Bar Scotch Cat ~女性バーテンダー日記~

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女性バーテンダーScotch Catの独り言&与太話です。

魔法のマティーニ

2010-04-16 13:36:57 | short story


「・・・もう一杯、寄っていくか・・・」
男は、頬を春先の生暖かい風になでさせながら、いつものバーに向かっていた。
1軒目で飲んだ酒が回り始めたのか、気分がいい。

扉を開け、カウンターの真ん中に陣取ると、いつもの女性バーテンダーが目の前に立った。
「君に任せるから、魔法のかかったカクテル!」
酔いのせいか、くだらない軽口が口をついて出る。
女性バーテンダーは、ちょっと眉を上げてやや呆れた顔をした。
「どんな魔法にいたしましょう?」
「そうだな、チョイ悪になれる魔法なんていいな。女性を口説く勇気も無いおじさんには。」
席を一つ空けて隣に、女の一人客が座っていたのだ。つい、そんな冗談が出た。
バーテンダーは小さくひとつ溜息をつくと、「かしこまりました」とミキシンググラスを手に取った。

やがて、バーテンダーの指が小気味よくバースプーンを回し始める。
男の前に置かれたカクテルグラスには、なみなみこぼれそうな透明の液体と、その中にオリーブが二つ沈んでいた。
最後に、バーテンダーがおまじないでもかけるかの様な手つきで、グラスに何かをふりかけた。
「今のはなんだい。」
「魔法ですよ。ちょっぴり悪いおじさんになれる魔法。」
レモンのいい香りがする。おそらく、レモンの皮を絞りかけたのだろう。
「これ、マティーニだろ?酒に詳しくない俺でも、これくらいは分かる。」
「ただし、私のスペシャルマティーニですけどね。魔法がかかった。」
そういうと、その女性バーテンダーは唇の端を少しだけ持ち上げて笑った。

その表面張力のグラスは、持ち上げるわけにいかず、一口目はグラスに口を近づけて飲んだ。かなりの量だ。おそらくこのマティーニ一杯にジンが3ショット分くらいは入っている。
男は、酔わぬようにと急に用心深くグラスに口を付けた。
ふと、となりの女の手元を見ると、自分とそっくりのグラスが置かれている。
透明の液体で満たされたカクテルグラスの中に、オリーブの代わりに何か白い実が二つ沈んでいる。
「僕と同じものを?」
初めて会う女に、つい話しかけた。マティーニの魔法が効いているのかもしれない。
話しかけられた女は、びっくりしたように男をみつめると、
「いえ、これはギブソン。マティーニと同じ材料なんですけど、オリーブではなくてパールオニオンが入っているんです。」
と、微笑んだ。
「へえ、僕は飲んだこと無いな。どうです、このオリーブと、そのパールオニオン、ひとつ交換してもらえませんか。」
男は、こんなことをすらすら言う自分に驚いていた。
「ええ、かまいませんよ。」
女が笑った。美人だ。笑うと急に幼くなる。
ちらりと前に立つ女性バーテンダーに視線をやると、「めっ!」とたしなめるかのように僅かに男を睨んだ。マティーニの魔法のせいだ。男はバーテンダーに向かっていたずらっぽく笑って見せた。


そうして、男は女とくだらない話で笑いながら、3杯目の魔法のマティーニに口を付けていた。女の顔がぼんやりと見え出して、自分の酔いを改めて確認した。
しまった、少々飲みすぎたか。しかし、この女の顔、誰かに似ている。もう長いこと知っているような・・・そうだ、目の前の女性バーテンダーにどこか似ているのだ。
そんなことを考えながら、「良かったら、どこか次の店にでも・・・」と言い掛けた。
そこから、記憶が途切れ途切れだ。気がつくと、カウンターに突っ伏していた。

カウンターに伏せながら、ぼんやりとバーテンダーの声を聞いていた。
「悪いわね、姉さん。」
・・・姉さん?どういうことだ?
「いいわよ、楽しかった。帰るわね。猫に餌はあげておく。」
女の声も聞こえる。・・・これはもしかして?・・・
顔を上げられず、うとうとしながら考えていた。

しばらくして、必死で顔をあげた男に、女性バーテンダーは水の入ったグラスを差し出しながら、小さく舌を出した。
「私の魔法マティーニは、3杯飲んだらたいていの人は大酔っ払いですよ。そんなに簡単に、初めて会うお客様を口説かせたりしませんわ。」
2杯目で止めてくれれば良かったじゃないかよ・・・と言い掛けて、自分を小さく睨んだバーテンダーの顔をふと思い出した。
さては、こいつやきもちを妬いてるな。解ってて3杯目のマティーニを出したんじゃないか・・・可愛いやつじゃないか。しかし、俺も姉さんだと知らずに目の前で口説くとは・・・
そんな都合のいいことを考えた。まだ魔法がかかったままなのか。

「ほんとは、こんな魔法反則だぜ。惚れ薬も入れただろ・・・」
男は、いいながら再びカウンターに伏せていた。
必死に片目を開けた男は、バーテンダーがうすく頬を染めた気がした。
「せっかく魔法かけたのに、口説く相手を間違ってるんですよ!」
そう言った気がした。
・・・夢か?・・・酔いすぎたか・・・
すべて、魔法のせいかもしれない。

明日、もう一度魔法のマティーニを頼んで確かめてみよう。
そんなことを考えながら、酔いに落ちていった。







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16 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (花山)
2010-04-16 22:41:23
いい短編だ。マティーニの材料とグラスだけは
そろえてみたが。それにふさわしい客がこない。機会があったらおごるぜ。ジン4杯の
スペシャルを。
Unknown (ラマゾッティ)
2010-04-18 11:33:31
マティーニ3杯…
スペシャルじゃなくても、僕には、致死量だな。
Unknown (scotch_cat)
2010-04-19 14:35:58
>花山さん
ありがとうございます。テーマは「おじさんに夢を」ww
ジン4杯分のマティーニ・・・飲んだらお店にお泊りコースになっちゃいます。
はたして、花山大吉のハードボイルドマティーニにふさわしい女になれるのか・・・

>ラマゾッティさん
うーん、まあたしかに・・・同じジンの量でも、なぜマティーニだとあんなにきいちゃうんでしょう。不思議。
致死量超えてまたお怪我をされませんように。
Unknown (北のHopper)
2010-04-19 18:32:03
ピピッ、ピピッ、ピピッ、ピピッ……ぼんやりとした意識の奥からいつもの目覚ましのアラーム音が聞こえてくる…。「まったく…、どうしてこの電子音ってやつはこうも二日酔いの頭に不快に響くのか…」
男はまだ半分寝ている二日酔いの頭と体をどうにか奮い起たせ上半身を起こした。出来ればもう少し睡眠を貪りたかったが、あいにく今日は朝から会議が入っている…それなりの立場にいる自分は遅刻する訳にはいかない。男は意を決してベッドから出ると、微かに胃から込み上げてくるジンの香りを感じながら目を覚ます為シャワーを浴びに風呂場へとおぼつかない足どりで消えて行った。

シャワーを浴び簡単に身仕度を整えちらりと時計を見るとまだ10分程時間がある。多少すっきりしてきたものの、とても朝飯は喉を通りそうに無い…。男はコーヒーを煎れゆっくりと啜りながら昨夜の事を思い返してみた。何だか夢だったような現実だったような不思議な気分だ。ひょっとすると俺はまだ魔法にかかっているのかなぁ、そんな事を思いながら朧げながら昨日の女性バーテンダーとの会話を思い返してみると、やはりあれは現実だったのだと確信し年甲斐も無い事をしたと今更少し恥かしさを感じ、男は苦笑した。しかし記憶が途切れる間際、女性バーテンダーが言ったであ
Unknown (勘違い野郎)
2010-04-20 11:01:16
^^これはもしやおいらに・・・
ありがとうーーー!
口説きたいのよ、貴方を ブログの中だけでなく本気でね^^
でもね、おじさんには貴方を本気で口説けない理由があるのよww
おいらには寂しいとき、いつでもお相手をしてくれる女性がいるのよ 
貴方よりずっと年上だし、ボディも薄い 
でも精一杯おいらを愛してくれる
彼女はそれまでの人生全てを捨て、自分を犠牲にしておいらに・・・
貴方は確かに1107だけど彼女はおいらにとってのその瞬間最高に1107
ごめんね、おいらにはいくつか引き出しがあってさ、その時その時でその引き出しを開けてしまうのよ
他のバーの女も口説いてる
寂しさには勝てないのよ
だからさ、
ごめんね
今まで本気にさせていたら
これがおいらを想っての仮想だったら
もう・・・お気遣いは無用だよ
おじんに夢をありがとう
Unknown (なお)
2010-04-21 20:20:48
またまたおじ様方が元気になれる素敵なお話ですね(笑)
ギブソンとマティーニ、加えるものによって呼称が違うのですね。このそっくりの姉妹のように。
いつもショートストーリーは、豊富な知識と細やかな表現力、そして豊かな感受性で、
本当に素敵に書かれています。
scotchさんのお陰でカクテルを楽しめるようになりました!



Unknown (scotch_cat)
2010-04-22 18:54:59
>北のHopperさん
おお!「男」の視点から見た続編・・・
と思いきや、なんで途中でおわっとるの~!!
つ、続きが気になる!書いてくんろ!

>勘違い野郎さん
んんん??初めまして、かな?
このお話は自分のため・・・と、みんなに思っていただいてかまいません^^
今回のストーリーのテーマは「おじさまに夢を」www
どこのどなたか知りませんが、本気になんてなってないから大丈夫。だって誰だかわかんないですもんwww
実店舗のほうでもよろしくお願いします^^

>なおさん
そう、おじさまたちに夢を与えるストーリーww
パールオニオンもオリーブもジンと相性抜群、似てるようで個性が違う素敵な姉妹?です。
お褒めに預かり光栄です。これからもちょくちょく書き溜めていきます。
いつか出版しちゃったりして(夢は果てしなく大きく・・・)
ショック… (北のHopper)
2010-04-22 22:59:50
今晩は。
一応最後まで書いたのですが… どうやらコメント欄では書き込める文字数が決まってるようですね。全く気が付きませんでした。
下書きも無しで頭の中で考えながら書いたのではっきり言って覚えてませんが、何とか思い出しながら続きを書いてみます。
素人の稚筆で恥ずかしいのですが…
>北のHopperさん (scotch_cat)
2010-04-23 10:14:59
あらあ~?なぜかしら?もっと長い文章も書けるはずなのに。
続きを楽しみにしてます・・・
素人の稚筆だなんて。scotch_catもド素人ですから^^
続きです (北のHopper)
2010-04-23 12:11:04
女性バーテンダーが言ったであろう言葉だけが妙に頭の片隅に残っている。「あれはやはり俺の聞き違いか…それとも浅はかな思い上がりか…」男はボソッと呟いてみたものの本当はそのどちらでも無い以前から燻っていた自分の気持ちに改めて気が付いたのだった。
もう自分の成すべき事は決まっている、今晩もあのBARに行き確かめなければ…。いつもの席に座り俺はこう言う「昨日と同じものを、ただし今日はジンと魔法抜きで…」女性バーテンダーは少し微笑みながら困った顔をしてこう言うだろう「お客様、それではただのドライベルモットのオリーブ入りになってしまいますが?」「いや、それで良いんだ。また酔っ払ってしまってはちゃんと君を口説けない… それにもう俺には魔法は必要ない」女性バーテンダーは少しはにかんだ表情を浮かべたが努めて平静を装いながら言う「かしこまりました。これなら3杯飲まれても大丈夫ですね。随分時間がかかりましたけど…」
男はふっと我にかえり時計を見た。まずいっ、いつの間にか電車の時間が迫っていた。男は慌てて部屋を飛び出し駅への道を急いだ。まだ多少頭が痛むし胸もムカムカしているが不思議といつもの二日酔いのような不快さは無い…。それどころかいつもより軽い足どりに自分でも驚いている。「俺はひょっとす

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