ゆっくりと世界が沈む水辺で

きしの字間漫遊記。読んでも読んでも、まだ読みたい。

インテリジェンス小説、だそうです。 手嶋龍一 【ウルトラ・ダラー】

2008-02-17 | 新潮社
 
スパイ小説とは違うのでしょうかね。
などと言っているようでは、この作品の真価はわからんぞ、と、そういうことなのでしょう。
単行本発行時はかなりの話題だったようです。


 ウルトラ・ダラー
 著者:手嶋 龍一
 発行:新潮社
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主人公はイギリス人、スティーブン・ブラッドレー。
BBCのラジオ部門の特派員で現在日本在住。で、英国情報部員です。
出だしは、彼が浮世絵の目利きであることが披露されるオークション会場。
そこに1本の連絡が入ります。
巧緻、精妙を極めた偽ドル札が発見されたと。
同じ刷り物である浮世絵と紙幣。
わかりやすく凝っているのね、と、思っていると、今度は、過去に起こった彫りの職人失踪事件へと移っていきます。
ぽつぽつと時間の上に点を打つように明かされる事件。
それはブラッドレーのいる現代で1つの線としてつながり、諜報戦が始まります。
明かされる情報、明かされない情報、真相はどこに?

価値ある情報を持つ者は限られた者であると、もっと言えば選ばれた者であると言い切っているような感じです。
別次元ですから、と。
私などは、さようでございますか、と読んでいくだけですので、この作品の中での虚実の区別など明確につけられるわけもなく、本来のポイントとはずれているだろうところで楽しんでしまいました。
著者の美しいものへの興味の深さを表すような物や人の描かれ方は、著者の趣味なのか、本来の筋とは無関係で、高尚であろうとして逆に俗っぽい気もしますが(それとも、美も情報も価値をはかることについては同じと?)、私は楽しかったです。

日本趣味のイギリス人が湯島天神近くの日本家屋を自宅として持ち、蔵を書斎として使い、盗聴などにも用心に用心を重ね、PCのセキュリティももちろん最高レベル。
そして、それを「砦」と呼んでいる、などというあたりは、楽しくて仕方ありませんね。もう。
ブラッドレーが日本人女性をうっとりさせるような男であるところとか。
「うっとり」ですよ、「うっとり」。
で、彼の愛車は、MGBのロードスター1972年型。
おぼろげながらのイメージしかなかったので検索をしてみましたら、「スティーブン通信」なるページが出まして、手嶋龍一氏ご本人の公式サイトでした…。

篠笛の美しい女師匠に、細く白磁のような指をした有能にして正義感あふれる内閣官房副長官、万事を心得た料亭の女将。
世界を相手に商売をするハイテク企業の社長の夢は馬主になることだったとか、外務省のアジア担当局長は色物のワイシャツを好む度胸の据わった男だとか、いずれの登場人物たちも、おそらくは魅力的な人物として造形されているのだろうと思います。
かなり悪趣味な読み方ではあるのは承知の上でいうと、そういうあたりの「いるのかしら、こんな会話をする人たちが?」というところの気恥ずかしさが、個人的には笑いのツボ。
解説が、以前、対談本『インテリジェンス 武器なき戦争』を出している佐藤優さんというのも、なんとなく笑えます。
ですが、もちろん、この作品の本領は「インテリジェンス小説」であることで、私の読み方は邪道。

情報をめぐる駆け引きと、得た情報で描かれる全体像。
それは、ちょうど見る者によって見えるものが異なるロールシャッハの画像やトリックアートのようであったり、昼と夜がいつの間にか入れ替わっているエッシャーの絵のようで、どう見えるかは、どう見たいかなのです。たぶん。
最後でブラッドレーは、その分岐点に立たされます。
信じたい。でも、本当に信じきることができるのか。
そこには信じさせてほしいという願いすら生まれるでしょう。
彼はどうするのか。
ひとつの事件がその後の出来事への見えない水脈となっていく現実同様、物語は、はっきりとした結末を描かないまま終わります。
私は別にここで終わりでもかまいませんが、読みようによっては、「おい、ここで終わりかっ?」というラストです。

さて、今回の『ウルトラ・ダラー』は小説でしたが、こちらの作品はノンフィクション。
著者が世界を旅する中で出会った人たちを描いたものだそうです。
同じ場所も旅人が違えば別の土地。
「紳士の心得として、リゾートに白のタキシードを忘れるべからず」という著者が旅人となれば、自分ではとても体験できそうもない旅行記を読めそうです。
つい、古本で買っちゃいました。


 ライオンと蜘蛛の巣
 著者:手嶋 龍一
 発行:幻冬舎
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ま、いずれ。





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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
可愛らしい書評ですね (叶 毅)
2012-04-10 03:35:05
世界も世間もあまり知らずに過ごせてきた麗人の視点からの書評ですかね…
微笑ましく許せます。
叶 毅さま (きし)
2012-04-10 22:58:01
広い心で読んでいただき、ありがとうございます。

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