大福 りす の 隠れ家

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--- 映ゆ ---  第17回

2016年10月17日 21時01分24秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



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- 映ゆ -  ~Shinoha~  第17回




「婆様が二十五の歳になられた頃だったか、才ある跡継ぎが必要だと長が婆様に言った。 どういうことかと婆様が聞くと、子を産めといわれた」

「なっ!」 無意識に頭を抱えていた両の手が拳をつくり、足の上にドンと下ろされ、同時に顔を上げた。

「ああ、酷い話だ。 村からは何十の年が経っても才ある女子が生まれなかった。 この村は地の怒りを買い、天にまで見放されてしまっていたのだ。
だが誰もそれに気付かなかった。 長も年老いていく。 “才ある者” を残す事だけに執着してしまったようだった。 
どれだけこの村は婆様の生を狂わすのか・・・」

「長は“才ある者” が子をなしてはいけない事を知らなかったのですか!」 
大きな声を出してはいけない事は分かっている。 が、怒りに声が震える。
足に置かれた両の拳が力任せにシノハの足を下へ下へと押さえる。

「勿論、知っておった。 知った上でタム婆様に言ったのだ。
婆様は“才ある者” が子をなしてはいけない事を知っていよう、天に逆らう事をいうのではない! と長をきつく諌めた。
そして、己はまだ二十五の歳、己が歳をとるまでには、いつかこの村の血を継ぐ才ある女子が生まれるはずだ、と言ったが・・・数日後、この村で一番の強靭な男が婆様の寝間に入った」

「なんてことを・・・!」 両の拳を開くと膝が割れるかと思うほど握り締め、歯を食いしばった。

「いくら気の強い婆様であっても男の力にはかなわん。 そしてその時に肩を折った」

「婆様・・・」 悔しさで我が身がどうにかなりそうになる。

「生まれたのは女子だった。 長は喜んだ。 だが、その女子が五の歳になっても才が見られなかった。 女子には才がなかったのだ」

「当たり前です! そんな風に生まれた子に才があるわけない!」 声を荒げて言ってから、はっとし、すぐに要らぬ事を言ってしまったと心にもない言葉で謝った。

「謝る事はない。 お前のように長も考えればよかったのだ。 だが長は考えなかった。 男が悪かったのだろうと、今度は村で一番頭の切れる若者を婆様の寝間に入れた」 シノハが両手で顔を覆った。

「辛い話を聞かせるなぁ。 だが、この村で起きた事を、狂わされた婆様の生を、オロンガの誰かに知っていて欲しい。 オロンガの才ある女子は遠く離れた村で一人で生き、辛い思いをさせたその村に生を捧げてくれたのだと。 誇り高きオロンガの女なのだと」

両の指で目をギュッと押さえ、まだ顔を覆ったまま頷き上を向いた。 手を放すとその目には見られたくない光るものが、今にも溢れそうになってくるからだ。

「二人目が生まれた。 女子だった。 が、この女子にも才はなかった。 婆様には“才ある者” としての毎日がある。 長は生まれてすぐに二人の女子を婆様から離し、他の女に世話をさせた。 婆様は一人目も二人目も命として大切にはしたが、我が子として認めていなかったから、まだ救われた」

(救われた?) 長の言葉に引っかかるところがあったが、そうかもしれない、と思うところがあった。 だが、素直にそうとは思いたくもなかった。

(婆様はどんな思いで我が子を手放したのだろうか・・・それとも、そんな風に生まれてきた子を見るのが辛かったのだろうか・・・)

溢れそうになっていた光るものは、考えるということで目からひいていった。

「この時に婆様は三十の歳をゆうに過ぎておった。 小さい身体のタム婆様にもう子は産めん。 長は婆様から産まれる才ある女子を諦めた。
だが、その女子たちが女となり、子を産んだ。 そして婆様の産んだ二人目の女が産んだ末の子が才ある女子として生まれた。 
村は“才ある者” を残せた。 ・・・それがトデナミだ」 

「トデナミが“才ある者”?」 あまりの驚きに覆っていた手を外した。 
白目はこれほどになく赤くなっていた。

「ああ、そうだ」

「・・・ですが、トデナミは下衣を穿いていました」 

“才ある者” はくるぶしまである長い1枚物の衣を着る。

「“才ある者” としての行の時には1枚物に着替えておるが、トデナミは今、ザワミドの手伝いからわしの仕事、そして女たちの仕事にも手を貸して走り回っておる。 長い1枚物では動きにくいからなぁ」

「・・・そうだったのですか。 そうか・・・トデナミが“才ある者”・・・」

トデナミに対しての複雑な思いは十分にある。 今までトデナミの存在を知らなかったのだから。 それにトデナミが“才ある者” と言われて信じられない思いがあるが、まだ知り合って間がないとはいえ、あのトデナミがタム婆についていてくれれば、これ以上に安堵するものはない。
何故なら、己はあくまでも男。 タム婆につくことはできない。 だが、トデナミは女。 ましてや“才ある者”。 “才ある者” が才あるタム婆にずっとつくことは誰に問われることなくできる。 それにトデナミがどれほどタム婆のことを心より想っているかは、先ほど痛に知った。
ただそれだけが今の安心材料だった。

「トデナミは小さな頃から婆様と一緒に暮らし“才ある者” の教えを請うている。 
十の歳でこのトンデン村に来てからずっと一人だった婆様がやっと一人ではなくなった。 が、婆様はトデナミの事を孫とは思っていない。 才ある女子として引き取り、師として一緒に暮らしているだけだがな」

そうだったのかと思う。 僅かにトデナミとタム婆の想いの違いをどこかで感じるが、今はそれ以上に頭が回らない。 ただ、たった今聞かされたことだけが頭に残る。 

タムシル婆が“才ある者” で、タムシル婆ではなく、タム婆であった。 そのタム婆の末孫トデナミが“才ある者” それに驚いた。 それだけしか考えられない。 
それはタム婆の幼き頃、若かりし頃を考えたくないという自己防衛の思いからだったのかもしれない。

「お前の事は婆様から聞いていた。 オロンガの村から帰った後には、わしにだけは嬉しそうにお前の話をしていた」

「婆様が我の話を?」 
(わしにだけ? そんなことはない。 トデナミも俺の話を婆様から聞いていたと言ってた) が、思えば長とはどこか違う声音だった。

「ああ、お前と妹婆様の話をよく聞かせてもらった・・・どれだけオロンガへ帰りたかっただろうか」 そう言うと悲しげな目をした。

今にしてこの長が話していたことと、己が知ることをつなげて考えることが出来た。

(ああ、そうか・・・。 そういう事だったのか。 タムシル婆様が何度も「わしと遊んだ事は誰にも言うなよ」 と言われていたのはそういう事だったのか)

タムシル婆の存在はオロンガの村から消されていた。 長でさえ、語り継がれなかったタムシル婆。
いつもタムシル婆はシノハが朝、セナ婆の元へ行くともう居た。 その代わりにいつもなら一緒にいるはずの“才ある者” がいなかった。 そして数日後の朝、セナ婆の元へ行くと、タムシル婆はもう居なかった。 そしてその夜に“才ある者” がセナ婆の家に戻り“才ある者” の教えを請うていた。
村人が寝た後にオロンガに来ていたのか。 帰るときもそうだったのか。 生まれた村なのに誰もいない夜の闇の中を来てそして去っていたのか。
オロンガにいる間は一歩も外に出ず、セナ婆の家の中にずっと居た。 ・・・ラワンが生まれたときと、夜、成長したラワンに会うとき以外は。
そう納得した。

あの時、ラワンが生まる時、セナ婆は床に伏していた。 が、偶然にもオロンガに来ていたタムシル婆がラワンをこの世に招いてくれた。
いや、偶然といっていいのか。

セナ婆とタムシル婆の間では、いつタムシル婆がオロンガにやって来るのかということは約束されていた。 それがいつだったのかはシノハの知るところではなかった。
それはセナ婆とタムシル婆の間で真円(満月)の日と約束されていた。 毎月やってくる真円の日。 そのいつの真円の日にやってくるのかを二人の“才ある者” は事前に話していた。

シノハにしてみれば喘ぎ苦しむ母ズークを見てセナ婆を呼びに行ったのだが、床に伏していたセナ婆の代わりにタムシル婆が命危ういズークの母子を救ってくれた。

(あの時、父さんがやってきてタムシル婆様とともに、逆子のラワンの足を引っ張ってくれた。 タムシル婆様と共に居たことを誰にも言うなよ、と言われていたのに、タムシル婆様のことが父さんに分かってしまってはどうしよう。 と、そういえばあの時考えたな) と、要らないことを思うとすぐにそれを頭の中から消した。

(・・・婆様が来られたときに一緒に居たのはセナ婆様と俺だけだった。 そうだ、一緒に暮らしていた“才ある者” もその時だけはセナ婆様は家に帰していた。 
誰の目にもつかぬようにしていたのか・・・)
はじめにこの長が言った。 時のオロンガの村長がタムシル婆の事を内密のこととしても長に受け継がれていないはずだと。

(帰りたくても帰ることが出来ない、顔すら見せられない生まれた村になってしまっていたのか)


「幼い頃より苦労をし、それが実って村人からの信頼を掴むことが出来た。 
それなのに才ある婆様として、今回の地の怒りを知ることができなかった事、婆様はとても自分を責めておられる」

(そういう事か・・・) 

何度も頷くシノハの様子を見て長が続ける。

「シノハ」 ずっとお前と言われていたのに、急に名を呼ばれ、驚き返事をした。

「は、はい」

「数日この村に留まってはもらえないだろうか」

「はい、お役に立つことがありましたら、なんなりと申し付け下さい」

「不便をかける村だが、暫く婆様の元に居てくれ。 頼む」 

その目を見て深く頷いた。


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