(この記事は、前記事
「天津わかしお学校」の続きです)
40年。長いよね。40年たつと町並みは変る。わたしが生まれ育ったあたりも激変した。40年前、このあたりに高速道路は通っていなかった。40年前には高島平団地はまだ建設中で、まだ人は住んでいなかった。今は都営地下鉄三田線と呼ばれているできたばかりの都営6号線は、高島平―巣鴨間のみをつなぎ、高島平駅も西台駅も、人も建物もない平面の更地の上のポツンとある高架駅だった。
さて、天津に話を戻そう。
1970年代には、この地を数回訪れた。区が毎年夏になると、この小学校のOBに対して、学校の寮を利用した2泊3日の有料ツアーを行っていたからだ。
1980年代に訪れたのは、1回だけだ。たしか、1987年の3月の終わりか4月の初めだった。日本中のあちらこちらで大規模なリゾート開発が行われようとしているころだった。いくつかの護岸工事と、現さいたま市の市民保養施設ができた他は、17年たっても、周辺にそれほどの変化はなかった。春休みの天津養護学校(現:天津わかしお学校)にちょっとお邪魔したのだが、このときは小学校に当直していた先生が「最近、コンビニが1件できたんですが、これがこの町一番のビッグニュースです」と、言っていた。
1990年代に1度訪れたのは、たしか1996年あたりだったと思うが、しっかり「バブルが通りましたよ」状態になっていた。おそらく盛んに地上げが行われ、中途半端なリゾート開発がされ、そしてバブルははじけてブームは終わった。すでに「つわものどもがゆめのあと」感が漂いはじめていた。
そしてそれから十数年。バブルの間に建てられたリゾート型のホテルやら、民宿やら、別荘やら、企業の保養所やらは、しっかり古びて、さびれた雰囲気がただよっていた。ただでさえ潮風は錆を呼ぶので、建物や設備の耐用年数は通常より短くなる。わたしのような観光客が海辺でデジ一を構えたぐらいで、潮風にあたった後のカメラの手入れを考えなければならないのであるから、実際にそこにある建物や設備の潮風対策は大変だろう。台風一過の後は、付着した塩分を洗い落とすために家の屋根と外壁全体を水で洗い落としたりしなければならないらしい。もちろんきちんと洗い落としたりしても、劣化は通常より早い。年中潮風にあたっている自動車や自転車やメッシュフェンスも、手入れをしていてもガンガン錆びていく。
ところで、天津養護学校には、校歌のほかに寮歌というものがあった。その寮歌については、メロディーと3番の歌詞をうろ覚えに覚えているだけなのだけれど、たしかこんな歌詞だったと思う。
いつの日遠い未来の日
大人になった私たち
なおも変らぬこの浜の
潮の香りを懐かしむだろう
「なおも変らぬ」の部分が「この浜」にかかるのか、それとも「潮の香り」にかかるのかは不明だ。で、「潮の香り」と解釈すればこの歌はかなり正しいような気がする。空気のにおいは相変わらずだ。潮の香り…というよりは、磯臭さ。磯臭さの源は海藻だそうだが、このあたりは海藻が大量に採れる。(漁業権があるので、観光客はこれを採ってはいけません。)
↓ 海藻が波の間に(画像をクリックすると拡大します)
が、「なおも変らぬ」の部分が「この浜」にかかっているのだとすれば、この歌は正しくはなかったようだ。
今回、防波堤際を歩いていると、砂浜の防波堤がところどころで高く補強され、防波堤沿いの道からは海が見えないところがあった。何でも、数年前の台風で波がこの防波堤を越えてしまい、海岸際の民家に被害が出たとのことである。これまでずっと機能していた防波堤を越波した大きな台風は、地球温暖化が原因であるのかもしれないが、確定的な原因はわたしにはわからない。
↓ 防波堤の高さを後から継ぎ足したため、半ばトマソンと化した階段(画像をクリックすると拡大します)
そして、変ったのは海岸そのものだった。「砂浜が減った」と、天津わかしお学校の寄宿舎指導員は言っていたし、わたしもそんな風に感じた。しかも、40年前にはなかったものが砂に混じっている。それはゴロゴロとした石ころである。こんなに、石ころがゴロゴロしていた海岸だったっけ?
↓ タンブル加工したかのように角がとれた大小の石がゴロゴロ、ゴロゴロ(画像をクリックすると拡大します)
もちろん、砂浜が減ったのはこのあたりの話だけではない。日本中の砂浜の多くで、砂が減ったことが問題になっている。その理由の一つとしてあげられるのは、日本中のあちらこちらでダムを造ってしまった結果、海に流れる土砂が減ってしまったこと。もちろん、砂浜というのは周期的に増減を繰り返すものらしいので、人為的なものが原因であると一概に断じることはできないが。
そして、やはりある地元の人が言っていたように、護岸工事のために潮の流れが変わってしまったこともあるのだろう。大量の消波ブロック(いわゆるテトラポッド)は、もちろん必要があって置かれたものだ。だから、実際に生活していないわたしが、観光客目線で消波ブロックの是非についてここでコメントすることはしたくない。
が、やはり自然のある状態をヒトに好ましい状態に変えようとして、ヒトが自然に対して何らかの働きかけをすると、その時点では予想しなかった影響が後に出きて、今度はその影響の対策に悩まされることになる…ということは、ここでも起こっている。
↓ 消波ブロックのある海岸線(画像をクリックすると拡大します)