安呑演る落語

音源などを元に、起こした台本を中心に、覚え書きとして、徒然書きます。

あくび指南

2005年12月31日 | 落語
あくび指南
       
昔は町内にお稽古所という処が、一軒か二軒はありまして・・ま、これは、唄を教える、踊りを教える、三味線を教える。  ま、いろいろとありますが、中には、人のやらない物を教えてみようなんと云うお師匠さんがいまして、
こう云う処にはまた、のんきな連中が来たってェますが・・・

A; おー、チョイと付き合ってくんねえかぃ。
B; 何だい?
A; イヤーお稽古なんだけどもネー
B; お稽古ー?よせよーオイ。お稽古ってぇツラじゃないヨーお前は。
エー、前に随分と 色んなものをやったことがあったヨ。
だけど、何一つ物にならねえじゃネエか。  こんだー何やろうってんだヨ。
A; イヤさ、町内の新道ん所に空家があったろ。
こねえだっから大工が入って、トンカントンカン普請してんだヨ。
何ができんのかなーっと思って、でき上がったのを見て驚いた。
イヤ立派なんだよ。建仁寺の前庭があってネ、一間二枚の栂の格子がはまってさ、
その格子ン所に看板がぶる下がってんだけども、この看板を見て驚いた。
「あくび指南所」と書いてあるんだヨ。
B; 何でぇそのあくびってのは。
A; ィヤ、あくびってのは・・・お前・・・あくびだよ。
B; あの口からパーっと出るやつか?
A; そらそーだヨ。あんまり尻から出るあくびなんてのはネーもん。
B; オイオイ、よしなよ、バカバカしい。何もあくびなんてのは、
改まって教わんなくたってヨ、寄席にいきゃ、いくらでもでるじゃネーか。
A; へぇ!だけどもよー、そこをお前、銭ー取っておせえよーってんだから、どっか違うと思うじゃねーか。
そのあくびをしながら表を歩くと、女の子が俺んところへ集まって来るんじゃねーかとおもって。
B; ォィ、バカな事云うもんじゃネーヨ。エー?俺に付き合ってくれってぇの?やだよオラぁ。
行くんならオメエ勝手に一人で行ってきなよ。
A; んなこと云わねえでさー、チョイトなんだよ、いーじゃねーか。
イヤっこれがねー、唄とか踊りなら一人でいけるよー。
あくびってんだろー。なんだか心細いよー。だから付き合ってくれって頼んでんだよー。
B; やだってんだよー。行きたかねーおりゃそんなもなー。
A; んなこと云わねえでさー、えー頼むよ、この通りだよ。
ィャ、お前はやらなくたっていいんだ。見てるだけでいいんだから。
B; へえ?俺は見てるだけでいいのか。
A; そーだよ、そばに居りゃぁそれで、こっちは安心なんだから。
B; あーそーかぁ。あーだったら付き合ってやろうじゃねーか。
A; 行ってくれるかい?悪いネーどーも。
よし、今度はネ、お前が付き合ってくれってー時は おらー何処へでも付いてくからナ。ん。

A; おーこの家なんだよ。なかなか乙なこしらえだろ?
こんちはーごめんください。    こんちはー。
C; はーーい。どうぞこちらへお入りくださいまし。
A; あっ。どうも。こんちは。エーあっしは今アノー、表の看板を見てやって来た者なんでございますが、
あくびの指南てえことが出ておりますが、お師匠さんてんでしょうか、先生ってんでしょうか、
どなたがおせーてくださるんでしょうか。
C; あくびのお稽古なら、宅の主人がいたします。
A; オーご主人が。ではひとつ取次ぎを願いたいんでございますが。
C; そーですか、ではどうぞ、お上がりんなってお待ちくださいまし。さーさ、どうぞどうぞ。
D; いやー、これはこれは。お稽古の方ですかな。
A; あっ。こりゃどうも。先生ですか。へっへ、お初に御目にかかります。
あっしは町ねえの若いもんなんですが、ひとつ、よろしく おねげーしてーと、思いやして。
D; んあーそーですか。あーそれはそれは よくお出で下さいました。
さーさ。どうぞ、そちらのお方も。えっ、こちらへこちらへお座りくださいまし。
えー、お連れさんですかな?
A: え?お連れさんて?あっ、このやろうですか?いえ、お連れさんて程の者じゃありませんでネー。
ただ一緒にくっ付いて来ただけなんですよ。
D; それじゃぁお連れさんですなー・
A: あっはっはっー。そーゆー事んなりますか。 
オイ良かったな。先生がオメーのことをお連れさんだとよ。オメーもいいから、こっちへ来てご挨拶しろイ。
B; やだよ、俺は。いいってんだよ。 関わり合いになりたかネーんだから。はえーとこ、やっつけちまいな。
A: そーかー?じゃぁ、けーちゃだめだよ、そこに居ておくれ。たのむぜ。
あのー先生、稽古はあっしだけで。  
えー、このやろーは、ひとつ、ここに居るだけでご勘弁を願いやす。
D; はい。あーハイハイ結構でございますよ。ご覧になるのも、これまた稽古のうちでな。
あオイオイ、あの、あちらのお方にな、お茶と煙草盆をお出しして、お待ちいただくように。
やー、これはこれは良くお出でくださいました。 
えー、あたくしがあくびの指南をいたす者でございます。どうぞよろしくお願いを致します。
A: イエイエエーこちらこそどうぞ、えーよろしくねげーてーんですが。
で、アノー、膝付きですとか、月謝ってえのはどうゆうことんなってやす?
はぁ。はぁはぁ。あーそーですか。ヘイ、わかりやした。
D; えー、始めにおうかがいを致しますが、あなた、あくびのお下地はございますか?
A: へっ?
D; いや、下地はございますかナ。
A: したじ?  あーそりゃもう刺身食う時やなんかネー、下地がねーてえと。
D; イヤ、お醤油ではありませんデ。つまり、今まで、何処ゾであくびのお稽古をなさったことがございますか。
A: ええっ?今まで何処ゾって、コレほかでもやってる家(うち)があるんですか。
いやー何処へも行った事はねーんで。初めてなんですよ。
まー普段、ぱーぱー、ぱーぱー、あくびはやってますがね。
D; ほー。普段ぱーぱー、やっておられた。  あー、それは困りましたな。
アレは我々の方で、駄あくびと申しましす。
A: 駄あくび! はっははははっ。そうですか。 
オイオイ、聞いたかよ。俺たちが普段やってんのは、駄あくびだってんだとよ。えーえー。
イヤ聞いてみなくちゃ分からねーや。随分とネー長いことコノ駄あくびってえのをやっちめえましたよ。
うー、じゃひとつ、今日は本あくびをおねげーいたしやす。
D; ま、本あくびと云う程のものではないが・・・まああくびにも、いろいろと有りましてナー。
んー、そうですなー、ま、四季のあくび。これは、春、夏、秋、冬と分かれておりますが、
中で、夏のあくびが一番やさしく、ま、初心の方にはよろしいと思いますのでナ。
えー今日はひとつ、夏のあくびをご伝授いたしましょう。
A: あぁ、夏のあくび。暑いすからネー。じゃ着物を脱いで、ふんどし一本であくびをする。
D; いや、そうではありませんデ。これは、お金持ちの舟遊び。
場所は隅田川 首尾のまつあたりに舟を一艘もやいます。客が1人、船頭が1人。
まーあすこは、場所柄、漕ぎ上り漕ぎ下っておりますと、日を避けられるとゆう、まことに涼しいところで。
そう云ったゆったりとした舟遊びの心持がでれば、幸いで。
ま、舟ん中ですから本当は火箱ですが、ここはひとつ煙草盆と云うことで、お含みおきを願いまして。
よろしいかな?では早速始めますが。 えー、一服して船頭さんに声を掛けて、あくびになると云う。
よろしいかな? えー、あたくしの体が少ぉし揺れているのがお分かりんなるかと思いますが。
これは、舫った船ですから、少ぉしだけ揺れていただくと云う。 ・・・・・一服いたします。
それから、船頭さんに声を掛けますが、これは眠そうに気だるそうに掛けるというのが、こつで・・・
「おい、船頭さん。舟をうわてへ、やってもらいましょうか。
 堀から上がって、一杯やって・・・晩には  中へでも行って、粋な遊びをしましょうか・・・
 舟もいいけど、いちんち乗ってると・・・退屈で・・・退屈で・・・・・・・ならない。」とな。
A: ええっ?そそそっそれが一番やや易しいんすか? 
オイ見たかよー。ええ、どっか違うと思ったんだ、やっぱり違うよーオイ。ええ
おお、おめー何してんだよー。そこで、鼻毛抜いてる場合じゃぁねーぞオイ。えー、今な、これをやんなきゃ
江戸っ子は他にやるもんネーぞ。   もいっぺんやってもらうから、こんだ、よく見てんだぞ。
えー先生すいませんけど、アノもいっぺんお願いいたしやす。
D; はいはい、何べんでもいたしますがナ。  えーこのキセルでございますが、退屈で退屈でという時には
ダンダンにこーおでこの方に持ってきていただくという、ま細かいところではございますがお見落としのない様に。
よろしいかナ?   では一服いたします。・・・・・
「おい、船頭さん。舟をうわてへ、やってもらいましょうか。
 堀から上がって、一杯やって・・・晩には  中へでも行って、粋な遊びをしましょうか・・・
 舟もいいけど、いちんち乗ってると・・・退屈で・・・退屈で・・・・・・・ならない。」とな。
A: はーぁなるほど。へっへっへそーですか。エーちょいと、やらして下さい。
D; ほーできますか。
A: ええ、ちょいとやらしてくださいよ。えっやっ、あくびの稽古ってのはそれね、どんな事をするのかって
おもってたんですがね、あーこれでしたら、もっと早くに来るんでしたよ。えー、おどろいたねーどーもーネー。
んぱー、ふー・・・おお?これ、いい煙草ですね、これ。イヤあっしあ煙草、好きなんですけどもね、
どーせ、けぶんなちまうと思うんでね、一番安いのを買ってるんですよ。
ええー、こらーうめー煙草だこらぁ、ねえ。・・・んぱー、ふー・・・口が奢ってますよこら、どーもねー。
ええー、こーゆー煙草があるんですなーどうも。・・・・アノー、つかぬ事を伺いますが、これぇ一斤どれくらいで?
D; あーもしもし、ああた、そのねー、煙草は一服だけということで、お願いします。
A: えっ?これぁ一服だけなんすか?
D; どうも、ああた、煙草好きとみえますな。んー煙草へ気を取られてはあとのあくびへさわりますんで、
ではこうしましょう。そのキセルは、かまえてだけで、吸わずに形だけを見せていただくということで。
A: え?吸わねー。、ぁぁ格好を見せろってんですか。あーなんかねー、さみしい気がしますけどもねー。
かたち!かたちは任せてください。なげーこと踊りぃやってましたんで。もー形じゃひけ取りませんからね。
イヨっとー。エー、どーです?こんなところで。
D; ふん、気取ってないで早くやんなさいよ。
A: ああぁ。そーですか、へいわかりやした。へい。えーっとまず、あっ、か体揺らすんすね。へい分かりやした。
ほっ!はっ!ぃよっ!はっ!どーです先生こんなところで。
D; いや、ああた、嵐に遭ってんじゃありませんから、そんなに揺れることはない。
最前申しましたとおり、こりゃ、舫った舟でございます。揺れるともなく、揺れていただきましょう。
A: んそうゆうねー、紛らわしいことぉ言っちゃあいけませんやねー、ええー!
揺れるともなく揺れるなんて。
揺れるんなら揺れる!揺れないんなら揺れない!ってどっちかにしてもらおうじゃねーか。
ええー。そーゆーまどろっこしいことを。・・・えぇ?それをやらねえと?あくびんならねぇ?
あぁそーすかへぇ、分かりやした。へぇ。ああ、じゃぁ細かくやりゃぁいいんすね。細かくね。へい。
いよ、・・・・・・こ、こんなとこでよおがすかネ。いかがですか。へい。・・・・せ、船頭にこ、声をかけるんすね。
んー、はー、あ、ほー、ん!ん!おーぅ!船頭!!
D; いや、あなた、向こうがしの人に声をかけるんじゃぁありませんから、そんなに大きな声をだすことはない。
船頭さんはすぐ傍にいるんですからナ。あー、もっと眠そうに、気だるそうに掛けるということで。
A: アー。眠そうに、気だるそうに、ねー。はーこれはなかなかに難しいもんすねー。
えー。ん!眠そうに・ん!おい~・・これ本当に眠っちゃちゃいけないやねーこれねー。
えー、オイ、せ、船頭さん、こ、こんなもんでよーがすか?へぃ。
お、オイ船頭さん,船をうわてーやってもらおーじゃーねーかー。
D; ィヤ、もらおーじゃーねーかーって、そういう乱暴な言葉はいけません。これはお金持ちの遊びですからな。
エー、舟を上手へやってもらいましょうか。
A: アー、なるほど。え、えぇ、品を良くネ。品良く。ええ。  舟をうわてへやってもらいましょうか。
堀からおっこって、
D; ぃや、おっこっちゃ・・・・堀から上がって、一杯やって、晩には中へでも行って、粋な遊びをしましょうか。
A: はーー。こりゃ台詞だけでも難しいもんすね。  ぇえ、ほ、堀からあがって、ぇーいっぺいやって、
晩にはなかへ、ツーーーーと行くってえと、馴染みの女が?
「あらまーおまいさん、しばらくだったね、どーしたの?」  「おりゃ、忙しかったんだよ。」
「そんなことないよー。おまいさん、浮気でもしてるんだろ?」  「しないよー」 
「してるよー。ま、おまいさんぐらいもてる人ぁいないんだから、ほんと、悔しいね。」ってんでここんところ
ぎゅうっとくるから、「よせよー。本当によせよー。よせよってんだから・・はっはっははは!
D; あなたねぇ。そんなんじゃぁ、あくびんなりませんよ。だいち、あたしゃぁそんなこと、教えちゃぁおりません。
A; あっ!はっはっはは。どうもすいやせん。
イヤイヤもうね、女郎買いのことんなると頭いっぱいんなっちゃうもんすからね。
じゃ、こ、こんだね、ちゃんとやりますんで「お、おい。船頭さん。舟をうわてへやってもらいましょうか。
えー、堀から上がって、一杯やって、晩には中へツーーと行くってえと馴染みの女が
「あらまーおまいさん、しばらくだったね、どーそたの?」  「おりゃ、忙しかったんだよ。」
「そんなことないよー。おまいさん、浮気でもしてるんだろ?」  「しないよー」 
「してるよー。ま、おまいさんぐらいもてる人ぁいないんだから、ほんと悔しいね。」ってんでギュウっとくるから、
「いてえよー、よせよー。よせよー。よせーへっへっへへ・・何でこうなっちゃうんですかねぇ。
イヤイヤこんなはずじゃぁねえんですけもどねぇ。 ああっじゃぁこんだ、ちゃんとやります。まかしといて・・
もいっぺんやりやす。ぇえ、ん!えー「オイ、船頭さん,船をうわてへやってもらいましょうか。」
いいんですよねー。ここまではねー。えー「堀からあがって、ぇーいっぺえやって、晩には中へツーーっと
行くってえと・・・」
D; いえその、ツーがいけませんな。そういうことを言うから脇へそれます。
「晩にはなかへでも行って、粋な遊びをしましょうか。」
A; あぁーそーでしたっけ。へぇ「えー、ば、ば、晩には中へでも行ってぇ、粋な遊びをしましょうか。
舟もいいけどいちんち乗ってると、退屈で、退屈で、ならねぇや!とー。っへっへっへっへへ。・・・・
あと、な、な、な、なんでしたっけ?・・・えぇ?おしまい?あれっ?これでおしまいですか?
D; ああた、あくびがでませんな。
A; =手を叩いて=そぉう,そう,あくびをやりにきたんだよ。それをやらなくちゃぁいけねえんだ。ねー。
エー、舟もいいけど、いちんち乗ってると、退屈で、退屈で、えーならねーや!とー。・・・・・・
っへっへっへへ。えー舟もいいけどいちんち乗ってると、退屈で退屈でならねーやー・・・・・ぱー。
っへっへっへへ。・・・っぱー。・・・っはっはっはっははー。あーぁあ。
D; がっかりしちゃあいけません。どうも、ああた、不器用なお方ですナ。あーでは、こうしましょう。
あたしねぇ、もう、なんにも言いませんから、いっぺんああたのお好きな様に、どうぞ勝手にやってみてください。
A; そう云うね、みはなした様な言い方ぁよそうじゃねーか。えー。こっちだってぇ一生懸命なんだから。ええー↑。
じゃぁ、わ、わ、わ、分かりやした。分かりやした。軽くいきやすよ。軽くねー。あくびが出いいようにねー。軽くネー
ぇ。オ、オイ船頭さん、軽くネ。えへ、舟をうわてへやってもらいましょうか。堀からあがって、いっぺいやって、
晩にはなかへでも行って、粋な遊びをしましょうか。ってねー。舟もいいけどいちんち乗ってるとぉ、
退屈でぇ、・・退屈でぇ、・・・ハァクション!!
D; くしゃみをしちゃあいけませんナ。
B; けっ。なにをしてやんだぁ、ほんとうにな。でえの男がふたぁりそろって、あくびの稽古ってえから、
どんなことをすんのかと思ったらまー、教わる方も教わる方だが、教える野郎も教える野郎だい。
〈キセルに煙草をつめながら〉
なにお?堀から上がっていっぺいやって?晩には中へでも行って粋な遊びをしましょうか。
んーったくなー。粋な遊びが聞いてあきれらぁ。いつだってぇ、馬ぁひっぱってけえって来るじゃぁねぇか。
ええー!舟もいいけどいちんち乗ってると、だって。渡しにだって満足に乗れねえくせぇしやがって。
えエー!退屈で、退屈で、あーあ。なーに云ってやんだ。おめー達はいいよ、そこで好きな事やってんだからぁ、
待ってる俺の身にもなてみろってんだ。退屈で・・・退屈で・・・・ふぁーーあ、ならねえ。
D; やー、お連れさんは、ご起用でいらっしゃる。


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