[本作戦の目的]
本作戦の目的は、ひとえに「大掃除しろ」と口に出さずして「大掃除に周りの人間を関与させる」ということにある。つまり、自らが大掃除をすることが目的ではないが、もちろん「率先して自らが大掃除をする」という気高い行為を否定するものではない。
[準備]
1. 戦闘服に着替える
割烹着を着る。割烹着がなければエプロンでも可だが、割烹着よりはインパクトが落ちる。エプロンの場合は、補助的にアームカバーなども着用し、文字通り「エルボーグリース」度が高い仕事であることを強調する。また割烹着は、白さがまぶしすぎるものは「割烹着なんて日ごろは使わない生活をしています」感を煽って逆効果となるかもしれないので、徹底的に着古して醤油で煮しめたようなもの…とは行かないまでもそれなりに着古した感じのもの、または色柄のある物を選ぶと良い。
頭には日本手拭いをかぶる。姉さんかぶりは風流であるが、本気度をより強くアピールするためにけんかかぶりにしておくと、「おお、コイツはやる気に満ちているな」という印象を与えることが可能である。バンダナやハチマキでも可だが、きつく頭を締め付けるように着用し、キリリとしたやる気を見せること。三角巾の類には切迫感が感じられず、ゆえに着用はお勧めしない。
マスクを着用する。マスクはどの種類でも良いし、バンダナなどでも代用できる。ただし、医学的にみて高機能のもの(たとえば超立体マスクのウイルスガード用)は、健康上の理由で着用していると誤解される可能性があるで、本作戦においてはできれば使用を避けたほうが良い。あくまでも「この仕事は、ホコリにまみれる大変な仕事なのだ」ということを印象づけるという視点で、マスクを選択することが肝要である。また、マスクをかけると顔の表情の大半が隠れ、これが後述する作戦の実施に影響を与える場合があるため、女性の場合は目化粧をいつもより濃い目にしておくと良い。
作業用の手袋をはめる。水仕事用の手袋や軍手が良い。水仕事用の手袋の場合は、本来の用途とは関係無しに、むだに厚手ロングのものを着用すれば、「大仕事感」を高めることができる。また、軍手の場合は、手のひら部分に滑り止めがついているタイプのものを着用すると、「この作業には、重いものを運んだり、荷造りをしたりといった、大変な作業が含まれる」という、無言のメッセージを送ることになる。
なお、手袋を着用するのが嫌いな向きには、ダース買いした軍手のたばを人目に付くところに置いておくという行為で、代替することが可能である。
上記の他にも有効な装備がある。たとえば日ごろコンタクトレンズを装用している者が、ホコリが舞って困難な作業であることを印象付けるために、あえてメガネにしてみても良いだろう。また、首まわりにタオルを巻くと、「首にタオルを巻いておかないと首もとからほこりが入ってしまうほど、困難な状況での作業である」ということと、「これは汗をかくほどの重労働である」ということの両方を、暗示することができる。各自でいろいろと工夫をこらしてほしい。
2. 武器を手に取る
掃除道具の中から、数種類を手に取る。日ごろおなじみの雑巾、バケツ、モップ、フロアワイパー、住まいの洗剤など。要は何でも良いのであるが、コツは、
- 必ず複数種類を手に取ること
- 武器の中に静電気を利用しホコリをとる柄付きのダスターを含めること
である。また、武器は手で持つのみでなく、たとえば掃除機のホースを首に巻きつけたり、ポケットの中を武器で膨らましておいたり(その際に、ポケットの中身が武器であることがわかるような状態にしておくこと)と、「ジャラジャラ」という擬音語で形容されるような状態で身につけておくと、ことの重大さと切迫感を強調できる。
静電気ダスターは、使用する前に空気中でふって静電気を起こし、その静電気によってホコリを吸着するものであるが、後述する理由により、通常のハタキでは代替不可能である。
[作戦の実行]
掃除を行っていない者たちがなるべく多く集まる部屋に赴く。おもむろに静電気ダスターを、彼らの頭上で振り回す。その際に、神主がお払いにおいて榊を振りかざすがごとく、ダスターを両手を持って、厳粛な面持ちで厳かに行なう。面持ちといっても、顔の半分はマスクに隠れてしまうので目ヂカラがものをいうため、ここで女性の場合には濃い目の目化粧が効果を発揮するのであるが、化粧をしない向きには、日ごろから海老蔵を見てその眼力を研究することをお勧めする。コツは、掃除の神様が自らに宿っている気分で一連の動作を行なうことである。
静電気ダスターを振りかざしたことに「なんで、そんなものを振り回すんだ?」とのクレームが発生した場合には、「静電気ダスターは、こんな風に振って、静電気を発生させてホコリを吸着するんだよ」と、神がかった声で主張しておさめる。つまり、この頭上で振りかざすという行為は、静電気ダスターで行ったときのみ正当化が可能であり、羽毛や正絹のハタキでは不可能である。また、正当化の主張は、相手の目を直視して行なうことだ。
この段階で周囲が掃除へ向けて重い腰を上げれば理想的だが、そうならなかった場合には、「次のアクション」に入る。普段の掃除では行わないような、大げさな動作の一端を示すことで、周囲のものを大掃除の世界へと誘うのである。
この「次のアクション」に何を選ぶかについては、個々人の信念もあろうが、ここでは、シーリングライトのカバー(グローブ)をはずして、カバーの掃除をするというパフォーマンスを、お勧めする。
シーリングライトは、部屋の真ん中の、しかも高い位置にある。したがってカバーを取り外すのには脚立の類が必要になり、また大きく伸び上がったり、脚立の上に立ったりという、通常の軽めの清掃では行われない動作が、部屋の真ん中において、しかも衆目の中で行われることになる。ここに意義があるのである。
彼らが掃除のために動き出した時点で、この作戦は終了である。各自が掃除に取りかかったことを確認し、自分はこっそりとコーヒータイムにすると良い。複数の人間が、せっせと掃除をしている光景をコーヒーをすすりながらのチラ見するのは、実に気持ちのよいものである。しかしもちろん、冒頭の本作戦の目的でも述べたように、作戦実行者自身もそのまま大掃除の世界に浸りこんでも良い。
[本作戦の注意事項]
本作戦は、日ごろ勤勉な者が実行したときにのみ有効であり、本作戦の成否はひとえに作戦実行者の日ごろの行ないにかかっている。
しかるがゆえに、日ごろ怠惰な向きにあっては、作戦を実行するも周囲は動かず、「コイツは本当に働くんかいな」という好奇と疑惑の目に曝され、自らたった1人で大掃除を遂行せざるを得なくなる。
しかも、かような事態においては、実際に大掃除に大汗した後であっても、「あの人はいざとなればしっかり働く」という良い評判は得られず、あまつさえ「節句働き」というネガティブな評価を得る可能性が高い。もしこのような悪い評価を得た場合には、心を入れ替え、来年末の作戦成功を願いつつ今後1年は勤勉に過ごすことが望ましい。一方で目チカラをいかに蓄えるかの訓練をしておくことも重要である。
とまれ、諸氏の幸運を祈る
(本作戦の企画立案に対し、立案者は何ら報酬・対価を得ていない。また、もっぱら無責任に書いているのであるから、本作戦を実行した際に発生する損害等については、一切の責務を負わないものとする。)