沢プリンスホテルで夏休みを過ごしてきたという記事なんだけど、この白ずくめファッションには驚いた。


しかし、日刊ゲンダイが批判しているのは、服装ではなくて、そのイメージとはかけ離れた夏休みのあり方だ。
小泉さん御用達だったプリンスなんて行くもんだから、「限りなく自民党化する菅政権」なんて書かれちゃって、庶民感覚が薄れてきたとか、円高が進んでるのを放っといてとか、突っ込まれ放題だ。
でもさ、考えてみれば、総理大臣になったんだからSPもつけてるし、庶民的な場所にそうそう簡単に行けるもんでもない。かえってそっちの方がセッティングが大変なくらいで、庶民派を装うためにそこまでするほど策略家じゃないということなのかもしれない。

でもなあ、このファッションはいただけない。
ちょっとヤバくないか?この白ルック。ヤ○ザかと思た。
オシャレした事ない人が、注目されるもんだからちょっと気張ってみましたという典型。

総理大臣なんだから、そんなに嘘くさい庶民派を装わなくてもいいし、避暑地に行ってもいいよ。でも、この服装だけでなく、プリンスホテルを選ぶところとかも、センスを感じさせない。
庶民派は装わなくても、次代のコンセプトをにおわせるような訪問地を選ぶ事は可能だと思う。プリンスホテルなんて選んだって、日刊ゲンダイに「小泉と同じ」とか言われこそすれ、他にメッセージ性なんてなんもない。
例えば、「林業の再生」とか、就任会見で言ったんだから、そういうビジョンをビジュアルで見せられるような場所に行ってそんなコメントするとか、いろいろやりようはあろうに。

結局、「豊かな生活」とは何かなんて考えていないことが丸バレなのじゃった。

服装のセンスのなさというのは、その現れでもあると思うのだ。

* この写真を載せたいけど、無理なんで、このリンクでディテールは確認してください。
菅直人首相夫婦で夏の軽井沢 服装ばっちり全身写真(代表撮影)

というわけで、ここで、洋服好きの私に、洋服について一言言わせてください。

菅さんだけではなく、実は伸子夫人も失敗してる。
写真を見れば、一見さわやかに見えるけど、よく見れば、手に持ってる袋はあれ何なのかなあ、巣鴨のおばちゃんが持ってるエコバッグみたいにみえる(お高かったらごめんなさい)。ああいう袋が悪いっていうんじゃないよ。あのワンピースには合わないと言いたいのだ。
さらに、こんな避暑地のバカンスに、それもせっかくの涼やかな水玉ワンピに、ストッキング履いちゃだめざんしょ。
この洋服ならサンダルも紺色で合わせるとかさ。白いストッキング履いといて水色はないよなあ。膨張して足が太く見える。
それでも、まだ奥さんのほうがマシ。

菅さんの白いジャケットとパンツは一体誰が選んだんだろう。
夏には涼やかに白!とか思ったんだとしたら大間違い。
この白白ファッションが問題なのは、白なのに暑苦しいってところだ。
この素材感だと全然涼しそうに見えない。洋服の涼しさは色だけで表現できると思ってないか??
素材だけではない。ズボンのサイズがぶかぶかで、そのだらしなさが暑苦しさに繋がってるということに気付いてるだろうか。ポロシャツも、ボタンを結構上の方まで留めて、さらにしっかり襟を出してるってのも暑苦しさ倍増。こんなにしっかりと襟を出しちゃいかんよな。ポロシャツのボタンをもひとつ開けて、ジャケットの前もボタンを開けるか、ちゃんとボタン留めてきちんとしたいなら、ポロシャツの襟はジャケットの内側に入れといたほうが上品に見えると思う。
まあ、紺のポロシャツなんだから、ジャケット脱げばいいと思うんだけど、ジャケット着るなら、下のズボンは、もう少し細身で薄めの色のものにするかしたほうがいいんじゃないか。まあ、単に私の好みですが。

菅さんのことばかり言ってしまったが、日本の総理大臣って、サミットに行った時に本当に情けない。それは背が低いとかどうとかってのじゃなくて、着こなしがみんな上手くないのだ。
各国の首相。特に洋服文化の古い欧米の首脳は、やっぱり洋服の着こなしはかっこいい。もちろん胸板が厚いとか、体型が洋服に合ってるからってのもあるんだけど、それにしても差が大きすぎる。

G8だけでなく、G20も集まるようになって、インドやアフリカなどには、民族衣装を着てくる首脳もいる。そのほうが板についていて、かっこいい。インドのシン首相とかターバン巻いて堂々としてるしね。

私は、ニュースの仕事をやってたとき、配信されるサミットの映像を見て、参加者のファッションをチェックするのが楽しみだった。放送はしないけど、編集前の配信映像を見られるのをいいことに、仕事に直接は必要ないのにチェックしていた。
洋服にはやはり着る人の人となりが現れるような気がするのだ。
CIAのプロファイリングにはどこのブランドの服着てるとかまでチェックされるそうだし、ブッシュ前大統領と、処刑されたイラクのフセイン元大統領が、おなじイタリアのアルティオリというブランドの靴を履いていた話も有名だ。

かつてのフランス大統領のシラクとか、やはりシック。
ベルルスコーニは金持ちだけあって良いもん着てる感じだし、おちゃめな自分のキャラが立っているし、第一色気がある。素行は最悪だし、やってる政策も批判を免れないが、彼が首相であり続けられるのは、この人間としての色気のおかげでもあるからだと思う。よくも悪くもスターなんだよな、外国の首脳たちって。
ブレアもかっこ良かったし、ブラウンだってモンティパイソンに出てきそうだったし、今のキャメロンはどうかな、まだよくわかんないけど。サルコジもモデルのカーラ・ブルーニと結婚したり、オバマはいわずもがなのスター。

日本の首相には、色気がない。セクシーという言葉が似合わない。そのくせ下心だけはあるオヤジにみーんななってしまう。
もちろん、そういうオヤジの良い部分も分かるし、日本で大人の男のセクシーとかいうと、変な「チョイワル系」になっちゃって、それもげんなりしてしまう。

「みんなの党」がまさにそんな感じだよね。
この前の選挙の時の候補者、チョイワル揃いだったもん。
渡辺喜美を筆頭に、眼鏡がオシャレ系、ストライプのシャツがパリッとしている。選挙カーの上ではノーネクタイでボタンを3つ開けている。でも、実は汗をやたらかいているって感じでしょうか。
いいもの身につけてるけど、アブラギッシュ。アブラギッシュだけど、ベルルスコーニほどかわいげもない(まあ、彼のは悪人の魅力なんだろうからそう持ち上げられないかもしれないけど)。

でも、海外の首脳たちだってもとからかっちょいいわけじゃない。
オバマも、私服のジーンズとかみると、ちょいダサだったりするし、ミシェル夫人にも腕利きのスタイリストがついている。なんとミシェルは、日本が誇るブランド、コムデギャルソンまで取り入れているのだぜ。私も日本のショップで見たことのある、JUNYAWATANABE COMME des GARCONのカーディガンを着てる姿はニュースでも配信されていた。
もともとのファッションセンスはいまひとつでも、立場が変われば、それに合わせて戦略を練り、努力している。そのおかげかミシェルは一時、アラフォー世代のファッションアイコンにもなった。
日本の政治家(や夫人)たちの多くにそれができないのは謎である。

ファッション、おしゃれすることは、日本のオヤジの社会では、ちゃらちゃらした事と思われがちだ。しかし、本当におしゃれでいいものを知ることは、職人の素晴らしい仕事を理解する事でもあり、またそれを着こなす能力を養うことは、文化の本質を身を以て理解することであると思うんだけどな。
そういう意味で、本当にかっこよい首脳というのは、ちゃらちゃらしてるどころか知的なんじゃないかとさえ思う。

日本のオヤジがおしゃれなんて女子供のすることと思い始めたのはいつの頃からだろうか。戦国時代の武将たちは、その鎧兜のセンスを競い、人知れず着物の柄にこだわった。歌舞くこと、人の目を引きつけることも多くを率いるものに必要なセンスだったし、それは、そうした技術を産業として振興する事にも繋がった。

重厚長大産業が疲弊していく中で、今後の日本は、デザインや工芸の分野でも未来を模索していくべきじゃないかと思っている私としては、まず、政治のリーダーに、身の回りの衣服から、ちょっと意識していただきたいのだ。

いいものは自ずと値段も高い。だから、高いものを着ろというのではない。
日刊ゲンダイは、プリンスホテルに行った事を、「小泉純一郎のサルマネ」と批判していたが、着るものでも、菅さんには「自分のファッション」をして欲しかった。それは、庶民的な格好という意味ではない。自分に似合うものを知って欲しいということだ。そして、値段が高かろうが安かろうが自分なりのファッションを国民に見せて欲しいという事だ。
これは、先に書いた、デザインや工芸の振興という視点からずれるように見えるかもしれないが、自分なりにいいと思うものが見えてくることは、トップレベルの良いものを見極める際にも役に立つはずだと思う。

これがおしゃれですと、周りから押しつけられたファッションを身につける事は、政策においても、こうしましょうと周りに言われたことを批判無く受け入れることに繋がる気がする。

このお仕着せのようなファッションを見て、菅さんの最近の言動とつながるところがあるなあと思い、ここまで長い文章を書いてしまった。
着るものはその人を表す。特に人の前に立つ人は疎かにしてはいけないと思う。

最後になったが、同じ白い上下だったら、この人くらいやってほしいものだ・・。
(写真がリンクなのが残念)
白スーツを着こなすカダフィ その1 in09年ラクイラサミット
白スーツを着こなすカダフィ その2 in09年ラクイラサミット

折り紙で「薔薇」を折る。1枚の紙で折る快感は宇宙のファンタジー

2010-08-13 23:37:10 | 日々のつぶやき
昨日、折り紙をやってる方に、折り紙を少し教えてもらった。
鶴はまだ折ることができる。
けれど、子どものころに折っていた、カブトや袴、百合の花
椅子とピアノ、お菓子の入れ物、などなどの折り方はほとんど忘れてしまっている。
けど、そんなものを今更教えてもらってもしょうがない。
で、教えてもらったのがこれだ。


薔薇の花。
実は私、折り紙には子どものとき以来ほとんど触れていなくて、
こんな薔薇の花の折り方が考案されていることも知らなかった。
凄いなあ。これ1枚の紙で、一個の切れ目も入れずに折ってるのだ。

やはり、鶴やかぶとなどとは比べ物にならない複雑な折り方で、
昨日教えてもらった時には、完成させる事ができなかった。
今日、ネット上に掲載されている作り方を見て復習して
再度挑戦して、上の写真の薔薇ができた。

この折り紙の薔薇は、折り方を考えた人の名前をとって川崎ローズと呼ばれていて、世界中に広まっている。YOUTUBEで川崎ローズ(kawasaki rose)で検索すれば、英語の字幕のついた折り方を見せるVTRがいくつも見つかる。
考案した川崎敏和氏は高専の先生。折り紙の研究で博士号をとってるらしい。
折り紙は展開図をみれば分かるが、まさに幾何学だ。

そして、この「薔薇」が面白いのは、淡々と直線折りを続けていけば次第に形ができていく鶴やかぶとと違って、形ができていく過程のところどころにカタルシスがある点だ。

川崎ローズの作成過程には、有名な「Kawasaki Twist(川崎ねじり?)」という折り方(折るとは言わないかな?)の部分があるのだが、4方の山折をつまんで少し立体化して、その後、ねじって押さえたら、再び平面になる。
ねじりを介して、一瞬にして三次元から二次元になるあの感じが、なんかたまらなくぐっとくる。
なんというのか、メビウスの輪に感じる空間の謎というか、物理学的好奇心というか、宇宙空間に放り出されるような快感が、一瞬、ほんの一瞬だけどあるのだ(また大げさに書いてもたかな)。
このKawasaki Twistだけでなく、平面から立体的薔薇の花びらが一瞬にして立ち上がる時のカタルシスは言うまでもない。

このサイトに川崎ローズの折り方が実演されている。
川崎ローズの折り方 VTR

このページにあるVTRのパート1の7分35秒あたりから上記の「Kawasaki Twist」が、パート2で薔薇の花びらが立ち上がるところが見られる。
しかし、このカタルシスは、自分で折ってみないと、多分見ただけではわからないと思うなあ。

で、もう一個作っちゃったのがコレだす。


それにしても、どう頭を使えば、直線で作られた展開図からこういうリアルな薔薇の形ができるのかが分かるのか?
まるで、将棋や囲碁で、100手先を読むような感じで、頭の中のコンピュータが、自動的に薔薇の形から展開図を解析するのか。

と思って、ググっていたら、こういうページを見つけた。
川崎先生ではないが、この方も大学で折り紙の研究をしている。三谷純さんという方のインタビュー記事だ。

三谷さんの場合は、コンピュータを使う。まず三次元コンピュータグラフィックスで形を造形し、その展開図は計算で求めるのだそうだ。展開図はできたのもの、折るのが難しくて完成しないものもあるらしい。

また、三谷さんによれば、海外の研究者には、昆虫の脚の本数や長さなどの骨格情報を入力して展開図を自動的に導きだすシステムを作った人もいるとか。一体それってどういう計算式を使うのだ??謎が謎を呼ぶ。

折り紙の折り方は、今では、人工衛星の太陽光パネルなどにも応用されていて、今後も様々な利用法が模索されている。
例えば、ミウラ折りという折り方は、大きな判型のものを小さく折り畳む際の最強の折り方として、活用されているようだ。開いたり閉じたりしやすくて、折り目から破れにくいんだって。
折り紙は、かなりビジネスとしても有望な存在なのだ。

しかし、やはりそれよりも、私の中では、あの薔薇を初めてちゃんと折れた時に感じたカタルシスのほうに興味がある。
本当に、宇宙への好奇心に近い何かを感じたのだ。
おそるべし、折り紙の世界である。

その謎を解くために、いつか川崎氏や三谷氏など折り紙数学者にインタビューを敢行したいなあ。
資金ができて、ブログをリニューアルしたら、取材に出たいと思う。

でも、とにかく、折り紙思ったよりオモロいです。
手先も使うし、ボケ防止にも良さそう。
みなさんも作り方を見て挑戦してみませんか?

以下は、福山工業高校の有志が、川崎敏和氏などのアドバイスを受けて、初心者が折ばらを完成させられる事を目標に作られた
作り方のウェブサイトです。折ばらウェブサイト
上記のビデオとは、少し折る順番が違うみたい。
こちらは、折線を書いた折り紙の静止画も多数掲載され、より分かりやすくなっています。


まず、以下の本を読んでみなきゃな。
バラと折り紙と数学と
川崎 敏和
森北出版

このアイテムの詳細を見る

折り紙夢WORLD 花と動物編
川崎 敏和
朝日出版社

このアイテムの詳細を見る


音楽ファンじゃない方にこそ贈りたい「ワールドハピネス2010」よかった~レポート その1

2010-08-12 11:42:00 | 書評/感想
この前の日曜日、8月8日。8並びで末広がりのハッピーだらけの日、夢の島で行われ
た夏フェス「World Happiness2010」に行った。
いや~、めちゃめちゃよかった~。
夏フェスなんて何年ぶり?いや十何年ぶり。急にキャンセルが出てチケットが余ってる
という知人からの誘いに、「YMOも出るし」、と気軽に出かけたのだが、なんか狐につ
ままれたみたいに良かった。ライブに行った前と後では空の色が別物に見えた(大げさ)。

空の色だけじゃない。
ライブは昼の12時半から夜8時すぎまで約8時間。そのうち半分くらいは年甲斐も無く踊ったり飛び跳ねていて、腰痛がある私は、帰る頃には腰はぎしぎし、足はガクガク。
やっとのことで家にたどり着き、明日はどうなることかと40代になった自分を呪ったが、なんとなんと驚いた事に、翌朝目覚めると、そのぎしぎしガクガクはすっきり消えていた。もちろん基本の腰痛は残っているけれど、あんなにヒドかった夕べの痛みはなくなっている。音楽に乗って身体動かして、毒が抜けたっていうのかなあ、足腰の痛みだけじゃなくて、心の痛みも抜けたような爽快な気分だった。

ほんと大げさなんだけど、久しぶりに行った野外フェスは、YMOの生演奏が凄かったのは言うまでもなく、もうどのミュージシャンのパフォーマンスも思った以上で、私の眠ってた音魂を揺り起こした。YMOもムーンライダースも、オヤジたちなんだかすごく進化してやがる。置いてかれたーって感じ。オレもがんばらにゃあって感じ。
でも、一方で、「まあいっか、のんびり行こ」と思えるような、看板に偽りなき「Happiness」なフェスだったのだ。

というわけで、前置きがこんなに長くなってしまいましたが(ホンッとなげーよ!)、
早速、今回のライブを紹介。

参加ミュージシャンは以下の通り
○ にほんのうた楽団(小池光子+高田漣+ASA-CHANG+鈴木正人)
○ LOVE PSYCHEDELICO
○ 清 竜人
○ MONGOL800
○ 大橋トリオ
○ Cocco
○ カヒミ・カリィ 
○ RHYMESTER 
○ □□□(三浦康嗣、村田シゲ、いとうせいこう)
○ pupa(高橋幸宏+原田知世+高野寛+高田漣+堀江博久+権藤知彦)
○ 安藤裕子
○ ムーンライダーズ guest 小島麻由美
○ サカナクション
○ 東京スカパラダイスオーケストラ
○ プラスチックス
○ Yellow Magic Orchestra with 小山田圭吾・高田漣・権藤知彦
 
みなさん、この中のどれだけ知ってる?
ここのところずーっと音楽と疎遠だった私は、つーか、YMOファンというだけでここに来た私は、恥ずかしながら、安藤裕子、□□□(三浦康嗣、村田シゲ、いとうせいこう)サカナクション、大橋トリオ、清 竜人の5組は知らなかった。もう、ニュースキャスターと同姓同名? ん?四角四角四角? さかなくん?って感じ。
ちなみに□□□は「くちろろ」と読む(正式表記は□(四角)を三個書く)。
ほかのミュージシャンも詳しいわけじゃなくて、最近どういう活動してるかはほとんどチェックしていない。

こんな私なので、音楽を批評するなんておこがましい。
もちろんそんな私でも分かるほど、今回のフェスの音楽性の高さは特筆ものだったんだけれど、それについてはいろんな人が語るだろうと思うので、私は、ここであえて別の点を挙げたい。

私が、このフェスでいいなあと思ったのは、人と人の関係性の気持ちよさなのだ。
ズギュンときたのは、我がサブカル世代の星、いとうせいこうをめぐる関係性。

いとうせいこうは□□□にラッパーとして参加している。
しばらく彼ののラップって聞かないなあと思っていたが、復活してこんなことになってるとは! まず、彼のパフォーマンスの凄さに舌を巻いた。腹筋鍛えてんだろうなあと思わせる声の良さと滑舌。お客を煽るあの目つき、間の取り方も完璧。ちょっと怖いくらい(笑)。ファンの方には当然じゃないスカ!そんなことも知らないんすかと怒られそうだが、なにぶん素人なもんで・・・。
そんでだ。そのパフォーマンスで、あと二人のメンバー、息子のような年代の三浦くんと村田くんを、もうグイグイひっぱってるのだ。ライブパフォーマンス的には、いとうせいこうは若い2人より格段に上なのは明らか。ステージ上でなんか黒光りしてたもの。
だから、最初は私も、この若い2人ダメだなあ・・・と思いましたよ。
でも、聞いているうちに、ふと気付いたのだ。
「この楽曲良いわ」。

たしかに、若い2人はライブパフォーマンスは負けている。いとうせいこうがいなかったら、へなちょこだ。しかし、「この曲結構いいじゃん。作ったの若い人たちだよね」、そう思ったら、いとうせいこうが、彼らのそんな才能に惚れて、このバンドに参加したんじゃないかということがステージからなんとなく見えてきた(勝手な想像)。
だって、めちゃめちゃ楽しそうなんだもんいとうさん。

最初、年長のいとうせいこうに寄っかかってるだけに見えた若い2人が、実はいとうせいこうにも刺激を与えている。徐々にそれがステージから伝わってきて、こっちまでドキドキして、身体が自然に動いてた。

老いも若きも一緒になって、歌い踊ればさあ楽し。
客席では、80年代サブカル世代と、
00年代がごちゃごちゃになって跳ねている。
ステージ上では、親子ほど年の違う3人がお互い刺激し合って、STEP UP
なんてかっちょいいんだ。
年上だから年下だからとか、遠慮や気兼ねなんてない。
年寄りには年寄りなりの経験と築き上げた技術があるだけで、
見栄や勘違いのプライドを振りかざす下品さは無い。
下の世代も、自信もって、勇気持って先輩世代に立ち向かってる。

こう書くと、なんだかキレイゴトみたいだけど、今の私にはストレートに書く技術しか無い。くそーくやしい、この人間関係のかっこよさを、ステージの□□□のかっこよさみたいな文章で表現できないのが残念無念はげちょびんでござる。

多分、私が、この口ロロのパフォーマンスにこんなことを感じたのは、先日このブログに書いて大反響をいただいた朝まで生テレビ「若者不幸社会」のことが頭にあったからだと思う。番組では「世代間格差」が話題にされた。たかが私のブログに1日で4万PVものアクセスがあったのは、多くの人が多かれ少なかれ「世代間格差」を感じているからではないかと思う。

でも、このステージ上には「世代間格差」なんてないじゃんか。
それとこれとは話は別と言われるだろうし、才能ある人たちの集まりだからと言われるかもしれない。にしても、本当に才能あるところには「世代間格差」なんて生まれないんだということを見せつけられた。

若いもんの意見に耳を貸さないおじちゃんは、いい歳こいて、自分に自信がないんだということを自覚すべしではないんじゃろか。上の世代にアイディアを伝えられない若いもんは、自分の努力と勇気が足りない事を自覚すべきじゃないんじゃろか。
お互い歩み寄れ。

夢の島のグラウンドで跳ねながら、こんなことを考えさせてしまう音楽ってすごいな。
一体お前は何者なのじゃ。

いい感じの関係性を見せてくれたのは、□□□だけではない。
今回初めて知った「サカナクション」も衝撃だった。
なんだか新しいバンドの形を見た気がした。
ボーカルの一郎くんが飛び出してきた時は、コミックバンドかと思ったが(ゴメン)、プログラムの紹介文には「文学性の高い歌詞・・・」なんて書いてある。
一瞬、骨太の「スピッツ」かとも思ったが(髪型も似てるし)、ベースとキーボードの女の子を見て、これはまた違うなと思った。

サカナクションは同世代の男3人女2人のバンドだ。
そんで、見た感じ女の子2人のほうが、腹が据わってるように見える(実際にどうかは知らないが)。お調子者でリリカルな男の子ボーカルを、冷静な女の子がバックで支えてる感じ。あとの男子2人も実は彼女らに頭が上がらない。この座組はそんな情景を彷彿とさせる。何度も言うようだが、ほんとにどうかは知らない。でも実際がどうかは重要ではない。
これまで、男女混成バンドで、こんな風に女が強く見えるバンドってあっただろうか?

私の素人知識の範囲なので、間違っていたらご指摘いただきたいのだが、間違いを恐れず言えば、これまで女性は、バンドの花としてボーカルをとるか、バックで支えるにしても、例えばサザンの原由子のように女房役のようなポジションだったり、マドンナ的な存在として支えることが多かったんじゃないだろうか。
サカナクションの二人は、女房やマドンナとしてではなく、あくまでも同僚として、男のボーカルを支える。しかし、2人とも大人の女として、お洒落で、かつ自分の雰囲気を持っている。

誇大妄想癖のある私は、この「サカナクション」に新しい時代の男女の関係性を見てしまった。若い人は、もう一歩も二歩も私たちの世代の先を行ってるのかもしれないなあ。
「男女間に友情は成り立つのか?」みたいな古典的な命題を軽々と超えていく。実際に恋愛関係にあるかどうかは関係ない。そう見せるか見せないかが重要なのだ。

「音楽」が、世代の壁、男女の壁を超えさせてくれるのだろうか。
それとも今回このWorldHappinessに集まったメンバーが、ピースフルな人たちだったのか。どっちにしろ、音楽ってすげーと思ったのである。
なんだか、勝手な想像がふくらんで妄想気味にいろんなこと書いちゃってるけど、これって私の願望が反映してんだろうなあ・・とか思いながら、再び音楽の力を思う。
もしかして、私って今まですごく抑圧されていた??なんて思っちゃいました。

ちょっと感想を書くつもりがものすごく長くなっている。
なのに肝心のYMOの事がまだ一言も書けてない。それはマズい。
なので、一旦この辺で章を分けて、YMOのことは次回書きたいと思います。
everyday is a symphony

commmons

このアイテムの詳細を見る

クチロロのワンダーランド 2 [DVD]

commmons

このアイテムの詳細を見る

アイデンティティ(初回限定盤)(DVD付)

ビクターエンタテインメント

このアイテムの詳細を見る

kikUUiki(初回限定盤)
サカナクション
ビクターエンタテインメント

このアイテムの詳細を見る