安呑演る落語

音源などを元に、起こした台本を中心に、覚え書きとして、徒然書きます。

船徳

2018年10月20日 | 落語
船徳

親方: で、話ってぇのはなんです、若旦那
徳三: それなんだよ、親方にね、わざわざ聞いてもらおうと思ったのは、あたしも随分この二階に
厄介になって経つだろぅ
親方: あー、そうですねぇ、随分経ちますねぇ
徳三: それでね、あたしも、働きたいと思うようになってね
親方: えらい! そうですか、その了見なるのをあっしは待ってた。えー、じゃ、何すね、うちへ帰って
おとっつぁんに詫びを入れて、一生懸命働こうと、こういう心持ンなったと、こういう訳ですね
徳三: そういう風にはならない。ならない。嫌なんだよ。そりゃ働きたいけど、家で働くのは嫌なんだよ。
そうじゃなくって、船頭ンなろうと思って
親方: え?
徳三: だから、船頭ンなろうと思って
親方: 船頭? え? 若旦那が?船頭・・・ぃやー、そりゃぁダメだ、そりゃぁいけませんよ。
あなたみたいにねぇ、普段から何にもしねェ人が・・ぃや、端(ハタ)から見るてぇと楽なように
見えンすよォ? それが中々どうしてそうじゃねェンすから、ね、およしなさい。
第一あなたを船頭にした日にゃ、あたしぁ、あぁたのお父っつぁん、おっ母さんに恨まれますよ
徳三: いぃよぉ。いいじゃねぇか。俺がなりたいってンだからさぁ、ならしとくれよ、ええぇ。
俺は前から考えてたンだよ。ね、商人ってのはもう嫌いなんだ。で、ふっと思いついたのが
船頭、ね。だから、俺ぁどうしても船頭ンなるだ。いいかい、船頭にしとくれ。嫌?嫌ならいいよ、
何もここだけが船宿じゃないンだから。脇の船宿行って俺ぁ船頭ンなるよ
親方: ちょいチョイちょいと待ちなさいよ、そんな・・言い出すってぇとあぁた聞かない人だからねー、
本当に。弱っちゃったなー。あのー、どうしても何ですか?諦めきれませんか?
徳三: 諦められないねぇ
親方: んー、そうですか。しゃぁねぇなぁ本当に。わかりやした、えぇ、脇ぃ行かれるぐぇだったら
うち居てもらった方がいいンすよ、ええ。じゃ、まぁ、おなんなさい。いえ、ちょいとお待ちなさい。
おなんなさいですけどもね、いいですか?なってみて、『あっ、こういつぁ俺には向いてねぇな、
ダメだな』と思ったら、すぐに辞めてください、いいですね。だらだらだらだら無理して続け
られるのが一番迷惑。『あー、これはあたしにゃぁ向かないな』と思ったら、『やーめた』
これで結構でございやす。いいですね?わかりました?
徳三: は、わかったよ。ありがとう。・・じゃ、すまないけど、ちょいと座敷を借りてほしいんだけど
親方: ・・・・え?
徳三: ン、披露目をね・・・・・ほら、だって、あたしが船頭ンなった披露目だから、座敷を借りて、
お前とあたしが黒紋付き羽織袴ンなって、『これから船頭になります、よろしく』って、皆にサ。
そいで、しゃしゃしゃん、しゃしゃしゃん、しゃしゃしゃんしゃん、で、チョーンていうと、襖がサッと
開いて、芸者衆が『おめでとうございます』って、あれやろう?
親方: やりませんよ、そんなもの。・・・しょうがねぇ、あぁた、それでしくじってンですよぉ。どうにも
しょうがない
徳三: じゃじゃじゃ、いい。ここでいいから、若い衆集めよう
親方: 若い衆集めてそうするン?
徳三: だってそうじゃないか・・ねー?これからあたしぁ、船頭ンなんだよ?今迄みたいに、若旦那
若旦那って言われンの嫌なんだよ。ね、一番下っ端なんだから、徳なら『徳』、呼び付けに
してもらいたい
親方: はー、そうですか。若旦那にしちゃぁね、珍しくいい事言いますね。そりゃそうだ、一番下から
入ェるんですから、若旦那って事はねぇ、えー。かしこまりました。じゃ、若ぇ衆にそう言いやしょう。
おゥ!お竹!お竹!とぐろ巻いてんだろ河岸でもって、若ぇ衆、みんな連れて来い。
急いで、ぐずぐずするなって、わかったな!
お竹: は~~い。・・・親方怒ってるよぉ、面白いよ、小言だよ・・ね、親方、ポカポカってすぐ手が
早いから、行くンだよ。ポカポカって、あれ見ンの大好き・・・・・あぁ居た、
ちょいと~~、白さ~ん、熊さ~ん、白熊さ~ん、
白: ちぇっ、、続けて呼ぶなぃ、うるせぃ
お竹: 親方、呼んでるよ~、小言だよ~、怒ってるよぉ、みんな早く来いって、急いでおいで~
白: おぅ、わかったぃ。ンー、すぐ行くって、そう言ってくれぃ。
おおぅ、みんな、集まれぃ。小言だって、お竹の野郎、言ったけど、何だろうね
熊: ちゃうちゃうちゃう、嘘だよ、嘘、嘘。嘘だってんだ。あの女ぐれぇほら吹きは居ねぇんだ。
ぃや、こねぇだ、褌洗ってたんだよ、桟橋ンとこで、ンー、そしたら、
『あれー、燃えだした、燃えだした、大変』て・・・、
で、俺ぁ火事だと思うから、ターって駆け出してったよ。したら、火事でも何でもないんだよ。
『どうした?どこがもえてる?』ったら、『へっついの下が燃え出した。大変、おまんまが炊けちゃう』
・・・・炊けちゃうもなにもねぇ、いいじゃねえか、しょうがねぇ、戻ったら、褌流されてるン。
それからこっち、締めてねぇ
白: 見せるな。だらしがねぇな。だけどもさ、小言じゃねぇとは言い切れねぇよ。したら、向こうからドンと
言われるてぇと長くなる、な。こっちから、『あいすいやせんでござんす』頭ぁ下げるてぇと早く終わる、
ナ。  何か、心当たりねぇか? ・・・ン?おう、辰っつぁん、何か考ぇえてんね、何かあんのか?
辰: ひょっとしたら、あれかなぁ・・・ぃえね、ほら、新造の船ェ出来上がってきたろ
白: おぉお、新しいの
辰: そうそう、あれぁ、親方が調子を見るまでお前達乗っちゃぁいけねぇぞって言われてんだけどもねぇ、
どーも俺ぁ、新しい船見ると黙ってらんねぇんだよ、早く乗りたくってしょうがねぇんだよ。
また親方があの船に限って中々乗んねえんだよ、ねえ。もう、我慢がしきれなくなっちゃってね、
みんなが出払っちゃった時にね、だれも居ねぇからスーっと一人で船ェ出したんだ。普段そんな事ぁ
ねぇんだよ?悪いことはできねぇもんだね、橋の下ぁくぐるときにね、橋げたにぶつけてさ、鼻っ面
欠いちゃったんだよ。え、こらぁいけねぇと思うから、荒縄でぐるぐる巻きにして置いといたんだけど、
それがバレたのかな?
白: それ、それだよぉ。何故ひと言俺たちに言わねんだよ。そうすりゃ、みんなでもって親方に
わからねぇように大工の方に回してやったんだよ、ばかだねぇ本当に・・・
だけどよ、みんなで来いてんだからなぁ、なんか他にもあるんじゃねぇかな・・・
おう、留、お前ぇも考えてンね、何かあんのか?
留: ん~・・・こんなことが小言ンなるかな~と思ってね、今ァ考ェてんだ
白: どぅしたんだぃ
留: ぃや、こねぇださぁ、やっぱり忙しい日だよ、皆居なくなっちゃったよ。俺一人ンなったら、姐さんが
『ちょいと、使いに行ってくるから、お前、留守ゥ頼むよ』って、こう言うから、『ようがすよ』ってんでね、
俺、仰向けンなって本読んでたン。
そしたらね、蕎麦屋が『お待ちどぉさま』てんで、天ぷら蕎麦ふたっつ持ってきたンだよ。
白: なに、景気がいいな
留: いや、俺ァ頼んだ覚えねぇんだ。だけど、向こうが勝手に持ってきたもんだからね、しょうがねぇや、
置いといたって、ものが蕎麦だろ、伸びちゃいけねェと思って、ふたつペロっと食べちゃったン。
そしたら隣のかみさんの声が聞こえるンだよ。『何してんだろう、蕎麦屋は遅いねぇ』なんて、
こんなこと言ってるン。蕎麦屋が隣とうちと間違ェて持ってきたんだね。しょうがねえから、
からンなった丼を隣うちの台所へそーっと置いてきて、しらーん顔してたんだよ。で、暫く経ったら、
『あら、だれか食べちゃったんじゃないか、食べたんなら食べたって言ってくんなきゃ、いつまでも
こっちは待つんだよ。本当にしょうがないねぇ、あと二つ、直にそういっとくれ』で、チャリーンなんて
音がしやがった。で、俺ァ一番終いのチャリーンてのが気ンなったからさ、また隣の家の台所を
そーっと覗きに行ったらね、丼のふたの上へ蕎麦代が乗ってンだよ、はは。そいから、俺ァそいつを
ソーっと
白: おぃおぃおぃ・・・・・泥棒だそれじゃァ。小言ンなるかなァじゃねぇや、立派な小言だよ。
本当にしょうがねぇ、まぁまぁ他にも有ンだけどもな、ぐずぐずしてるってぇと親方気が短ぇから、
な、よけいカーっと頭へ血が上るから、早ぇとこ行ってどんどん謝っちまおう、な、さ、行こう。
親方、お呼びでやんすか?
親方: おう、こっち上れィ
白: へい、おぅ、上れとよ、じゃ、上ろ、な。・・・・え~、何か
親方: ン、実はな、お前ェ達にちょいとばかり言っておきてぇ
白: ガッと、それぁ、そりゃぁ、わかってン・・わかってンすよ。え、もう、何もおっしゃらなくて、いや、そりゃ、
おゥ、辰ぁん、こっち出ろ。(小声で)早く早く早く。・・え、なんでござんしょ?親方、あの、この、あの、
この、この、この野郎のことでもって、お腹立ちなんでしょ?そりゃ、そりゃ、お腹立ちはもっともで
やんす、えー。この、こいつがね、こないだできてきた新造にね、親方が乗る前ェに乗っちゃったン。
で、橋げたに舳先ぶつけてね鼻っ面欠いちゃったのぉね、大工の方へ回すと、親方の耳に入ると
思ったんで、荒縄で巻いてごまかしといたってんですけどね、今、みんなで小言言ったんですよ。
何故そういうことをするンだって。小言は言ったんですけれどもね、ま、こいつだってね、悪気が
あってやった訳じゃねんです。ま、商売熱心からこういうことンなったんで、ま、この野郎の商売熱心
に免じて、ひとつ、まぁ、勘弁してやって頂きてんで、おぅ、謝ンな、謝ンなよ
辰: えぇ、親方、すいません
親方: にゃろ・・・・・なぜお前ェ達ァ俺の言うことをきけねんでィ。ぇえ?新造は俺が乗って調子を調べてから
てめぇ達に回すんだ。俺が乗る前ェに乗りやがって。橋げたに舳先ィぶつけて、もし、お前ェ
急に客が来たときに、そんな鼻っ欠けの船なんか出せるかい、本当に・・・しょうがねェ野郎だ。
いつやったんでぃ・・・ちっとも知らなかった・・・・
辰: えぇ? 親方、ちっとも知らなかったって、そう言ってんじゃねェか
白: ん”・・おかしいね・・・・・
(明るい声で)親方、このことじゃ、ねんですか
親方: そんなことじゃねんだ
白:  あ、そうすか。まだあるンすよォ。 おい、入れ替われ入れ替われ、留、こっち出て来い。
この野郎でしょう? しょうがねぇンすよ、蕎麦屋が隣とうちと間違ェて持って来た天ぷら蕎麦ァ
ふたァつ食っちゃってね、空ンなった丼を隣の台所に置いといたんで、隣の家の女将さんが
『あら、だれか食べちゃったんじゃないか、しょうがないね、あと二つ、そういっとくれ』って、チャリーン
て、蕎麦代を置いたってんで、それを、こいつがソーっと持って来ちゃったてんですがね、なにも
この野郎だってね、悪気があってやった訳じゃ・・商売熱心・・・・
親方: 何を言ってやがんで、悪気がなくてそんな事ぉできるかい、本当にどいつもこいつも、ろくな事ォ
してねェ。そうじゃねェんだよ、実はね、ここにいらっしゃる若旦那、えぇ、お止めしたんだけども、
どうしても言うことを聞いて下さらねェ、『船頭ンなる』 ってんで、こっちも根負けしちゃってな、
今日からお前ェ達の仲間入りだ。一番下だよ、えぇ、色々と面倒みてやってくれよ。
白: へっ!・・・あ、若旦那が? 船頭にぃ? よっ!(パンと手を叩き)やった!やりやした。ねえ。
あぁた前からそう言ってたもの。 『俺ぁ船頭になりたい』ってねぇ。
けっこうですよ。ねえ。あァたなんて様子がいいんだから、船頭の形(ナリ)をして、こう船を漕いで
ごらんなさい。両岸(ガシ)は、こう、女でいっぱいンなっちゃうよ、ちきしょう、ずるいぞ~!
本当に、音羽屋~
親方: 馬鹿野郎・・・。てめぇ達がそんなこと言っておだてるから、なりたがンじゃねぇか。
ま、いまさらグズグズ言ったって始まらねえや、な。まァ、今までみてぇにその、若旦那若旦那と
呼んでもらいたくねェと、『徳』と呼び捨てにしてくれってから、そうしてやんな
白: へ? 若旦那を? 徳って? じょじょ冗談言っちゃァいけませんよ、親方ァ、できませんよそらァ。
だってそうでしょう? 今まで御馳ンなったり、色々と頂きなんか有るンすよ? で、急に船頭ン
なったから手のひら返すような、そんなこたァあっしァできませんよ、なぁ、できねぇな?
留: できるよ
白: え?
留: できるよ・・・
白: できるかい?
留: できるよォ。何言ってやんでィ。さっきから一人でぺらぺらぺらぺら、ぇえ? 親方知らねえことを、
みんな一人でしゃべってやン。・・・何言ってやん、いいじゃねぇか。今まで若旦那だって船頭ンなりゃ
一番下じゃねぇか、なぁ? それをねぇ、若旦那なんて呼んでごらん?かえって呼ばれた本人がね、
嫌がるンだよ。気持ち悪いや、本当に。なぁ。スパッと呼んでやりゃぁいいんだよ
白: お前ェ、呼べんのかよ
留: 呼べるよゥ、どけぃ、本当に・・・ん、おべっかばっかりつかってんだから。
みんなァ、いいかい、聞いとくれよ、な、ん。
若旦那、あっしァ呼びますよ。何だって辛いことァあるんだ。ねェ、何の道ィ入ったって。
いちいちカッカしてちゃ駄目だよ、ねェ。じゃ、呼びますから、いいすか?
いいか、みんな聞いてろよ、ね。ン、呼びますよ、ね・・・・
おぅ!・・・・なんか言ったか?そっちで、言わねぇか?ん、ならいいぞ・・・・な。
おぅ!・・・・おぅ! おぅ!
白: カラスだよ、それじゃ、はやくやれィ
留: う、う、うるせ、うるせェな、こんちくしょう、やりゃ、やりゃぁいいんじゃねぇか、何を言ってやんでェ。
短く切っていけねェな、と思ったら、長く伸ばしいいんだ、な。
お~~~~い。とくらァ。徳や~~~い、ってんだぁ・・・ごめんなさい
留: 謝ってどうするン

*竿は三年、櫓は三月と申しまして、中々難しいもんで、
これくらい教えたらいいだろう、当人もこれくらい覚えたら一人前、てんで、
自分で一人前てぇ位 あてにならないものはない。
四万六千日さまというと、丁度お暑い盛りでございまして 
連れ: だ、は~暑いねェ
旦那: ぃや、暑いなんてもんじゃございませんね。
連れ: こりゃど~にもしょうがない。あ~、暑いね。四万六千日てぇと必ずこの暑さだ。
旦那: 毎年暑さですなァ
連れ: どうも、あたしゃわからないと思ってね
旦那: え?
連れ: 何がって、そうでしょ? 四万六千日さま、一日お参りすりゃぁ、四万六千日お参りしたことンなる。
それ、毎年毎年、行くことァないでしょ・・・
旦那: あァた、そりゃいけませんよ。孫子の代までのことを考えなくちゃだめですよ。
ぃや、お前さんはいいんだよ、そうやってコウモリなんてハイカラなもの差してるから、お天道様
遮ってるでしょ。あたしをご覧? まともに照り付けてるンだから、ね~。汗はかくし埃は浴びるしさ、
人間のあべかわみたいんなっちゃったよ、本当に。弱っちゃったね、なんとかす・・・・
お!ん、いい事を思いついたよ。この先にねェ、あたしの知ってる船宿がある。
そっから船を出してもらってスーっと大桟橋まで行きゃぁ、こりゃ楽だ、ね、そうしましょう
連れ: ぃや、そりゃいけません。いけませんよ船は。何がって、あたしゃぁ船が苦手なんだよ。
もぅ、泳ぎを知りませんからねぇ。板子一枚下ァ地獄、あ~、そりゃあいけません
旦那: あッ、あッ、あッ、あッ。そんなこたァない。船なんてぇものは、滅多に沈むもんじゃない。
それに、海じゃない、川なんだからね、板子一枚上は極楽ですよ。ス~~っと水の上を、
こう、滑るように行くんだよ。考えただけだって涼しいだろ?
連れ: ぃや、水の上をス~~っと行きゃァよござんすよ、ね。水の下をス~~
旦那: そんなことはないよ、大丈夫だよ、心配性だね。任しときなよ、いい女将でね。
あぁ、ここだここだ。・・・・・こんちは!こんちは
女将: ま~、いらっしゃいまし~。わ~よくいらっしゃい・・あんまり、お出でがないから、どうなすったかと、
お布団をお持ちして・・どうぞお布団をお当てあそばして、お連れ様!こちらお掛けあそばして。
ま、よくいらっしゃいまして、こんにちは?六千日さまで、大変な人出で、お暑いじゃございませんか。
あの、先日のあの娘がね、あなたにね、も一ぺんお目にかかりたいってネ、わざわざ訪ね・・
いぃえ、本当なんですよォ・・いえ、まったく、・・・いぃえ
旦那: おい、おい、女将、変なことを言っちゃいけないよ。友達を連れて来たんだ、大桟橋まで一艘頼むァ
女将: ありがとうございます。こんにちは、六千日さまで、お船がみんな出払ってまっておりますので、
お気の毒さま
旦那: そいつァまずいねぇ。友達が嫌がってるのをねェ、無理に連れて来たんだよォ。
あ、そう言えばね、河岸にね、一艘もやってあったぜ
女将: あらご覧あそばして?え、お船はございますんですけどもね、あのォ、お役にたつ若い者が
居りませんので、ぃえ、おやじも出ておりまして、お気の毒さまで
旦那: そいつァまずいな、そこんところを何とかしてもらうのが馴染みじゃないか。言いたかないけど、
女将そうでしょ? ・・・・・ん?おォい、柱ィ寄かかって居眠りしているじゃないか
女将: えっ!
旦那: あれ、うちの船頭なんだろ?
女将: いえ、そんな、そんな、そんなことありませんて・・どれでどれで・・・・あァあ、あ、あれですか?
はァァあれは・・・・あのォ・・・あれなんですのよ
旦那: な、なんだい
女将: なんだいなんて、まあ、やですねェ・・・フフフフ・・・・何でしょう?
旦那: なんでしょうって、あ、取っときだね、お約束だね?こうしよう、あっちまでやって、
直ぐ帰して寄越すよ、貸しとくれよ、いいだろ? おう!若ぇ衆、若ぇ衆!
徳三: へっ? へィ・・・なんです?
旦那: お約束だろうけどね、大桟橋までやってもらいたいんだ、いいだろ
徳三: へ? あのォ・・・あなた方・・乗せて・・・あたしが、漕いで?
旦那: 当たり前だよォ。どうだい?
徳三: へい! ありがとうござます。行きますよ
女将: いけ、いけ、いけません、徳さん、ダメ、そんな乱暴なことしちゃいけませんよ。
大事なお客様なんだから。あた、あたしが親方に怒られる
徳三: いいじゃありませんか。え、やらしてくださいよ。ううう、この節は腕がビュウビュウ鳴ってンですから、
大丈夫ですよ。この前みたいに、ひっくり返すことァありませんよ・・
連れ: おい、君ィ、何か嫌なこと言ったよ
旦那: なにが
連れ: 何がって、あの男の言うことを聞いたかい。『この節は腕がビュウビュウ鳴ってます、この前みたいに
ひっくり返すことはありません』て、じゃ前にひっくり返して・・
旦那: そんな、嘘だよ。洒落だよ。君は臆病だね。あのね、あの男は寝てたの、で、あたしが出し抜けに
起こしたろ?寝呆けたんだよォ。
ねえ女将、大丈夫だね?
女将: ほほほ、大丈夫でございます。   只今すぐ参りますから

旦那: さァ早くお出で早くお出で。さ、手を取ってやるよォ、大丈夫だよォ。そこんところちゃんと掴まって、
いいかい?すべるよ、ハイ、そこ、石段降りて、・・ほら、いいかい?ホォら、どっこいしょのしょ、っと。
どうだい?いい心持ちだろ
連れ: んン・・いい心持ちだろうって、まだ乗ったばかりで動いちゃいないじゃないか
旦那: 何を言ってンだよ・・・女将?乗せました、乗せたよ。・・・火箱は来てるよ。・・・
あれはどうした?若い衆は。暑いからね、早く・・・えぇ?こっち居ないよォ。だからさァ、はばかりでも
入ってんじゃないの?え?見とくれ。・・・居ません?おかしいなァ、どうしちゃったんだろ・・
あッ、こっちの横丁から出て来たよ。  お~い、なにしてんだよ~ォ
徳三: どうも、あいすいません、遅くなりました
旦那: あいすいませんじゃないよ。客を船に乗っけて、どっか行っちゃっちゃしょうがないじゃないか。
どしたんだい
徳三: え、どうも、いま、ちょいとヒゲが伸びてまして、あたっておりまして・・・
旦那: なに?色っぽいね、ン。ま、いいよ、この方が。無精ひげはやして鼻水すすり上げながらながら
漕ぐよりよっぽどこの方がいいよ。じゃ、ひとつ頼むよ
徳三: へ、大丈夫です。よろしくお願いいたしやす。わたくし徳ともうします。早速なんですが、
どっちにいたしましょう?
旦那: なにが?
徳三: あの、鉢巻するんですけど、結びっ玉を右にしますか、左にしますか?
旦那: いいよ、どっちでも
徳三: は、では、左に・・・・・どうです?女将さん、曲がってませんか?
旦那: いいから、はやくしろィ
徳三: へィ、すぐにだしますから。じゃ、女将さん、行ってきますから
女将: (徳に小声で)じゃ、気を付けて。いいですか、無理しちゃいけませんよ?
(客に)どうも、お待たせいたしました、ありがとうございます。
(小声で)いいですね、いけないなと思ったら・・・
徳三: (女将に小声で)わかってます。
ふっ・・・・クッ、・・・・はっ・・・・なぜか船が出ない、クッ・・・
女将: 何をしているの、もっと腰を張るんですよォ
徳三: 腰張っンですよォ。タッ!タッ!ターー!
旦那: おい、おい、まだもやってあるじゃねぇか
徳三: ・・・・もやってありました。これ、もやってあると中々出ないンす。
こんだ、出ますよ・・ヨッ、ハ~~と。ほら、出た
旦那: 当たり前ェだ
連れ: ちょっと、ちょっと待っとくれ。ぃや、あたしゃなんか心配だよ。
ぃや、何がって、あたしゃ船、嫌いですよ、嫌いだからよくはわかりませんが、大概アレだろ、
船宿の女将なんてのは、この、よしン所に手をかけて、『ご機嫌よろしゅう』って、こういう風に
見送ンだろ? ンー見て、あれ、(手を合わせ)こういう風にしてる
旦那: 大丈夫だよ、大丈夫だね
徳三: へい。アラ、ハハハハハハ、ヨヨヨヨ、・・・・・・・・・・・・・・・
お客さん、大変ですよ
旦那: どしたい?
徳三: 竿ォ流しました・・・・・すいませんけど、あの、取ってくれますか
旦那: 手前ェで取れよ、あの、も、櫓に変わるんだろ
徳三: へ、もう櫓に変わります。櫓とくりゃ、こっちはグーとは言わせねんですから、大丈夫です。
ヨッと、ね、こうなりゃもう、こっちのもんだ。大丈夫ですから、ヨッ、ハッ、ヨッ、ハッ、
ハ~~~~~
連れ: おい、どうでもいいけど、どうしてこの船、同じとこ回るんだい
徳三: へこの船は回るのが好きでしてな、、いつもここで三べんっつ回ることンなってまして・・・
もう暫くの辛抱で・・・へい、もう大丈夫、大丈夫で・・ヨッ、八ッ、ヨッ、八ッ、
今日は何ですか、四万六千日さま、お参り、あぁそうですか・・暑いでしょう、丘歩いてると、
こういう時は船に限るンですよ、ねェ、はー、はー・・・
あァ、竹屋のおじさーん! ここですよー、お客様ァ二人乗せてねー、大桟橋まで、行ってきますよー
竹屋: おーい、徳さーん、お前さん一人でかーい、大丈夫かーい
連れ: おい、ちょいと待っとくれ、妙な、妙なことを話してさァ
旦那: いちいち心配することはないンだよ、どうってことァない。なァ、別にどうってことァないな
徳三: へい、ちょいと粗相するとね、みんなであぁして心配してくれるンで、ありがたいもんすよぅ
旦那: 何をやったンだい
徳三: 大したことァないんですけどね、赤ん坊おぶったおかみさん川の真ん中へ落っことっしゃった
旦那: 大したことあるよォ、えェ?物に動じない奴だ。どうでもいいけど、この船だんだん端ィ行きますよォ。
石垣ィ向かってるよ、ほら、石垣ィ着くよ
徳三: へい、この船は石垣が好きでやんしてナ
旦那: おい、カニみてェなこと言ってちゃだめだよ。ほら、おい、石垣ィ着くてんだよ、おい、危ない!
おい、ほら!  (バタ!)
徳三: ハァ、ハァ、ハァ・・・ヘィ、着きました
旦那: 着きましたってえばってちゃしょうがねェじゃねェか、あたしがあれだけ着くよって言ったでしょ。
見てごらん、後ろはあんなに広いんだよ。どうなるんだい
徳三: そのね、あァた方ね、ガミガミ仰いますがね、中々、船なんてものは難しいんです。
嘘だと思ったら、あァた漕いでごらんなさい、
あァた。・・・・・その、コウモリ傘持ってる旦那、コウモリ傘持ってる旦那、ちょいと石垣突いて下さい。
ボーっとしてちゃだめでしょぅ。竿流しちゃって無いの知ってるでしょ
連れ: おい、なぜあたしはあいつに小言を言われなくちゃならないの
旦那: いいじゃないか、早ィく早ィくつぼめて突きなさいよ
連れ: わかったよ。じゃ、突くよ、そーら、いーよっと、
ア、いけね、オイ、オイ、オイ、石垣の間コウモリ傘挟まっちまった。コウモリ傘挟まっちゃった。
戻っとくれ
徳三: へい、もうあすこへ二度と戻らないことンなってる、どうぞ一つお諦めを
連れ: おぅ、なんだい、行かねェのかよ・・そすこ、見ェていて取れないのは情けない
旦那: いいよ、傘の1本や2本、命にゃ変えらんねェや・・・どうせあんなもの福引で当たったもんでしょ
連れ: 福引で当たったって俺のもんじゃないか
旦那: いいんだよ。だけど人間どこで災難に会うかわからないよ、本当に
連れ: だから嫌だって言ったんだよ
旦那: そんなこと言わないで、少し船の気分を味わいなさい、どうです、この船の気分てェものは・・・
いいだろ?
連れ: 何だか知らないけどね、さっきから君とお辞儀ばかりしてんだよ
旦那: いいじゃないか、お互いに失礼がなくて、こうやって向こうへ行って、なんかものを食べてごらん?
腹がすいてうまく食えるよ、本当に・・・どうだい、こう景色をご覧、景色を、上下一遍に見られるだろ。
君ね、済まないけど、煙草を吸いたいてェ心持なんだよ、煙草。そこにある火箱を取っとくれ、火箱を
連れ: 何も君このさ中にね、煙草吸うことァないでしょ。さァさァお点けなさい・・・お点けなさいてんだよ。
早くつけなさいよ
旦那: 点けようとすると、君、引っ込めるねェ。なぜそう・・君薄情なの・・君とは長い付き合い・・・・
んー、あー火が点いた。お辞儀しながら煙草吸うとうまいもんだね。アー結構だ・・アー結構だけど・・
おい、おい、どうなってる、この船ェ石垣に寄ってくよ、おい、どうなってる
徳三: ハァ、ハァ、ハァ・・・汗が目に入っちゃって向こうが見えねェんですが、
すいません、向こうから船が来たら、あァたがたでよけてください
旦那: おい、何を言ってるんだよ。あ、あ、あ、ほら、もう大桟橋が見えてきた。もう一っ帳場頼むよ
徳三: ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ・・・・・もう、だめです。やめた。
旦那: ややや、やめたって、川の真ん中だよ、もう、もうもうすぐそこだよ、大桟橋、そこまでやっとくれ
徳三: もうやめたんです。もうだめです。やめたんです。親方がそう言ったんです。辞めたい時は
いつでも辞めていいって。船頭やめた!
旦那: 辞めたって、こんなとこで辞められたら・・・・じゃ、じゃもういい、わかったわかったわかった、
もう遠浅だから、あたしがおぶってくから・・・いい、あたしが何とか入りますから・・・
あ、あ、あー深い深い深い・・・・はい、はい、じゃ・・・・よいしょ・・船頭お前じゃない・・・
よぃっしょ、よぃっしょ・・・まったく、なんて・・・はー、は、済まなかったね、本当に、あの船頭が・・・・
あー大丈夫か、あれ、引っくり返っちゃった。おい、船頭、船頭、しっかりしな!
徳三: は、は、上りましたか?
旦那: 上った、上った。あたしたちゃァいいが、お前さん大丈夫かぃ
徳三: お客様にお願いがございますー
旦那: なんだ
徳三: 船頭、ひとり、雇ってください
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