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原発の呪縛・日本よ! 自然は有限、脱浪費を  --地球物理学者・石井吉徳さん

2012-08-26 12:15:05 | Weblog

特集ワイド:原発の呪縛・日本よ! 地球物理学者・石井吉徳さん

毎日新聞 2012年08月24日 東京夕刊


写真:石井吉徳・東京大学名誉教授=丸山博撮影


 <この国はどこへ行こうとしているのか>
 ◇自然は有限、脱浪費を--地球物理学者・石井吉徳さん(79)

 「人は自然の恵みで生かされている」

 畳敷きの大広間教室に、やや早口の声が響く。8月1日。長野県大町市の信濃木崎夏期大学初日。講師陣9人のトップを務めたのが、石井吉徳さんだ。「恵みのひとつが石油。だが、生産はピークを迎えた」。今と同じようにエネルギーを使っていては、社会が成り立たなくなる。では、どうしたらいいのか。講義は熱を帯びていった。

 JR信濃大町駅から車で約15分。北アルプスを望む木崎湖畔の小高い丘に、木造平屋建ての“校舎”が建つ。夏期大学は、地域の教職員が中心となって運営する、1917(大正6)年から続く生涯学習の場だ。この日は約250人が聴講した。

 石油は食糧生産のための燃料や肥料などに大量に使われるから「石油ピークは食糧ピーク」を意味する。石油は輸送や化学製品の原材料などに欠かせないから、「石油ピークは文明ピーク」でもある。休憩をはさんで約3時間、講義は続いた。

 石井さんの結論は「脱浪費」である。原子力ではない。低エネルギー社会をつくることだ、という。

 石油生産にピークがあるという「石油ピーク論」。海外ではよく知られる考え方だが、日本で主張する人は少ない。探査や掘削技術が進歩する限り、それまで掘れなかったところでの新たな油田開発が可能となり、生産のピークは訪れないと反論されてきた。石油危機を乗り切り、石油の恵みを経済成長に変えてきた歴史がその反論を裏付けた。「コップにある半分の水を、まだ半分あると見るか、あと半分だけと見るかの違い」(エネルギー業界関係者)との指摘もある。しかも最近は、非在来型石油のオイルサンドやオイルシェールなどが大量に埋蔵されているとわかり、新たな資源として期待がかかる。

 だが、石井さんは考えを変えなかった。石油開発業界での16年の経験と、その後の大学での物理探査工学の研究が「地球は有限」と確信させていたからだ。

 「油田は自噴する非常に効率のいいエネルギーです。しかし、自噴する力は年々落ちていく。その他の多くの資源は、簡単には取り出せません。技術で商業化が可能でも、これからの資源は結局、高くつきます。言葉を換えれば、石油以外の資源は質が悪い。再生可能エネルギーも、希薄で拡散しているものを濃縮しなければ使えず、それにはエネルギーが必要。やはり質が悪い」

 石井さんを後押しするように、国際エネルギー機関(IEA)が2010年、「石油の生産量が06年にピークを迎えた可能性が高い」と年次報告書で初めて明らかにした。同時に、非在来型石油など新資源は商業化に多くの資金が必要で、石油などの在来型より高価になり、環境に与える影響も大きいとしている。

 石井さんはこう断言する。

 「資源は有限なのに、技術に過剰な自信を持っている日本人が特に、技術で何とかなると考える。原子力発電や核燃料サイクルは、その典型でしょう。技術至上主義は安全神話を生み出してきた」

 旧制中学1年生のとき、終戦を埼玉で迎えた。真っ赤に燃える東京が目に焼きついている。「終戦近くになっても大人は『日本には神風が吹く、大丈夫だ』と言っていました。神風? 何だそれはと思っていました。日本人はどんなときでも何とかなると考えがちであることを、このことが端的に示しています。それが今につながっている」

 石井さんは、昨年の福島第1原子力発電所事故まで「原子力はむしろ必要と思っていました」と、正直に告白する。ウランは有限だが、核燃料サイクルが技術的に確立すれば、使用済みのものから核燃料を作り出せる。高速増殖原型炉もんじゅ(福井県敦賀市)への期待もあった。しかしそこでは、ナトリウム漏れ事故(95年)、炉内中継装置落下事故(10年)が相次いだ。

 「核燃料サイクルの技術は、通常の原子力発電よりはるかに高度なもの。フランスやドイツがあきらめていることでわかるように、相当難しい。一連の事故で私は、実用化は無理と考えるようになりました。日本政府があきらめないのは、そこに既得権があるからにすぎません」

 放射性廃棄物の処分にも疑問を抱く。「地震国日本には安定した地層がない。そこでの地層処分はありえない」

 「3・11」を目の当たりにして、原発安全神話が「恐怖の仕組み」であったことを知った。「私たちは、技術では何ともならない領域、手をつけてはならない領域に足を踏み入れていることをはっきりと思い知らされました」と吐露する。「経済成長を信奉する人は、技術によって資源は無限となり、原子力発電も可能だと言う。それができないのだから、成長そのものを問い直す時なのです」

 日本の経済成長のためには原子力発電が必要という主張がある。原発の呪縛より先に、私たちは成長という呪縛にとらわれていないか。

 5年前、くも膜下出血で奥様の宏子さんを亡くした。クリスチャンであり、石井さんの「最大の理解者」だった宏子さんは生前、石井さんに聖書を贈った。そこに、口癖だった言葉が書かれている。

 <狭き門より入れ。命に至る門は狭く、その道は細い>

 マタイによる福音書の一節で、この言葉の前には<滅びに至る門は大きく、その道は広い。そこから入っていく者が多い>とあり、<狭き門を見いだす者はまれ>と続く。

 石井さんは、「楽に生きるな」と宏子さんが言っているように感じるという。「恵み」を野放図に使うな、と。

 宏子さんが亡くなる前年の06年、エネルギーや環境問題を中心にいろいろな人と意見を交わしていこうと、NPO法人「もったいない学会」を設立した。正式には「石油ピークを啓蒙(けいもう)し脱浪費社会をめざすもったいない学会」。会員は現在、約400人。「3・11」後、問い合わせや講演依頼が増えたという。ウェブ上での情報交換に加え、定期的にセミナーを開き、石井さんは大量生産・大量消費を支えた集中型エネルギーの時代は終わり、エネルギーを地産地消して生きていくしかない、と説いている。「脱浪費」は「脱成長」である。

 夏期大学の初日は抜けるような晴天で、遠くの峰に雪が輝いて見えた。「人は自然の恵みで生かされている」。石井さんは、改めてそう実感したという。

 取材を終えたうだるように暑い日。東京の一角で、青い空に高層ビルが突き刺さるようにのびるさまを見上げながら、石井さんの言葉をかみしめた。【内野雅一】


 ■人物略歴
 ◇いしい・よしのり

 1933年生まれ、東大理学部卒(地球物理学)。帝国石油(現・国際石油開発帝石)入社。その後、東大教授、国立環境研究所所長を務めた。東大名誉教授、NPO法人もったいない学会会長。著書に「石油ピークが来た」など。



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