髑髏フラワー

ママの口ぐせお花はドクロ!

子育てをしていると、子供を通してまた人生を生き直す

2018-12-23 | 育児
子供たちに対して、しつけのために毎日あれやこれやと口うるさく言っているが、ふと自分が2歳当時だったら言うことが理解できただろうか。。5歳当時だったら言うことが聞けただろうか。。

などと考えることがある。

2歳や5歳でも理解できるように伝えるためには、自分自身が2歳や5歳の理解力まで戻らなくてはならないので、一度46歳の自分を封印して2歳や5歳レベルまで目線を下げる必要がある。
毎日そんなことを繰り返していて、46歳の人生と2歳や5歳の人生を行ったり来たりしているような不思議な感覚があった。
特に、自分が5歳だった頃はどんな子供だったのだろう?
などと記憶を掘り返すこともしばしば。
自分の親のこともよく思い出す。

先日、嫁さんと晩酌をしながら

「子育てをしていると、子供を通してまた自分の人生を生き直すような感覚があるよね」

と話していたら、嫁さんは

「私は長男が生まれたときに自分も一緒に生まれたよ」

と言っていて、ああなるほどなあと納得した。

自分も嫁さんも、長男の誕生と共にまた新しく生まれたのだ。

そう思えば、自分の内面の変化がよく理解できる。

以前にもブログに書いたが、30代までは圧倒的な革新派だったのに、結婚して子供ができたら、今度は圧倒的な保守派になった。
若い頃は兎にも角にも人が歩かないような道を選んで歩き、誰も思いつかないような新しいやり方をたくさん試し、またそれが大当たりしたり大外れしたりで毎日が刺激的だった。
しかし現在では、なるべく多くの人が歩く道を選び、その中でもさらに真ん中を歩き、どの方面から攻撃を受けても最後まで生き残れるような、刺激の少ない生活を望んでいる。
そして、自分でもびっくりするくらい「まじめ」になった。
それも「保守」の内に入るのだろうけど、ルールを守り、責任と誠意をもって事に当たり、嘘をつかず、真剣に生きようとしている。

正直、自分の中にこんな自分の姿があったとは…しかも40を過ぎてからこんなにも自分が変わるのか…!
と本当に驚いていた。
新しく生まれたがゆえに、同じ人間とは思えないほどの変化が自分に訪れた。

私の人生は、嫁さん、5歳、2歳の子供達とともに新しく始まった。いや始まっていた。
生まれたてなのでやる気と希望には満ちあふれているが、なぜか体力が枯渇している。
永遠の若さとまでは言わないので、体力だけ何とかならないものだろうか。



会社と自宅の往復だけだとどーしても身体が乾いたような感覚になってしまい、土を踏みたくなってしまうお父さんに付き合って近所の山にハイキングに付き合ってくれた子供達。
大きな落ち葉を拾ったり木に登ったり虫を見つけたりと、お金がかからない割にはけっこう遊べます。

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