釣鐘の形をした青山墓地の中央を縦に貫く道。
西側の一角に外人墓地がありました。文明開化の時代に、明治政府から招聘されて日本の近代化に尽力した「お雇い外国人」たちの墓地です。
お墓のリストを見ていたらなじみのあるお名前を発見しました。右列の上から2番目。キヨソーネさん。
それほど広く知られたお名前ではありませんが、私のように印刷会社で働いていた人なら100人に一人くらいはピンと来るかも知れません。
キヨソーネさんのお墓。案内板から10mも離れていない場所にありました。私にはエドアルド・キヨッソーネさん。
イタリアの銅版画家であったキヨッソーネは1875明治8年に大蔵省紙幣寮に彫刻師として日本に招かれて紙幣や切手の印刷に従事しました。
彼の部下であり門下生だった木村延吉と降矢銀次郎が大蔵省印刷局を辞した後の1900年に設立したのが後の凸版印刷でした。
つまりキヨッソーネは私が35年間お世話になった会社の創立者のお師匠さんということです。彼がいなかったら私の生涯はどうなっていたことでしょう。
目の前にお墓があったら素通りするわけには行きません。感謝を込めて手を合わせてきました。
キヨッソーネのお墓の近くに「印刷局墓地」という石碑のあるお墓がありました。墓石の側面にはたくさんの日本人の名前が刻まれていました。
青山霊園と外苑の間にあった秀和南青山レジデンス。秀和レジデンスは見つけたら写真を撮ります。築55年の1LDKが8,000万円もするヴィンテージマンション。
外苑前から渋谷まで一駅銀座線で。内装が遊園地の園内バスと見紛うレトロもどきで、最近の銀座線はこうなのか!と驚きました。
さっき調べたら東京メトロ20周年を記念してゴールデンウィーク4日間の限定で走っていた特別車両でした。とても貴重な車両に乗ったようです。