LE REGARD D'ALAIN DELON

アラン・ドロンさんの魅力を探ります。

『アラン・ドロン生誕81年記念祭 by エテルネル・アラン・ドロン』のご案内

2016-09-25 | 生誕81年記念イベント
皆様大変お久しぶりです

前回5月29日のイベントでの予告いたしました通り、来る11月6日(日)銀座タクトにおきまして
第3回目のアラン・ドロン・ライブイベントを開催することとなりましたので、ここにご案内させていただきます。

今回は3回目ということで過去2回とどう違いを出すか、いろいろと試行錯誤を重ねておりますが、
皆様に喜んでいただけるよう精一杯頑張りますので、どうぞ皆様奮ってご参加のほどよろしくお願い申し上げます。

ご参加いただける方はこのブログの左上の「メッセージを送る」から直接私宛に、メールアドレスをご記入の上ご連絡ください。
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Vivement 2017

2016-06-10 | THE INFORMATIONS
Facebookのフランスの友人からお聞きした嬉しい情報です。

先日ご紹介した以下のドロンさんの最新テレビ映像の最後の部分で、
ドロンさん自身の口から
「来年の9月からThéâtre de Parisで舞台" Crépuscule d'un fauve " を上演する予定だ。」
とのお言葉があったとのことです。

Revoir en replay et en streaming "Replay - Entre libre" - Entre libre - France 5

確認しましたところ最後のあいさつの直前24分45秒ぐらいのところでそう仰っています。
どれだけの進行度合いなのかはわかりませんが、テレビで発言されるぐらいですのでかなり期待できる情報だと思います。

2017年が待ち遠しい! ですね。

Merci beaucoup,S.C
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Entre libre - France 5

2016-06-07 | TV APPEARANCES
昨日6月6日フランスのテレビに久しぶりに生出演されたドロンさんの番組が以下のリンクからご覧になれます。
20秒ほどのCMが2本終わってから番組が始まります。

番組では冒頭、息子のアンソニーが父親のキャリアについて語っています。
数か月前にベルモンドの息子のポール・ベルモンドが父親について語ったドキュメンタリーが放映されましたが、
今回は「アンソニーによるアラン・ドロン」という題名が付けられています。

その中で「ゾロは自分の為に撮影されたんだ。」と笑顔で話す彼には非常に好感が持てますし、
ドロンさんも「アンソニーから自分のキャリアについての話を聴くのは初めてだ。」と嬉しそうに仰っています。

それからはドロンさん自身による自分のキャリアの解説がはじまり、クレマン、ヴィスコンティ、メルヴィルとの出会いや、
自分はコメディアンではなく、バート・ランカスター、ジャン・ギャバンやリノ・バンチェラと同じくアクターであるといったこと、
さらに『太陽がいっぱい』で日本で人気を得たことなどをお話しされています。
私たち日本人が知らないところで今だにドロンさんが日本について語っていらっしゃることに感慨無量です。

それ以外にも若い映画監督や絵画のアーティストからドロンさんに対するリスペクトの話であったり、
ドロンさんの歌手としての側面にスポットを当てたりと、かなりドロンさんについて深堀りされた企画でした。

久しぶりに公の場でお話しするドロンさんを見ましたが、さすがにお年を召されたなと感じる反面、
変わらぬ威厳とオーラでもって画面をさらっています。

30分に亘る最新のドロンさんの雄姿を皆様どうぞお楽しみください。

Revoir en replay et en streaming "Replay - Entre libre" - Entre libre - France 5
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『アラン・ドロン生誕80年記念祭VOL2 by エテルネル・アラン・ドロン』のご報告

2016-05-31 | 生誕81年記念イベント
ちょうどロミー・シュナイダーの命日の5月29日、東京のライブハウス銀座TACTにおいて約70名のファンの皆様をお迎えして開催された『アラン・ドロン生誕80年記念祭VOL2 by エテルネル・アラン・ドロン』についてご報告させていただきます。

すでに当日ご参加くださった私のお気に入りブログの管理人のfpd様が以下の記事で詳細なレポートをアップしてくださっていますので、
★映画音楽生演奏を堪能、感動の渦に(「アラン・ドロン祭」で)。 ( その他映画 ) - fpdの「映画スクラップ帖」 (名作に進路を取れ!) - Yahoo!ブログ
私の方はその補足説明あるいは舞台裏などをご紹介させていただきます。

今回のイベントの最初の打合せは、銀座TACT店長の田口様が、毎年企画し神戸で開催するエルヴィス・プレスリーのイベント(http://jocr.jp/event/elvis/)で神戸に来られる日程に合わせて、その前日の3月19日に新神戸ANAクラウンプラザホテルロビー内のティーラウンジにて行いました。
内容としましては前回の振り返りと次のイベント内容についての検討、そしてライブの新曲を私からの希望も入れて6曲程度候補を選定していきました。

翌3月20日神戸の松方ホールで開催されているエルヴィス・プレスリーのイベントにバックバンドとしてご出演されているTACTバンドの皆様の楽屋を表敬訪問し、前回のお礼と次回の依頼を改めて私からも行いました。

4月6日にはロミーの会主催者のイッチ様とJR西明石駅構内の喫茶店でお会いし、次回イベントのグッズ販売の出品を打診。快くご検討いただくこととなりました。

その後田口様と数回のメールをやり取りしながら、新曲が最終的に5曲に絞られ(「危険なささやき」を除外)、それらを含めたライブの曲順をどうするかを私が任されました。
と同時に映像の編集作業に取り掛かり始めました。
バンドのリハーサルに合わせて余裕をもって進めていかねばならなかったのですが、何分本業の仕事の繁忙期と重なったこともあり、直前になってようやく映像が完成してDVDをTACT様に発送するというギリギリセーフの状態でした。

イベントの前日5月28日に東京入りし、夜7時にTACT様を訪問、事前に発送していた私とイッチ様の店頭販売用のグッズの到着の確認、および設置場所の打合せを簡単に済ませてその日は解散となりました。

当日は朝の9時半入り。すでにイッチ様が店内で飾りつけ作業を開始されており、私も養生テープを片手にレコードジャケットを壁に貼り付けているイッチ様を手伝いました。

そのあとバンドの通しのリハーサルが始まりましたので、今度はそこに立ち合い、私のMCの合図をどうするか、映像とバンド演奏開始のタイミングのずれの調整、楽器の音質の確認などを音響のスタッフの方も交えながら細かい修正を施し、いよいよ本番を迎えることとなりました。

開場時間の12時と同時に、外にお並びいただいていたお客様が順番に受付を済ませ店内に入ってこられました。
席を確保したたくさんのお客様が飲み物をご注文されている列を観ながら、今回も皆様にご満足いただけるような盛況な会にしなければいけない、と改めて気を引き締めなおしました。

【1】12時30分開演 オープニング

今回はマツダカペラCM映像集を作成しました。
バックの音楽はCMでも起用されていたVikki MossのHold me closeです。
youtubeにもよく似たものがアップされていますが、ご覧いただいた映像はそれとはまったく別の物です。

【2】アラン・ドロンさんが出演された異色作品の音楽と映像のご紹介

①「泥棒を消せ」より"Once A Thief"(2:12)と"Bad News/Once A thief"(2:06)のメドレー
②「スコルピオ」より"All Fall Down"(4:34)
③「エアポート’80」より"Concorde:Airport79-Suite"(4:56)
④「シネマ」より"Le Piano de Lulu"(1:45)、"La Chandson de Manda"(2:08)及び"Theme de Jurien"(1:17)の3曲のメドレー
⑤「ヌーヴェルヴァーグ」よりDavid Daring "Far Away Lights"(3:42)

①から③はドロンさんが出演したアメリカ映画作品、④は長編テレビドラマ、⑤は珍しいジャンルに起用された作品、というテーマでピックアップしており、それぞれの作品について最後に私から若干のコメントを加えました。

これらの曲が舞台の両端に設置されている超大型のJBLのスピーカーから流れてきますと、その音響効果たるや絶大なもので、家のステレオや車の中で聴いてきたのとは全く違う曲のように感じられ、まるでオーケストラやミュージシャンたちがそこで演奏しているかのような錯覚にとらわれました。

【3】ライブ前半パート

そしていよいよTACTバンドのライブのスタートです。

メンバーを先にご紹介しますと、故ジョニー大倉氏の晩年のバックを演奏していた方々で、
ドラムス渡辺拓様、ベース藤戸孝一様、ギター小林圭吾様、キーボード稲垣剛規様 同じくキーボード安藤公樹様の5名です。

MCは前回と同じく私が担当。
前回もそうなのですが、私は司会業に携わる人たちの発声法を正式に学んでいるわけでもなく、ましてや映画評論家でもありません。
あくまで自分の言葉で語り、ファンの人たちと同じ思いを会場内で共有するというスタンスを保ちながらも、一方でバンド演奏者の方々のプロの技による楽曲の数々をお客様にわかりやすくお伝えするという役割も同時に果たせれるよう心がけました。

まずは新作の"太陽はひとりぼっち"のテーマ音楽、つづいて"ハーフ・ア・チャンス"のエンディング曲(前回はアンコールでご披露した曲)のメドレーで幕を開けました。
アップテンポな曲を続けることによって発生するであろうお客様の興奮を冷ますことのないよう、あえてこの2曲の間にはMCをはさまないようにしました。
また"太陽はひとりぼっち"は原曲に少しベンチャーズ的なアレンジが施されており、終わってからもこの曲が良かったと多くの方からご好評をいただきました。

続いてフランソワ・ド・ルーベの3作品。
以前このブログで「ジェフ」の解説 by 淀川長治 - LE REGARD D'ALAIN DELONをご紹介したことをコメントの中で少しふれました。

続いて今回の新曲"あの胸にもういちど"から"Taken Me To My Lover"ですが、聴いていて心地良さを感じる原曲の良さを完璧に再現していました。
原曲には途中で踏切の遮断機の音、バイクがスタートするエンジン音などの効果音が数秒間挿入されていますが、そこを全てカットしてダイナミックなドラムスの音でスムーズに後半へ繋げていくアレンジがカッコ良すぎます。

【4】トーク・コーナー

ここは会場にお越しくださった皆様同士の交流の場という位置付けで、事前にお願いした数名の方々に舞台の上で簡単なスピーチをいただきました。

まずはイッチ様。なんと来年1月のロミーの会の宣伝用ポスターを早々と作成されて皆様にご披露。
さらに「さすらいの狼」の写真を使ったオリジナルTシャツ・プレゼントのじゃんけん大会が急きょ行われました。

つづいて私のブログに以前から要所要所にコメントを投稿くださっていて今回初めてお目にかかることができた舞輪様に、TOMO様のご推薦もあって壇上に上がっていただき、ご自身のファン歴や「お嬢さんお手やわらかに!」を劇場で初めて観たときの印象、今はこの作品がYoutubeでスペイン語版が観れることなどの情報もお話しくださいました。
またTOMO様のサイトと私のブログが近年のドロンさんの情報源であったというお褒めの言葉も頂戴し恐縮いたしました。

つづいてドロンさんとのパリのホテルでのディナーショーのツアーにほぼ毎回参加し、ドロンさんとのツーショット写真をご披露くださったご婦人にドロンさんへの想いを熱く語っていただきました。

最後に今回初めてお目にかかったfpd様と徳様にペアで壇上に上がっていただきそれぞれお話しをいただきました。
ブログを始めてから10年近く経過し、その間ジュリアン様、ブロンディー様、GH字幕様、イッチ様、徳様そしてTOMO様などオンライン上でしか知らなかった人たちとのリアルな交流が生まれましたが、よもやfpd様ともこうやってお目にかかれることになろうとは思いもよりませんでした。

【5】ライブ後半パート

後半1曲目は私からのリクエスト曲"レッド・サン"。
カスタネットの音とベース、ドラムス、ストリングス、のアンサンブル、やがてオンドマルトノが主旋律を奏でる初めの数秒間の完璧な再現に感動させられました。

ジャン・ギャバン共演作の演奏が3作品続いた後の5曲目も今回の新曲"個人生活"。
原曲のゴージャスでノスタルジックなビッグバンドジャズのグルーブと、それに被さるステファン・グラッペリのバイオリンソロをどうやって再現できるか、その難易度の高さに挑戦してこられたバンドの皆さんに対してこれまで以上に尊敬の念を抱きました。
演奏が終わった後にもう一度お客様に改めてバンドへの拍手をお願いしたのは、私のこの気持ちがそうさせたものです。

その後「王道作品」が続き、全ての曲が終わった後にアンコール曲として今回のもう1曲の新曲"冒険者たち(口笛付きバージョン)"が演奏されました。
これは実は今回のライブの最大の目玉として最後にご紹介したいと思いました。
前回は口笛の音色をサンプリングできない為に断念していたのですが、今回はベースの藤戸孝一様が口笛を吹くことでようやく実現の運びとなりました。

誤解のないように書きますが、原曲のドルーベ自身の口笛をそのまま再現する作業というのは、もちろん下手ではいけませんが、逆に上手すぎてもいけません。ほどよい素人感が滲み出るような"味"が必要なのですが、藤戸様が発する音色には極めてそれに近い"味"が再現されていたと思います。

【6】エンディングについて

ここまで順調に進行してきたのですが最後に大きな不手際が発生してしまいました。
エンディング映像は前回以上のものは考えつかず、同じものでいいと考えておりましたが、なんと用意したDVDにその映像が入っていませんでした。
準備万端で臨んていたつもりでしたが、私の不手際によるハプニングが最後の最後で発生してしまい、非常に反省しております。
次回はかかることのないように気を引き締めて準備してまいります。

【補足】当日会場に流れていたBGMについて

今回私の方で別途CDを作成してまいりました。
お気づきの方もいらっしゃったかもしれませんがLIVEがインストゥルメンタルばかりなので、ドロンさんはじめ歌手のボーカル入りのサントラ主題曲だけを集めました。
ライブが終了後このCDを5枚だけですが、ご希望の方々にプレゼントさせていただきました。
(なおCDの動作確認ができておりませんでしたので、もしお持ち帰りの方で再生に不具合などありましたらお知らせください。交換させていただきます。)

以上大変長文となりましたが、これでイベント報告を終了とさせていただきます。
最後までお読みくださいましてありがとうございました。

次回は11月6日(日)、銀座TACTにて、また皆様お会いしましょう。
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いよいよ明後日開催です。『アラン・ドロン生誕80年記念祭VOL2 by エテルネル・アラン・ドロン』

2016-05-27 | 生誕81年記念イベント
いよいよ29日の日曜日に銀座TACTで行われます『アラン・ドロン生誕80年記念祭VOL2』ですが、
私の準備もほぼ完了しつつあります。

ライブでお届けする新曲5曲を加えたセットリストの曲順通りに編集した映像集のDVDは先日発送完了。
今回の新曲はかなり難易度の高いものが含まれており、バンドのみなさまには大変ご苦労をお掛けしています。

また今回はライブ会場内で開演前後、休憩時間中に流すBGMのCDを新たに作成しました。
ライブがインストゥルメンタルばかりですので、こちらはボーカル曲に絞ってチョイスしています。

オープニング映像は前回のドロンさんのお誕生祝いのスライドショーは使えませんので、今回新たに作成しなおしました。

イベント前半にお届けする5作品の映像集の編集作業もほぼ終了しました。
今回は前回と違ったテーマで作品を選んでおりますが、かなりマニアックな出来栄えになりました。
あまり観ることのできない作品も前回と同じように含まれております。

私から直接発送させていただいたDMのお返事も随時いただいております。
直筆のお手紙に激励のお言葉を書いて送ってくださる方、欠席であるにもかかわらずわざわざメールでお伝えくださる方、など
こういう人と人との穏やかなつながりを持てることこそが私にとってなによりもの励みとなります。

さらにロミーの会の主催者イッチ様には会場の装飾用にアラン・ドロン関連のレコードジャケットを100枚近くご用意いただきました。
前回以上に会場はアラン・ドロン一色となることでしょう。

ご予約はまだ承っておりますので、参加ご検討中の皆様におかれましてはぜひともご連絡をいただければと存じます。

当日お越しくださるお客様にとって素晴らしい会合となるよう最後まで頑張ってまいります。
皆様どうぞご期待ください。

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『アラン・ドロン生誕80年記念祭 VOL.2 by エテルネル・アラン・ドロン』のご案内

2016-05-17 | 生誕81年記念イベント
すでに5月6日の朝日新聞に掲載されておりますが、今月29日の日曜日お昼の12時30分より東京の銀座タクトにて『アラン・ドロン生誕80年記念祭VOL.2』を開催する運びとなりましたので、ここにご案内させていただきます。

昨年11月8日アラン・ドロンさん80歳のお誕生日を記念して開催されました『アラン・ドロン生誕80年記念祭』はおかげさまをもちまして無事に終了することができました。
今回はその第2弾ということで、前回の記念祭よりもさらにパワーアップした内容でドロンさんのファンの方々に最高のひとときをお届けできればと考えております。

特に前回の後半のパートで繰り広げられてご好評をいただいたアラン・ドロンさんの映画音楽の生演奏ライブですが、今回新たに5曲をセットリストに加える予定で準備が進行中です。
新曲と既存曲の演奏順も新たに見直す予定で、前回とはまた違った内容になるよう考えております。
その場でしか味わうことのできない迫力の生演奏と大きな画面に映るアラン・ドロンさんの映画の名場面とのコラボレーションをみなさまどうぞお楽しみください。

また前回の前半パートで2回に分けてお届けしたアラン・ドロンさんの映画作品のダイジェスト映像集も、上記の通りライブの時間が増えるため、今回新たなものを作成して準備してまいります。

さらに今回から新たに加わった企画としまして、アラン・ドロンさんに関する古雑誌、レコード、DVDなどのグッズ販売を会場にて行います。出品は私と「ロミー・シュナイダーの会」の主催者イッチ様とが共同で持ち寄ります。どうぞご期待ください。

参加のご予約はこのページの左上の「メッセージを送る」をクリックして私宛にご連絡いただければ結構です。
その際には返信用のメールアドレスも併せてご記入のほどよろしくお願い申し上げます。
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「ジェフ」の解説 by 淀川長治

2016-04-20 | TRIVIA
淀川長治さんの日曜洋画劇場での「ジェフ」の解説を文字起ししましたのでご覧ください。

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ジェフとは何だろう、はい、ごらんなさい、ごらんなさい、
ジェフ、その人物がだんだんだんだん浮き上がってきます。
さあこの映画、ギャング映画ですから男と男の匂い、あるいは友情 あるいは裏切り、
きびしいきびしい男の世界が出てまいりますけれども、
さっき言いましたように、フランス映画、さあこのキャメラマン、ジャンジャック・タルベ、、
これがきれいなキャメラ、きれいなキャメラでみなさんはなんというカラータッチ、
カラーデザインがキレイだと思いながら中身はこわい男の殺気立ったギャング映画、これがアメリカと違いますね。

主演はアラン・ドロン、それにミレイユ・ダルク
あのミレイユ・ダルク、さあみなさんそうですね研ナオコさんにちょっと似ていますね。
このアラン・ドロンとそれからミレイユ・ダルクはこの映画でいよいよ仲良くなりましたね。

このほか「雨上がりの天使」のフレデリック・ド・パスカルがでてまいります。
い~い顔合わせです。

そしてこの映画の監督はジャン・エルマンです。「さらば友よ」の監督です。
さあこの映画、1969年のこの映画、本当にフランスのムードを嗅いでください。
ギャング映画、けれどもフランスの香りをかいでください。
はい、それではまた後で会いましょうね。

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はい、いかがでしたか?
あの拳闘のジムですか、あの拳闘場、むこうに異様な男とアラン・ドロンの格闘になりますね。
あのときのムード、あのときの演出、すごいですね。
あの大きな電器の傘がパーンとゆれましたね!!
さあ、あの電器の傘がゆれる、電器が揺れる、すると光が走る、影が、影が揺れる、
むこうでのこの生きるか死ぬかのあの異様な殺気、
あ~あ~見事な演出でしたね、

けれどもこの映画、ラストシーンが、ラストがまた何とも知れん如何にもイカしたムードを出しましたね。
さあこの映画、いかにもイカしてました。男の匂いを出しました。
けれどもやっぱりマカロニと違いますね。フランスの感覚が見事に出ましたな~。

このジャン・エルマンという監督、なかなかイカしてます。「さらば友よ」の監督です。
この人はフランス人です。けれどもインドのボンベイで、なんとフランス文学の大学校の先生やってたんですね。
それが映画に入りました。映画が好きで。
そしてなんとイタリアであのロベルト・ロッセリーニ、「戦火のかなた」、
あのロベルト・ロッセリーニ監督の助監督になって、ずーっと修業したんです。
だから今日のギャング映画、今日のギャング映画の中にもいかにもムード、いかにも映画のムード、
それがあふれて、しかも裏切りか裏切りでないか最後までどんどんどんどん引っ張っていきましたね。

そこにアラン・ドロンが何とも知れん、いーい芝居しました。
これがアラン・ドロンだから、また感じ(が)出ましたね
そしてあのミレイユ・ダルクの不思議な女の感覚もやっぱりこの監督ゆえにあげてきました。
見事なムード映画でしたね。

はい、もう時間が来ました。

それでは次週をお楽しみください。
サヨナラ、サヨナラ、サヨウナラ。

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日曜洋画劇場 旧エンディング曲  「 So In Love 」 - YouTube
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『アラン・ドロン映画祭 byエテルネル・アラン・ドロン』のご報告

2016-04-09 | 生誕81年記念イベント
大変遅くなってしまいましたが3月26日土曜日に東京の中央区立日本橋公会堂で開催されました『アラン・ドロン映画祭byエテルネル・アラン・ドロン』についてご報告させていただきます。

当日は2本のドロンさんの代表作『高校教師』と『太陽がいっぱい』のDVDの映像を大型プロジェクターを通じて劇場の大きなスクリーンに上映し、
ホームシアターや家庭用の音響システムでは味わうことのできない素晴らしい映像と音響効果による臨場感をたっぷりご堪能いただくことができたのではないかと思います。

私自身も『高校教師』を劇場で鑑賞するのは今回が初めてで、これまで以上にこの作品に込められた作者(であり監督)の深い想いや、ドロンさんの緻密な演技、メイナード・ファーガスンのトランペット演奏の音楽のすばらしさを再確認することができました。

また『太陽がいっぱい』は、記憶が定かではないのですが、確か地元神戸で開催されたポートピア’81博覧会の中のイベントの一つとして開催されたポートピア映画祭の上映で鑑賞して以来のことで、それぐらい劇場での鑑賞は久しぶりのことでした。

今回上映した『太陽がいっぱい』のDVDは、映画の最後、あの有名なラストシーンの後に画面が真っ暗になってからもう一度テーマ音楽が流れるバージョンで、現在発売されているデジタルリマスター盤のDVDにはそれがありませんので、ある意味貴重な上映だったかもしれません。
ご覧になられた皆様はどうお感じになられたでしょうか?
大画面と大音響で鑑賞する『太陽がいっぱい』は、テレビ画面で見ている時に比べてニーノ・ロータの音楽が非常に大きく画面の奥で鳴り響いていて、その効果は絶大なものであったなと改めて感じ入りました。

現代では以下のサイトで簡単に聴くことができるようになりましたが、
Plein Soleil (Bande Originale de Film) by Nino Rota on iTunes
日本初公開から数十年に亘ってサントラ盤は発売されていなかったという事実を鑑みますと、音楽を含めたこの作品の真価は今だからこそもう一度見直しておく必要があるのではないかなと思っております。

映画祭当日は150名ほどの方々にご来場いただきましたが、年代層は恐らく私と同じ、あるいは上の世代の方々が大半で、昔を思い出しながら懐かしいひとときをお過ごしいただけたのではないかなと思います。
2作品の上映が終わった後のロビーでお一人の男性の方が私たちスタッフのところに近づいてこられ
「今から54年前に私たち夫婦が初めて映画館で観た映画がこの『太陽がいっぱい』でした。今日こうやってまた夫婦揃ってここでこの映画を見ることができて大変うれしかったです。」
というありがたいお言葉を頂戴しました。

そのようなお言葉をいただけただけでもこの上映会を開催して本当に良かったなと思っております。
ご来場いただいた皆様誠にありがとうございました。
今後もこういったドロンさんの名作を大スクリーンと大音響で味わうことのできる機会を設けていければと考えております。

最後に
『高校教師』は数日前から再編集版の記事をアップしてきましたので『太陽がいっぱい』の昨年の再編集版の記事リンクを以下にご紹介させていただきます。

太陽がいっぱい PLEIN SOLEIL(1)
太陽がいっぱい PLEIN SOLEIL(2)
太陽がいっぱい PLEIN SOLEIL(3)
太陽がいっぱい PLEIN SOLEIL(4)
太陽がいっぱい PLEIN SOLEIL(5)

また以下の懐かしい動画(音声のみですが)を見つけましたので併せてご覧ください。

淀川長治 解説 " 太陽がいっぱい " (音声のみ)
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LE PROFESSEUR (4)

2016-03-21 | THE 70'S CINEMA
『アラン・ドロン映画祭』いよいよ今週末の開催となりました。

『高校教師』を大画面で大音響に包まれて鑑賞できる機会は非常に貴重です。
皆様まだまだ席に余裕はあるようですので、ファンの方々同士お誘いあわせの上奮ってご参加ください。

今回も前回の続きで2008年の記事のリニューアルです。

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1972年、ジャン・ピエール・メルヴィルとの『リスボン特急』の撮影を不完全燃焼のまま終えたアラン・ドロンは『高校教師』の撮影のために意気揚揚とイタリアに向かい2月から3月までをそこで過ごした。

それはドロンにとって自身が初めて成功した地への帰還でもあった。
撮影現場では1960年に『若者のすべて』で共演したレナート・サルバトーリや、アラン・カヴァリエ監督作の『さすらいの狼』で共演したレア・マッサリも一緒であった。

ドロンとズルリーニとの関係はフランス本国で映画が公開されるときに発生したいくつかの誤解によって暗雲が立ち込めることになる。
フランス版の公開題名が「Le Professeur」と変えられたこと、そしていくつかのシーンがカットされたことに対してズルリーニ監督はプロデューサーのアラン・ドロンを非難した。

ヴァレリオ・ズルリーニから(記者に)送られてきた手紙が紹介された当時の新聞記事にはこう書かれている。

『私は(イタリア公開用の)オリジナル版をようやく完成させたが、その後は自分で自分の作品を守ることができなくなり気分を害している。
フランスで公開されたフランス語バージョンを観てみると、映画の内容がほとんど理解不能なものになってしまっていた。
約15分ものシーンがカットされているために、レア・マッサリが演じた役柄の人物像が理解不能なものになっている。
またラスト・シークエンスで描かれた荘厳さも著しく異なったものになってしまっている。
すべての精神的なかかわりというものが手荒にかき消されてしまっているのだ。
これではフランスの観客に2年間私が費やしてきたこの映画への努力を理解してもらえるとは到底思えない。』

フランスでは百万人以上の観客を動員しイタリアでも成功を収めたにもかかわらず、アラン・ドロンは『高校教師』は失敗作だったと感じている。
彼がイメージチェンジを図ろうとするといつも観客は拒絶するのだとこの映画はまたしても彼に感じさせることになるであろう。

「『もういちど愛して』が失敗したとき、私には何も新しいものをもたらすことはなかった。
『高校教師』『パリの灯は遠く』もまたしかりで、私は自分が何をしてきたのかはよくわかっているさ。」

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DELON DÉÇU

Le tournage d'Un Flic s'étant terminé en demi-teinte avec Jean-Pierre Melville, Alain Delon est ravi de partir pour l'Italie et d'y rester de février à mars 1972 pour Le Professeur.

C'est également une sorte de retour aux sources et aux films d'auteur qui avaient fait ses premiers succès.
Il retrouve d'ailleurs Renato Salvalori qu'il a connu sur Rocco et ses frères en 1960 et Lea Massari, sa partenaire dans L'Insoumis d'Alain Cavalier en 1964.

Sa collaboration avec Zurlini sera néanmoins quelque peu ternie par une mésentente survenue à la sortie du film dans l'hexagone.
Outre le titre français du film, le réalisateur reproche à Alain Delon d'avoir opéré des coupures.

En témoigne cet article du journal Combat:
“Valerio Zurlini explique dans une lettre que, sérieusement malade après avoir terminé la version originale, il n'a pu défendre son film.
Après avoir vu la version présentée en France, il considère que son film est méconnaissable :
15 minutes environ de coupures, le personage interprété par Lea Massari devenu incompréhensible, la signification de la sequence finale complètement renversée, toutes les implications spirituelles du film brutalement effacées.
Dans ces conditions, écrit-il, je ne comprends pas ce que le public français a pu voir et saisir de mon travail de deux années.”

Malgré plus d'un million d'entrées en France et un succès en Italie, Alain Delon considérera la sortie du Professeur comme un échec et ce film lui laissera une profonde blessure personnelle avec la conviction que le public le rejette lorsqu'il tente de changer d'image :
“Quand Doucement les basses a été un bide, ça ne m'a rien fait.
Le Professeur, Monsieur Klein, oui, parce que je savais tout ce que j'y avais donné.”

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最後のドロンさんがこの作品を失敗に思っていた、という記述は何年頃の取材によるものかが記載されていませんでしたが、当時と今とではドロンさんの心境もかなり変化したことが窺い知れます。

問題のカットされたシーンについては、どこまでドロンさんの意思が入っていたかは定かではありません。
ズルリーニ監督がドロンさんを非難しているのは少し早計だったのではないかと個人的には思います。

ただ改めてフランス語版とイタリア語版を見直してみますと、ズルリーニ監督の指摘は残念ながら当たっていると言わざるを得ません。
フランス語版の唯一の優れている点といえば、ドロンさん本人が話すフランス語が聴けることかもしれません。

今週末の上映はフランス語版ではなくイタリア語版と聞いておりますので完全版の上映ということになります。
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LE PROFESSEUR (3)

2016-03-15 | THE 70'S CINEMA
前回の続きです。

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『高校教師』は、アラン・ドロンにとって彼がそれまでいつも演じてきた氷のようなクールな役柄から脱却しようとした最初の試みの作品であった。
ドロンはヴィスコンティを介して既にズルリーニのことは知ってはいたが、もともとマルチェロ・マストロヤンニを想定して書かれたこの役を演じることにためらうことは少しもなかった。

「この役は初めマストロヤンニが演じるはずだったんだ。でもマストロヤンニは役が気に入らなかったのか、それともスケジュールが合わなかったのか理由はわからないが、結局ズルリーニは私のところにオファーしにローマまでやってきたんだ。
そのとき私は『暗殺者のメロディ』を撮影中だったんだが、私は彼の依頼を初めは少し疑心暗鬼に感じていたので、いったん家に帰ってから脚本をよく読んでみた。
午前3時までいっきに読み終えて私はこれをやるべきだと、すぐさま決意したんだ。」

アラン・ドロンはこの作品にとても熱意を持って臨み、彼の制作会社であるアデル・プロダクションで資本参加をすることまで決断した。
彼はいつも演じてきた刑事やヤクザとは異なる役作りに大いに励み、教養のみを頼りに自身の人生を傍観者のようにしか見ようとしない絶望的な貴族を演じた。

「『高校教師』は何よりも二つの理由で大いに楽しませてもらっているよ。
私はこの作品でギャングスターの役柄から抜け出して、カミユの『異邦人』の主人公のようなキャラクターを演じることができている。
『異邦人』出演のオファーは残念ながらいろいろ考えた末に断ったんだけどカミユは私の好きな作家だよ。
『高校教師』の主人公もまた世の中から取り残された“異邦人”だし、こういうテーマに私は常に魅せられ続けてきたんだ。」

ドロンはさらにこの映画で新しい容姿を見せてくれている。
古いコートを着つづけ、背筋を曲げ、煮え切らない態度で歩き回る。ドロンはこんなくたびれた外見を作ることに喜びを感じていた。

「この人物の外見を創造する作業はとても素敵な経験だ。
無精ひげをはやし、歩き方は小またで、だぶだぶのローデンのコートを着て、始終タバコをくわえている。
外見はこんな姿でもロマンチックな佇まいを常に保っていて映画の雰囲気を壊すことはない。
まるで人々から愛されたジェラール・フィリップが主演した映画のようだよ。」

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UN ROLE à CONTRE-EMPLOI POUR DELON

Le Professeur est la première tentative de Delon pour rompre avec les rôles qu'il incarne habituellement et écorner un peu son côté “papier glacé”.
Le comédien. qui connaissait déjà Valerio Zurlini par l'entremise de Visconti, n'a pas hésité une seule seconde à endosser ce rôle destiné à l'origine à Marcello Mastroianni:
" C'est Mastroianni qui devait le faire, il ne voulait pas ou ne pouvait pas, et Zurlini est venu me le proposer à Rome quand je tournais Trotsky.
J'étais un peu méfiant d'abord, je suis rentré chez moi pour lire le script.
Je l'ai fini à trois heures du matin et j'ai su tout de suite que j'allais le faire.

Alain Delon est tellement enthousiaste qu'il décide de cofinancer le long métrage via sa société Adel Productions.
Il s'attelle ensuite à la construction de son personnage qui est à l'opposé de ses habituels rôles de flics ou de truands.
Il campe un aristocrate désespéré dont la culture est le seul refuge et qui assiste comme un spectateur à sa propre vie :
“Le Professeur me plaît à deux titres surtout : j'y sors des personnages de gangsters et je retrouve là quelque chose du caractère de L'Étranger, que j'ai refusé de tourner toute réflexion faite, bien que le héros, ou anti-héros. de Camus me passionne.
Le professeur est aussi un "étranger" dans le monde: thème qui m'a toujours séduit et soutenu " .

L'acteur a adopté, pour l'occasion, une nouvelle silhouette.
Mal rasé, vêtu d'un vieux pardessus qu'il ne quitte jamais, le dos voûté et la démarche hésitante, Delon a pris visiblement beaucoup de plaisir à cette composition :
“Moi je trouve sans modestie, que la composition du personage était formidable, mais le reste, la barbe, les pieds un peu à l'intérieur, le loden trop grand, la cigarette, ça casse pas l'image, c'est romantique, c'est un peu l'école Gérard Philippe, celui qu'on a envie de prendre dans ses bras.

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LE PROFESSEUR (2)

2016-03-14 | THE 70'S CINEMA
フランス版DVDアシェット・コレクションズのライナー・ノーツからこの作品の興味深いエピソードをご紹介します。

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【ロマンチックで絶望的】

アラン・ドロンはヴァレリオ・ズルリーニ監督作『高校教師』の中でそれまで身に着けてきていた重い甲冑を脱ぎすてた。
それまで演じてきた刑事やヤクザとは大きくかけ離れ、アラン・ドロンは一人の女学生の魅力の虜になる教師の役を演じているのだ。

【相続人】

『高校教師』のストーリーは、ヴァレリオ・ズルリーニという長い期間に亘って成熟してきた作家としての一つの到達点であった。
彼はアフリカ大陸で起こった過去の2つの出来事を回顧し、その地に赴任したイタリアの貴族のファミリーの冒険劇を描こうとしたのである。
彼の頭の中には巨大なイタリアのファミリーがアフリカで運命を切り開いていく物語のアイデアがまず初めに浮かんだ。

第1のエピソードは1896年、アドゥーアの戦いに参加したイタリア人の主人公が、戦争終結後もアフリカにそのまま残り、そこに小さな個人的な帝国を築くというストーリーである。

第2のエピソードは1935年から1936年にかけてイタリアがエチオピアを支配していた時期のもので、エチオピア人の反抗による最初の動乱を描いたものであった。

第3のエピソードは、ファミリーの最後の末裔がエリトリアで死亡した自分の叔父の遺産を集める長い旅の道のりを描くもので、この亡き叔父というのはファミリーの中でも絶対的な権力を持つ人物であった。
そしてこの最後の末裔はアフリカに住むことを拒絶した。なぜなら彼は今やもう根無し草の人間であったからだ。
彼が自分の過去を探っていく旅は、正に彼の記憶を辿る旅であり、完全に変わってしまっていた彼の良心を呼び起こすものとなった。

この最後の第3のエピソード、これこそが“La Prima notte di quiete”(イタリア版の原題=「静寂の最初の夜」)であった。

ズルリーニはこの全てのエピソードを映像化することは断念せざるをえなかったが、ダニエル・ドミニチ出生に関する要素をいくつかほのめかすことによって、この最終エピソードを映画化するだけでも十分に満足であった。

ただドミニチがモガディッシュで勉学を学んだことを劇中で観客が知ったとしても、彼が貴族の末裔であることをはっきりと理解できるまでには映画の最後のシーンまで待たなければならない。

宗教的で芸術的な出展を詰め込んで『高校教師』は“文学映画”としての資質を間違いなく備えている。
監督は2つの古典文学を映画の中に隠喩的に使用した。

ひとつめはゲーテの格言から、イタリア版の題名となった“La Prima notte di quiete”で“死は最初の静寂の夜だ”を意味する。

二人目の作家はスタンダールで、彼の小説の題名“Vanina Vanini”から映画に出てくるヒロインの名前をヴァニーナとした。
さらに貴族と庶民のカップルという設定もこの小説のストーリーから連想させるものであったのだ。

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Romantique et désespéré.

Alain Delon tombe l'armure dans Le Professeur sous la direction de Valerio Zurlini.
Bien loin des personnages de flic ou de truand qu'il interprète souvent, Alain Delon incarne ici un professeur particulièrement sensible au charme d'une de ses étudiantes.

L'HÉRITlER

L'histoire du Professeur est le résultat d'une longue maturation de Valerio Zurlini.
Le réalisateur s'était rendu par le passé à deux reprises sur le continent africain et voulait initialement retracer les aventures d'une famille aristocratique installée de l'autre côté de la Méditerranée:

“Il me vint alors à l'idée de raconter l'histoire d'une grande famille italienne qui va chercher son destin en Afrique :
le premier épisode se serait situé en 1896 avec un protagoniste qui participait à la campagne militaire d'Adoua, qui se fixait en Afrique et qui y fondait un petit empire personnel;

le second episode, qui se passait en 1935-1936 au moment de l'occupation italienne de l'Êthiopie et de la naissance des premiers ferments de révolte des Éthiopiens, avait pour protagoniste un personnage qui pouvait être théoriquement le père de Daniele Dominici de La Prima notte di quiete;

le troisième épisode était le long voyage que le dernier héritier de la famille faisait en Erythrée pour recueillir l'héritage d'un oncle décédé, ultime représentant de la puissance familiale,
Ce dernier héritier refuse de se fixer en Afrique parce que désormais c'est un déraciné.
Ce voyage dans le passé devient un voyage dans sa mémoire et dans sa conscience complètement changée.
Le final de cette troisième partie, c'est La Prima natte di quiete.

Les moyens faisant défaut à Zurllnl pour mettre en scène toute cette epopee, il se contente de ce final, ne gardant que quelques éléments suggérant les origines de Daniele Dominici.
Si l'on apprend qu'il a enseigné à Mogadiscio, il faut attendre l'issue du film pour comprendre qu’il appartient à une famille aristocratique.

Truffé de références religieuses et artistiques, Le Professeur fut qualifié à juste titre à sa sortie de “film littéraire”.
Le réalisateur y fait allusion principalement à deux auteurs classiques.
Le premier est Goethe à qui il emprunte un vers pour le titre italien La Prima notte di quiete, ce qui signifie “la mort est la première nuit tranquille”.
Le second écrivain est Stendhal, dont la nouvelle Vanina Vanini lui a inspiré le nom de la jeune Vanina et le couple aristocrate /roturier.

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映画の中ではドロンさん演じる主人公の過去が断片的に描写されていて、いささかわかりにくい場面が何度か出てきます。
しかしこの映画の原作がもともと3世代にわたる大河ドラマの最終章である、ということを理解して見直しますと、なるほどと感じさせられます。
古くは『エデンの東』、最近では『スター・ウォーズ』などと同じように、この『高校教師』も原作のもっともドラマチックな部分が映画化された作品なのでした。
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LE PROFESSEUR (1)

2016-03-13 | THE 70'S CINEMA
開催まであと2週間余りとなりました3月26日(土曜日)のアラン・ドロン映画祭にて午前11時より上映される『高校教師』を今回から4回に分けて取り上げます。

(2008年3月3日の過去記事の内容を画像含めてリニューアルしました。)

この作品はアラン・ドロンさんが2007年に電撃来日してご出演されたテレビ番組「SMAPXSMAP」の中で、ご自身が選ぶベスト5作品の最後の1本にあげていらっしゃいます。

本作は1972年のドロンさんが37歳の人気絶頂の頃の作品で、60年代後半ハリウッドからフランスへ帰国以降、既に素晴らしい作品群(あえてもうここでは書く必要はないですね。)に主演しつづけており、並みの人間であれば、この達成感に満足して少しばかり休養しようとするところなのでしょうが、我等がドロンさんはさらなる飛躍を期して新しい分野の作品に挑戦し、結果として(興行面は別として)これが大成功することとなりました。

イタリアの小都市であるリミニを舞台とした本作は、この街の佇まいが準主役と言ってもいいほど重要なファクターとなっており、荒れた海と潮風にさらされている港や曇った街並みは、主人公の孤独と陰鬱な心の内面を映し出す心象風景となって観客の目に焼きついてきます。

ドロンさん扮する主人公ダニエレ・ドミニチは、地元の高名な貴族の家系の末裔であるにもかかわらず、過去に起こした“ある事件”が原因で生家から離れ、教師をしながら夜毎ギャンブルで金を使い果たし、家に帰ってくれば愛人と堂々と電話で連絡を取り合っている"やさぐれた"妻がいる、というかなり複雑な環境に置かれた人間ですが、この人物をドロンさんが演じると実に奥深い哀愁に満ちた人物になるから不思議です。正にこれこそがスターの輝きというものなのでしょう。

臨時教師として赴任した高校で運命的に巡り合った女学生(とは言っても日本では大学生と同じ年代のようです。)との恋愛に苦悩するドロンさんの姿というのは、それまでのフィルムノワールや犯罪映画で見慣れてきたニヒルでクールなドロンさんとはまた違った魅力があり、その愛する女性と金持ちの愛人がクラブで抱き合って踊っているところを黙って見ているダニエレが瞳の中にうっすらと涙をにじませる場面は、ドロンさんがそれまで見せたことのなかった演技です。

またこの映画では2006年の『007カジノ・ロワイヤル』でも印象的な演技を披露したジャンカルロ・ジャンニーニが珍しくドロンさんと共演しています。彼の演じる役柄はドロンさん演じる主人公ダニエレに対してややホモセクシャルな感情を持って接しているように感じさせますが、ダニエレは彼のそういった気持ちを気付きつつも、それをさらりとかわして、あくまで友情として受け入れています。このあたり、それまでフランスのフィルムノワールで男と男の友情を重んじた世界に身を置いてきたアラン・ドロンの面目躍如といったところで、どろどろの愛憎が渦巻く本作の中にあって、唯一すがすがしい気分にさせてくれる部分です。

学校の壁にかけられている絵画に一瞬まなざしを投げかけたり、愛する女性の金持ちの愛人宅の悪趣味な装飾物に無言で非難の視線を投げかけたり、随所に彼が名家の出身であるところを暗に匂わせる演出とそれに答えるドロンさんの演技にも注目してください。前述のジャン・カルロ・ジャンニーニが『イノセント』で、恋人役のソニア・ペトロヴァが『ルードヴィッヒ』でこの後ヴィスコンティ映画に出演することや、同じく友人役のレナート・サルバトーリと『若者のすべて』で共演していることなども考えあわせますと、このドロンさんの元貴族を思わせる演技はどこかルキノ・ヴィスコンティの影というものを感じ取ることができます。

余談になりますが、私が大学3回生のとき、受講中の学生全員に自己紹介文を書かせて、また突然シェークスピアの詩を朗読しながら教室内を歩き出したりする強烈な個性の英文学の教授の講義を受けていました。その当時は何とも不可思議な気分でこの講義を受けていたものでしたが、数年後この映画を初めて見たとき、「ははーん、あの教授はこの映画のドロンさんのまねをしていたのだな。」ということに気づき、その時始めてこの個性的な教授に親近感を覚えたものでした。

メイナード・ファーガソンのトランペットの演奏が耳に焼き付いて離れないこの映画のサントラCDにつきましてはこちらでご紹介していますのでご覧ください。
『Le Professeur』
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2016年5月27日発売Blu-ray&DVD『サムライ』予告編(字幕なし)

2016-03-13 | THE INFORMATIONS
永らく日本で廃盤となっていたドロンさんの代表作『サムライ』がいよいよ再発されるようです。
しかも野沢那智氏の吹き替え音声付きとのこと。
これはファンの方々は買い逃しのないようにしなければいけませんね。

2016年5月27日発売Blu-ray&DVD『サムライ』予告編(字幕なし)
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アラン・ドロン映画祭 by エテルネル・アラン・ドロン

2016-03-02 | 生誕81年記念イベント
東京の日本橋公会堂で3月26日(土)に開催される「アラン・ドロン映画祭」のチラシをご紹介します。
(昨年11月のアラン・ドロン生誕80年記念祭にご参加されて連絡先をお聞きしている皆様には先月発送済みです。)

画像左側のチラシの表面に「エテルネル・アラン・ドロン」という見慣れない名前がありますが、
これはドロンさんのイヴェント活動を今後行うにあたって、窓口となる活動母体の名称に何かいいものはないかと
大阪のアラン・ドロン・インフォメーション・デスク(ADID)に相談に行きましたところ、
社長の方からフランス語で「永遠の」を意味する単語の「éternel」(エテルネル)を使ってくださいとのアドバイスを頂戴し、
今回からそれを使わせていただくこととしました。

また画像右側のチラシ裏面の中段に「アラン・ドロンさんの商品買い取ります。」とありますが、
これで買い取ることができた商品は次回の5月のイヴェントでご来場いただいた皆様に販売することを考えております。

それでは皆様奮ってご参加のほどよろしくお願い申し上げます。

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アラン・ドロン映画祭 3月26日(土)上映作品 【2】「高校教師」 作品紹介文

2016-02-07 | 生誕81年記念イベント
イタリアの港町リミニを舞台に、高名な貴族の家の末裔であるにもかかわらず、
過去の“ある事件”が原因で生家から離れ、教師をしながら夜毎ギャンブルや酒場で金を浪費し、
妻との関係にもずっと隙間風が吹いている、という複雑な境遇の主人公を、
アラン・ドロンが哀愁に満ちた奥深い人物として演じきった1972年の作品。

監督が初めマストロヤンニにオファーして断られた役をドロンが脚本を読んで気に入り、製作まで関わることになった。
メイナード・ファーガソンのトランペットの音色が耳に焼き付いて離れない主題曲が出色。
ドロンは2007年に来日して出演したテレビ番組"SMAPxSMAP"の中で、自身のベスト5のうちの1本にこの作品をあげている。
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