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日本でもテレビや冷蔵庫を持てない「年収180万円」社員が激増する

2005-12-03 19:31:43 | 記事
 「週刊ポスト」 2005.10.14号

 日本でもテレビや冷蔵庫を持てない「年収180万円」社員が激増する
 森永卓郎・エコノミスト

『ハードワーク 低賃金で働くということ』
ポリー・トインビー著 椋田直子訳
東洋経済新報社

【ポリー・トインビー】 英『ガーディアン』紙のコラムニスト。ラジオ、テレビなどにも出演。かつてBBC放送で社会問題担当部門の部長を務めた。著書に『失われた子供たち』『労働者の暮らし』(いずれも未訳)など。英国プレス賞、年間優秀コラムニスト賞などを受賞。

「民でできることは民に」、「改革を止めるな」。そう叫んで、構造改草を前面に打ち出した自民党が、総選挙で空前の圧勝をした。この国では、構造改革という言葉は輝きを失っていないらしい。官で行っていた事業を民間に移すことによって、効率化と経済の活性化を図るという構造改革政策には、お手本がある。80年代にマーガレット・サッチャーが行った構造改革だ。
 サッチャー政権は、肥大化した官僚システムを縮小し、民間部門の活力を引き出すことで、英国病からイギリス経済を救い出したと高く評価されている。しかし、イギリス経済のコスト競争力を複活させた最大の原因は、労働コストの低減だった。つまり、手厚く労働条件を守られていた公務員の仕事を新たに引き受けたのは、雇用が不安定で、労働条件も劣悪な、低賃金労働者たちだったのだ。
 著者のポリー・トインビーは、『ガーディアン』紙にコラムを書いている女性ジャーナリストだ。まとまった休暇を手にした彼女が挑んだのは、低賃金労働者たちの生活を体験することだった。身分を偽り、賃金の範囲内で住めるアパートを借り、職探しをする。時給840円、週40時間働いたとして、年収180万円の暮らしというのは本当に余裕がない。家賃や税金を支払うと、カーテンレールさえ買えないのだ。
 2年前に私は『年収300万円時代を生き抜く経済学』のなかで、300万円でも工夫次第で豊かに暮らせると書いた。「家計調査」でも年収300万円世帯までは家計が黒字で、テレビや冷蔵庫などの主要耐久消費財の普及率は100%近い。ところが年収300万円を割ると、家計は赤字転落、耐久消費財の普及率も激減する。生活事情は日英とも同じなのだ。
 低賃金労働者の暮らしを体験して、著者が一番心を痛めたのは、一度入った職場から人々が抜け出せないことだ。転職活動の間には時給が支払われない。履歴書の写真や交通費などのコストが家計にのしかかる。新しい職場に対する不安と仕事を覚えるまでの苦労が嫌になる。そして、彼らを一番職場に縛り付けるのは、同じ職場の仲間なのだ。コスト削減のために、低賃金の労働者たちには、膨大な作業が押しつけられている。それをこなすために、職場の仲間たちは、懸命に工夫をし、絶妙のバランスで仕事を分担する。転職をするということは、そのバランスを崩し、新人の教育という負担を仲間に押し付けることになる。転職が裏切り行為になってしまうのだ。
 厚生労働省が昨年発表した「就業形態の多様化に関する総合実態調査」によると、日本の非正社員の比率は35%で、4年前より7ポイントも増えた。しかも、その非正社員の8割は、月給が20万円に達していなかった。
 イギリスで起きたことは、10年遅れで日本でも起こっている。働けど、働けど豊かになれず、スターバックスも、本屋も、レストランも利用できない過酷なアパルトヘイトが日本に定着する日は、それほど遠くないだろう。

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