Are Core Hire Hare ~アレコレヒレハレ~

自作のweb漫画、長編小説、音楽、随想、米ラジオ番組『Coast to Coast AM』の紹介など

019-再び目覚め

2012-10-02 21:35:14 | 伝承軌道上の恋の歌

 僕は再び目が覚めた。病室の窓からさす日差しに一瞬目が眩んだ。おぼろげに見えるのは椅子にもたれて本を読んでいるアキラ、それに編み物か何かをしているトト。
「…う…ん…」
 起き上がろうとするけど、痛みと共にわずかなうめき声が出るだけだった。
「…先輩!」
 トトが椅子から立ち上がって、僕の顔を覗き込む。
「…トト、元気か?」
「先輩、ごめんなさい!まさかあんなことになるなんて…」
「…アノンは…アノンは無事か?」僕はアキラに聞く。
「うん、大丈夫。ピンピンしてるよ」
「良かった。本当によかった…」
 これで三年前とは違う。何もできず誰も救えなかったあの時とは違った。急に押し寄せてきた安堵で目の前が霞む。遠くから聞こえる病室のドアを開ける音。ゆっくりと歩を進めて、そしてベッドの隅で止まった。アキラの肩越しに、まだ霞む僕の目にぼんやりと女の子の姿が写った。サイドを小さくまとめた長く波打った髪、華奢な肩、透き通るように白い首筋、それはまるで…
「…ヤエコ?」僕は思わずそうつぶやいた。

「今のところはアノンだよ。アキラから連絡があってすっ飛んできたんだ。せっかく起きたのにまた昏睡させられちゃったらしいけどね」アノンはトトを横目に言う。
「ちょっと何勝手なこと…!」とトトはすぐに反応した。正直なところ、この二人の相性は予想できてた。アノンは構わずにすぐ側で膝を折って僕の左手に両手を添えた。
「…シルシ、本当にありがとう。今私がここにいるのは全部シルシのおかげだよ」
 笑顔が随分大人びて見える。
「これは自分のためでもあったから。あの時は誰も救えなかったから…」
 アノンは握った僕の手を自分の胸の前に持ってくる。
「あのね、シルシ。私分かったんだ。シルシは私を救いだしてくれる王子様なんだって」
「…?」
「あの外典の話本当だったんだ!あのPVには続きがあるの。マキーナはね、男性型アンドロイドのマキーノと研究室から逃げ出すの。素敵でしょ?シルシは私にとってのマキーノなんだ…」
「…なっ!ちょっと…」
 トトが思わずアノンに食ってかかろうとするのを、アキラが羽交い締めにしていた。すぐ後ろでそんな危機が迫っているのをアノンが気づくはずもなく、すっくと立ち上がると
「じゃあ、私用事あるからもう行くね」と言って足元においてあった大きなカバンを持ち上げて肩から下げた。中にはマキーナの衣装でも入っているんだろう。
「みんなもまたスフィアのイベントに来てね。じゃ」と、アノンは颯爽と病室を去った。
 後には僕を見るトトの突き刺すような視線。あきれたアキラの顔。気まずい雰囲気だけが残る。つくづくアノンは得な性格してる。その場を紛らわすようなアキラが咳払い。
「…とにかく、シルシくんが無事で良かった…トトちゃんが身の回りのもの全部買ってきてくれたんだよ」
 トトはというと拗ねたようにうつむいている。
「ありがとな、トト。僕の目が覚めるまでずっと見ててくれたんだろ?」
「はい。病院の人にも家族だってことにして…先輩、家族いないから…せめて私がって…」そう言ってまたトトが涙ぐむ。
「目が覚めた時、思わず三年前のことを思い出したよ。でも、三年前の通りにならなかった。僕達を狙った犯人の思い通りにはならなかった」
 その言葉に目の前の二人の顔が曇るのが僕には分かった。
「…もう誰か知ってるんだろう?」
 僕の言葉にアキラがたじろぐ。
「…そのことなんだけどさ。また身体が回復してからもいいと思うんだ」
「そうです。先輩、今は静養に努めましょう」そう言ってトトはちょうどアノンが僕にそうしたのと同じように手を取って僕の顔を覗き込む。
「いいや、大丈夫だ。体のことは自分がよく分かってるから…」
 僕はきしむ身体を動かして、ベッドのリクライニングを起こした。
「アキラ、誰だか教えてくれ」
「…分からないの。まだ聞いてない。僕達は直接の当事者じゃないから…けど、若い男の人だって…」
「…イナギじゃないのか?」
「それは誰がイナギかによりますから」
 トトの言葉に、三人でいったスフィアのイベントで見た『イナギ』を思い出す。少なくとも彼は僕があの事故の時に見た『イナギ』とは違っていた。
「シルシ君を轢いた後その男が運転する車はそのままデパートの壁にぶつかったんだ。重体らしくて助かるかどうか…それに後部座席に同い年くらいの女の人も乗っていたって」
「…詳しく聞かせてくれないか?」
「警察によると女の人は既に亡くなっていたそうです。それで自暴自棄になった男が無理心中を図ったんじゃないかって」とトトが言う。
「まさか。あの軌道を見れば、明らかに僕達を狙ってた。標的は僕か、アノンか、あるいはその両方か。あの日、あの時間、あの場所を狙っていた。それにイナギが乗っていたのは黒いセダン車だ。ちょうど三年前の事故を起こした時と同じ…明らかにあれの再現を狙っていた。そこに鍵があるはずだ」
「…シルシ君、その話はまた今度にしよ?」
 アキラは必死にごまかそうとしてる。その理由も僕には分かっていた。
「アキラ、隠さなくてもいいよ。僕も直前に見たんだ。知ってる顔だった」
「…シルシ君…」
「先輩、どういうことですか?」深い溜息を吐いてから言った。
「僕とアキラはちょっとしたセラピーしているのは知ってるだろ?二人の共通の知り合いだった医者が主催しててそれを引き継いだっていうささやかなセラピーだった。そこに『イナギ』はいたんだ。もう二年近く前のことになる。そこには女の人も一緒に連れてきていた…名前はヨミ…といったっけ…」

…つづき(これまでのまとめ)

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