環境問題スペシャリスト 小澤徳太郎のブログ

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私の環境論8 環境問題とは何か 

2007-01-18 11:36:06 | 市民連続講座:環境問題

 
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昨日の連続市民講座:環境問題 7で、「環境問題」は「公害問題」ではない、という話をしました。

私たちは長年にわたって農業、産業、交通システム、エネルギーの利用などに改良を加え、経済活動を拡大し、物質的に豊かな消費生活を楽しんできました。しかし、この40年間に大量生産・大量消費・大量廃棄に象徴される「産業経済システム」とそのシステムの下で営まれる「消費生活」そのものが「環境への人為的負荷(人間活動がもたらす汚染)」の原因であることに気づきました。

つぎの図は私が考える「環境問題」をまとめたものです。


環境問題とは、人間活動の拡大(資源とエネルギー利用の拡大)による「生態系の劣化」、「人間の生存条件の劣化」および「企業の生産条件の劣化」です。

日本では、環境問題を「自然科学的な問題」と考える傾向が強いのですが、この表の“人文・社会科学的に見ると”に注目すれば、今、私たちが直面している環境問題の主な原因は、私たちがこの100ないし150年間(特に戦後50年間)に築き上げた社会システムから生じた産業経済システムの下での「経済成長」であり、環境問題は私たちの日常生活と直結した足元の問題であることが理解できるでしょう。

日本の環境関連の法体系は主として、“自然科学的な観点”から制定されていますので、その対応となると、環境のモニタリングを行い、技術的に対応するという形になりがちですが、“人文・社会科学的な観点”に立てば、「人間活動の拡大」、すなわち、「既存の産業経済システムの下での経済成長」こそが環境問題の直接の原因であることは明らかです。

日本のかなりの識者、政策担当者、産業界、ジャーナリズムなどがしばしば主張する「世界に冠たるエネルギーの利用効率を誇る国」、「世界一の省エネ国家」、「世界の最高水準にある環境保全分野での国際貢献」などという勇ましい説に接すると、日本は“世界の模範国”であるかのような錯覚に陥りがちです。
しかし、実態は正反対で、日本が21世紀の社会である「持続可能な社会」に最も軟着陸しがたい状況にあることが、この表から推察できるでしょう。「景気対策のための国債増発」によって日本の財政は破綻寸前です。

生態系の劣化や廃棄物の増大は、人間活動の拡大の結果の現象面にほかなりませんから、私たちが、現在、直面している環境問題への対応は、「価値観の転換」とか「ライフスタイルの変更」など、より本質的な対応が迫られ、社会システム全体の変革の問題にならざるを得ないのです。
 
このように、私たちが20世紀には当然視してきた様々な「経済活動の拡大」が環境問題の原因であることは明らかですので、現在の産業経済システムを不問にしたまま、経済活動を拡大する方向(右肩上りの方向)を続けようとすれば、環境問題が極に達し、数10年後にはその危険域に入ってしまうでしょう。

ですから、環境問題の解決とは「自然科学」が示唆する「生態系の劣化」、「人間の生存条件の劣化」および「企業の生産条件の劣化」を、技術開発の変革と社会システムの変革を通して、言い換えれば「工学」と「人文・社会科学」の知識を総動員して修復し、「持続可能な社会」を構築することを意味するのです。

 さきほども少しふれたように、日本では、「経済の持続的拡大」という暗黙の了解のもとで、「公害に代表される環境問題」や「地球環境問題」の個別的な現象に着目している、ということです。 

自然科学は多くの場合、人間を除いて問題を考えてきました。生態系の説明から人間の存在が抜け落ちているように、自然を「人間の社会」の外側に置く傾向がありました。こうした自然科学は、環境問題を分析し理解するのに役立ちますが、環境問題の主な原因が「人間の経済活動の拡大」であることを考えると、環境問題の解決には、人間社会を研究対象にする社会科学からの適切なアプローチが強く求められます。

 しかし、社会科学のなかでも経済学は、人間社会の外側にある「自然」を研究対象としていません。さらに、「お金の流れ」としてあらわれない現象も、対象としていません。

つまり、20世紀の自然科学も社会科学も、環境問題に正面から対応できないのが現状なのです。21世紀の新しい学問体系が求められています。


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2 コメント

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Unknown (三谷)
2007-01-19 00:57:08
毎日勉強させていただいております。

とにかく“環境問題”が、私たち個々のできることからする、というようなことではまったく不十分で、
あたかも自明のごとくみんなが捉えている、
“持続可能な経済成長・拡大”とか何とかを、
広く全体に、かなり抜本的に、
変革していかなければならないこと、
わかったような気がします。

そしてそこへ向けての道を、
スウェーデンは独自に先頭を切って走っており、
それに対して日本は周回遅れ、
どころかひょっとしたらリタイアしてしまうかも
しれないということ・・・

それにしても、更新のペースについていくのが
やっとであります。すごいエネルギーですね!

できましたら、ぜひ「環境問題」等のランキングに参入を。
応援させていただきたく存じます。
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Unknown (小澤)
2007-01-19 06:53:03
三谷さん、コメントありがとうございます。

環境問題が国民1人1人ができるところからやれば
大丈夫というのであれば、どうして国連が各国の大統領や首相を集めて地球サミットを行ったのでしょうか。

日本は周回遅れならまだよいと思います。先頭を追いかけている(遅れてはいるが、ゴールをめざしている)のですから。でも、今の日本は知識としては、ゴールをめざそうとしているのかも知れませんが、足元はコースアウト、あるいは逆走しているのかも知れません。

アリ地獄に落ちているのでなければよいのですが。
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