香川・アートとうどんを堪能する旅

2013年08月08日 23時59分59秒 | 旅行記
8/5(月)に広島を訪れたばかりですが、今度は別の友人に誘われ、わずか3日後の8/8(木)に香川へ。
ここに来て、友人から旅行に誘われるという、過去4年間ではあまりなかった事態に見舞われていますが(笑)、一人旅では得られない楽しさや発見があるのもまた事実。
私にとっては広島と同じく久々の香川行となり、また今回は以前から興味を抱いていた「瀬戸内国際芸術祭」の夏の会期中ということもあり、恒例のうどん屋さんめぐりと組み合わせて訪れることとしました。

現地での滞在時間を確保するため、行きは例によって三宮からジャンボフェリー下り1便を利用。

三宮新港1:44発(44分延発)→高松東港5:55着(55分延着)


ジャンボフェリーの乗船券です。
小豆島就航、うどん県アピールがキッカケなのか、以前の食券タイプからリニューアルされて大型のものになっていました。
この日は「りつりん2」に乗りましたが、船内も座席のモケットが赤色に張り替えられ、トイレも改装されるなど、サービス向上の気合が十分に伝わってきました。
しかし、この日は前運用となる高松からの便が30分遅れで到着し、出港時刻までには乗船出来たものの、積み込み作業の遅れのために三宮を44分遅れで出港。
旅の初めはフェリーのうどんでスタートを…と思っていたのですが、2時を回ってもスタンドが満員だったので、大人しく諦めて持参した本を読みながら就寝体制に。ソファーシートで体を曲げて寝るのは少々コツが要りますが、そこはもう慣れたもの。どこからともなく伝わる微弱なエンジン音が心地よく、いつの間にか眠りについていました。

翌朝。
遅れて出港したぶん6時前まで寝られたので、いつもの5時到着よりは確かな足取りで下船。
私と友人でシャトルバス(これもノンステップバスに替わっていたが、やはり詰め込みが効かずこの日は積み残し発生)の最後の2席を確保して、一路高松駅へ。
地図で調べてみるとこのフェリー乗り場は琴電の沖松島駅にも近いということで、そちらも一度試してみたいルートではあります。

さて、ようやく辿り着いた高松駅では早速18きっぷに押印してもらい、最初に出迎えてくれたのは…


高徳線のキハ40。
四国色を纏う車両も徐々に減少してきました。キハ54・キハ185のようなステンレス車はまだまだ全盛ですが、このキハ40系列のように全塗装ともなれば尚更です。

高松6:38発→栗林公園北口6:44着

短い時間ですが原型エンジンの音を堪能し、2駅目の栗林公園北口で降りて早速1軒目を訪ねます。


向かった先は、駅から徒歩10分ほど、香川県庁の傍にある「さか枝」。
早朝から開いていて、訪れた7時前でも盛況でした。どうやら仕事前に腹ごしらえしていく人も多いようで、釜玉うどん(小)は朝食にぴったり。

お店を出てからは、至近の琴電瓦町駅まで散歩。


途中で立ち寄った香川県庁。
丹下健三の設計による初期の代表作で、月曜日に訪れた広島平和記念資料館と合わせて訪れてみたかった場所の一つです。
元々は3回生時のゼミで井上章一『つくられた桂離宮神話』を講読したことがキッカケで丹下の桂離宮観に触れた(同時に、建築にも興味を持ちはじめた)のですが、その桂離宮や清水寺に見られる柱を格子状に組んだ和風建築、つまり日本伝統の建築様式が丹下の現代的解釈をもってこの香川県庁に生かされています。
とは言えこの県庁、まだ戦後からそう経っていない1958年の建築ですから、当時は相当な驚きをもって迎え入れられたのではないでしょうか。


通りに面した玄関前の、どことなく旧・京都会館を彷彿とさせる風景。
と言うのも、丹下健三は京都会館を設計した前川國男の事務所出身。丹下が香川県庁を建てた2年後、前川は京都会館を完成させていますから、必然的な因果関係がある…と言えるのかもしれません。
(建築に関してはあまり深入りしていないので、断定は避けます。笑)

そうして香川県庁を「鑑賞」した後は、瓦町駅まで歩いて琴電で高松に戻ります。


高松築港駅にて。
乗ってきた電車はいるかの「ことちゃん」が大胆にラッピングされていました。


現在の琴電の主力、元・京急車と京王車が手を取り合って朝のラッシュ輸送をこなしています。
私鉄の電車には疎いのですが、譲渡前の現役時代を知る関東からのファンにとってはきっと「そそられる」光景なのでしょう。一定数が製造され、時代の流れによって引退した後も地方の他社へ譲渡されて大切に使われる様子はまさしく汎用性高き名車の余生に相応しいものと言えるかもしれません。

築港駅からは再びJRの高松駅に移動して、目当ての列車が来るのを待ちます。


8:01にやって来たのは「アラーキー列車」。
写真家・荒木経惟氏の作品がラッピングされた車両は、瀬戸内国際芸術祭の展示の一つをなしています。
編成全体にエロス・タナトスの共存するさまはもちろん既存の鉄道車両には見られなかったラッピング。携帯やデジカメを向ける人も多く、入庫で回送されていくまでの間、それぞれ「鑑賞」に浸っていました。

アラーキー列車を見送った後は、後続の普通列車で次の目的地へ。

高松8:57発→丸亀9:40着

少しお腹も空いてきたので、2軒目を探して移動します。


2軒目はこちらも駅近の「綿谷」で冷やしぶっかけうどん。
これで小サイズというのが驚きですが、友人曰くこのお店は何と言ってもボリュームが売りとのことで、トッピングの種類も豊富。余裕があれば他のサイズにも挑戦してみたいものです。

さて、ここから一旦友人とは別行動。
駅の隣にある猪熊弦一郎現代美術館へ向かった友人を見送って、「アラーキー列車」に乗ります。

丸亀10:29発→観音寺11:13着


車内は何の変哲もない113系でしたが、久々に海岸寺界隈の海沿い区間を楽しみ、気付けば終点観音寺。
現在、アラーキー列車は高松から観音寺の間でしか動いていないらしく、ここ観音寺が運用の西の端。芸術祭の範囲的には愛媛県まで入っても良いような気がしますが、なにぶん車齢の高い113系、走行距離などの事情も関係しているのでしょう。

そして、観音寺とんぼ帰りはもったいないので…


折り返しの多度津行きを駅近くの踏切で。
もう少し側面を強調したかったのですが、場所の関係でここからとなりました。

次の待ち合わせは坂出なので、時間に間に合わせるべく、観音寺からは特急「しおかぜ14号・いしづち14号」でワープ。
四国は短距離の特急料金が安いのであまり抵抗なく利用してしまいます。部活帰りと思われる高校生も数人乗っていて、幅広い利用者を取り込もうとする姿勢が窺えました。
単にこの時間帯の普通列車が無いだけかもしれませんが…。(^^;

観音寺12:09(3分延発)→坂出12:39着


単線区間、車窓いっぱいに広がる瀬戸内海を見向きもしないようなスピードで走る8000系ですが(笑)、その走りはまさに「しおかぜ」の名に相応しいもの。
多度津ではキハ185-19の出場回送に遭遇しました。

そして列車は宇多津で岡山行き「しおかぜ14号」を切り離し、2両の身軽な編成になって坂出に到着。


宇多津~高松間の短距離とはいえ、2両編成の「電車」特急はJR史上初にして最短のものであり、片方が流線型であることもその特異さ・おもしろさを際立たせています。
如何にも模型的な編成ですが、ここ数年のJR四国は乗客の減少による減車・減便が相次いでおり、例に漏れずこの2両特急もその産物で素直に喜べないのが実情です。とは言え特急列車は稼ぎ頭の一つですから、短編成となっても頑張ってほしいところです。

さて、先ほど多度津駅で見かけたキハ185-19ですが、少し待てば出場回送が見られると思い、時間ギリギリまでホーム先端で待機してみることに。


電光掲示に「回送列車」表示の類は一切出ませんでしたが、12:50発のマリンライナーと接続する12:55発の普通列車の合間、12:54に通過して行きました。


片運転台・単行の気動車は回送ならではの光景。JR西日本でもかつてキハ181系が京都から米子(後藤)へと単行或いは2両程度で長躯回送されることがありましたが、いずれも早朝・深夜だったため遭遇したことはありません。そのため、白昼堂々1両きりで高松へと回送されていくキハ185は大変ユニークな光景として印象に残りました。

それからすぐに駅を出て、待ち合わせ場所の鎌田共済会郷土博物館へ。
予讃線の車窓からもよく見える建物で、以前から気になっていた建物です。元は大正期に建てられた図書館でした。


ここでも芸術祭の一環として、会田誠をはじめとする昭和40年会の「We were boys展」が開かれています。
歴史的建造物で現代アートの展示がおこなわれるのは最近でこそよく見られる光景ですが、一見不釣り合いに思える両者であっても、なかなかどうして共存が出来ているのがおもしろいところです。建築物の持つ幅広い受容性、そしてアートの持つ柔軟性、様々なことが考えられますが、こうした取り組みは場所の有効利用となるのはもちろんのこと、展示を通してその建造物自体にも興味・関心を抱くきっかけにもなりますから(今回の私のように)、今後も様々な場所での「融合」が見られることを楽しみにしたいものです。

見学後はマリンライナーで再び高松へ。

坂出13:50発→高松14:05着


片原町界隈をうろうろと。
商店街を電車が突っ切る…というのは京阪電車の伏見桃山でもおなじみの光景ですが、こちらは風景・車両共に少し長閑な雰囲気が漂います。


それから3軒目の「ゴッドハンド」で冷やしうどん。
簡単に言えば「そうめんのうどんバージョン」という表現が相応しいのかもしれませんが、暑さもピークに到達する頃の食事としてはとても良いものでした。
15時で閉店とのことでしたが、間際になってもお客さんの出入りが頻繁にあったのが印象的でした。

それから徒歩で香川県立ミュージアムへ。


今回の香川訪問の最大の目的とも言える「丹下健三 生誕100年 伝統と創造」展へ。
月曜日に広島を訪れたのも、船中で『つくられた桂離宮神話』を読み返していたのも、早朝に香川県庁を訪れたのも全てこのためです。
展示は設計図や模型の点数が多く、広島平和記念公園はその建物の配置からも彼の意図がはっきりと見て取れるようでした。また、香川県庁などに見られるモダニズム建築と伝統的木造建築の融合についても詳しく触れられており、日本が戦後を歩んでいく上で、彼が伝統に眼差しを向けながら新時代に相応しい建築物を創造していったことが窺えました。
時代や国を超えて幅広い評価を受けるそれらは、プロジェクト趣旨にある通り「戦後日本の歩みと時代精神が象徴的に刻まれた建築」という言葉がぴったり当てはまります。まさしく時代を創った建築家と言えるのではないでしょうか。

その後はまた友人と別行動。
私は併設のカフェで小一時間ほど休憩してから…


玉藻公園の脇で琴電を撮影していました。
ここで突然、携帯(iPhone)の緊急地震速報が鳴り、奈良県での地震を告げる表示が。
関西圏ということで帰りの遅延が頭をよぎりましたが、結局、誤報だったとのことで安心しました。

程なくして友人と高松駅で合流。マリンライナーで四国を後にします。

高松17:40発→岡山18:32着

岡山では時間があったので「さんすて」で帰りのおやつにとクリスピークリームドーナツを購入。
18きっぷ利用時は専ら通過点でしかない岡山ですが、久々にエキナカをうろうろしてみると、ここ数年ですっかり変わったな、という印象です。


岡山からの山陽本線は案の定遅れていましたが、数分とのことで安心。
6両編成の姫路行きに乗り込み、本を読んだり寝たりで過ごしていました。

岡山19:20発(4分延発)→相生20:20着
相生20:21発(7分延発)→姫路20:42着(7分延着)


相生では赤穂線からの新快速が先に行くとのことで、姫路まで先行。
やはり関西圏に近づくにつれて遅れが拡大していきましたが、我々の乗った上りは結局数分の範囲に留まった一方、下りは数十分から1時間近い遅れがあったようです。


〆は姫路のえきそばで。
見事に麺類オンリーの一日でした。

姫路21:17発→京都22:49着

最後はほぼ定刻の新快速で一気に京都まで。
どうも同行者が居ると安心して寝てしまうらしく、帰りは坂出~岡山、和気~相生、そして加古川~西大路間の記憶がありません。起きた時には梅小路公園の脇を通過していて、旅の終わりの感傷に浸る間もなく列車は京都駅に滑り込んだのでした。

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