安呑演る落語

音源などを元に、起こした台本を中心に、覚え書きとして、徒然書きます。

元犬

2007年02月13日 | 落語
  えー、ただいまはってえと、犬でもなんでもそうですが、みんなちゃんと、名前がついていて、実にどうも、高いのがいる。なんだかわけェわかンない犬がいる。
  糸っくずがモジャモジャっと歩いているような犬なんぞおります。このォ糸っくずゥほどいたら、犬がなくなっちゃァしないかというような・・・・・。
  昔はってえと、そういう不思議な犬はいなかったもので、その時分の犬はってえと、赤い犬は“アカ”とよべば、その犬ァ、
“あー、おれは赤だなァ・・・・・”
  と思いますからナ。“アカやァ” ってえとすぐに来る。で、“クロ”だとか、“ブチ”なんてえのがいましたナ。
「ブチィ、いいじゃァねえかおまえは、えェ、着物なンぞ、始終同んなしものォ着てよォ。えゝ、柄が少ゥし、派手だなァおねえのは、どうでもかまわないいンどもヨ」
  なんてんでね・・・・・。
  その時分の、いろんな犬のなかでも、白い犬というのは、めったにいなかったをうです。純の、ほんとうの、白い犬なんてえものは、めったにいなかったそうで・・・・・
  いつの頃ですか、浅草の、蔵前の、八幡さまの境内に、一匹の白犬がまぎれ込んで来た。これが純の差し毛一本ないという白犬ですから、
「おおッ、こりゃァ、ほンとの白だよ。えゝ? 白や、おい、おめえはいいなァ、え、白犬は人間に近いってェからン、今度生まれ変わる時ャ人間になれるぞ」
  なンてんでナ、そういうことを言われるてえと、そのつもりになるから、白公の奴ァ、
「おれは、ひょっとするてえと、人間になれるかもしれん。でも、生まれ変わったらてえと、一回死ななきゃいけないよ。死ぬのはヤだな。あ、ここは八幡さまだよ。え、八幡さまに、おねがいしてみよう」
  なンてんで、この白公が、三七、二十一日の間、はだし参り・・・・・犬だから下駄ァはいちゃァいまいけれど、一生懸命に、こうおがんでいるってえと、満願の日になるってえと、朝、どこからともなく一陣の風がヒューッと吹いたかとおもうと、白公の毛が、サァーッととんじゃって、人間になっちゃった。
白犬: え、ありがてえなア、どうも。え、人間になると、こう立てるんだからナ、うん。だけど、人間ンなったんだけど、
ハッ、裸じゃァはずかしいや、裸じゃァ・・・・・
  八幡さまの、奉納手拭いをつないで、腰ィまきつけて、
白犬: えーと、おれは人間になったんだから、どっかへ奉公しよう。奉公してはたらかないと、オマンマが喰えねえてえからナ・・・・・。おやッ、向こうから来るのは、ありゃァ、上総屋の旦那だ。
  旦那、旦那ァ、上総屋の旦那ァ。えー、こんちは
上総: 誰だい? あたしを呼んだのは? え、おまえさんかい、あたしを呼んだのは?
白犬: へえ、こんちわ
上総: なんだい、え、裸でいるねえおまえさんは? どうしたんだい、え、あァ、田舎から出てきて悪いやつにでもひっかかって、みぐるみ盗られたんだね。で、なんだい?
白犬: えェ、奉公したいんですがねェ
上総: 奉公? あァ、奉公かい・・・・。おまえさん、正直そうな人だから、世話してあげよう。じゃァ、あたしンところへ一緒においでよ
白犬: どうも、すイません
上総: で、なんだねェ、ここィ巻きつけてンなァ? え、奉納手拭い、八幡さまの? もったいないよ、そんなものォ腰に巻いたりしちゃ、いけないよ。え、第一ネ、みっともないよ、そういじゃァ・・・・・。
  あたしの羽織着といでナ、えゝ、なんで口にくわえてグルグル回すんじゃないよ。えェッ、羽織ィ着たことねえ?
しょうがないねェ、じゃ、あたしが着せてやるから・・・・・そうそう、それでいいんだよ。じゃァ、あたしと一緒においでなさい
白犬: へえ、ありがとうございます
上総: お、おいッ、這うんじゃないよ、おまえは。えッ、なに、手がムズムズする? へんだね。なァ、あすこにナ、上総屋というのれんがかかってるだろ、あれがうちだからネ。あたしゃ表から入るから、おまえさんは裏からお入りな。ね、あの角ォちょいと曲がってゆくとネ、台所だから・・・・
白犬: えェ、 知ってます。 きのうも来ましたら、おかみさんに水かけられました。
上総: え、うちのが? そんな女じゃないんだがなァ。まァ、今日はだいじょぶだ、あたしから言うから。
 あァ、今帰ったよ。あァ、なに、若いしさんでナ、きれいで色の白い人なんだが、裸でいたもんでナ。
だから、うちィ連れて来たンだ、世話しようと思ってなァ。
  あァ、そこンとこから上がっとくれ、うん、うん。上がったらネ、えェ、そこの手桶でもって、足ィ洗うんだ。
あァッ、そのまま来ちゃァだめだよ、廊下がビショビショになっちまった。そこにある雑巾で足を拭いて、ついでに廊下も・・・・・・(目を左右に走らせ) オイオイ、雑巾がけはうまいねェ、えゝ? 歩くよりはやいネ。
 ハイハイ、そしたら雑巾をゆすいで・・・・おゝッと、ゆすいだ水を飲むんじゃねえッ。汚ねえなこの人ァ・・・・
のどが渇いてんならお茶をいれてやるから。 ご飯喰うかい、ご飯を?
白犬: すイません
上総: じゃァ、すぐお食べ・・・・・。あ、そう、お尻を振るんじゃないよ、お尻なんぞ振っちゃァいけないよ。
  あの、なんかないかい? え、ご飯をネ、食べさせてやるんだ。え、ない、干物があるのかい?
 じゃ、干物出してやんな。おい、おいッ干物をそんなに、頭から食べちゃダメだ。おう、歯がいいねえ?
白犬: 歯はいいんスよ。噛み合っても、めったに負けない
上総: 噛み合ったりしちゃいけないよ。世話が焼けるネ、おまえさんは・・・・・。
  あァ、あたしのネ、着物を出してやんな。え、貸してやんなきゃならない。連れてゆくのに、裸じゃしょうがない・・・・・。
  え、ご膳食べちゃったら、こっちィおいでよ。あの、おまえさんをねえ、奉公に世話するんだがネ、やっぱしおまえさんは、かなり変わってるよ.だから、変わったとこへ奉公させてやらなくちゃなンねえ。
あゝ、近所のご隠居さんでナ、この人が変わってるんだ。なンでも変わってる人が好きなんだ。奉公人も変わってンのを置きたいと、そういってる。で、それもナ、わざと変わっててはいけなくて、おまえさんのように、自然に変わってるほうがいいてンだよ。おまえさんなら、いいよ、うん。
  おゝ、着物はなンだよ、そこへ出したの、着ちまいな、みんな着る・・・・・そうそう・・・・・。おゝッと、下帯を先に締めな、下帯をッ。褌をしめてふんどしを・・・・・。ふんどしを首ィ巻いて、どうしようてンだよ。
しようがないねえ、おい、締めるんだよ、うん。
  そいから、着物ォ着たら、帯を締めるんだ。帯をッ! 帯、おびだよ・・・・・えッ、帯締めたことねえ?
えゝ、どこの国の人だい、おまえさんは? まァ、こっちィおいでよ、締めてやるから、うん。じゃ一緒においで。
  下駄はきなさい、下駄を! 下駄ァはくんだよォ。くわえてぶらさげちゃいけねえな、え、はくんだよ下駄ァ・・・・・。えッ、ないの? 下駄はいたこと? じようがねえ人だねえ、ったく。そうら、はけるじゃないか。
さァ行こう。  あゝ、ちょいと、行ってくるからね。
  おい、おい、なにうなってンだよ。そこでうなるんじゃないよ。え、なにッ、猫がいる? 猫なんぞいたっていいじゃないか
白犬: えゝ、いたっていいンですけど、あいつァ、生意気ですよ、髭なんぞ生やしゃァがって・・・・・
上総: 猫にヒゲがあるのは、当たり前だ
白犬: 喰いついてやりてえ
上総: 喰いついたりしちゃいけないよ。人間が猫に喰いつくンじゃありましんよ。さァ、行こう!
  おい、おいッ、なんだって、そう片足持ちゃげて、小便するんだよ、そこへ・・・・・。いけないなァ、この人ァ・・・・・。それに、するんならいっぺんでおやりよ。あっちこっちで、チョコチョコしないで・・・・・
なンだい、あとを匂いなンぞ嗅ぐんじゃねえってンだ。どうも変わってていいけど、少し変わり過ぎてるよ、ウン。早くおいでよ。
  ほら、あすこンとこのン、柳の木のある、あうこンとこの家だよ、うん。ちょいと、待ってン。
  えー、こんちわァ
隠居: はい、はい、・・・・・。おや、上総屋さんかい?
上総: へえ、ご無沙汰をいたしまして・・・・・
隠居: 無沙汰ァ、お互いさまだ。で、どうした? 変わった奉公人はあったかい?
上総: へえ、連れて参りました
隠居: そうかい、そりゃァありがたい
上総: え、おいおい、こっちィおいでよ・・・・・。ねえ、えゝ、おおいうふうに変わってンですよ。ほら、敷居にアゴォのっけて、寝そべってるでしょ。ね、変わってるでしょう
隠居: うん、変わってらァ・・・・・。こっちィ上げなさい
上総: さいですか。おい、こっちィお上がりよ、お上がりよ、ねェ。おおッ、とび上がってくるんじゃねえ、ちゃんとして、ご隠居さんにご挨拶しなくちゃ・・・・・
白犬: こんちはァ
隠居: はい、こんちは・・・・・。おォおう、うん、きれいな若い衆だネ、フンフン。えゝ、辛抱してくださいよ、うん。
どっか、体の具合でもわるいの? え、わるくない・・・・・じゃ、ちゃんと坐りなさい。はじめて来たんだから、横ッ倒しじゃなくって、ちゃんと坐りなさい。おすわりッ! そうそう。
あゝ上総屋さん、置いてってください
上総: そうですか、じゃ、また二、三ン日たって、またまいりますから・・・・・
隠居: あァ・・・・・
上総: じゃ、ごめんなさい

隠居: で、おまえさんは、まあこうやって、あたしンとこへ来たんだから、いいかい、家にはネ、お元という、古くからいる女中がいるから、え、仲よくしておくれよ。なー、“犬も朋輩(ホウバイ)、鷹も朋輩” ってこというからナ
白犬: えッ、鷹がいるンですか? 鷹がネ、へえーッ、鷹いますか鷹! うわーッ!
隠居: そこで、うなっちゃいけないよ。おまえさんは、生まれはどこだい?
白犬: へえ、あの、蔵前の八幡さまです
隠居: ほーォ、八幡さまの中でねェ? じゃおまえさんはなンだ、すぐ近いとこだな。八幡さまの、どこで生まれたんだい?
白犬: えー、豆腐屋と、乾物屋の裏です
隠居: あァ、あの裏長屋にゃ、あたしンとこの家作があるンだ。あの裏の、どこで生まれたネ?
白犬: 突き当たりで・・・・・
隠居: 突き当たりというと、たしか掃き溜めじゃないか?
白犬: へえ、掃き溜めン中で生まれたんです
隠居: ウーン、なるほど・・・・・。え、掃き溜めのようなところで生まれた、とこういうンだろう、うん。それは、卑下したことで、いいことだよ、うん。で、おとっつぁんは?
白犬: え?
隠居: お父ッつぁんは?
白犬: あァ、オスのことですか。それがネ、男親はよくわかンないんです。
なんでも、酒屋のブチじゃねえかって・・・・・
隠居: おいおい、変なことをいうンじゃないよ、うん。で、おっかさんは?
白犬: メス親はいたンですがネ、えェ、どっかから、毛並みのいいのが来たんで、それにくっついて行っちゃった
隠居: 毛並みのいい人が? おまえのおっかさんも浮気もンだネ。で、ご兄弟は?
白犬: 三匹
隠居: 三匹てえのはないだろ、三人とおいいなよ。で、おまえさんは、兄さんかい?
白犬: へえ、まァ、そんなとこで・・・・・
隠居: で、あとの二人は?
白犬: 一人は、ちっちゃい時、大八車にひかれて、死んじゃったんです
隠居: おやおや、可哀想だねェ。で、もう一人は?
白犬: え、近所の子供がネ、首に縄ァつけて、連れてってネ、橋から川へ、ほうり込んじゃった。
今ごろ、どこいらあたりィ、泳いでますかねェ
隠居: なんで、そんなことするんだろうねえ。でもおまえさんは悲しいことを、なんでそう明るくいえるのかねェ。
で、名前はなんてンだい?
白犬: へえ、シロてんです
隠居: 白太郎かい?
白犬: いえ
隠居: 白吉かい?
白犬: いえ・・・・・
隠居: なんてんだい?
白犬: 白てンです
隠居: シロ・・・・・何とか、いうんだろ?
白犬: いえ、ただ、シロってんで・・・・・
隠居: ただシロ・・・・・ほほう、忠四郎かい、うん、いい名前だネ。忠四郎・・・・・あァ、そうかい。じゃァ、今ネ、お元が、使いに出かけてるからナ、あァ、お茶でも入れよう。ちょっと鉄瓶見てくれないか
白犬: え?
隠居: 鉄瓶のフタがネ、チンチンいってないかい、フタがネ、チンチンいってないかい?
白犬: チンチン? へへッ、あっしはネ、チンチンやらねえんです
隠居: いや、チンチンいってないかてんだ
白犬: やらないんです、あたしは・・・・・
隠居: チンチンだよ
白犬: やるんですかァ・・・・・(と、チンチンの真似)
隠居: おうおうおォ、やだなァ・・・・・。えェ、おい、あのお茶でも煎じて入れるから、焙烙(ホイロ)取っとくれ。
そこのほいろ、ほいろ・・・・・
白犬: 吠えろ?
隠居: ホイロだよ
白犬: うー、ワン!
隠居: なにをいってる! ホイロがあるだろ
白犬: ワンッ!ウー、ワンワン、ワン!
【オチ①】
隠居: 気味(キビ)がわるいな、おい、お元ォ、もとは居ぬかァ?
白犬: へえ、今朝ほど人間になりました

【オチ②】
隠居: おまえはオモシロイやつだな。おもしろい、オモシロイ
白犬: へえ、頭も白いンで・・・・・


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